第38話 英雄剣

ネルは1人、街の周辺の森を歩いていた。


災厄がどのような姿で、どのような力を持っているか判明していない以上、なるべく1人になるべきではないことはネルも分かっている。

それでも、1人になりたかった。


あれからレインはまだ起きてない。魔力を使い尽くしたために眠っているのだ。神竜ネヴィルスも用があるらしく街に留まっている。


ミスナの過去を聞いて考えてしまった。

人間は魔物に非道を強いてきた。

もちろんネルやレインも魔物を殺す。だがそれは意志のない魔物──ただ暴れるだけ、ただ目の前のものを殺すだけ、そんな魔物、もとい魔獣のみを相手にしている。

意志のある魔物には、相手がしかけない限り手出しをしないようにしてきた。


だが、人間はどうだ。

害ある魔物も害のない魔物も、意志の疎通ができる魔物もできない魔物も。

人間と同じように過ごしているだけの生命達を。

ただいたずらに殺している。

本当に憂うべきなのは、災厄なんかより人間の存在価値の方じゃないのか───。

そこまで考えてしまった。


だが同時にネルは知っている。

これまで触れてきた人間の温かさも。

レイン達と同じ温かさを持つ存在も、無視してはいけない。


ネルはそのまま1人、フラフラと森を歩いていた。

すると、木漏れ日が差す草陰や木の枝など、周囲に複数の気配を感じた。

これは──魔物!



すぐに剣の柄に手をあてる。

気配を察知できても正確な居場所や数までは断定できない。一体、何の魔物だろう。

すると気配を感じたとほぼ同時に、周囲が霧に包まれた。これはまるで──。


「勇者ネル。私はやはり、あなたを──」


霧の一端から届いた声は、やはり聞いたことがあるものだった。

世界樹の護り手エレメントフェアリーの、ミスナ。


晴れた霧の奥でミスナは宙を漂い、ネルを見下ろしている。

ネルは剣をとったままミスナを見ると、周囲からは複数のエルフが出てきた。

皆、弓を構えている。攻撃の意志を抱いているようだ。

それを察知し、ふぅっとため息をつきながら漂う彼女に問いかける。


「ボクが、そんなに嫌いか…」

「ええ、嫌いです。というか人間が嫌い。あなたは何の罪もありません。ただ、人間だっただけ。」

「そうか…」


それを聞いたネルはゆっくりと目を閉じ、剣の柄から手を離した。

そしてそのまま頭を下げた。

深々と、真に謝罪の意を示そうと。


その瞬間に、別の気配に気がついた。

と同時に、再び剣を手にとっていた。


「なっ、なんであなたがあやま──!」


ミスナの声は途中で途切れた。




ガサガサと草が踏み倒される音を響かせて、人間の大男達が乱入してきた。


「いや〜大漁大漁。こんだけいりゃあしばらく遊べますぜ!」

「なんか人間も混じってるが、アレ結構上玉じゃねぇの?まだ子供そうだが、高く売れそうだ!」

「フン、まずは俺が味見してから売るとしよう。」

「あーずるいですぜボス!俺にもちょっと試させてくださいよ!」


遅かった。

周囲のエルフやミスナに注意を払いすぎていたせいか。


ミスナは死角からの一撃で気絶し、エルフ達と共に一瞬で捕らえられた。

おそらくミスナも、ボクに注意を払いすぎたのだろう。本来こんな簡単に捕まるはずがない。

悔しさで唇を噛んだ。何が勇者だ、何が正義だ。1人の魔物にちゃんと謝るどころか、自分のせいで窮地に立たされているではないか。

…せめて、せめて彼女らはボクが守らないと!



剣を向けた。人間達に。

勇者が、人間に剣を向けた。


それを見て、男達は理解したようだ。

目の前の子供が捕らえた魔物の味方をするつもりだ、と。


「おいおいそこの嬢ちゃん。いい格好してんじゃねえか。貴族の令嬢か何かか?だったらその貴族脅してさらに稼げそうだぜ。

だがまあ、悪いことは言わねえ。大人4人に囲まれて無事でいられるわけがねえ。さっさと剣を下ろしな。でないとこのエルフ達、殺しちゃうよ?」

「くっ…」


ネルはどうするべきか、酷く悩んでいた。

剣を向けたとは言え相手は人間。

自分は人間を傷付けられるのか?

