第25話 回想・対勇者クレオ軍

対勇者クレオ軍


レインがネルと合流し話していた頃、ラース先導のメイド隊は住民の避難誘導をしていた。


「ラース様、全住民の避難が終了しました。我々は防御結界の維持と近づく人間の処理でよろしいでしょうか?」

「はい、メイド隊の鬼術娘ジュツキ半数は鬼術姫ジュツオウラルク様と共に結界維持に回ってください。残り半数は私と共にここで守りをかためます。1人たりとも住民に近付けないように、全身全霊をかけてください!」


ラースはこの魔王領ではレインの次に強いと思われる。エクストラユニーク持ちの悪魔将アークデーモンというだけで強力な存在だが魔王の加護を受けているという点で他の悪魔より優れている。強力な悪魔が魔王の加護を受けているのだから、それは当然強い。

そんなラースが相手だ、たかだか数で押すだけの人間が何人来ようが、適うはずもない。

メイド隊や住民達は皆そう思っていた。

だがその考えはたった1つの魔法で打ち砕かれる。



ラースは戦闘態勢に入っていた。敵はどこから来るか分からない。いや、少し離れた外壁の外に人間の気配を感じるが、油断はできない。

ジリジリ詰められるような雰囲気。レインの父ガレトと戦った時のような感覚。


『ラース殿、戦闘準備は万端か?』


突如頭上から話しかけられる。神獣のアルス。私などいなくても敵を殲滅してくれそうな強力な召喚獣だ。準魔王級の強さと言われているが、戦闘している場面を見たことがないので誰もその強さを知らない。


「戦闘準備、完了しています。いつでも戦闘可能です。」

『我らで守りをかためるのだ、そうそう破れはしないだろう。』

「そうだと良いのですが…」


ラースはただ心配だった。自身の身でなくレインのことが。いまやただ1人の主、幼い頃からよく知っている最早たった1人の相手。

レインが自分より強くなっていることはよくわかっていたが、それでも使用人の性というもので、常に主を思ってしまう。

だが、今はここで住民を守らなくてはならない。それが主の望み、主からの命令なのだから。


すると突如、はるか上空から青い光の障壁がやってきて街の全てを包み込む。

それと同時にラースは全身に激しい痛みを感じ、吐血する。


「グハァッ!」

『ラース殿、大丈夫か?!』


これは…聖魔法結界。

魔物の力を著しく低下させる究極魔法。

防御結界の中は耐性でなんとか大丈夫かもしれないが、戦闘態勢に入っていたメイド隊や他の部隊も大きく損傷を受けたことになる。

ここでとどまっていたら、皆殺しにされる!

私が…立たないと…!


結界発動の直後、盛大に鬨の声をあげて、ラースが気配を感じていた場所から人間達が溢れ出てくる。

数は…約1万程。アルスが先陣を切ってなんとか侵攻を防いでいた。


「ラ、ラース様、すみません…メイド隊もラルク様の部隊も大きく損傷を受けてしまい、戦える者がほとんどいません…!」

「…そう、ですか…。」


背後からメイド隊の隊員が告げる。

自分の後ろには今守らなければならない民達がいる。それは主の大事な者達。これらを損なうことは自分の命を落とすことよりも起こしてはならない禁忌。

…ならば、私も命を捨てる覚悟で臨まなくてはならない。主の大事な者を守るために。

失う悲しみを何度も味わった主にこれ以上多くを失わせないために。


「私はアルス様の元へ行きます。戦える者は全て結界前に集合し、意地でもここを通さないように。人間に、我らの矜恃を踏みにじらせてはなりません。死んでもここを守りなさい!」

「りょ、了解しました!」

「…では任せましたよ。」


アレを使うしかない。自身の持ちうる最大の殲滅力。レイン様から何かを奪うことは、私が死んでも許さない。

だから、一撃必殺の、この結界内では命を捨てうる大規模スキルを。ここで放つ。



「アルス様、ここまでの防衛感謝します。大変助かりました。ここからは私にお任せを。」

『…良いのか?動くのも大変そうだがそれで敵を全て捌くと?』

「ええ…大丈夫です。ですので1つお願いしてもよろしいでしょうか?」

『ふむ、何であるか?』

「…レイン様を、私の代わりに、守ってあげてください。

レイン様は私より遥かに強くなられました。ですがやはり心配になってしまいます。後ろを振り返らず進むレイン様は…後ろにいる私からは怖くてならないのです。

いつか、大事なものを拾えない道を行ってしまうのではないか…本当は苦しみしかない未来に進んでしまうのではないか…。不安がよぎって離れません。

…ですから、正しい方向に導いてください。

私の代わりに、ここで散る私の命を以て。」

『…死ぬ気なのか。』

「レイン様のためなら、何だって苦ではありません。」

『…そうか。だがならばもう少し待て。そうすれば我が主も悲しまずに済む。』


アルスには見えていた。

ラースが聖魔法結界の中で大規模スキルを使い敵を殲滅しようとしている事。そしてレインがその聖魔法結界を破ろうとしている事も。

ならば決まっている。全員無事でないと主は喜ばない事は明白だ。主が結界を破ると信じ、今は足止めに徹しよう。


『人間共よ、己が愚かさを呪うがいい!

