第36話 星月夜

魔王殿 会議の間


レインの元にその知らせは届いた。

レイン達の街に、ネヴィルスがやって来たことによって。


「災厄が…復活した?!」


魔王であるレイン、勇者であるネル、そしてカミナやラースといった街の重役の面々に加え、神より知らせを受けたというネヴィルス(人型)と付き添いのミスナの、いわば会議のようなものが執り行われていた。

会議はしばらくネヴィルスとレインの対話で進んでいく。


「そうだ。さらにもう種を撒いたようだ。

…ここ最近、世界樹で調べ物をしていた貴様なら分かるだろ?“災厄の種”、黒き豊穣へ捧ぐ死歌シュブ・ニグラスだ。」

「シュブニグラス?」

「ああ、そういう名の権能だ。生命に種が宿り感染すると、数日で死に至る。やつは邪神、神の1柱なのだからな。権能だって持っている。」

「その権能が、世界半壊の正体ってことか…。…いや、まずくないか?もうその権能が発動されたなら、なんとかして被害を抑えないと!」

「……正直、発動されてしまえばもう難しいだろう。生命から生命への感染、それではどうしようもない。」


確かにその通りだ。経験者であるネヴィルスが難しいと言ってるのだし、俺の知ってる知識で感染症を防ぐ方法なんて…。


「災厄は呪いを司る神なんだよな?なら呪いを打ち消すスキルとかないのか?」

「…オレには思いつかん。前回も対策を講じている間に多くの生命が絶えた。その時は生命が全滅する前に緋天神と共に災厄を討ったのだが…。」

「くそっ…もうどうしようもないってことかよ…!」


ここにいる多くの者たちを見殺しにしなければいけない。

せっかく街も大きくなって発展してきたのに、それらも全て打ち砕かれて、為す術なく住民達が次々に死ぬのを眺めていないといけない。むしろ、自分もそうなるかもしれない。

その瞬間、何かゾクッと悪寒が走り、熱く冷たい思考と静まり返った会議室の重い空気が全身に入ってくる。

…いや、待て。落ち着け。

俺はこの国の主。魔物の長。魔王レイン。

簡単に死を受け入れていいわけがない。


…ラティル、思考加速。何か情報と対策はあるか?

《…黒き豊穣へ捧ぐ死歌シュブ・ニグラスという権能について調べました。

邪神メリアルという神の所持している権能で、世界中に生命力を奪う種をばら撒き、生命から生命力を奪い自身の力に変換するという権能と予想されます。前回の災厄戦では、世界の生命の約3分の2が被害にあい、それら全てが死滅しています。災厄の討伐と同時に権能の効果も消えたようです。》

………なんだそれ。

そんなのに勝ち目はあるのか?

……………。

今更になって、世界を半壊させた災厄の力を実感した。

ネヴィルス達もギリギリ勝った相手だ。災厄も今回は神の妨害をなんとかする策を用意していてもおかしくない。

そんな化け物がさらに手がつけられなくなる可能性があるってことか…。

《…ですがその権能にも1つ弱点があります。》

弱点?!

そういうのを求めてたんだ!一体なんだ?!

《1度ばら撒いて、そしてその種から力を得る。そんな行為が何度も容易くできるものではありません。いくら神の権能でも、です。

つまり、クールタイムが存在すると思われます。》

クールタイム…!

1度使ったらしばらく使えないってことか!

《実際どれくらいの間隔が必要なのか想像もつきませんが…それくらいしか弱点がありません》

つまり今、その権能の力を世界中で満遍なく無効化すれば、防げるはず…。

だが…熾天絶剣があるとは言え世界中にばら撒かれた種を無効化するなんて、できるのか?

