第4話 可能性を求めて
ホール表面にオーロラのようなモヤがちらつく。
つむじ風のように渦巻くと、突然、光の柱になり真上へ放射された。
「なんか粒子砲が出たぁ〜!?」
「プラズマガスの噴射。計算よりも早く放射されている、かなりピンチです」
「ヲワタぁー!!」
パイロットが強張った声で報告。
「ホールの外周に引っ張られて思うように船が動かない!」
「ヲワタぁあ! このままホールに吸い込まれてグチャグチャのベショベショにされるぅうー!!」
インドラの力強い声が室内に響く。
「このままを維持」
「何言ってるの? 吸い込まれて死んじゃうよ!」
責任者たる僕の意見に反してクルー達が揃えた言葉は《インドラを信じる》だった。
団結したクルー達が盛り上がる中、僕だけがこの高揚感に付いて行けず、浮いてしまう。
キャプテンを任されていながら、思わずみんなの士気を下げるような反発を見せてしまった。
「ズルいよ!」
クルーの注目を集めて一瞬怯んだけど、僕は溜まりに溜まった不満をぶちまける。
「皆は最初から信頼関係があるし、インドラができるって言ったらクルーは信じる。でも僕は役員の命令でいやいやキャプテンになったから、反対しても誰も聞いてくれない!」
「キャプテン、今話すことではありません。生還してから……」
空気を読まず僕はインドラを怒鳴る。
「うるさいっ! 僕はキャプテンなんだぞ!」
この場のクルーが獣のような目でパニックになった僕を睨み、抑えこもうと立ち上がる素振りを見せたので、声を張り上げて一喝。
「だから……僕はキャプテンとして、皆を信じて命を預けるしかないじゃん!! クルーとキャプテンは生きるも死ぬも運命共同体だ!」
どの道、僕には何もできない。
この船のクルーと彼女の信頼関係はすごい。
パイロットはその理論を疑うことなく実行した。
すると、宇宙船がホール表面から引き剥がされるように、真上に押し上げられる。
「ななな、何が起きてんだぁー!?」
「これを待っていたのです」
「だから、何ぃ!?」
「”アウトフロー”。吸引と逆向きに放出される、いわばブラックホールの風です」
「ホールから風が吹いてる?」
「降着円盤から出た紫外線により発生する風だと言われていますが、メカニズムはまだ謎です」
「解らないことに身を任せるなんて、本当に賭けだね? なんかさ、竜巻に乗って飛んで行くなんて、何かのおとぎ話であったような」
「オズの魔法使いです。この風に乗ってあのジェット噴射の周辺を螺旋状に飛べば、脱出できるはずです」
「だよね……結局」
光線の柱が迫る。
「理屈のない」
もはや光線は天国への扉のようだ。
「話でしょぉぉおおお!!!」
宇宙船が激しく揺れて訳もわからず、何も見えなくなった。
***
……1億!
1億5千!
2億っ!!
ハンマーが振り下ろされ、オークションは歓声が湧く瞬間が映像で流れる。
「それでは2億で、そちらのお客様が落札です」
名だたる研究機関が競りで争ったが、僕らにはどこが落札したとか、さほど興味はなかった。
無事……仕事は終えたのだから。
2週間後、復元された情報は映像媒体に転写された。
そこにはクラゲのような透明な色素を持つ星人が、乳白色の空の下で平穏に暮らす様子が映されていた。
争いの無い平穏な世界。
でも映像は直ぐに薄暗い世界へ飲み込まれ、星人達の阿鼻叫喚する姿が。
ブラックホールに飲み込まれ滅びゆく母星の終末だった。
ホールに吸い込まれる様子を惑星内部から見た、貴重な新発見だけど地球人は興味を示さない。
ネットやニュースにも取り上げられないし、SNSのトレンドにも上がらない。
操舵室でソレを知ると携帯端末を見るのを止めてボヤキたくなった。
「僕達、死ぬ思いで苦労してオークションに出したことも知られず、研究者が頑張って調査して、やっと新発見を見つけたのに、誰も見向きもしない」
僕達クルーは修理したばかりの宇宙船に搭乗して、次の発掘調査の為にワープ準備に入っていた。
彼女からすればいつもの事なのか、インドラは特に感情が高ぶることなく返す。
「矛盾、と言うべきかもしれません。古代の人々は宇宙を見上げることができたけど、近づくことも直に触れるような体験もなかったから、遥か先の世界に夢や創造を膨らませたのでしょう。ですが人類が宇宙時代に入り惑星に近づいた映像や持ち帰った鉱石に触れていくうちに、人々は宇宙を身近に感じると現実的過ぎて魅力を感じなくなる。しかも研究が進まず平坦な宇宙知識ばかりが横行すると、退屈な世界だと感じてしまう。人間は目の前の見える世界だけ必死に追いかけ、夜空を見なくなるのです」
虚しさがこだまするような意見だ。
僕の顔が表情に出るほど淀んでいたのか、超ブラック会社に使われるインドラが、慰めるように言う。
「宇宙には可能性しかない。私達の常識や価値観を宇宙は簡単に覆してしまう。時に私達が得たモノを簡単に跡形もなく打ち砕く代わりに、新たな世界を見せてくれる。だから、その魅力を追いたくなるのです」
そう言うと、天使の輪っかのような電磁力リングを頭に浮かす彼女は、自分の作業に没頭する。
新たな世界。
僕も無限の宇宙で、自分すら知らない可能性を見つけられるのかな?
多分それは、僕一人では見つけることは出来ないのだと感じた。
男子パイロットが合図を出した。
「いつでもワープできるぞ?」
「よし、ワープ!」
「だからテメェに言ってねぇんだよ!」
「……はい」
***
宇宙船ブログ#6
いやいや任されたキャプテンですが、この宇宙船で遠くの宇宙へ冒険して考えが変わってきました。
この仕事を新たな気持ちで、ここから始めてみようと思います。
管理人キャプテン・ニモイ。
惑星発掘会社アストロオークション にのい・しち @ninoi7
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