ユニークスキル「零界の冥獄ニブルヘイム」!』


アルスのユニークスキルで周囲は氷に閉ざされた世界に成り代わる。そこに閉じ込められた人間達は凍り付き、全て死んでいく。まさに冷徹な地獄のようなユニークスキルである。

これにより半数程人間の数が減った。

そして───。

頭上から張り巡らされていた結界が、突如現れた黒い霧により消えた。

主が、やってくれたようだな。


『よし、ラース殿。やるなら今だ!』

「…感謝します。アルス様、レイン様。」


ラースはそう言うと人間の大軍の前に立ち、スキルを発動する。

ラースの持つエクストラユニークスキル───自身の魔力が弱まっていたら必要なエネルギーが足りずに己の生命エネルギーを溶かしていたであろう、必殺のスキル。


「…地獄の夜に、月は嗤う───エクストラユニークスキル「常夜の地獄ブラッド・ムーン」!』


ラースがそう言うと、周囲を暗闇が覆い、その中にいる大軍は突如狂ったように仲間同士で殺しあったり、自身の首をはねたり、様々な死に方で死んでいく。

これが、ラースのエクストラユニークスキル「常夜の地獄ブラッド・ムーン」である。

幻惑魔法のように幻覚を見せているのではなく、いわば死に耐性を持たない者への特攻、死の概念を付与する対軍殲滅スキルである。死の概念が付与された者は過程を問わずに死という結果が生まれてしまい、耐性を持たないと必ず死んでしまう。実はとんでもなく強力なスキルなので、その分消費するエネルギーが大きい。魔力が足りなかったら生命エネルギーを消費するので、聖魔法結界の中で発動していたらラースは死んでいたかもしれない。


「ハァ、ハァ…これで…かなり減ったはず…」


ラースはほとんどの魔力を使い切り、聖魔法結界での体力の消費も含めて満身創痍になっていた。

だがラースのスキルにより眼前の軍は全滅していた。文字通り、1人残らず。


『素晴らしいスキルだった、お見事であるぞラース殿。』


若干上からの物言いだがラースはそういうことを気にしない。


「ありがとう、ございます。私もアルス様のように、レイン様のお役に立てて何よりです。」

『後で主に褒美をいただくと良い。…では我は次なる任務を与えられた故、外壁の外に向かうとする。満身創痍だが、防衛は任せたぞ、ラース殿。』

「…かしこまりました、お気を付けて。」


1連の会話を交わした後、アルスは正門の方へと飛び去って行った。門外の人間の駆逐でも任されたのだろう。

言われた通り、防衛任務に戻らなければ。

そう思いたい住民達のいる結界の方へ足を進めるラースだった。



アルスは主に命じられたように、正門の外に残る十数人の人間と対峙していた。

突然の神獣の出現に人間達は絶望の表情をしていたが、そもそもここから逃げられると思っていたのだろうか。


『我はアルス。主の命により貴様らの殲滅を任された者。』


アルスがそう名乗ると、人間のうちの1人が声を出した。


「俺はマハト、最後尾の軍の長だ。アルス様?だったか、貴殿の主とはここの魔王で正しいか?」

『うむ、我が主こそ魔王レインその人。そして貴様らは我が主に愚かしくも牙をむいた敵である。…これ以上、何も語ることはなかろう。大人しく死を受け入れよ。』

「そう簡単に死を受け入れられるほど安い命じゃないんだが…しかしそうだな、戦うしかなさそうだ。」

『ではかかって来い。我も久々に本気の力を出してやろう。』


アルスがそう言うと、人間達は一斉に同時攻撃を仕掛ける。各々が持つ最大のスキルでアルスの命を狙う───。

だが、もう遅かった。

人間達が攻撃を仕掛けようと動いた時にはもう、決着がついていた。

アルスのエクストラユニークスキル「氷炎摩天楼アブソリュート・クリムゾン」による攻撃で。全ては一瞬の攻防だった。

エクストラユニークスキル「氷炎摩天楼アブソリュート・クリムゾン

氷と炎に閉ざされた結界系のスキル。その結界では氷と炎を支配権はアルスにしかなく、アルスを倒せない限り結界は破れない。


侵攻してきた人間達は、1人の星魔導師を除き、全滅した。それがどのような意味を持つか、世界にまた最強候補の魔王が生まれてしまったという事実に。

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