《私の知識では限界です…申し訳ございません、マスター…》

…いや、いいんだ。ありがとう。

それだけわかっただけでも大きい。


俺は思考加速を解除して、ラティルから得た情報を集まった皆に開示する。


「ほう…弱点か。」

「でも、世界中に散らばった種を無効化って…レインはできるの?」


ネルは心配そうに尋ねてくる。

…そこが、問題なのだ。

実際どうかと言われると、多分無理だ。

目に見えない呪いを世界中で無効化。そんなことができると思えない。


「…レイン、貴様空間を斬ったことがあったな。オレの権能を。」


何か考えるようにネヴィルスが問うてくる。


「そういえばそんなこともあったな。それがどうした?」

「…空間も、権能で斬れるということか?」

「んー、空間を覆い変えるスキルと権能の併用で斬ったって感じだが……。ん?さすがに世界規模は無理だぞ。」

「そうか……」


ネヴィルスは黙って下を向きながら考え込んでいる。何か考えがあるのだろうか。

再び会議の間に沈黙が訪れる。


しばらく俯いていたネヴィルスが、何かを決めたように顔を上げた。


「…可能性が、あるかもしれん。」



ネヴィルスに連れられ、俺達は会議の間を出て外へ来た。



「いでよ!我が剣、終滅の黒夜ナイトメア!」


凛とした声でネヴィルスは小さな闇色の空間を作り、そこから一振りの黒い細剣を取り出す。

あれは…多分神器だな。


剣を右手に持ったネヴィルスはこちらを振り向き歩き出した。

そのまま俺の前で止まると、手に持つ剣を差し出すように地面に刺した。


「その剣はオレ専用の一振だ。本来他の者は触れることもできんが、特別に許可を出そう。貴様に貸し与える。

…その剣には、最高支配権が付与されている。」


最高支配権?なんだそれ?

《概念的空間を形成する要素の、最高支配権です。あの剣に触れるだけで周囲の空間を操れると言っても過言ではありません!》

…へ、へぇ。またとんでもないのを…。


「いいか?オレは権能で世界中を覆う結界を創る。そうするとその剣には世界中のあらゆる要素が含まれる。最高支配権を行使する間は魔力が消費され、それが世界規模にもなると恐らく魔王である貴様でも魔力が一瞬で尽きるだろう。

だが、その一瞬で、権能で災厄の種を消し去れ。権能を破る貴様の権能でしか出来ないことだ。」


ネヴィルスは真剣な顔で俺に言う。

その表情の険しさで、どれだけ難しいことを行おうとしているのか分からせらせる。


「…それは相当難しい注文だな。だがやるしかないか…」


一応そのタイミングで災厄ごと斬れないかと思ったが、災厄という要素を全ての生命の中から見つけるのも大変だ。一瞬で魔力が尽きるのにそんなことできないだろう。

てか世界を覆う結界を創るとかすごいな、さすが神。


「あ、じゃあボクのエクストラユニークスキル“正義ノ徳アヴァロン”も使って!」

「美徳スキルか、何かできるのか?」

「複合スキルの“無限の正義”で魔力が結構回復できるから、それをレインに送り続けるよ。ちょっとはやりやすくなるんじゃない?」

「おおそうか、助かるよネル!」

「うん…ボクはこれくらいしかできないけど頑張ってね!」


可能性が見えてきた。全ては俺の一振りにかかっている。


「いくぞ、準備はいいか?」

「ああ、いつでもこい。」


ネヴィルスと俺は互いに息を呑む。どちらも失敗は許されない。

ネヴィルスは目を閉じ、右手を前に、詠唱を初めた。

詠唱が付与されているスキルや権能などは、詠唱がなくても行使可能だが、詠唱することによって大幅に威力や効果が増加する。

つまり、この結界はネヴィルスが本気で構築するものということだ。


「…それは堕ちた境界を覆う常夜の闇。

始まりの朝は消え、終わりの夜が無に来たる。

満天捧げ、その光。原初の闇が顕現す…!

権能アドミン!“星月夜デ・ステーレンナフト”!!!」


その瞬間、構えていた剣が青く光り、世界が暗転する。

満天の星、完全な暗闇なのに星が見えるという不可思議に、俺は一瞬、心を奪われた。

太陽を失った、それはまるで、美しい夜。


「今だ!魔王レイン!」


ネヴィルスのその声にはっとした。

念の為の思考加速を発動していなければこのまま結界の美しさに魅入ってしまっていた。

俺の役目は、剣に収束する災厄の種の要素を支配し、それを結界ごと断ち切ることだ。

加速された一瞬。その一瞬に全てを…!


「神すら殺せ、その一刀。権能アドミン熾 天 絶 剣テンサクイシ !」


剣は空を斬った。そのままの意味である。

俺が権能を発動し剣を振り下ろすと、青く光っていた剣が赤い軌跡を残して、その延長上、真っ暗な空にひびが入った。

直後、いつかのようにひびから光りが漏れ、暗い空が欠片のように割れて、消えていく。

パラパラと降り注ぐ黒い欠片が、とても神秘的で、美しかった。

それを見届けた俺は、魔力の枯渇と安心からか、バッタリとその場に倒れ落ちた。

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