第17話 ネルの笑顔

勇者ネルにはとりあえず国への帰還をするように言った。あいつも早く国に帰りたいだろうし、色々やることもあるだろうからな。


すると街の観光してもいいかと聞かれた。ほんと気の抜けた奴だ、まあせっかくだし街を見るくらいならしてくれてもいい。え?まさか敵地調査とか?別にいいけどさ。

そうだ、どうせなら俺が案内してやろうか。

思いつきでそんな提案をするとネルは驚いた顔をして喜んでいた。


俺とネルは街の大通りを歩いていた。俺の仮面でネルの存在を見た目は変えずに魔物に変えている。虚飾スキルの偽装は存在の偽装なので、人間という概念から魔物という概念に偽装させている、ということだ。

驚いたことが、スキルを付与してあるこの仮面が俺の意志で他人に対して使うことが出来たということだ。

本当に素晴らしい技術で作られているのだと改めて理解できた。


「ま…じゃなかった、レイン。この通りにはどれくらいの店が並んでるの?」


魔王、という呼び方は勇者であるネルしかしていない。住民や配下は主や魔王様と呼ぶので、魔王と呼んでしまうと周囲の魔物に疑問を抱かれてしまうかもしれない(レインと呼ぶ者もいないのだが)。それを危惧しているのだろう。というか急に親しくないかこいつ。


「この通りには確か100件くらいの店が並んでいたな。大通りだからここが最も発展している。お、あの甘味処の団子は超美味いぞ。」

「えっ!団子って何?美味しいの?!」

「団子を食べた事ないのか、せっかくだし食べていくといいぞ。奢ってやるから」

「やった!ボク美味しいの大好きなんだ!」


そんな会話をして俺達は流れるように甘味処に入店する。


「ん〜っ!!おいしぃぃっ!!」


…元気だな、とても。

隣りで美味しそうに3色団子を頬張るネルを見ると、昨晩纏っていた静かな鋭さが嘘のように思える。いや、(看破の魔眼により)どちらのネルも嘘ではないことは分かるんだけど、同じ存在に思えないくらいだ。

…きっと、いつもこんな風に遊んだり笑ったりしたかったんだろうな。勇者としての立場、人間代表としての毎日の修行で歳頃らしいことが出来なかったんだろう。同年代の他人に関わることもなかっただろうし俺のように友人もいなかったのかもしれない。

だったら、せめて魔王おれといる時くらいは気楽に過ごせるようにしてあげよう。勇者と魔王という関係でも、他の誰よりも分かってあげられるようにしよう。だって、ネルこいつは俺と同じなのだから。


甘味処、いわゆる菓子屋の後にも色々な店に寄った。本屋雑貨屋鍛冶屋、そして最後に着物屋に行きたいと言い出したので着物屋に連れて行った。


「この街の住民達を見てたらボクも和風な着物欲しくなっちゃったよ。」


この街の住民は皆和服だ、気持ちはよく分かる。俺が和装をしている理由もそれだからな。


店に入るとぱぁぁっと目を輝かせたネルが店の隅から隅まで着物を見て回る。そして3、4着程手に取り、

「試着する場所はあるのか?」

と聞いてきた。

こういう時試着するタイプなのか、珍しい男だな。


「ほら、あの通路の奥にあるみたいだぞ。」


するとネルは俺が指さした方を見てから振り返り一言、


「ちょっと行ってくるから、ぜっっったいに覗くんじゃないぞ」


と、言ってきた。いや、いくらネルが綺麗で美少女のような容姿でも性別は俺と同じ男。わざわざ覗いたりしない。


「それは覗けと言っているのか?」

「そっ…そんなわけないだろ!!」


ネルは顔を赤くして怒りながら試着室へ向かう。いや、そんなに怒らなくても。

《マスター、冗談はほどほどにしてあげてくださいね。》

おお、ラティルか。

突然、空気を読んでいたのかずっと静かだったラティルが話しかけてきた。

《いえ、空気を読んでいたわけではありません。あの勇者はこれまでの勇者と違う何かを感じます。もし私の存在エクストラユニークに気付かれると面倒なことになる可能性もあると考え、しばらく静かにしていました。》

それは…どういう…?


