第4話



 現在、冒険者ギルドの内部には大勢の冒険者達が集められていた。

 緊急を意味する鐘の音によって、街に散らばっていた冒険者達がこの場所に集められた形だ。

 その冒険者達の視線の先にいるのは、見上げる程の体躯を持つ男。

 この街の冒険者ギルドにおいて最高責任者を務める、ギルド支部長である。

 彼は集まった冒険者達の顔を見渡して、声を張り上げた。


「もう知っている者も多いだろう。先刻、東の農村から赤色の狼煙が上がった。冒険者ギルドとしての義務と矜持がある以上、皆々には力を貸してもらう。レノ、説明を」


 名を呼ばれて、小柄な受付嬢が前へ出る。


「はい。依頼書の確認をおこなったところ、現地にはアイアン級の冒険者パーティが依頼で逗留していたようです。それでも赤色の狼煙が上がったという事は、現地の冒険者達だけでは対処できない魔物が出現したと考えられます」


 小さなざわめきが、波紋のように広がる。

 冒険者として最初に覚える知識の中に、狼煙の上げ方と色の意味がある。

 その中でも最悪を意味する赤色の狼煙は、不吉な血の色として冒険者の中でも忌み嫌われている。

 それが近隣の農村から上がれば現地がどうなっているかなど、想像に難くない。

 

「アイアン級の冒険者で太刀打ちできないなら、被害はとんでもない事になるな」


「ギルドもこの事態を予測してなかったみたいだしね。この地域にいた魔物の仕業じゃあなさそう」

  

「別の地域から流れてきた飛竜種か、もしくは突発的に発生した幽鬼の類か」


 冒険者ギルドに所属しているのはなにも、魔物を狩る冒険者だけではない。

 魔物の特性や痕跡を研究する研究者や、その地域の生態系を観察記録する観測者と呼ばれる者達もいる。

 そう言った者達によって危険な魔物はいち早く発見され、近隣の地域へと注意勧告がなされる。


 特に東の農村は開拓が進んだ地域にある。

 魔物が出没する可能性さえ低いというのに、それほどまでの被害を呼ぶ魔物の存在を見過ごすわけがない。

 加えて、支部長の反応を見るに今回の出来事が不測の事態だという事は容易に見て取れた。


「聞いた通り、魔物の情報は皆無に等しい。そのため対処はシルバー級以上の冒険者に限らせてもらう。それ以外は後方支援と住人達の救助に回ってくれ」


 命令を下した支部長に、一人の冒険者が声を上げた。

 その声は俺の聞き覚えのある……嫌と言うほど聞いて来た声だった。


「魔物の対処には私達、嵐の角笛が向かいましょう。いえ、ちょうどいい。これを昇格試験にしてくれませんか?」


「こんな時にまで昇格の事しか頭にないのか、リリーナ!」


「黙っていてください、レイゼルさん。……いえ、この際です。黙らなくて結構。たった今、この時をもって貴方を嵐の角笛から除名します。使えない上にリーダーの意向に歯向かうメンバーなど、必要ないので」


「……そう、来たか」


 嵐の角笛のメンバーを引き連れたリリーナは、絶対に引き下がらないだろう。

 一年間、同じパーティの仲間として戦ってきた他のメンバーでさえも、俺の言葉に耳を貸そうとしない。

 そしてメンバーが持っていた書類を受け取ったリリーナは、受付嬢へと書類を押し付けた。

 正式な効力を持つそれが受付嬢に渡った時点で、俺はもう嵐の角笛のメンバーではなくなった。 

 元仲間達は、除名された俺を見て薄ら笑いを浮かべてさえいる。

 結果、俺と言う邪魔者を追放したリリーナは、再び支部長へと問いかける。

 

「これで私の意見に逆らうメンバーは居なくなりました。支部長、嵐の角笛はいつでも状況の収拾へ向かうことが可能です」


「……良いだろう。初動の対応は嵐の角笛に一任する。住人の救援部隊は物資と荷馬車の確保が出来次第、順次出発。一人でも多くの人命を救ってくれ」


 逡巡の後に、支部長はリリーナの提案を受け入れた。

 ゴールド級への昇格を控える嵐の角笛という冒険者パーティは、この街にとって最高戦力に等しい。

 支部長としても嵐の角笛に対応を任せるのが最良の案だと判断したのだろう。

 対応は決まった。ならばあとは行動に移すのみ。

 その場の流れが決まりかけたその時に、隣から声が上がった。  


「ちょっといいかな。アタシもその先遣隊に混ぜてほしいんだけど」


「お、おい! なに考えてんだよ!」


「いいでしょ、別に。住人の命を守るのも冒険者の義務だからね」


 もっともらしい理由を付けてはいるが、恐らく本気ではない。

 危険な魔物がいる場所に自分も行きたいだけなのだろう。

 ただ自ら声を上げた晄に、支部長はいぶかし気に視線を向けた。


「見ない顔だな。君は?」


「天時雨晄。一応はゴールド級の冒険者をやってるよ。冒険者章も確認する?」


 何気なく答えた晄に対して、ギルドの中は騒然となる。

 

