第3話 暗黒のマグマ
聞けば聞くほど混乱してくる。
「これは概念の世界としか言えません。ホールの中心は分子レペルで潰されて”特異点”と呼ばれる無限の中へ沈みます。しかし取り込また分、ホールの外周が膨らみます。これは矛盾です。すべて無限の中に消えるなら穴の大きさ変わらないはず、なのに膨らむということは何かが蓄積されていると考えられます。それが情報です」
そうですか、解りません。
と、心で呟く。
「量子世界で情報とは結び付きです。何かと何かを規則正しくくっつける概念。これがなければ宇宙誕生後の星系は形作られません。仮設を越えて、もはや誇大妄想ですが宇宙の理屈ではすんなりと当てはまるのです」
多分、重要な話だからメモ取った方がいいんだろうけど、書いたメモを読み返しても何も解かんないから止めた。
「そして、エネルギーも情報の一種です。概ねホールに囚われた原子粒子の一つ分に、大陸一つ程の質量が圧縮されていると見積もっています。我々は放出された熱エネルギーを吸い取り情報と分離させて、ホールに取り込まれた惑星の情報のみをサルベージするのです」
なんかヘリクツに聞こえてきたぞ。
「サルベージの箇所はエルゴ領域、もしくはエルゴ球」
「えるも?」
インドラが睨み「茶化すな!」と言われているように感じたので、顔を伏せて黙って聞く。
「私達が遠くからブラックホールを見ている静止宇宙、つまり安全地帯とホールの表面に境目を作る領域です。ホールを海の渦潮だとして渦の中心が脱出不可能域、シュヴァルツ領域。その周りで回転する渦の流れがエルゴ領域です」
シュヴァインってどこかの国で豚だったような?
「もしパラドックス現象を解明できれば情報を無限にホール内に蓄積できるので、ホールは宇宙で一番容量の大きい、メモリーデバイスになるでしょう」
「ブラックホールって、いろいろ使えそうなんだね。でも情報って取り出せるの?」
「方法はペンローズ過程を応用した技術です。私達はこのエルゴ領域に近づき宇宙船から放出されたホーキング輻射を回収して、装置内部でねじれた音波で情報のみ絡め取り――――」
いや、専門用語でお腹いっぱいなんだけど?
どうしてここまで難しい用語と解説がスラスラ出てくるの?
本当に同じ人間?
実はプログラムを復唱してるサイボーグなんじゃないの?
「――――と、言うことです。お解りですか、キャプテン・ニモイ?」
必殺、生返事!
「ほへぇ〜……」
まずい、インドラの瞳から恒星のような輝きが消えて、ブラックホールみたいな闇を見せてる。
ちょっと待って。
さっき自分の口でホールは熱を発してるって言ってたのに、なんでそんな冷たい目をしてるのさ?
かなり怒ってる?
「今、宇宙船の外は艦底から出たラッパのようなバキューム装置がホールから出た熱を吸い込み、ペンローズ過程で熱と情報に分離されてます」
つまり、ひよこのお腹から掃除機が出てるってことか?
すかさずインドラに質問。
「どれくらいで吸い終わるの?」
「長居すればたちまちシュヴァルツ半径を越えてしまうので、約10分が関の山です」
「10分? 500光年まで来てそれだけしか居られないの?」
「相対性理論で明示しているとおり、重力の強いところでは時間の進みが遅くなります。たった10分でも地球では1週間か1ヶ月のウラシマ効果が発生します」
いや、何言ってる解かんないよ。
と言うと、ヒドく嫌われそうなので黙って聞くことにした。
「ホールを囲むエルゴ領域は有に1万度を越えるので、マクスウェル・デビルマシンを使います」
「は?」
しまった。本音がポロリした。
インドラは無視して話を進める。
「”熱”とは原子分子が震動し飛び回っている状態です。逆に”冷たい”とは原子分子が動かず大人しい状態です。もし悪魔がいて、その悪魔がイタズラで動く分子を動かない原子へ、動かない原子を飛び回る分子へ自在に移した場合、温度は永久的に持続します。簡単に言うと真夏のアイスクリームが永遠に溶けない現象を起こせるのです。これが
電磁気学の父、マクスウェルが提唱した”科学の悪魔”です」
「……へぇ〜」
これぞ無難な答え。
解らないけど一から相手に説明させるのは気が引けるから、とりあえず解ったような反応をする。
「デビルマシンは悪魔のイタズラを人工的に再現する装置です。これがあれば1万度の熱を利用し、
理屈は解らなくとも科学の恩恵がありがたいのは、痛いほど解る。
操舵室から近くで見る広大なホールは、波も風もない、平坦な海に思えた。
透明度も感じられない黒い表面は、飲み込まれてしまいそうで恐怖を感じる。
遊覧飛行を楽しんでいると、急に宇宙船が地震に見舞われたように揺れた。
「何!? 何ぃい!?」
「おそらく宇宙船が近づいたことで空間の質量が増えて、ホールの吸引する力が増し活発化したのでしょう」
「それ僕らのせいじゃん! 絶対ヤバイ状況でしょ!? 早く逃げよう!」
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