第35話 王国の会議

フォロラド王国 王城内軍務会議室


軍務会議室と言うだけあり、長方形の机には王国の政治を担う重要人物達が集まっていた。

王や最高軍務司令官、宰相、聖女テラス、星魔導師クロノス…その他多くの、王が信頼を寄せる国政関与者など、本当に重要人物だけが集められている。

滅多にないその光景に、星魔導師クロノス以外の誰もが少しの緊張を抱いていた。


王はその緊張の糸をプッツリと切るかのように、或いは別の意味での緊張に耐えられなくなったかのように、はぁ、と大きなため息をつきながら重苦しそうに口を開いた。


「人類悪…災厄が目醒めた………」


その一言に、誰もが息を呑んで冷静を欠いた。もちろん、聖女テラスと星魔導師クロノス以外の、だ。


「も、もうですか?!何も変化がないのでてっきりもっと後の事なのかと…」


王の前ということを忘れ、パニックに陥った1人が王に問う。

その顔には普段の思考を保つ余裕など、一切感じられなかった。


「私も聖女に報告を聞いた時は冷静でいられなかった…。聖女に、それは本当かと2度問い返したくらいだ…。だが聖女の信託は外れたためしがない。最早、受け入れるしかあるまい…」


先代の王から座を受け継いだ今の王は、まだ若い。30代半ばと言ったところだろうか。

日々の激務をこなしても笑っていられる彼でさえ、苦渋の表情を捨てられない。災厄が、それほど恐ろしい存在であることを理解している証拠だろう。


「そんな……」


この場にいる皆が、王の言葉に鬱となる。


「詳しいことは、聖女に語ってもらおう…」


王は吐き出すような、限界のような呟き声で、聖女に会話を託した。

聖女テラスはそれに頷き、立ち上がって語り出した。




僕は正直、この聖女がわからない。

僕、つまり星魔導師クロノスという特異な能力を持った人物と同じであることは分かる。

美徳スキル、数あるスキルの中でも特に強力なエクストラユニークスキルの1種。

僕や勇者であるネル、それにもしかしたらあの魔王。それらが所有しているスキルの総称だ。

それをあの聖女テラスが持っていて、それ故に聖女という立場になり、スキルにより信託を授かっているようだが…どうにもわからない。

本当に彼女は人なのだろうか。

僕には、何か大きな事を隠しているように見える。

まあ、僕がひねくれているからそう見えるだけなのかもしれないけれど。


ただ言えることは、スパイとかそういう嘘をついているわけじゃないということだ。それだけはわかる。何か隠しているが、それは隠さないといけない事情があってのことだろう。こちらには多分不利益がないだろうし、しばらく様子を見ておこう。





聖女テラスは、黒いストレートの長髪を金色の装飾品でまとめている。どこか不思議な衣装、王国のような風貌ではなくどちらかと言うと魔王レインの街に似合いそうな風貌の服を着ている。紅白の衣装は何か神聖さを感じさせ、その場にいる誰もが息を呑んだ。

無論、王とクロノス以外は聖女の声を聞くことすら初めてである。


「まずは初めまして、私がテラスです。

聖女として信託を受け、その一言一句違わずに王にお伝えしました。その言葉を皆さんにもお伝えします。」


堂々とした立ち振る舞いに、ややトロンとした紅い瞳、美しい顔立ちに凜とした声。

皆、その聖女に見入っていた。

この場における、唯一の、神の代弁者である。


「…災厄が目醒めた。

彼の者は既に、忌まわしき種を散布した。

世界を滅ぼす種だ。

この世の生物達よ、必ずかの邪神を討たれよ。

なお、充分に留意されたし。

その悪は、人間の姿を真似ている。…以上です。」


それだけ告げると、聖女は出番を終えたかのように着席した。


事前に聞いていた王と、ある程度予測していたクロノス以外の者達は、やはりパニックに陥っていた。

誰も彼もが、円環する死の思考を途絶えられない。そこから既に、災厄の絶望が始まっているとも知らずに。


「聖女よ、その災厄がばらまいたという種のことは何か知っているか?」


王は少し冷静を取り戻し、慌てふためく出席者達を横目に話を進めた。


「詳しいことは存じませんが、1種の感染症、死病だと聞いております。」

「僕もそれについては少し知っている。何やら世界中に病原菌に似た何かをばらまき、それが体内に入ると数日で生命力を吸われ死に至るとか。そしてそれは厄介なことに生物から生物へと感染する。呪いを司る邪神の権能だと。」

「なんという…ことだ……。」


会議室の空気がより1層重くなる。

この権能の1番嫌なところは、数日で死に至るという効果よりも、誰もが他人、或いは自分すらも敵だと思ってしまう点にある。

前回の災厄で世界が半壊したのは、その感染症に加えて生物同士の殺し合いが極大に増加したことも大きな原因なのだ。

互いに互いを信用しない、どうせ死ぬのなら何をしたっていいじゃないか、そういう発想に陥って、世界中が混沌を極めた。

何とも卑劣な権能だろう。

実際に会議室の面々は、口に出さないものの、もう誰かがその種に侵されているのではないかと疑心暗鬼になっている。

これでは前回の二の舞だろう。そう思った王は1つの策を考え出す。


「可か不可かは置いておき、国民を1箇所に集め、延々と呪術の耐性結界を敷くのはどうか。」

「それは悪くない案でしょうね。しかし災厄がこの国の人間でなければ、ですが。」

「ぬう、確かに国民に紛れて災厄がいれば意味がない…」

「倒す敵が現れないのであれば、こちらから攻撃もできない。だが指をくわえて待っていたら次々に生命が死んでしまう。」

「…では、どうすれば、よいのだ…」


会議は難航していた。ほとんど手詰まりであった。一体どうすればいいのか。

歴戦の猛者クロノスでさえ、結論を出し渋っていた。


「…では、災厄を発見できたら、その場で殺せるのですか?」


聖女テラスが、口を開いた。

まっすぐに、眼光でクロノスを射抜いて。


「残念ながら、僕にもわからない。最強の魔王より強いというのなら、もうどうなるか。」

「…可能性は、無ではないのですね?」


その問いに、クロノスはフッと笑って頷いた。


「僕に、絶対不可能なんてない。」

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