第15話 勇者ネル

そろそろ戦力を把握しておかなければ。

赤い鎧を装備する兵隊、鬼神キジンカミナを隊長とした鬼兵ツワモノ部隊。この部隊を武士モノノフと名付けた。

鬼術姫ジュツオウラルクを中心とした鬼術娘ジュツキ部隊。

ラース筆頭のメイド隊。実はかなりの戦力である。

鬼雲ウツロギマダラと少数精鋭の隠密部隊。近くの人間の街にも情報網をめぐらせているとかなんとか。


今のこの街の戦力はこんな感じか。あ、そういえばこの街ってなんて名前なんだ?

《オウギノマチという名です。街の主はマスターになったのでマスターに決定権がございます。》

うーん、考えるのも面倒だし、そのままでいいと思うけどな。いい名前だと思うし、オウギノマチ。



次はこの問題だ。

目の前にある、死骸。魔王カルラが持ってきた神鳥の死骸。

どうしたもんかね、毛皮むしって寝具にでもすればいいのか。

《召喚をするという手段もございます!》

なるほど、そういえば死骸を生贄に精神生命体の召喚ができたりするんだったな。例えば悪魔とかも。

よし、じゃあ召喚してみるか。やり方は?

《イエス、魔法陣に魔力を注ぎ込めば召喚が始まります。》

魔法陣?

《特定の場所にしかございません。最も近いのは獣人の国です!》

…あのやろう、さては俺を獣人の国に引っ張り出すためにこの死骸を持ってきたな。例え召喚に使わなくても返品に持っていく可能性もあるし。

《ご安心下さい、私の知識の中に魔法陣のイメージがあります。それを転写すれば使えます!》

おお、よかった。獣人の国に行かずに済んだか。じゃあさっそく始めよう。


《魔法陣形転写開始。成功。召喚開始。魔力を注ぎ込んでください。》

死骸を乗せた魔法陣に魔力を注ぎ込む。すると黒いもやのようなものができ始め、そこから声が聞こえてきた。


「我を呼ぶもの、汝我が認めるに値するかを示せ。」


《召喚獣に触れて魔力を直接流し込めばよろしいです。》

頭?らしき部分に言われるがまま魔力を流した。てかさっきから召喚だけで結構魔力使ってるなぁ。


「ほう、汝。なかなかに面白き血である。神であると同時に神を殺すものの意思───。………ふむ。良い、元より拒むつもりなどないからな。」


召喚獣はそう言うと黒いもやから抜け出して来た。出てきたのは羽で氷と炎が共存しているなかなかに意味のわからない鳥だった。


「我は氷凰朱雀コールドフレアと呼ばれた者。氷と炎を司る神獣である。汝が名は?」

「俺はレインだ。よろしく、えっと朱雀さん?」

「召喚主は汝だ。汝が我に名を与えよ。」

「名前か、うーん…。そうだな……。よし、なんとなくアルスにしよう。」

「なんとなく、か。まあいい。

ここに宣誓を交わす!

絢爛の象徴たる我は汝、レインとの契約を受諾する!」


これで正式に召喚完了か、なんかどっと疲れたわ。少し休むことにしよう。鬼族長オーガロードの長に明日は鬼神キジンのカミナと決闘形式で稽古をつけてくれとか頼まれてるし。

屋敷で眠ったらスッキリするだろ…。



《マスター!起きてください!!》

「主様、お休みの所を失礼します。」


うおっ!なんだなんだ?!


「マダラか、何かあったか?!」


ラティルに、そして何より隠密部隊のマダラが急に起こしてくるとは、何か異常事態があったに違いない。


「勇者と思しき人間がこの街に単騎で向かっております。」

「なん…だと?!」


勇者…勇者だと?!

そうか、勇者か、勇者が来たのか!

こんなにも早く、仇をうつ機会が向いてくるとは!

だが待て。気持ちがはやるのは分かるが落ち着け。勇者は確か数人いるはず。目的の勇者でないと意味がない。


「マダラ、その人間はどのような姿であった?」

「はっ、私の目には白髪に銀と青の装備、容姿背丈は子供のようなもの、恐れながら主様と同年代のような者に見えました。」

「子どもだと…?」


ラティル、勇者は結局何人いるんだ?

《…正確には、1人も居ません。》

1人もいない?それはどういうことだ?

