第19話 禍根
そこには、因縁のあの男が血にまみれた剣を振りかざしながら、立っていた。
勇者っ…!あの男…!
俺は冷静な判断ができないくらいに怒っていた。あの男が、また俺の前で、無辜の命を絶っていく。
許さない…!絶対に……!
すると俺が攻撃をしかけるより早くネルが叫んだ。
「勇者クレオ!これはどういうことですか?!なぜあなたがここにいる!なぜ師匠と共に来ている!なぜ…なぜ無辜の民を殺している!!」
その悲痛な叫びは熱を帯びた俺の思考を冷静にした。
ネル…やはりお前は…
「おやァ?勇者ネルじゃないか!どうしてここに?お前には魔物の殲滅を命じたはずだぞ?そんな簡単なこともできずになぜまだ生きてるゥ?」
「それ、は……」
「はははっ!どうせ無理だと分かっていたけどな!教えてやる、俺がお前をここに単騎で送り込んだのはお前を殺すためだったのさァ!お前が魔王と殺し合いィ、弱った魔王とお前諸共俺様の手で殺すつもりだったんだけどなァ!」
「な、なんだと…?!ボクを、殺す…?なぜ、なんでボクを殺そうとしたんだ…?!」
「なぜって、そりゃあ決まってんだろ!お前が、邪魔だからだよ!元々勇者は俺だけだった、なのに…お前が勇者の卵として現われてから俺への期待は全てお前に向けられた!本物の勇者だの真の使いだの、散々褒められてたなァ!おかげで俺は偽物扱い、金で呼ばせただけのただの傀儡だと、そう呼ばれ続けた!腹いせに魔物の街を潰しまくってたら王にバレて怒鳴られるし、てめぇのせいでいいことねぇんだよ!お前まじで邪魔なんだよ!だから魔王と共に殺し、俺様がまた栄光の勇者となろうと思ってたんだよ!」
「っ!そんな…風に…思ってたのか…」
ネルの表情は勇者クレオの一言に伴いどんどん暗くなっていき、最後には今にも泣きそうになっていた。同じ勇者だと思っていた相手は自分を殺そうとしていたのだ。しかも実はとんでもなく嫌われていたと知って。大人の怒鳴りは年頃の子供のネルには効いたようだ。
俺にもかなり効いた。ただでさえ仇だった相手が、俺の住民を殺し、友を侮辱し殺そうとした。
許せなかった。怒りでどうにかなってしまいそうだった。俺がもしカルラだったら相手をボコボコに出来てしまっただろう。それだけ激怒していた。
絶対に、殺す!
《星結界、分析完了。対抗スキル模索、発見。ユニークスキル「魔王覇道」と融合。成功。ユニークスキル「大魔王覇気」に進化しました!》
とりあえず、こいつは絶対に許さない。ネルに泣いて詫びさせてやる。
ユニークスキル「大魔王覇気」発動!
