第1話:ひとりぼっちの美術部
「私、ヌードデッサンをしてみたいんです!」
中学一年生とは思えない大きな胸の前でもじもじと人差し指を重ね合わせる彼女は、それでもはっきりとそう言った。
ほのかに赤く上気した頬。
絶妙なバランスで可愛らしさを演出している癖毛の中でも、ひときわ目立つアホ毛がピンと跳ね上がっている。
どこからどう見てもめちゃくちゃ緊張しているのが丸わかり。だけどその眼が、じっとこちらを見つめてくる、雲一つない青空のようにどこまでも透き通った彼女の瞳が、どんなに断られても引くつもりはないぞと俺に語り掛けていた。
☆
俺の名前は
と言っても、半年ほど前までは美術部の部室――旧美術室に来ることなんてほとんどなかった。
だってここ、解体もされずに校庭の片隅にひっそりと取り残された旧校舎にあるんだよ。ただでさえ旧校舎なんて物置扱いなのに、さらにその三階に位置する旧美術室へ足を運ぼうなんて気まぐれは、まぁ滅多なことでは起きなかった。
そもそも美術部に入ったのだって、ほとんど騙されたようなもんだ。
入学したばかりの部活動紹介で、美術部の先輩がこう言ったんだよ。
「ヌードデッサンもあるよ♪」って。
女の子たちはドン引きだったし、男たちは歓声を上げたけど誰も信じなかった。
でも、俺は信じた。
だって考えてみろよ。もし本当だったらどうする?
女性の裸なんてネットで見飽きるほど見てるけど、ホンモノを直に見たことはない。それを芸術の名のもとに堂々と真正面から見ることが出来るんだ。賭けてみる価値はあると思わないか?
「ヌードデッサン? ああ、やってもいいけど、モデルは部員だぜ?」
ごめん、『騙されたようなもの』じゃなかったわ。正真正銘、騙されたんだよ、俺は!
だって当時、美術部部員は俺と一つ年上の先輩のふたりだけ。そして先輩は男だった。
ウホッ! 男だらけのヌードデッサン、ここに開幕!
って開幕してたまるかっ、そんなもんっ!
だから俺はほとんど部活に顔を出なかったし、文化祭に出す絵も部活ではなく授業で描いたものを出した。
幸いにも顧問の先生は、放課後になると新校舎の美術室を自分専用のアトリエにして創作に没頭するほど、俺たちに関心が無い人だ。俺がどれだけ手を抜こうと怒られもしなかった。
そう、半年前まで俺はそんな幽霊部員だった。
ところが今、先輩が引退して部員がひとりになった旧美術室で、何故か俺は絵を描いて過ごしている。
絵を描いている、と言っておいてアレだが、別に絵を描きたかったわけじゃない。
そもそも入部した理由が理由だからな。絵が好きってわけでもないんだ。
だからもし部室が音楽室ならピアノを無茶苦茶に弾いただろうし、家庭科室なら慣れない料理にも手を出したかもしれない。
つまりはなんでもよかった。
俺はただ誰にも干渉されることなく何かに没頭することで、全てを忘れてしまいたかっただけだったんだ。
そして気が付いたら先輩も卒業し、俺は三年生になっていた。
もっとも三年生になっても、俺の求めるものは変わらない。
ただ、それまでと同じようにひとりの時間、俺だけの空間を維持するには、どうしてもクリアしなくてはならない条件がある。
そう、新入部員を何人たりとも入れさせないことだ。
去年は誰も入ってこなかった。その前は俺だけ。さらにその前は先輩だけだった。そのペースで考えるなら、今年も入ってくる可能性は限りなく低い。とはいえ、絶対に入ってこないという保証もない。
だから俺は知恵を振り絞り、新入生を対象とした部活紹介のステージで、ある勧誘文句をぶちかましてやった。
「美術部では部員同士によるヌードデッサンを行いたいと思っています。現在部員は俺ひとりなんでよろしく! あ、あとホモはお断りだからな!」
注目されるのは苦手だから簡潔にこれだけ言って、さっさと壇上から降りた。
我ながら完璧だった。
もし俺がイケメンだったら話は違ってくるが、残念ながら昔から「俊輔君って目つきがちょっと怖いよね」と女の子たちからの評判はあまりよろしくない。
おまけに俺には他にもモテない男の特徴までありがたいことに備わってやがる。
