第29話 夜堕神


「竜?!」

「でっか!」


俺もネルも、さすがに驚いて声を出す。だがしかしそこは魔王と勇者。驚くのもつかの間に戦闘態勢を継続する。

あれは…勝てる相手だろうか…。

《!マスター!すぐに逃げてください!》

うおっ、どうしたラティル、そんなに慌てて!

絶対何かの異常があったんだろう、ラティルがこんなに慌てるなんて普通じゃない。

《こ、これは神竜です!神です!勝ち目はありません!》

か、神だと?!本当に異常じゃないか!

《ネヴィルスという名前でまさかとは思っていましたが、これは先の結界攻撃をマスターに仕掛けた神竜です!》

え、あの結界こいつの仕業だったの?

いやしかしそれが本当だとすると確かに勝ち目はない。逃げるしかない。

急いで転移魔法だ!

俺が瞬間的に転移魔法を展開しようとしたところで、まだ完全に姿を見せていない神竜は黒い吐息を吐く。

それは俺とネルを覆い、俺は展開しようとしていた魔法が発動出来なくなった。───魔法無効化。

…あの結界の権能と同じ力か!

権能を破る俺の権能も、何度も上から使われては転移魔法を展開する隙がない。

…詰んだ、勝ち目のない相手に逃げることもできない。だがこうなっては戦う以外の選択肢がない。…腹をくくるしかないか…。


「…できることならネル、お前だけでも逃がしたかったが…それも叶わないようだ。すまない、俺が弱いばかりに…」

「…!あ、諦めちゃだめだよレイン!最後まで戦わないと。ボクにはアレが何だか分からないけど…でもレインとまだ理想の世界を作れてないから、ボクはここで死ねない!」


それを聞いて安心した。フッと自然と笑みがこぼれる。


「誰が諦めると言った。俺だって同じだ、こんなところで死んでいられない!まだ理想は叶っていないのだからな!」


それを聞いてネルも安心したのだろう、慌てた様子からいつもの元気そうな笑顔に戻った。


「…よーしっ、本気出しちゃうぞ!」


…本当にいい相棒ともだ。俺にはもったいないくらいに。



ネヴィルスは見定めた。そして答えを出した。それは意思などではなく、自分が受けた命令に従うために。

だが少し、ほんの少しだけ変化があった。

かつての友に会えたような、そんな感覚。

今はもう命令に従うだけとなった自分に唯一残された、かつての友との記憶。それが呼び覚まされて仕方がない。

…目の前の男。魔王レイン。

この魔力、この雰囲気、この力。

分かっている、全てを。命令の遂行のために知っている。───それなのに。

それなのにどうしてこんなにも心が落ち着かないのだろう。いつも通り、ただ命令をこなすだけだというのに。

…いや、懐かしさに身を委ねている場合ではない。

そう、それは後でもいい。今は命令の遂行が最優先なのだ。世界のためにも、自分のためにも。


「魔王レイン…。先程はオレ…いや我の結界をよくも破壊してくれたな。あのようにあしらわれたのは3度目だ。…だが次は逃さん。あらゆる力を使って貴様を捕えてやる。」


軽く挑発的な意味を込めて話しかけた。かつての友に話しかけるように。

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