第20話 真なる勇者
次の瞬間、勇者クレオの首は飛んでいた。
…なんだ、あいつ?
白に紫がかった長髪をしている。装備は黒っぽいローブで黒い杖を装備していて、爽やかそうな顔の裏に何か感じさせる青年風の男。
あの感じ、星魔導師か。
急に会話に入ってきて勇者クレオを殺したが、何のつもりだ?
「何をしている星魔導師、お前の仲間の勇者ではなかったのか?」
「これが仲間?そんなわけないだろう、ただの傀儡と真の力を持った者だ、全然違う。」
「そうか、だがなぜ殺した?この俺が殺したくてたまらなかったのを我慢して見逃したというのに。」
「仕方ないんだよ、国王の命だからね。」
国王の命令?傀儡の勇者を殺すことが?
「…そうか、お前達の王も1枚噛んでいるわけか。」
「そうさ、それにあの傀儡は僕のかわいい弟子を殺そうとしたわけだし、久々にカチンと来たのでね。
…でも驚いたよ、僕の星魔法の結界を弱体化されながら打ち破るとは。人間には効かないけど、魔物には効果抜群なはずなんだけどな〜」
人間には効かないらしい。つまり半人半魔の俺には効果が通常より薄れたということだろうか。
「それより僕の弟子と友達なんだって?面白いね、魔王と勇者で友達なんて!」
「…バカにしているのか?」
「いいや全然。僕もね、ネルと同じ考えなんだ。というか僕がネルにそう教えたというかなんというか。」
「…そうか。それは良い心掛けだ。それで、もうそちらの軍はお前しか残っていないが、どうするんだ?」
正直、こいつはやばい。全力で戦ったら多分負ける。底が見えない。今まで対峙してきた惰弱魔王やエセ勇者とは格が違う。(まだ卵とは言え)ネルよりもかなり強い。
どうにか軍勢を殲滅したというはったりで退いてほしい。
「ん〜?そうだね…君強そうだし、君と殺し合うってのも、楽しそうだな。」
「ほう、殺し合いか。望むのなら仕方ない、かかってくるが───」
「待って!」
そう割って入ってきたのはネルだった。やや顔を赤くして涙ぐんでいる。裏切られたことが余程悔しかったのだろうか。
「師匠、レインは友達です、その、だから殺し合いなんて…」
それを見た星魔導師は目を見開いていた。何か驚くようなことでもあったのだろうか?
「…そうかそうか、そうだったね。うん、ネルの前で大事な友達と殺し合いなんてするもんじゃないね。」
そう言って俺に向けていた杖を降ろした。
それを見て俺も剣に伸ばした手を離す、が警戒は解かない。奴は何をしてくるか分からない。
俺はそのままネルに視線を向ける。もう、涙は止まったようだ。勇者なんだから我慢しなさいとは言わない。裏切られる気持ちを初めて知ったであろう少年に、厳しく言えるほど俺は教育家ではなかったようだ。
…正直ネルは甘い。優しい理想を掲げるために一つ一つを見誤りそうな不安を感じざるを得ない。大事な友、同じ理想を掲げる仲間。それは事実だが、同時に彼は人間だ。勇者だ。今はまだ何事もないが、ともすればネルは人間にとって最大の悪を働こうとしているのかもしれない。
ネルはクレオの裏切りに酷く心を痛めていたが、人間からはネルもまた人間を裏切ろうとしているように見えるかもしれない。
…魔物と人間の共生を願うとは、そういうことなのだ。思い知った。ネルは大事な友であり仲間。そう思うのならばこそ、勇者という重責に耐えている彼を、必要のない危険に近付けるべきではない。
……いや、本当にそうだろうか?
ネルはわかっているのではなかろうか。
自分が何をしようとしていて、その末に同じ種の人間達にどう思われるのかを。
俺はネルを、子供に見えるからと侮っているのかもしれない。
盟約を交わした時のあの目は本気だ。もし俺が危険だから近付くなとネルを遠ざけようとするのなら、それは彼の覚悟を嗤うようなものだ。そんな覚悟もせずに修羅道を進もうと言うのならそれは逆に俺の意を嗤っている。
……今一度、ネルに真意を確かめなければならないな。
「…ネル、これはお前への侮辱になるかもしれない。だが聞かないといけない。お前のためにも、全ての生き物のためにもな。
俺と共に、本当に理想を目指すか?その果てに待つのはお前の望まない最悪の未来かもしれない。今の今まで裏切りを経験したことのないひよっこのお前は、世界を変えることの意味を理解し、それでも手を伸ばす覚悟はあるか?その覚悟がないならこれからは勇者として俺と対峙せよ、だがもしそこに命を捨てる覚悟を持っているのなら────。
今一度ここに誓え、お前の覚悟の重さを!」
星魔導師は黙って聞いていた。何を考えているかさっぱり分からないが邪魔はしないでくれるようだ。
視線の先のネルは真剣な面持ちで、何かを言おうとしてやめた。そのまま俯いて数秒。
「ボクは…」
そう呟くと視線を戻し、最大の覚悟を纏ったような表情で叫んだ。
「ボクは勇者ネル!人間と魔物の未来のため、この先に待つ全ての生命のため!例えどんな目で見られても、どんな修羅がボクを待っていても!それでもボクはっ……!!」
「ボクは、世界の…勇者になるっ!!」
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