第3話:ハロー、すっぽんぽんワールド!
「あ、先輩……」
トイレから戻ると、旧美術室には天野さんが椅子に座って待っていた。
当然だけど、もう服を着ている。なのになんだかさっきよりお互い恥ずかしく感じてしまうのは何故だろう?
「天野さん、服を着たね。じゃあ帰り――」
「次は私が先輩の裸を描く番ですね!」
う、やっぱりそう来たか。
「さぁ先輩、早く脱いでください」
「ううっ。なぁ天野さん、ひとつだけ聞いていい?」
「なんですか、先輩?」
「君って変態なの?」
「へ、変態じゃないですよっ!」
「でもいきなりやってきて俺の裸が見たいとか、見る為なら自分も脱ぎますって、それって完全にHENTAI」
「だってそれは先輩が『部員同士によるヌードデッサン』って言ったからじゃないですかっ!」
ハイ、ソウデスネ。
ううっ、あの時はいいアイデアだと思ったんだけど、まさかそれがこんなことになるとは夢にも思わなった。
さようなら俺の静謐な美術部ライフ。こんにちは、すっぽんぽんワールド。
「……先輩、脱いでくれないんですか?」
「いや、脱いでもいいけど……でも俺の裸なんて面白くもなんともないぜ?」
言うまでもないが天野さんの裸には大いに価値がある。
女の子な上に、その年齢に見合わない見事な巨乳……まさにプライスレス、人類の宝って奴さ。
それに比べて俺はごく普通……いや、普通以下と言っていい。
なんせ一番成長著しい十代前半というこの時期に、俺の身体は一向に成長していないからだ。
中学に入学した時の身長は、クラスでも平均より少し低い程度だった。
それがあれよあれよとそれまで俺より低かった奴らに抜かれるばかりか、その差がどんどん広がっていく。俺に努力が足りなかったとは思えない。ちゃんと成長に必要な栄養は摂っていたつもりだし、運動もしていた。だけど中三の現在、俺の身長は150センチジャスト。他の追随を許さない、ぶっちぎりのチビだった。
そんなもんだから当然だけど女の子にはモテない。ましてや裸を見たいなんて言われた経験は皆無だ。
「そんなことありません! 先輩の裸、私は見てみたいです!」
「……やっぱり変態?」
「だから変態じゃないですってば!」
からかうつもりで口にした言葉を本気に受け止め、天野さんはアホ毛を天高く突き立てると、拗ねたように頬を少し膨らませて怒った。
ああ、そんな表情も可愛いなぁ、天野さん。
でもさ、自分の全裸を晒してまで男の裸を見たいっていうのは、やっぱりその、変態なんじゃないかな、と思う。
だけど安心してくれ。
今から後輩の女の子の前ですっぽんぽんになる俺も立派な変態だ!
