第3話
「ちょっと! これってどういうことよ!」
晄に話を持ち掛けられた翌日。
俺は酷い二日酔いの頭痛に悩まされながら、晄と共にギルドへ足を運んでいた。
もちろん、晄と共に昨日の話に合った銀鉱山へと向かうためだ。
だが問題が起こった。街を出る手続きが出来ないのだ。
晄は吠えると、窓口のカウンターをぶっ叩き身を乗り出す。
対応してた受付嬢も笑顔を引きつらせる程の大声に、ギルドの内部にいた他の冒険者も何事だと視線を向けていた。
「落ち着けよ、晄。そんな慌てることじゃないだろ」
「逆になんてレイゼルはそんなに落ち着いてるのよ! アンタ、この街から出られないのよ!?」
「で、出られない訳ではありません。ですが街から離れるにはパーティリーダーからの承認が必要なんです」
受付嬢が話すには、メンバーが勝手にパーティを抜ける事を防ぐ処置なのだという。
確かにパーティとして登録しているからには、メンバーが勝手に行動していては意味がない。
俺自身はこの一年間、常に嵐の角笛のメンバーと行動を共にしていたためそんな規定があるとは全く知らなかったが。
しかし、俺はもう嵐の角笛のメンバーではない。
「いや、それなら問題ないはずだ。つい昨日、リーダーからパーティを追放されてる」
「そうよ! アタシも聞いたんだから! コイツが自分より年下の娘に曲芸師呼ばわりされて……ふふっ」
晄が楽し気で何よりだ。後から何かしらの仕返しを考えよう。
ただ受付嬢は手元の書類を確認して、再び首を横に振った。
「ですがまだレイゼルさんは嵐の角笛の一員として登録されています。除名をするにしても、正式な手続きをしてもらわない限りは……。」
「その手続きっていうのは、すぐにできるのか?」
「いくつかの書類を揃えていただければ」
「じゃあ今できる手続きを進めておいてくれ。書類を揃えてくる」
受付嬢から提示された必要な書類は、さほど多くはない。
そのリストに目を通していると、晄が不満げに声を上げた
「えぇ……今から?」
「晄はここで待ってろよ。こういう手続きは嫌いなんだろ」
晄は昔から細かい作業が嫌いだった。
とは言え俺がこんな作業をせずとも、リーダーであるリリーナが除名の手続きを済ませておくと言っていたはずだ。
報酬の分配や、依頼を受ける際の手続きで俺の名前が必要になるため、次の依頼までには除名を済ませるつもりだったのだろう。
だがつまり、今日明日での除名は望めないという事になる。
なら俺が手続きを済ませて、さっさと嵐の角笛を抜けた方が手っ取り早い。
あれだけ啖呵を切っていたのだから、リリーナも文句は言わないだろう。
とそんな時、背後から聞き覚えのある声が上がった。
「すこし待ってもらえますか?」
ふと振り返れば、ギルドの入り口には見覚えのある姿があった。
いや、もう見ることのないと思っていた姿と言えばいいか。
よくもまぁ、昨日の今日で俺の前に顔を出せたと感心する。
リリーナは罪悪感などおくびも感じさせず、俺達の前に姿を現した。
「止める理由が分からないな。脱退の手続きを済ませようとしてるだけだが」
「えぇ、レイゼルさん。貴方を呼び止めた訳ではありません。私が声を掛けたのは、そちらの晄さんですから」
そうかよと吐き捨てる俺には目もくれず、リリーナは晄へと視線を向ける。
一方の晄はと言えば、リリーナを挑発するような、下卑た笑みを浮かべていた。
「なるほどね。アタシが来るのを張ってたわけだ。褒められたやり方じゃないよ、それって」
「わかっています。でも貴女が本物の緋色の剣聖なら、もう一度だけ話をしておきたかったんです」
「まさか疑ってるの? アタシは全然、試してもらってもいいけど」
丁度いいと言わんばかりに、晄は両手を広げて見せた。
そこでリリーナが挑発に乗っていれば、瞬時に晄の剛腕が振るわれただろう。
晄の常套手段だ。思い返すだけで血の味が口に広がる。
ただ自信家のリリーナにしては驚くほど、素直にかぶりを振った。
「いえ、まだ実感がわかないだけです。生きる伝説とさえ呼ばれる冒険者と、こうして直に話せていることが」
「見え透いたお世辞は結構。それで、待ち伏せをしてまでしたい話っていうのを聞かせなさい」
「非常に単純な話ですよ。ぜひとも晄さんには、私達のパーティに入って欲しいんです」
「「は?」」
思わず声が出てしまったのは、俺だけではない。
隣を見れば、呆けた顔でこちらを見つめる晄と目が合った。
しかし、晄と俺が同じ幻聴を聞いたとは思えない。
ただこの状況で晄を引き入れようとすること自体が、信じられなかった。
なにをどう考えれば、自分達の側へ引き込めると考えたのか甚だ疑問ではある。
数秒間の沈黙の後に、リリーナは構わず話を続けた。