《現時点では勇者の卵が1名、こちらは覚醒の時が来たら勇者になり得る“本物”です。そして現在勇者と呼ばれている者は2人。…失礼ながら、マスターが追っている勇者は、アレは勇者ではありません。》

勇者ではない?!え、いやいや俺は確かにあの勇者に街を滅ぼされた!

あれが!あの絶望が嘘だとでも言うのか!

《正しくは、アレは勇者などではありません。金と権力で勇者と呼ばれただけの傀儡。勇者に相応しき力も心も、何も持たぬ偽物です。》

偽物……?!

《マスター、例え彼の者が真の勇者でなくとも、マスターの大事な者達を奪った罪人であることに変わりません。彼の者の地位に復讐するのでなく、彼の者こそを“ぶっ飛ばす”のですよね?》

…ああ、そうだな。あいつが勇者だから仇をとりたいんじゃない。勇者だと思ってたのに実は勇者じゃなかったことにちょっと驚いただけだ。


「どうやら今こちらに向かっているのは真なる勇者の卵を持つ存在。どのような者かも分からないし常に最悪を想定しなければならない。」


そして俺はマダラに指示を出す。


「まずは勇者侵攻の事実を幹部達に告げよ。その後メイド隊と動ける隠密は湖の防御結界まで住民の避難誘導。武士モノノフは街の防衛強化と逃げ遅れた住民がいないかの見廻り。それから………」


なるべく簡潔に伝えたつもりだが結構な情報量になってしまった。マダラ1人に伝えても大丈夫だっただろうか。

さて、と。

『おいアルス、起きろ。勇者が来たらしいぞ。』

俺は空間魔法の亜空間倉庫の中で眠っているアルスに声をかけた。

『全部聞いとったわ。どうせ念の為に結界に逃げた住民達を守れと言うんだろ?』

『よくわかってるじゃないか。俺は勇者を見に行ってくるから、その間の住民のことは任せたぞ』

『やれやれ、神獣の扱いが雑な主に呼ばれたものだ。』


俺は異質な魔力のする方へと向かった。間違いなくあれが勇者だろう。まだ街に入っていないようで助かった。街中での戦闘はなるべく避けたいからな。


───────────────────


勇者ネルは悩んでいた。今から命令で侵攻しようとしていた街は、あまりに人間達の街と同じようにしか見えなかった(夜だが街明かりで結構明るい)。魔物は闇雲に人間を殺す最悪の象徴で、全て殲滅することが正しいのだと師匠以外の人間から教えられてきたが、そんなことはないはずだと小さい頃からずっと思っていた。共生の可能性はあるはずだ、と信じてきた。

それでも誰かに言えなかった。魔物と共生なんて狂者の妄言と捨てられるから、言えなかった。

実は今回初の命令で、魔物を殺さなくてはいけないことに悩んでいた。訓練用の魔物は凶暴化した意志のない魔物だけで、殺すことにあまり抵抗がなかったが、街を襲うのは話が違う。ボクは意志ある魔物達を前にしても、同じように剣を振るえるのだろうか。ずっとそう思いながら、ここまで歩いてきた。

こんな素晴らしい街並みを見せられちゃったら余計に…。

街並みに感動したのではなく、やはり本当に魔物は闇雲に人間を殺す最悪の象徴なのか?そう疑わざるを得なかった。魔物も自分達と同じように、ただ生きているだけなのではないか、と。

迷ってしまった。自分の行為の正しさを。

それは勇者ネルにとって致命的な弱点になってしまい、それは彼も分かっている所であったが、それでもネルは迷いを払拭出来なかった。

すると突如上空から声がした。


「お前が、勇者か。…ん?どうしたのだ勇者、なかなか面白そうな顔をしているぞ。」


反射的に上空を見上げると、そこには月光を背に浴びた魔人が立っていた。


───────────────────


あれが、勇者か。

《イエス、勇者ネルで間違いありません。ということはこれから美徳系のスキルを2つ所有している者と戦うということになります。》

美徳系スキルを2つ所有って、もう報復対象の勇者より強いでしょ絶対。

というかどうしたんだろうあの勇者、こっちを見て全然動かないんだけど。

勇者が地に立っていて俺が上空にいると、なんかこうずるいような気もするな。

ってまさか、暗くて俺の姿が見えないのか?一応仮面でいつもの魔人に偽装しているが。


「君は、魔王の配下などだろうか?」


しばらく黙っていた勇者は開口一番俺に向かってそう言った。確かにこの魔人状態じゃ戦闘力低くなるしそう見えても仕方がない。

俺は下に降りることにした。


「いや、俺が魔王そのものだ。いきなりの単騎での侵攻、覚悟は出来ておるのだろうな。」


目の前の勇者に対してそう言った。

月明かりと街の漏れ出る明かりでその姿が見える。全体的に白髪で前髪は青い瞳にかからないくらいの長さ。しかし両サイドは肩くらいまでに長い。後髪も首元にかからないくらいに整えられていて、小さく結んである。これは…間違いなく美少年だ。いや一瞬美少女かとも思った。俺より背丈は低いがその身を覆う銀と青で統一された鎧は素晴らしいくらいに似合っている。そして腰には、聖剣。