その瞬間、俺の周囲を黒い霧が包み、その霧は一瞬で拡大し街全体を覆う。それは、空間の概念を覇気によって覆い変える、魔王の力。
数秒して霧が晴れると、ピラミッド型の結界はなくなっていて、勇者クレオは膝をつき、後ろにいた1人を除き街の中に侵攻していた人間が倒れていた。外壁より外にいる人間はまだ生き残っていると思われる。
いつもなら「えっ?強すぎないこのスキル?」と言っていただろうが、今はそんなに心に余裕がない。
許さない、その怒りだけが俺を動かしていた。
ラティル、「
《…イエス、マスター。自動発射で殲滅します。》
結界がなくなったことでかなり動きやすくなった。魔力も元に戻っている。
「ヒェッ!な、なんだお前!あ、お、お前が魔王か!俺様にこんなことをしてただで済むと思っているのか!」
「黙れ、でないと今すぐにでも殺すぞ」
「ヒッ、ヒィッ!」
ギロ、と睨むと膝をついたままの勇者クレオは相当怯えていた。
ネルはまだ泣きそうな顔をしながらこちらを見ていた。
「安心しろ、ネル。あんな奴らが何人お前を見捨てようが恨もうが、お前には俺がいる。他の全てがお前の敵になっても、例え俺が何度殺されても、俺は大事な友のために蘇る。俺だけはお前を理解してやる。もし理解できない時はそう言ってやる。俺はずっとお前の友でいてやる。…だからそんな顔をするな。お前は、笑った顔の方が、100倍似合っているぞ。」
「レイン……」
ネルはついに、保たれていた色々な感情が溢れて泣き出してしまった。
静かに、ドシャっと座り込んで、俯いていた。
それを見て俺は少し落ち着く。
…ちょっとやりすぎたかもしれない。
《マスター、落ち着かれましたか?》
ラティルか、済まなかった。ちょっと怒りで暴走していた。
《いえ、マスターの怒りは正しいものです。家族を殺した相手、今また街の住民を殺そうとした相手、そして初めてできた大事な友人を泣かせた相手。そんな相手に怒らない方がおかしいです。マスターは間違っていません!》
…そうか、ありがとう。
《それでマスター、3発ほど「
うん、わかった。
《
おお、それはよかった。みんな生きていたか。では回復を頼むぞ、ラティル。
外壁より外の生き残りはこっちに任せよう。
『アルス、聞こえるか?』
『聞こえておるぞ、どうやら念話は遠距離でも働くようだな。』
『そのようだ。それでアルス、外壁の外の人間はほとんど片付いているがやや生き残りがいるらしい。それらの掃討を任せる。』
『良いのか?以前人間とは争わないと言っていたが。』
『いい、敵対する者は殲滅する。そうしないと俺達がただ無抵抗で殺されるだけになる。』
『それもそうだ。…了解した、外壁より外の生き残りは我が片付けよう。』
『ああ、頼んだ。』
思考加速を使っているのでラティルやアルスと話していてもあまり問題ない。
さて、この勇者、どうしてやろう。
「おい、勇者クレオ。俺はお前を絶対に許す気は無い。大事な者をことごとく連れ去った上に、また俺から連れ去ろうとした。本当に憎い、殺してやりたい。だが贖罪の機会を与えてやる。
…ネルに謝れ。こいつはお前よりもよっぽど良い勇者だ。お前が星の意思に選ばれずに勇者になれないのが当たり前としか思えないくらいネルはちゃんと勇者をしている。魔物と人間の共存を願う、俺の大事な友だ。その志を、友人の顔を穢した貴様は絶対に許さん!」
「ヒィッ!わかった、わかったから!謝りますから殺さないでください!」
「ならば疾く謝るが良い!」
「はいっ!すいませんでした!殺そうとしてごめんなさい!自分なんかより勇者らしいです!ほんとすみません!」
…薄っぺらい。恐怖で口が回っているだけだ。全て嘘なのだ、本当に呆れる。
ネルはクレオの方を向かなかった。自分が裏切られたということが余程ショックだったのだろう。どういう表情をしているか、下を向いているので分からないが、あんなに悲しむネルは見たくない。
「はぁ、全く本心でないな。俺の前で嘘をつけると思うなよ。だがまあいい、俺は貴様に仇を撃とうと思っていたがこう弱いのでは殴っただけで殺しそうになる。さっきまでは怒りで殺そうと思っていたが、育ての親にそれはすべきでないと諭されたのを思い出したのでな。
…だが次はない。次俺やネル、この街に何かしたら間違いなく殺す。それだけは覚えておけ。」
「ヒェッ!りょ、了解しました!すみませんでした!」
「では疾く失せよ。心底目障りだ!」
「はっ、はいっ!」
「…いや〜それはちょっと困るなぁ〜」
「グホォッッ?!」
次の瞬間、勇者クレオの首は飛んでいた。
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