「緋色の剣聖としての伝説はいくつも聞いています。極東の大剣豪に師事し、剣術を極めたのだとか。実力は伝説と、金色の冒険者章が示している。私達、嵐の角笛もゴールド級への昇格が控えています。その後、プラチナ級への昇格も夢ではありません。そうなった時、貴女の力が必要になります。そして貴女も私達の力が必要になっているはずです」
「ごめん、なに言ってるのか全然理解できない。レイゼル、どういうこと?」
さすがの晄も、引きつった笑みを浮かべていた。
晄が理解できないと言ったのは、そのままの意味でないだろう。
リリーナの話の内容を理解できていないわけではない。
なぜリリーナはこうも堂々と勧誘できるのかと、言外に晄は聞いているのだ。
両者の印象は、初対面の時から最悪に近い。
特に晄は、俺が見たこともない程の嫌悪感をリリーナへと露骨に向けている。
そんな相手を利害関係が一致するからといって、なぜ仲間に入れようと思えるのか。なぜパーティに入ってくれると考えられるのか。
以前から感じていたリリーナの持つ致命的なズレをまざまざと見せつけられた俺は、そっと晄に助言をする。
「いや、まぁ、素直に答えればいいんじゃないか? リリーナはその、察しが悪いからな」
「なるほどね。じゃあ、お嬢ちゃんとは組む気はないよ」
「断ると言うのですか? 私の誘いを」
「そう言ったつもりだけど? だってアタシとレイゼルが組めば、すぐにでもプラチナ級に上れるはずだからね。気の合わないお嬢ちゃんと組む理由なんて見つからないよ」
今度は俺が度肝を抜かれる番だった。
見れば晄はしてやったりと言わんばかりに、満面の笑みを浮かべている。
勿論、俺への悪意が満載の笑みである。
だが俺よりも劣ると言われたリリーナが、黙っているはずがなかった。
こめかみに青筋を立て、今にも飛び掛かってきそうな勢いでまくしたてる。
「晄さんの名誉を守るの為に言っておきます。その男は貴女が思っているような人間じゃありませんよ。この先、きっと貴女の成長を阻害して、足を引っ張る事になる。それでもいいんですか?」
「足を引っ張る? レイゼルが、アタシの?」
「えぇ、そうです。その男は私達のパーティにいながら目立った活躍もしていませんでした。シルバー級ですら一線で戦えない冒険者が、緋色の剣聖と肩を並べて戦えるとは到底思えません」
明白な怒気を含ませた声音で、リリーナは言い放った。
それもそのはずだ。晄は嵐の角笛という新進気鋭の冒険者パーティよりも、俺個人の方が有望だと断言したのだ。
ゴールド級への昇格を控えるパーティのリーダーとしては、とても看過できる言葉ではなかっただろう。
だが、晄はそんなリリーナの反応を見て――
「あっはははははは!」
なぜか、爆笑していた。
それも昨夜と同じく、ギルドの内部に響き渡る程の声量で。
困惑するリリーナを前に、晄は俺の肩に手を置いて涙を拭った。
「いやぁ、笑った! ねぇ聞いた!? アタシとレイゼルが肩を並べて戦えるとは思えないってさ! まさかそんな事を言われる日が来るなんて、思ってもいなかったよ」
「そのでかい声で急に笑う癖はいい加減に治せよ。リリーナも引いてるだろ」
「ごめんごめん。でもお嬢ちゃんがそこまでアタシを高く買ってるくせに、レイゼルを低く見てると思うと、面白くってね」
ひとしきり笑った晄は、酷くご機嫌な様子だった。
そして周囲の視線が集まっている事など気にもせず、まっすぐとリリーナの元まで歩いていく。
唐突に距離を詰めてきた晄を前に、リリーナは一歩だけ後ろへ下がる。
身長の差から、見下ろす方になる晄と、それを睨み上げるリリーナ。
いがみ合うような二人を前にして、ギルドの内部にはいつの間にか静寂が訪れてた。
大勢の冒険者やギルドの関係者が見守る中、最初に口を開いたのは晄だった。
「ねぇ、お嬢ちゃん。貴女が曲芸師と呼んだこの男が誰なのか、本当に知らない? ゼントールのおじさんからも聞いてないの?」
「知りません。もともと興味がありませんでしたから」
即座に答えたリリーナに、晄は小さく肩をすくめる。
「なら、いい機会だから教えてあげるわ。このレイゼルはね――」
その瞬間、蝶番が悲鳴を上げる程の勢いで、ギルドの扉が開け放たれた。
飛び込んできたのは、ギルドの職員と街の憲兵。
職員は窓口の奥へと姿を消し、残された憲兵はギルドにいる全ての人々に届くよう声を上げた。
「で、伝令! 遠方から赤色狼煙を確認しました! 繰り返します! 赤色狼煙を確認!」
赤色狼煙。
それは冒険者ギルドと近隣の村々で定められた、ある意味を表す狼煙。
魔物による壊滅的被害を被った、あるいはそれほどの被害が予測される。
その際に空へと立ち上る、危険を表す赤き印。
凶悪な魔物が人々を襲う際に流される、流血の印であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます