第48話 Vtuber祭一日目 後

ー書き直し再投稿ですー



おっさんとはやて丸さんのいる観覧スペースに戻ると、ふたりはちょうど奏さんのライブの感想を語り合っているところだった。


「うむ……やはり若い子の歌はいいのぅ」

「かっこよかったぁ!やっぱ奏さんいいっスねぇー!」


 私は軽く笑ってうなずき、右手に持っていた温かい紅茶のペットボトルを少し口に含んだ。すでに半分ほどになったその紅茶は、まだほんのりと温もりを保っている。冷たくなりきっていないその温かさが、なんとなく今の空気にちょうどよかった。


「戻ったよん。奏さんのステージ、すごかったね」

「おかえりなさいっス!すごくよかったでス!」

「キミもいつかああいう場所で歌うんかねぇ」


とりとめのない雑談を交わしながら、三人はしばらくその場に佇んでいた。会場の熱気は徐々に落ち着いてきているものの、それでもどこか活気は残っている。そんな中、会場内にふわりと明るい女性の声が流れた。


「ただいまの時刻は、午後三時三十分です! 本日16時からは中央ステージで、白月ルナちゃんのスペシャルライブが始まります! わたし、時報担当の夢見ここなでした〜! このあともお楽しみにっ☆」


「おっ、これか。噂のVtuber時報アナウンス」

「凝ってるよなあ……いや、羨ましいわ。こういうのまで自分の色出せるんだもんな」


雹夜が顔を上げると、通路の両側に設置された縦長のモニターにそれぞれVtuberたちの姿が映し出されていた。左側には事務所所属のVtuberたちが並び、右側には個人勢の一覧が彩り豊かに展開されている。ひとりひとりが短い時間で個性をぶつけ合う、まさに“自己表現の場”だった。


「見てみ? あそこ、個人組のとこ。抽選で出番もらった子たち全員映ってるみたいじゃぞ」

「おぉ……ほんとだ」


個人組のモニターには、さまざまなアバターたちが順番に登場し、自己紹介や見どころを一言二言で伝えていた。ある者は元気に、ある者は落ち着いて、ある者はちょっと噛みながら。それぞれがそれぞれの“今”をモニターの向こうに放っていた。


「……なんか、いいな」

私がぽつりと呟くと、おっさんがにやりと笑う。


「なにが?」

「人が多いところとか騒がしいところか、全然苦手ではあるけどさ。そんな俺でも、今のここはいいなぁと思えるよ」


はやて丸さんがウンウンと大きく頭を振る。

「わかりまス!わたしも……いろいろ不安だったけど、今は来て良かったぁって感じまス!」


彼女の言葉を聞いて頷き、そして自分の感情を高ぶらせる。やってやるぞ、と。

はやて丸やサキさん、アカネちゃん、おっさん、そしてファンの皆にもっと楽しんでもらうために。




 それから少しだけ三人で話した後私達は一度別れた。

 はやて丸さんとおっさんは、一度サキさんやアカネちゃんと合流するらしい。いいなぁ。ちょっと羨ましい。


 ちなみに、さっきまで少し離れた場所で一緒にステージを見ていたクロエちゃんたちは、先に他の場所へ向かった。手を振って見送ると、クロエちゃんが思いっきり大きく手を振り返してくれた。女子高生に手を振ってもらうなんて、なかなかレアな体験だ。やったね、私。


 スタッフさんに案内されながら、複数のドアが並ぶ長い通路を進む。途中、数人のVTuberさんらしき人たちとすれ違ったけれど、雰囲気的に話しかけない方が良さそうだったので、軽く会釈だけして通り過ぎた。


 しばらくして通路の端にある一室に案内される。スタッフさんがドアを開けると、中は真っ白な空間。中央にテーブルと椅子、モニターとPCが置かれていて、まるで未来的な控室のようだった。


 テーブルは、私が家で使っているデスクより少し大きくて立派だ。


 「使い方を説明しますので、こちらにどうぞ」


 スタッフさんに促されて椅子に座る。モニターの前で操作説明を受けるけど、ほとんどは普段家でやってることと変わらない。だけど、目の前の2Dモデルがヌルヌル動いているのには驚いた。遅延もなく、表情までしっかり読み取ってくれる。楽しい。すごい。これがイベント仕様の環境か……羨ましいなぁ。


 あとこのデスク、やっぱり広くて快適。キーボードもマウスもスマホも全部置いても余裕がある。右手をこんなに大きく動かせるとは思わなかった。……新しいデスク、欲しくなってきた。


 


 「次にマイクテストをしますので、こちらの台本を読んでもらえますか?」


 デスクのことを妄想してたら、スタッフさんが声をかけてきた。「わかりました」と返事して、渡された台本を手に取る。スタンドマイクの前に立って、声を出す。ちょっと緊張したけど、言葉に詰まることもなく読み終えた。あとはスタッフさんの反応を待つだけ。