しばらくすると目の前の試着室からネルが出てきた。

さっきの話はまた後にしよう。


「ど、どうかな…?」

「おお、予想以上に似合ってるな。ちょっと驚いたぞ。」

「そっか、えへへ、よかった」


…こうして見ると本当に少女にしか見えない。


手に取った着物を全部試着したネルはどれを買うか悩んでいた。町娘のようなオレンジに花柄の模様が付いたもの、紺色に赤い木の葉の模様が特徴のもの、水色の基調に波がデザインされているもの…。全部良いもののようだ。決めかねているのだろう。


「どれにしようかな…」

「悩んでいるのか、では俺が決めてやろう。」

「うっ、でもいっそレインに決めてもらった方がいいか…では頼む…。」

「おう、ではこれだ。」


俺は即決だった。ネルは相当悩んでいたが俺から見たらこれしかないという感じだった。

最初に試着していた、白地に青の刺繍が細かく施されている着物。刺繍のデザインはどことなく俺の和装に似ていてなおかつネルに似合っている色の一張羅然とした綺麗な着物。


「これ、綺麗だよね…ボクの鎧と同じ色の…。よし、これにしようかな!」

「いいの見つけられてよかったな、ネル。

じゃあお姉さん、これはいくらだ?」


振り向いて背後で着物をたたんでいた従業員に聞く。


「そちらは…高級品なので…銀貨2枚でございます。」

「銀貨2枚ね、はい、ちょうどだ。」


俺は空間魔法の亜空間倉庫から銀貨を取り出し店員に渡した。

そして選んだ着物をネルに渡す。


「えっ?!お金くらい自分で払うよ!」

「いや、いい。俺達はもう同じ理想を掲げる仲間、友だ。良き友の出来た記念に着物1着くらい買ってやるのもまた友としての気概。俺達の、友としての証として受け取るがいい。」

「友……。」


そう呟いて着物を受け取ると、大事そうに両腕で抱きしめるようにぎゅっと包む。


「ありがとう、レイン!」


それは紛れもなく本物の、とてもいい笑顔だった。


いつの間にか日が暮れてしまい、ネルの出発は明日に延長された。

ネルはそのまま客人として魔王殿に泊まることになった。一応魔王領ではあるが俺もあいつも敵対の意思はない。友好を築きたいと、なぜかずっとそう思わされる。魂がそう叫ぶ。その意思に反対するわけではないが、ネルに戦う意思がなくても国が、人間が勇者ネルを動かすことは大いに有り得る。寝首をかかれないように用心はしておこう。信頼と不用心は別物なのだ。

ラースの夕食を食べ終えた俺は露天式浴場に向かう。毎日の疲れを取るにはとてもいい。

着替えは亜空間倉庫にしまってあるので手ぶらで浴場への廊下を歩いている。そこでネルとすれ違った。


「ネル、浴場には行かんのか?」

「浴場なんてあるのか…色々揃ってるんだな、この魔王殿。」

「こだわったのでな。それで、浴場に行くならついでだし道を案内してやるぞ。」

「おお、行ってみたい!けど…いいや、後で誰かに聞くから……」

「そうか、わかった。ではな。」


なぜか少し頬を赤くし下を向いたネルを置いて、俺は浴場へと向かう。


湯船に浸かりながら思う。

この勇者とは必ず良い友になれる。魂の奥底から何かそんな気持ちが湧いてくる。

あいつも俺と同じだ。真面目に共生を考えている。あの宣誓に嘘はなかったのはよく分かっている。

とは言ったもののこれから実際どうすればいいのか…。共生のために何をすればいいのだろう。

俺は果てしない理想の実現に向け悩み続けていた。

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