「あの緋色の剣聖か!?」

「なんでこんな街に……。」

「まさか、偽物だろ?」


 ざわめく冒険者達の中でも、支部長は冷静だった。

 そして見極める様に晄へと視線を向けて、小さく頷く。


「あの緋色の剣聖が加わると言うのであれば、断る理由はない」


 難なく承認された晄は満足げだが、当然それを快く思わない者もいる。

 見ればリリーナ達が晄を睨みつけていた。

 現地で邪魔をしてくるんじゃないかと邪推しているのだろう。

 そんな事をして利点など一つもないのだが。


「最後に確認しますよ、晄さん。私達と組む気は、本当にないんですね?」


「うん、全然ないよ。これっぽっちも、全くない」


「そうですか。所詮は合理的に物事を考えられない人物だった、という事ですね。失望しましたよ、緋色の剣聖」


「別に構わないよ。レイゼルの実力を見抜けなかったお嬢ちゃんの評価なんて、欲しくもないからね」


 光は笑顔のままでリリーナへと返答する。

 しかしリリーナや嵐の角笛のメンバーは、それこそ憐憫の視線を晄へと向ける。

 それどころか周囲の冒険者達でさえ、なぜ晄が俺をそこまで評価するのかわかっていない様子だ。

 だがそんな周囲の視線を気にした様子もなく、晄は俺の腕を掴んで出口へと向かう。


「行こうか、レイゼル」 


「お、おい!」


 困惑したままの俺は、晄の馬鹿力で引っ張られてその場を後にする。

 そもそも、余りに強引な幼馴染の態度が今一理解できずにいた。

 ふと見れば、その横顔には微かな怒りが浮かんでいた。

 そんな気がした。


 ◆


 ギルドの周囲ではせわしなく荷馬車が行き交い、医療品が積み込まれている。

 どれだけの被害が出ているのかは予測できないため、ギルドはありったけの馬車で準備を進めていた。

 その中でも先遣隊である嵐の角笛はすでに出立し、同じく晄の馬車も準備が整いつつあった。

 俺も馬車の調子を確かめながら、晄へと声をかける。


「あんまりリリーナ達に喧嘩を売るなよ。これからの事を考えると、いい結果にならないぞ」


「あれぐらい言い返さないとアタシの気が済まないからね。それで、これからどうするの?」


「どうするって、なんだそれ。お前は現地に向かうんだろ」


 支部長に現地へ向かうことを認められたのは、あくまでゴールド級冒険者である晄だけだ。

 除名が余りに唐突だったため断定はできていないが、俺の階級は良くてアイアンと言ったところだろう。

 少なくとも、晄のように単独で現地へ向かう許可を貰える階級ではない。


 ならば一人でも多くの命を救う為、医療品を満載した馬車と共に現地へ向かう予定でいた。

 だが晄はじっと俺を見つめたまま、繰り返し問いかけてきた。


「アタシの事じゃなくて、レイゼルはどうしたいの?」


「いや、俺は……。」

 

「言っておくけど、今さらアタシに嘘は通用しないよ」


 軽やかに馬車へ飛び乗った晄は、迷いなく俺に手を差し伸べた。

 それが俺の答えだとでも、言わんばかりに。

 いや、実際にはその通りなのだろう。


 気が付けば、晄の手を握り返していた。

 そのまま馬鹿力で引き揚げられ、晄の隣へと腰を下ろす。

 見れば晄は満足げに頷いている。

 ついでに手綱も押し付けられたが、そこは気にしないでおこう。


「村へ急ごう。魔物を止めて、被害を抑える」


「そうこなくっちゃ。やっと昔のレイゼルが戻ってきたよ」


「今までは違って見えてたのか」


「正直に言えば、今までのレイゼルはひ弱で覇気がなかった。それに凄くつまらなそうだったしね」


 容赦のない言葉に苦笑を浮かべる。

 確かにこの一年間、嵐の角笛として活動してきて楽しいと思ったことは一度もない。

 それが俺の表情や態度に出ていたとすれば、晄がそれに気づかないわけが無かった。

 ただ晄はついでに空恐ろしいことを口走った。

 

「でも戻ってくれてよかったよ。これでまた、本気の試合ができるから」


「あれはもう、勘弁してくれ」


 かつての苦い記憶がよみがえり、軽い頭痛に頭を抱える。


「ううん、絶対に勝負してもらう。でもその前に昔の勘を取り戻してもらわないと」


 そう言うと、晄はある方向を指さした。

 それは赤い狼煙が上がっている方向だ。

 まさかと思い晄を見れば、藍色の瞳と目が合う。

 冗談の色など微塵も感じさせず、晄は言い放った。

 

「まずは適当な魔物で試し斬りといこうか」

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