第24話 ネルの思い、カミナの剣
街は人間達の侵攻による爪痕で正門付近の家屋や道がまだ修復中だが、甘味処は正門から離れた場所にあるので今日も営業している。
甘味処の主人は奢るからと言っていたがそんなことをしていたら街の経済が回らないので俺はちゃんと代金を払って食べる。
「ん〜っ!!ほんっと美味しいね!」
「ああ、これほど美味しい団子もなかなかない。主人は素晴らしい腕の持ち主だな。」
「ほんとだよ、いくらでもいけちゃう!」
ネルは美味しい物を食べる時は変わらずお転婆娘のような元気な笑顔で食べる。
俺はこんな風に笑うネルが1番好きなので、どうかこの笑顔をずっと忘れないでほしい。
するとネルはそれまでパクパク食べ進めていた手を急に止め、神妙な面持ちで俺に尋ねてきた。
「ねえ、レイン。ボクはほんとにこの街に居続けていいのかな?…人間達が覚醒した勇者を魔王領にそのまま放っておくなんて有り得ない気がするし、絶対裏で何か考えてる。それでもボクはここにいられるのは嬉しいけど、でもボクがここに居続けると余計な面倒事にこの街を巻き込んじゃうかもしれない。ボクのせいでこの街の
ネルは今回のことで色々考えたようだな。…確かにただでさえ面倒事が多い魔王に、勇者が付き添ってるんだから余計面倒が増えるに決まっている。この街の危険も増えるかもしれない。
…でも、それでも。
「人間達の思惑は分からないが、どうせ2人とも面倒抱えてるんだ。だったら2人で背負い込んで、協力しあった方がいいとは思わないか?」
「…それは、そうだけど…」
「なあネル、お前はどうしてこの街に居たい?」
「…この街が、好きだから。見たことない街並み、綺麗な自然、それに美味しいお団子。どれも好き。あとは…」
「あとは?」
ネルは俺の方に瞳を向け、すぐに自分の手元に視線を戻す。
…こういう所も女の子らしい。が、あえて気付かないフリをしておこう。
「…こ、これはなし…。この街の色んなとこが好きだから、この街に居たい。」
「…そうか、ならばそれだけでいいじゃないか。好きだから、居たい。それで何を悩むことがある?」
「いや、でも!…好きだから、傷付くのは見たくないから…」
「だったら守ればいいさ。魔王と勇者が並んでるんだ。立ち向かう全てを踏み潰し、この街を守る。それで、いいだろう。」
「踏み潰すって……でも、そうだね。大事だから、守る。そうだ、それが勇者なんだ。うん、だからボクはこの街を守る。そしてレインも、みんなも守る!」
吹っ切れたように、目を見開いて笑いながら、空を見上げるネル。
それを見て俺は安心した。
「バカを言うな。俺がお前と街を守るのだ。俺は女に守られるようなか弱い魔王ではない。
…だが迷いは消えたようだな、何よりだ。」
晴れやかな空が俺達を見下ろす。
この空は、俺達の未来を、理想の世界を見守ってくれるだろうか。
そんならしくもないことを考えながら、俺はフッと笑って目を閉じた。
翌日、延期に延期を重ねたカミラとの手合わせが実現した。
俺が
「お忙しいところをわざわざ御足労ありがとうございます、レイン様。」
「ああ、俺もちょっと楽しみだったからな。せいぜい無様に負けないように気をつけるとしよう。」
「…っ!そんな、自分がレイン様に勝てるなどあるはずが…」
「まあそう堅くなるな。それほどお前の力を信用しているということだ。そのように受け取っておけ。」
「…はい、今後も期待に応えられるよう精進して参ります。」
胸に手をあてお辞儀をするカミナ。男性にしてはそれほど高くない背丈(俺と同じくらい)のイケメンだが、白髪赤眼、2本の角も赤い上に刀や服まで白と赤の統一で、似合っているがなんだかめでたいような印象を受ける。なぜだろう。
さっそくカミナと俺は訓練施設の一角、大規模な個人戦にはもってこいの訓練用闘技場にやってきた。観客席などはないが周りにはその腕前を1目見ようと集まった訓練中の
俺が観戦者の数に驚いていると、目の前のカミナが話しかけてきた。
「どこから話が漏れたのか…こうなってしまいました。すみません…」
「いや、大丈夫だ。しかしこれで本当に無様な負け方が出来なくなってしまった。お互いにな。
…だからお前も俺も、全力でいこう。剣のみの戦いでなく、本当に全力で。」
「…はい、では全力で摂りに行かせてもらいます!」
カミナは苦笑うと俺から少し離れて剣を構える。あれは…抜刀術か?