だから女の子は絶対入ってこないし、俺みたいに女の裸を期待したバカ野郎の入部もない。事前にお断りもしておいたから、ホモがやってきても堂々と追い返せるはずだ。
かくして俺はこれまで通り、自分だけの時間と空間を存分に確保できるって寸法なわけ……。
「あ、あの、私、一年の
ところが俺のそんな目論見は、突如現れたおっぱいの大きな一年生の女の子によって脆くも崩れ去ったのだった。
☆
「あー、天野さんって言ったっけ? 君、部活紹介で俺が言ったこと、覚えてる?」
とりあえずガチガチに緊張している天野さんを適当な椅子に座らせると、顧問の先生から手渡されていたものの部室の片隅に放り投げておいた入部希望書を取りに行くのを装いながら、距離を置いて彼女を観察した。
ちょこんと椅子に座ったその表情は、若干緊張がほぐれたように見える。
目が大きくぱっちりしている反面、鼻は自己主張が控えめで、口元はどこかペットの小動物を思わせる形で結んでいた。
ミディアムショートの髪が毛先で複雑なカーブを描くのは一見パーマに見えるけれど、入学初日から校則破りをするような子には見えない。きっと癖毛体質なんだろう。
まぁ、頭のてっぺんからぴょんと跳ねているアホ毛は何とかした方がいいように思うけれど。
うん、アホ毛はともかく、普通に可愛いじゃねーか、この子。
加えていまにもブラウスを持ち上げる胸の膨らみときたら……え、一年生だよね? 三年生でもこれほどのをお持ちの子は滅多にいないよ? こんな子がほんの数か月前までランドセルを背負っていたって、それってもう犯罪じゃないですかね?
っていうか、こんな色々と注目度の高そうな子がなんで
そもそもあの部活紹介をちゃんと聞いてなかったのかなと思って質問してみたんだが……。
「はい! もちろんです!」
マジで?
自分で尋ねておきながら、その答えに驚くあまり、手にした入部希望書を落としてしまった。
ひらひらと舞い降りる紙を慌てて足で掬おうとするもあっさり躱され、床に落ちたそいつを拾い上げようと腰を下ろす。
と、不意に天野さんが椅子から立ち上がる気配がした。
「あ、あの!」
「ん?」
「私、ヌードデッサンをしてみたいんです!」
……は?
思わず呆けた表情をして顔をあげた俺を、天野さんは頬を上気し、アホ毛をぴんと立たせながら、真剣な眼差しで見つめてくる。
「先輩の裸を描いてみたいんです、私」
「いや、そんなより生々しく言い換えなくてもいいから! てか、ちょっと待て。落ち着け。あのな、もう一度訊くぞ? 俺、部活紹介で『部員同士によるヌードデッサン』と言ったよな? ちゃんと聞いてたか?」
「はい!」
「いやいやいやいや! はいってお前、それじゃあ」
「だ、大丈夫です! ミケランジェロも言ってます。『ヌードを描いていいのは、描かれる覚悟がある奴だけだ』って」
「そんなルルーシュみたいなセリフをミケランジェロが言っているわけ……って、おい!?」
パチンと何かが外れたのが聞こえた。
続いてシュルシュルと衣擦れの音が部室に響く。
パサっと黒い布が床に落ちた。
白い二本の脚。その付け根に風に舞い上がる花びらよりももっと薄い桜色のパンツ……。
「お、おい、冗談は」
「じ、冗談じゃないです。本気です、私」
そう言っている間にもブラウスを脱ぎ終えた天野さんは後ろ手に背中のホックを外すと、ブラジャーも床に脱ぎ捨てた。
でっかっ!
なにそれ、でっか!!
ブラウス越しにも大きいなとは思ってたけど、実物はそんな俺の想像を遥かに超えていた。まさかこいつ、ブラジャーでおっぱいの戦闘力を抑えていたというのか!?
俺の脳内おっぱいスカウターが爆発を起こして弾け飛ぶ。
見ちゃいけないと思いつつも、ついついその超弩級なふたつの膨らみに目が釘付けになる。
「や、約束ですよ。私の後は先輩も……」
そして俺が勃ち、もとい立ち尽くす中、とうとう天野さんはパンツまで下ろして真っ裸になってしまったのだった。
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