それに、自分の身よりも、ミスナ達の方が──。


《それでいいのかい?勇者。》

…え?

《それでいいのかと聞いている。》

えっ、え?誰ですか?これ、テレパシー?


突如降り注がれた謎の声に、困惑を隠せなかった。


《ボクは君だけど。あー…いや、この場合だと違うか…。

んーそうだな……ボクは聖剣、って言ったら信じるかい?》

え?聖剣…?

聖剣が、喋ってる?それも直接脳内に?

え?そんなことある?

《やっぱり信じられないかい、まあいい。

ボクは今君が装備してる聖剣──聖剣カノン。原初の勇者にしか抜けなかった逸品だよ。

うん、まあややこしい話はとりあえず置いとこう。そんなことよりも、君は今窮地に立たされているんじゃないかい?》

あ、ああそうだ。

なんか突発的な怪奇現象に巻き込まれたせいで忘れかけたけど、人質を取られているんだった。

くそう…どうすれば…

戦おうにもボクの力では複数の人質を助けながら男数人をなぎ倒すなんて…

《んーやっぱりピンチなんだね。じゃあ、ボクに体をかしてみなよ。》

…え?は?

《ボクなら、この状況を打破できる。だから、君の体を、ボクにちょっとかしてくれ。》

…何言ってるんです?よく分からない、自分は聖剣だとか言ってる人に体貸すとか…嫌なんだけど…

《いや、大丈夫大丈夫。ボクは君。君の別人格みたいなものだから。》

別人格?そんなものがボクに?


「おいおい嬢ちゃん、さっきから黙ってどうした?何にもしないんだったら、さっさと剣置きな。大丈夫、こっちも何もしねぇから」


男達の1人がボクにそう言うと、不気味に笑ってジリジリと近づきだす。

時間が…

《だから貸しなって。ボクなら一瞬で一網打尽にできるから。》

く…男達に捕まってエルフ達やミスナを助けられないよりだったら、可能性があるんだったら…そっちの方がいいのか…。

わかった、じゃあ…貸すよ、ボクの体…。

《ホント嫌そうだね…まあいっか、じゃあちょっとかりるね〜》


その瞬間、ボクの意識は薄らいだ。



気がつくと、何か遠い視点のような、よく分からない状態で自分を見ていた。

いつも通りの視点なのに、それだけでなくどこか遠くから自分が客観的に見える。

これは…どういう…?




青く美しいネルの目は、青い光をほとばしらせていた。

そして漏らした光と共に、眼光は男達を射抜いていた。


「ゲス共…ボクは悪が大嫌いだ。」


男達はキョトンとしていた。

少し様子が変わったように見えるネルを見て、そしてその台詞を聞いて、一斉に笑いだした。


「おいおい嬢ちゃん。だったらなんだい?俺らと戦うってのかい!それはおもしれえ、こっちは手ぇ抜いてやるから、間違っても死ぬんじゃねぇぞ?」


ネル?は聖剣を抜いた。

そして刀身を顔の前に構え、目を閉じ一言唱えた。


「勇者ネルの名のもとに命ず。我が意に応えよ聖剣。」


ネル?がそのまま唱えている間に、目配せさせた悪漢達は一斉にネルを囲んで襲いかかった。

「うぉぉぉぉぉぉぉお!」と、鬨の声をあげながら、猛る獣の如き勢いで。


その瞬間、カッと目を見開いたネル?は詠唱に続いて一言叫んだ。


「聖剣解放!英雄剣カノン!次いで正義ノ徳アヴァロン、断罪の聖剣発動!」


それを言い終えたネルは、神々しい光に包まれ、そしてその光は周囲の悪漢達に向かって解き放たれた。


男達は断末魔をあげることさえ出来ずに、存在ごと、まるで最初からいなかったかのように消え去った。否、消しさられた。

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