覚悟を決めたら躊躇いはなかった。
シャツを脱いで上半身をさらけ出すと、ベルトを緩め……と不意に悪戯心が擽られてズボンとパンツと一緒に脱いでやった。
どうだ、これは驚いただろう? ムンクみたいな叫び声をあげて逃げ出すなら今のうちだぜ、お嬢さん(ちなみにあの絵は叫んでるのではなく、叫び声を聞いた反応らしいが)。
「…………」
が、こちらの思惑に反し、天野さんは声をあげることもなく、ただ真剣な表情で俺を見つめていた。
驚きのあまり言葉も出ないのかなと思ったらそうじゃない。目をこちらに向けながら、既に手は物凄い勢いで鉛筆をスケッチ帳に走らせている。
「ええっと、ポーズはさっきの天野さんのと同じでいいか?」
「はい」
「時間も同じ10分で?」
「かまいません」
こちらに受け答えながらも、天野さんの手は止まらない。
ここにきて俺の考えは間違っていたことに気が付いた。
天野さん――この子は変態なんかじゃない。
本当に絵を描くのが好きで、芸術の為なら自分の裸をさらけ出すのも厭わない、まさに正真正銘、芸術に取り憑かれた子なんだ。
「なぁ、天野さん……」
「はい、なんですか、先輩?」
「俺の身体なんて描いても面白くないだろ?」
「そんなことありません」
「でも、チビだし、体つきだって」
言葉に詰まる。
そう、俺の身体は同年齢の奴らと比べたら明らかに劣る。
そんな自分の身体が、俺は大嫌いだ。
「先輩、何かスポーツをやっておられます?」
「は?」
「スポーツ、やっておられますよね?」
会話の流れをぶった切った天野さんの問いかけに一瞬戸惑った。
そこへさらに確信したかのような言葉をぶつけられ、答えるのに時間がかかった。
「……サッカーやってた」
「やってた、ですか?」
「ああ。もう辞めた」
「……そう、ですか」
天野さんはそれ以上何も訊いてくることなく黙々と鉛筆を走らせた。
だから俺も何も話さず、何も考えず、ただ真っ裸で二人きりの美術室に立ち尽くした。
遠くのグラウンドから部活に精を出す連中の声が聞こえてくる。その声が野球部、テニス部、陸上部……あるいはサッカー部なのかどうかは、俺には分からなかった。
「出来ました!」
俺がそうだったように、天野さんもきっちり持ち時間の10分を使い切ってヌードスケッチを描き終えた。
もっとも俺は終了宣言とともにそそくさと服を着た。
見られて悦ぶ変態さんじゃないからな。
「見せてもらってもいいか?」
「はい。ぜひ先輩の忌憚なきご感想をお聞かせください」
ご感想っつーても、俺は所詮美術部に籍を置くだけのどシロウトだ。経験者であろう天野さんに対して、気の利いた感想なんて言えるはずもない。
純粋に見てみたかっただけだ。天野さんが描いた俺を。天野さんの目に映る俺の姿を。
「では行きますよ」
天野さんが自信満々な表情でスケッチ帳をこちらに向ける。
俺は先輩面して軽く口元を緩めながら、その瞬間を迎え、そして――。
「ぶうええええええええええええええええええええええっっっ!?」
思わずブタの鳴き声っぽい声を出してしまった。
だってあんなに真剣で描いてたんだ。さぞかし見事な裸体画が描かれていると思ってるじゃん?
それなのに実際に見せられたそれはまるで3歳児の落書き……というかそれ以下のシロモノだった。
「ど、どうしましたか、先輩?」
「どうしたもなにも……え、ちょっと天野さん、君って美術経験者じゃないの?」
「はい、違いますけど?」
だったら何だったんだ、さっきのあの真剣な表情は!?
こいつは芸術に取り憑かれた子だとか、自分で言っていて恥ずかしいィィィ!
「すみません……そんなに下手でした、か?」
「いや、俺もど素人だからよく分からないんだけど。でも、スケッチっていうのは見たものを正確に描き取るのが大切なもんだと思うんだよ」
「正確に描いたつもりなんですけど……」
「うそん。天野さんの目に俺ってそんなふうに映ってんの?」
改めて天野さんの絵を見る。
俺らしき藁人形みたいな奴の身体から禍々しいオーラが溢れ出ていて、両足にはサメの背びれみたいなのが飛び出している様子が、文字通り子供の落書きの如く描き殴られている。
う、夢に出そう。勿論悪夢だ。
「で、でも先輩、最初なんですからこんなもの、なんじゃないでしょうか?」
「天野さんってすげぇ前向きな性格なのな?」
「はい、よく言われます!」
天野さんがアホ毛をぴょんと立てて元気に答える。
だけどそれ、きっとあまり良い意味で使われてないと思うぞ?
「ですからこれからどうぞよろしくお願いします、先輩」
「……やっぱり美術部に入るつもりなんだ?」
「はい! 先輩の裸、もっと描きたいですから!」
おいおい、それってつまりはそういうことだって分かって言ってるのかな、この子は?
かくして俺と天野さんの、誰にも見せることが出来ないヌードデッサンな部活が始まった。
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