《イエス、マスター。カミナ様はこの領地最強の抜刀術の使い手と聞きます。首を摂られないように気をつけてくださいね!》
ラティルが楽しそうに話しかけてくる。元々頼むつもりはなかったが、個人での決闘に補助はしないでくれるらしい。まったく、男の戦いというのを心得てらっしゃる。
「ではレイン様、いきますっ!!」
カミナはそう言うと構えたまま距離を詰めにくる。と同時に、俺の周囲を円で囲むようにカミナの分身が出現する。その分身達はカミナ本体と共に俺に迫ってきて───。
「
カミナの全力の一刀が分身伝いに無数の方向から同時に襲ってくる。まさに剣の監獄…。虚像回避を使えば容易に避けられるがそれではカミナに失礼だし面白くもない。
ここは全力でお返ししてあげよう。
俺はカミナと同じく抜刀の構えをして、そしてあの修行の時を思い出す。
「緋天神剣第四秘剣──
それは緋天における断罪の剣。
罪ある者の首のみを一息に全て断ち切る無影の剣。神のみに赦された恐ろしき御業───。
カミナは剣を抜いた瞬間、首を摂ったように見えた。やってはいけない事と分かっているが全力で首を摂りに行くと言った手前、首を摂る前に剣を止めてもいいものか、とそう思っていた。
しかし同時に思っていた。自分より遥かに強い主であるレイン様が、こんなに簡単に自分の剣で倒れるはずがない。自分の全力とは言えそんなものレイン様に通用するはずがない、と。
混ざり合う2つの思いが交差し、一瞬だけ集中が切れてしまったその時。
レインはカミナが気付かない程の一瞬で剣を握り、抜刀の構えをしていた。
やはり!やはりレイン様はこの一瞬先の死の境地を超える術を持っている!
カミナはなぜか自分の剣が破られるかもしれないという焦りよりレインが自分より遥かに格上の存在であったことを確認できた喜びが大きかった。
そして次の瞬間。
レインの首に向けられたカミナの全ての分身達の切っ先は届かず、分身は消えカミナ本体が地に倒れていた。
昔空中の1枚の葉を斬る為だけに全力を尽くした男がいたそうだ。
その男は空気の流れを読み、葉の動きの一瞬を捉え、その刹那で葉が逃げないように一振の剣で周囲を取り囲んだと言われている。
その恐ろしい神業が、葉刀真空流の原点らしい。
その剣の代々の継承者で、現代の当主がカミナということか。
え?そんなすごい剣の名家の当主なのにこんな魔王領で防衛部隊の隊長として働いてていいの?
「やられ、ました…さすが…レイン様です。」
「お前もかなりの腕だ。一瞬驚いたぞ。」
そう言って倒れているカミナに手を貸す。
カミナは何かスッキリしたような笑顔になって俺の手を取る。
あまりの一瞬の出来事に会場は静まり返っていたが、それで俺の勝利が分かったらしく、大いに歓声が湧き上がる。
「これからも修行を続けます。またお相手してください。」
「ああ、いつでも相手になろう。」
こいつは本当に真面目だな。俺は剣だけじゃなくてもいいって言ったのに。
《マスター、カミナ様はスキルを使ってましたよ。しかもエクストラユニークスキルでした。》
なにっ?!全然分からなかったぞ!
《あの分身です。あれは剣術の奥伝に加えてスキルで分身体を加えたアレンジの技だと思われます!》
そうだったのか…知らなかった。
というかカミナはエクストラユニークを所有してたんだな、それも初めて知った。
でも、この手合わせをしてよかったな。カミナのことを色々知れたような気がする。
これからもこの街の守護者として頑張ってほしい。
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