第16話 互いの理想
そこからは、ワンサイドゲームだった。
防御の結界をビリビリ破りながら斬っていくんだから、そりゃあそうだよね。
健闘の末、膝をついた勇者ネルは俺に尋ねてきた。
「…聞いてもいいか、魔王レイン。」
「なんだ、述べてみろ。」
「魔王レイン…魔物と人間は何が違う。お前の住まうこの街はボク達の街と同じだ。同じように民が暮らし、同じように命は生きている。それなのになぜボクは、そんな魔物達を殺さなければならない!なぜ、ボクは勇者になったのだ……。ただ、正しいことをして笑顔を守りたかっただけなのに…!」
はぁ。それはもうどうしようもないことだ。聖女でも解決出来なかったらしいし。諦めた方がいい。そう言うことは易いが、どうしても、それは言えなかった。
いや、だからこそ俺は目指さなければならないのか…。
「勇者ネルよ。俺は別に、人間を殺戮したいわけではない。俺の家族は人間の、勇者に皆殺しにされたが、それでも人間とは争うつもりはない。なぜならするべきことがあるからだ。もちろんお前とは違うその勇者をぶん殴る予定もあるが、それは過程に過ぎない。もう俺のような思いをする者を生み出してはならないと。魔王となった時、俺はそう決意した。」
「魔王…」
「……さあ、もう話は終わりだ。こんなくだらないことはしていられないのでな。」
勇者ネルはぐっと目を瞑った。確実に死ぬと思った。例え何度目の死でも、それが敗北する者の運命────。
だがいつまで経っても剣に斬られる感覚がなかった。
恐る恐る目を開けて上を見ると魔王の方を見ると、魔王は不思議そうにこう言った。
「帰らないのか?まだ俺に何か用でも?」
「えっ?」
「ん?」
「?殺さないのか?」
「なぜ殺さなくてはならない?そんなの後味悪いだけじゃないか。俺はお前に危害を加えられたわけじゃないし、殺す必要なんてないだろ。なんだ、それとも殺されたかったのか?」
「…いや、そんなことはない。ただ、勇者を殺さない魔王なんて、なんというかおかしくて…。」
「おかしいだと?やはり殺しておくべきか。」
「いいいいや、悪かった。ちょっと驚いただけだよ。」
「ふむ、相手が人間とは言えお前みたいに綺麗な者に傷をつけるのは気が進まないだけだ、そういうことにしておけ。」
「き、綺麗だと?そんなの男のお前に言われても嬉しくないぞ!」
「はぁ。まあいいから、用が済んだら帰れ。今度戦う時は“もう片方”も使えるようにしておけよ。」
「!なんだ、最初から…気づいて…た、のか…。」
ドサッ。
ん?……はあぁぁ?!
この勇者、魔王の目の前で眠りやがった!どんだけ気抜けてんだよ!
やれやれと呟きながら、野ざらしにしておくわけにもいかないので仕方なく抱える。
《勇者ネル、完全な睡眠状態にあります。獲得スキルにもよりますが触れても危険は少ないと思われます!》とラティルも言っていたし多分大丈夫だと思う。
勇者を抱えて街に入ると
「魔王様、ご無事で何よりです。隠密によりますと街の周囲には敵影なしとのことでした。それで魔王様、その人間は…」
「ああ、勇者だ。こいつ、戦い終わったら急に眠りやがってな。その場に放っておいてもし魔物に食われられでもしたら寝覚めが悪いし、仕方なく連れてきた。」
「おお、敵である勇者の身すら案じられるとは…さすが慈悲深き我らが主でございます!」
───────────────────
目覚めると、見たこともない部屋のベッドの上だった。
あれ?ここはどこだろう。ボクはどうしてこんなところに…?と寝ぼけながら考える。
数秒後、昨夜の出来事を思い出した。
魔王に敗れ死ぬかと思ったら殺されずに済み、それまでの緊張の糸が途切れて眠ってしまったことを。
うぅ…恥ずかしい…。敗けた上にこんな無様を晒してしまうなんて…。
誰にも見られていないのに恥ずかしさで思わず顔を隠してしまう。
というかここはどこなんだろう。
すると、部屋の扉をノックする音が聞こえた。と同時に一言、「入ります」の声。
ガチャリと扉を開けて入ってきたのは悪魔だった。それも相当美人でメイド姿の。
その姿に圧倒され声も出ず、ただ目の前の不思議な光景を見ていた。
悪魔が…メイド…?
「お目覚めになられましたか、勇者ネル様。目覚めたらお連れするよう言われていますがまずは昼食をどうぞ。」
もう昼なのか…。異様な光景に思考が停止していたが、ハッとして我に返る。悪魔が目の前にいて何を迷うことがあろうか!
その気配を察したからか、ボクの攻撃より先に悪魔が話し出した。
「勇者である御身に申し上げるのもどうかと思いますが、あまりご警戒なさらず。レイン様は双方による手出しを禁ずると命を出しておられますので、私達街の者は攻撃を仕掛けることはございません。ですがこれは双方に於ける決まり。勇者様も街の者には手を出さないようにお願い致します。」
さっきから何を言っているんだ、この悪魔は。ボクがその魔王の命に従わなければいけない理由なんてないのに。
…でも、相手が反撃しないのならボクは一方的に攻撃することになる…。それはちょっと嫌だな…。
「レイン様はネル様を信用なさっているようです。こんな命でも奴なら従うだろう、そう仰っておられました。」
なんだそれ…魔王が会ったばかりの勇者を信用なんて…。
そんなことあるはずが……
ん?というか今このメイドはレインと言っていたな……つまりここは奴の領土か!