「ボクは勇者クレオの命により、この地の侵攻を任されたネルというものだ。」

「そうか、俺は魔王レインだ。よく来たな勇者ネルよ。それで…」


今この勇者ネルは勇者クレオの命により、と言っていたな。ラティル、俺が追っている勇者もどきみたいなのは何人もいないんだよな?

《イエス、存在しません。つまり───》

つまり、その勇者クレオという奴が俺の報復相手か。


「お前は命令で来たと言っていたな。なぜ単騎で侵攻した?それも命令だったのか?」

「魔王に教えるようなことじゃない。それより…」


そこで勇者ネルは言葉に詰まった。対峙するその前から何か悩んでいたようだし、こいつはもしかすると…。


「どうした勇者。さては怖気付いたか。この魔王に殺されるのが怖いと、故にどう逃げるか考えているのか?」

「なっ、なんだと?お前のような本性を隠しているような三下にボクが遅れをとるはずがないだろう!」

「本性を…隠している?」

「とぼけたって無駄だ!ボクには嘘を見抜く看破の魔眼があるんだ、お前がさっきから魔人に偽装してることは気づいてるんだぞ!」


ああ、なるほど。それでずっとこっちを見ていたのか。まさか俺の他にも看破の魔眼を持っている奴に会えるとはな。

看破の魔眼はその名の通り嘘や偽りを見抜く魔眼である。見抜ける嘘は使用者の力による。俺の偽装を見抜くのだから、相当優れた看破の力を持っているのだろう。


「面白い、ではその看破に対する報酬として、この偽装を解き真の姿を見せてやろう。」


偽装、解除。

すると偽装する時と同じ黒い霧が俺を包み、一瞬で真の姿を顕にする。


「それが、本当の姿か。魔王レイン。」

「そうだ、何なら自慢の魔眼で見てみるがいい。」

「反応がない…確かに本性のようだ。」

「…それで、いつまで俺はお前のおしゃべりに付き合っていればいい?お前は俺や魔物を皆殺しにするために来たのだろう?だったら疾くその剣を抜き、俺にかかってくるがいい。」

「…できれば真相を知りたかったが…お前が望むのならそれもやむなしだ、行くぞ、魔王!」


そう言うと勇者ネルは聖剣を抜き襲いかかってくる。俺も神器クラスの妖刀、緋紡を抜いて応戦する。ガキィンガキィンと音を鳴らし剣戟はどんどん激しさを増していく。面白い、こんなに激しい剣の撃ち合いはジジイと撃ち合った時以来だ!

しかしさすがは勇者のスキルだな。たまに急所に当たりそうになると謎のバリアで弾かれる。

これはあれだな。よく知っているやつだ。

《神格───ですね。》

ラティル、この神格をぶち破る手段はないか?

《スキルを模索し獲得の可能性を演算します。試行、失敗。再演算。試行、失敗。再演算。試行、失敗。再演算…》

脳内にそればかりが聞こえてくるのでついに壊れたかと思ってしまいそうになる。そう思いながらも油断せずに剣の速度は落とさない。

《…試行、失敗。再演算。条件追加、ユニークスキル「竜帝の怒槌ゼロス」を生け贄にすることで目的のスキルが作成可能になります。どういたしますか?》

えっ、ジジイのスキルをくべるのか…。あまり気乗りしないが…背に腹は変えられない。ラティル、頼む。

《イエス。…試行、成功。権能アドミン熾天絶剣テンサクイシ」を獲得しました!》

え、権能アドミンって何?そこはユニークスキルとかじゃないの?

《イエス、勇者ネルの防御はエクストラユニーク「希望ノ徳シャングリラ」による聖なる属性の絶対防御と予測されます。これを打ち破るのは生半可なスキルでは不可能だと断定しました。》

そ、そうなんだ…。権能とか絶対やばいと思うんだけど。

《イエス、神殺しの権能です!》

な、なんだって?!

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