第32話 ミスナの過去
「…私の両親は人間に殺されました。代々ドライアドとエレメントフェアリーで子を成す決まりで、父はドライアドで母がエレメントフェアリーでした。幼い頃、世界樹から出てはいけないという言いつけを破り私は外に出ました。結界の中ならともかく、結界の外まで出てしまいました。結界の外には色々な魔物がいて見るだけでも楽しかったです。
…しかし、そんな楽しみもつかの間、私は魔物の密猟をする人間に捕まりました。本来エレメントフェアリーは人間の100万の兵よりも強力な魔法の使い手と言われますが、幼い私は何の力も持っていませんでした。
私が捕まったことはすぐに両親に知れ渡り、両親は私を助けようとしたようですが、私が人質となっているために手が出せませんでした。さらに私の命で脅され世界樹の結界を解き、そこに人間の兵が世界樹に向けて侵攻しました。
私は人間の街で売られるのを待つことになってしまいましたが、そこにネヴィルス様が現れて助けてくださりました。
ネヴィルス様は私を連れて世界樹へ飛んで行きました。人間達は世界樹の外で待ち構えていた両親を、ほぼ無抵抗の両親を殺し世界樹に入ろうとしていました。そこでネヴィルス様が到着し、人間達を全滅させました。この話は、争っている間絶対に出てくるなと両親に堅く言われていたドライアド達に聞いたものです。
…そういう理由で、私は人間が嫌いです。憎いです、今にも殺したいくらいに。」
「………」
俺達は何も言わなかった。何も言わず、ただ聞いていた。隣を見るとネルは俯いて肩を震わせていた。
「…聞いてもどうしようもない話だったでしょう?誰にも理解なんて…」
「…いや、分かるぞ。その痛みは。」
「……分かる?人間に親を殺されたこの気持ちが、人間と共にいるあなたに分かると?」
「ああ、分かる。とてもよくな。」
そう言うとミスナは全ての怒りが凝縮されたような睨みでキッと俺を見る。
「…あなたに、何が分かるんですか?!そうやって適当に相槌をうって、同情して、それで終わりのくせに!あなたに私の、この憎しみの何が分かるって言うんですか?!」
それは最もだ。今ここにこうして立っている俺は隣に人間の勇者を連れている。
こんな、人間と分かり合おうなんて言っている魔物に人間に家族を殺された痛みが分かるなんて言われたら、間違いなく怒る。俺だって怒るかもしれない。
…だが、その思いは彼女のものだけではない。
「…俺もだ。俺も、家族全て、住んでいた街の者達も皆殺しにされた。…勇者に、人間に。助かったのは俺と1人の従者だけだ。目の前に転がる家族の死体を、その表情と身体中の傷跡を、まだ鮮明に思い出す。憎い、殺してやりたい。そう思ったこともあった。というかほとんどそうだった。…それでも俺は人間全てを敵だと思わなかった。」
「…あなたも、家族を…人間に…。でも、それならなぜ人間の、しかも勇者と共にいるのです!例えあなたの家族を殺した勇者でなかったとしても、その人間を敵だと思わないのですか?!」
「…思わない。大事な友だ。」
「なぜそんなことが!」
「心を持っているからだ。魔物に意思があることを理解し、剣でなく手をとろうと考えているからだ。俺は敵には容赦はしない。人間だろうと魔物だろうとそれは変わらない。だが手を取る意思を持つ者は、俺と同じ理想を掲げる者は絶対に捨てない。それは、例え種族が違っても仲間なのだ。同じ平和を望む、それだけで仲間になるには十分だ。」
「…そんな、バカみたいな…」
「見てみろ、この勇者を。お前の話を聞いただけで泣き出しそうになっているぞ。こいつが嫌うのは魔物ではなく、悪だ。そういう人間もいるということを、覚えておくといい。」
「……。」
ミスナは何も言わなかった。ただ鬱屈そうな目でネルを見ていた。
ネルもミスナも、何も言わなかった。
永劫にも思えた沈黙の果てに、ミスナが最初に口を開いた。
「…信用は、しません。災厄を討伐するまでの、暫定的な協力関係です。私はそれも認めたくないですが、話が進まないので我慢します。」
「…ボクは…」
「ネル、落ち着け。協力してくれるだけでもありがたいことだ。」
「…」
ネルは何か悔しそうに、怒っているように唇を噛んでいた。何に怒っているのかは、言うまでもないだろう。
俺は鎧越しにネルの背をさすった。
自分を嫌っている相手の怒りを理解するのはなかなか難しいことだろう。それを容易く越えるネルは、やはりすごいと思う。
「レイン…」
ネルは落ち着いたのか愛玩動物のような表情でこちらを見上げる。瞳はまだうるうるとしているが。
でも落ち着いたのならよかった。
「ミスナ、では正式に協力関係を築こう。後日またここに来る。お互い、少し居づらい雰囲気だし、今日はこれで解散してもいいだろうか?」
「…構わないです。では後日、お待ちしています。」
ただでさえ居づらい雰囲気をより暗くした原因は俺にあるけど。
ミスナは振り返るとそのままこちらを見ずに歩いていった。
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