 「……あ、はい、大丈夫です」


 少し間をおいての返事。その“間”がなんだか気になる。


 


 「それでは、お時間になりますのでモニターに映しますね。後ろで待機してますので、何かあったら声をかけてください」


 「ありがとうございます。……よし、やるか」


 気合を入れようとして、一旦やめた。なんか力入りすぎると空回りしそうだし。いつも通り、マイペースで行こう。緊張してるのは間違いないけど、深呼吸して……よし、いける。


 


「こんにちはー!」


「えー!遠くから来てくれたんですか!?」


 


 始まって5分。モニターの向こうから人のざわめきが聞こえ、左右のブースからは他のVTuberさんの楽しそうな声が聞こえてくる。けれど、私の前には誰もいない。左右のモニター前には少し人だかりができてるのに。


 誰とも話すことなく、空気だけが過ぎていく。後ろのスタッフさんの視線もなんだか気になって、落ち着かない。……笑われてないよね?


 少しくらいは立ち止まってくれると思ってたけど、甘かった。さっきまで順調だったからこそ、今のこの空気が余計に堪える。早く誰か来てくれないかな。おっさんたち、早く来てくれー。寂しいし、つらい……。


 


 「あの、雹夜さんですか?」


 「お? はい、そうですよー!」


 「自分、雹夜さんのファンです! いつも配信見てます!」


 「え、本当? ありがとうございます。めっちゃ嬉しいです!」


 「本当いい声してますよね。寝落ち配信、いつもお世話になってます!」


 「わー、ありがとうー。目の前で言われると照れますねこれ。こちらこそ、いつも聴いてくれてありがとうございます」


 「いえいえ! これからも応援してますので頑張ってください!」


 「うん、ありがとう。また配信で会おうね! ばいばーい!」


 


 短い時間だったけど、ちゃんとファンの人が来てくれた。嬉しい……ほんとに。


 ……お、また一人来てくれた。


 


 「こんにちはー。雹夜さんですか?」


 「はい、そうです。こんにちはー」


 「いつも配信見てますー。実は、イベント参加するつもりなかったんですけど、雹夜さんが来るって聞いて、来ちゃいました」


 「あらま、それはありがたい話……ありがとうね。会えて嬉しいよ」


 「いやーでもほんと、いい声っすよね。羨ましいです」


 「そう? 結構怖がられること多いんだけどなー。お兄さんの声も、なかなか良い声してると思うよ?」


 「マジっすか? 雹夜さんに言われると嬉しいですね。来てよかったです」


 「こちらこそ、ありがとう。また配信で会おうねー。ばいばーい!」


 


 ふぅ、ちょっとだけ緊張も解けてきた。でも力入れすぎたせいか、ちょっと疲れてきたな。次からはゆっくり、マイペースで行こう……って、ん? なんか複数人こっちに向かって来てる?


 


 「こんにちは! 雹夜さんに会いに来ましたー!」


 「雹さんこんにちはー!」


 「いたいた! 雹夜さーん!」


 「こんにちはー!」


 「お、おう、こんにちは! 友達同士で来たの?」


 「あ、違います」


 「たまたまですね」


 「え、マジか。団体かと思っちゃった。どうもどうも、こんにちはー!」


 「あ、雹夜さん、ハイタッチしてもらっていいですか?」


 「お、いいよー。ただ画面には触れないようにね」


 「わかりました!」


 「んじゃ、せーの……たーっち! ありがとう!」


 「ありがとうございます!」


 「僕もいいですか?」


 「もちろん、どんどんおいでー!」


 


 その後もファンが次々と来てくれて、最終的に30人ものリスナーさんが訪れてくれた。各自が周囲に配慮して、一人ひとりが短い時間で交流してくれた。民度高ぇ……あったかい。ほんと、いいリスナーさんに恵まれたなぁ。大事にしよう。


 ふと壁の時計を見る。あと10分は喋れる。……おっさんたち、間に合うかな。メッセージ確認したいけど、今は我慢我慢。


 


 「お、いたいた。あそこじゃのう」


 「せんぱい! 来ました!」


 「お、お疲れ様です、雹夜さん」


 「ごめんなさいね。少しやることができて、遅れちゃったわ」


 「おー、皆来たー!」


 


 内心ではガッツポーズしてるけど、流石にそれは恥ずかしくてやれない。でも、すっごく嬉しい。


 