敵の目の前で眠った挙句そのまま運ばれるなんて…屈辱だ…。
メイドにだいたいの事を告げられて、昼食の席に連行された。
魔王がボクを館に運び客人という扱いで受け入れたことや、戦はしていないとは言え戦後処理のようなものに追われている事など、様々聞いた。
敵の領土で出される料理など食べるべきでないとは分かっているが、目の前の悪魔が食事を強要してくる。やはり毒でも入っているのだろうか。
恐る恐る食べた1口目はとんでもなく美味しくて、しばらくろくなものを食べていなかったせいかどんどんバクバクと食べ進めた。
メイドによって食後魔王のもとに連行された。魔王には礼を言わなくてはならないけど正直、あまり会いたくない。色々迷惑をかけた上になんというか、その…恥ずかしい。
無様を晒しまくった今、どんな顔をして会えばいいのだろう。
王の間に着いたボクのそんな悩みとは裏腹に、魔王は一言。
「そうか、では帰れ。」
ボクに目もくれずそう言った。ただでさえ羞恥で引き裂かれそうなのに、敵である魔王のもとに行って一言帰れと言われただけ…。余計に恥ずかしくなってきた。
顔が熱い、鏡を見なくても分かる。絶対真っ赤になってるよ…。
「ま、魔王レイン!その…色々迷惑かけて…すまなかった…。か、感謝してる…。」
「…ふ、ふはは、ふははははははははは!」
え?な、なんで笑うの?!なんかおかしかった?!間違った?!
「ふっはは!いや、ククッ、すまんなゆ、勇者ネル、フフフッ。お前のその
「な、なんだとっ?!こっちがどれだけ羞恥に耐えながらここに来たと思ってる!いやまあ全部ボクが悪いんだけど……。でもそんなに笑わなくてもいいだろ!」
魔王はひとしきり笑った後、落ち着いて話を再開した。
「まあ、お前からは聞きたいことが山ほどある。が、さっさとお前を帰さないとお前の国全体でここに侵攻をしてくるかも知れないと、そう思ってな。勇者とはそういう存在だ。さすがに人間と戦争するのは面倒だ。」
「魔王レイン…」
彼はそう言っているが本当はそうではないのだろう。確かに勇者をここに束縛すると戦死と勘違いしたボクの国がここにちょっかいをかけるかもしれない。それは正しい。正しく治める者としての判断だろう。
嘘は、そっちじゃない。
人間と戦争をするのが面倒とも思っているだろうが、この魔王は平和の世を望んでいる。それは魔物だけじゃない、人間も存在する世界。その平和を守るために魔王になったようだし、できるならボクだってそうしたい。だってボクが勇者になることを決意したのも、この魔王と同じものだったから。
「勇者ネルよ、俺にはお前の真実が見える。虚飾という嘘と偽にまみれた俺だからこそ分かる。お前がどれだけ
…本気で、魔物と人間が同じように見えたのだろう?
俺にも、そう見える。魔物も人間も正しく、汚く、誰かのために、自分のために、必死に生きている。ならばなぜそこで手を取れない?なぜ互いに殺し合う?なぜ、共に生きられない?
…答えは俺にもわからん。バカの妄言とさえ思える。だが、それでも。もし共に生きる道があるのなら。俺のように、くだらない理由で絶望を味わう者がいなくなるのなら───。
俺はその理想のために、生きている。
…お前はどうだ?勇者ネルよ。」
「ボクは…」
そんな理想が叶うなら当たり前だが力になりたい。ボクだって、そのために生きている。
だが勇者が魔王に力を貸す?そんなバカみたいな話あるか?互いの立場というものが───。
…いや、そんなくだらないことを考えるから理想が遠ざかるのだ。そんな障壁すらも超えられないのに、共生の理想が叶うはずもない。この魔王は最初からボクを信じていたんだ。バカみたいな同志だと思って。
…これからこんな
「ボクも、同じだよ、魔王。互いの理想のため、共生の未来のため、共に手を取ろう。」
そう言うと魔王はフッと笑ってこう宣言した。
「よく言った愚か者の同志よ。これより我ら魔王と勇者で、何者にも侵されない理想の世界を作ろうぞ!」
「…ああ、やってやる!」
清々しい気分だ。魔王と勇者が手を取るなんてバカみたいなことしてるのに、気持ちは昂るばかり。楽しみで仕方ないのだ、理想を分かち合える者と会えたこと、その者と共に歩もうとしていることが。
初めて、友達になれそう、あるいはなりたいと思えた相手だった。
ネルのその気持ちはそれまでの羞恥を全て吹き飛ばし、今まで感じたことのない高揚感のみが彼を包む。この人と一緒にいたい…!その抱いたことのないある種の恋慕に似た気持ちだけが、今のネルを構成している。
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