 「サ……やべ、名前言っちゃまずいか」


 「大丈夫じゃないでスか?」


 「実名じゃなければいいんじゃ?」


 「そういえば、サ……二人の名前知らないや」


 「マジかキミ」


 「私も教えてなかったわね……えっと」


 「じゃあ、さっちゃんで」


 「え!?」


 「あと、あーちゃん」


 「あ、あーちゃんですか……」


 「うん。これなら違和感ないし。だめ?」


 「いいわよ」


 「即答じゃのぅ」


 「ぼ、ボクも大丈夫です……!」


 「おっけー。んじゃ、さっちゃんとあーちゃん、イベントお疲れ様でした!」


 「ふふ、ありがとう」


 「あ、ありがとうございます……!」


 


 本当はステージが終わってすぐに言いたかった言葉だけど、ようやく伝えられた。


 その後はみんなで雑談。時間を忘れて楽しいひとときを過ごした。スタッフさんの声で終了時刻に気づき、お礼を言って、仲間たちと一度お別れすることに。


 


 「んじゃ、また後で。あ、良いこと思いついた。ハイタッチしようぜ」


 「やりたいッス!」


 「あとでやればいいんじゃ?」


 「ばっかやろう。この姿だから意味があるんじゃい」


 「そうかのう……ようわからんが」


 「はい、まずはやて丸ー。かもーん!」


 「いきまス! たーっち!」


 「次、アカネちゃんかもーん!」


 「は、はい! たっち、です!」


 「いいねぇいいねぇ。はい、おっさん!」


 「む、わしもか。ほい」


 「うい。んじゃ、最後にサキさん。はい」


 「恥ずかしいわね……はい」


 「ありがとうございます」


 「ふふ、いいえ」


 「じゃあ、みんなまた後でねー! ばいばーい!」


 


 モニター越しに仲間たちが去っていくのを見届けて、私も椅子から立ち上がる。スタッフさんがモニターを操作して確認を終える。


 「大丈夫ですね。お疲れ様でした」


 「ありがとうございました。楽しかったです」


 「楽しんでもらえてよかったです。……あの」


 「はい?」


 「とても素敵な声でした。チャンネル登録したので、後でアーカイブとか見てみますね」


 「え、本当ですか? ありがとうございます! よかったら、生配信にもぜひ遊びに来てください。配信で会えるの、楽しみにしてます」


 「そうですね。時間が合えば見に行きますね」


 「やった、嬉しい。今日は本当にお世話になりました!」


 


 スタッフさんにお礼を伝え、私は一人、通路を歩く。心がじんわりと温かい。


 配信だけじゃなく、こういうイベントでもファンが増えるんだって知れた。


 ……来てよかった。改めて、心からそう思う。


 

 しばらく歩いていると、通路の先に出口が見えてきた。その先には、すでにお客さんたちが行き交っている。もう、イベントも終盤なんだなぁと、しみじみ感じる。


 出口のすぐそばに、見覚えのある女性の姿があった。


 「サキさん……」


 その姿を見て、自然と足が向かう。


 「さっちゃん、お疲れ様です」


 「お疲れ様、雹くん。……あの、その呼び方、続けるのね?」


 「え、ダメでした? まだ会場内だし、本名で呼ぶのもあれかなーって」


 「珍しい名前じゃないし、大丈夫だと思うけど……。でも、雹くんがそう呼びたいなら、それでもいいわよ?」


 「うーん、じゃあ、サキさんに戻しますか」


 「むー」


 ぷくっと頬を膨らませるサキさんに、思わず笑みがこぼれた。さっきまでの緊張が少しだけ解けていく。まだちょっとぎこちなさはあるけど、こうやってふざけ合えるのが、なんだか心地よい。


 聞けば、他の三人はグッズコーナーに向かったらしい。皆で一緒に行こうとサキさんが誘ってくれたそうだけど、おっさんが「多分あの子は行かないと思うから、わしらだけで行くよ」と言って、三人で行くことになったんだとか。


 流石おっさん、よくわかってらっしゃる。今の時間のグッズコーナーなんて、混んでるに決まってるし。欲しい物も特にないしなぁ……。


 「サキさんは行かなくてよかったんですか?」


 「私は特に欲しいものはなかったから」


 「なるほど」


 「でもね……雹くんのボイスは欲しいわ」


 「まだ時間かかりますねー」


 「せめてアクスタだけでも……」


 「なんで急にハードル上げてくるんですか」


 「タペストリーって、いつ出るのかしら?」


 「……それはおっさんに聞いてください」


 「わかったわ」


 「……いや、本気で聞きに行きそうで怖いんですが」


 そんな冗談交じりの会話をしながら、そろそろどこかで休憩しようか、と歩き出そうとしたそのとき――


 


 「……あの~、その声……もしかして雹夜くんですか?」


 


 女性の声がして、私と雹くんは自然とその方向に目を向けた。


 そこには、目を引くほど肌を露出した服を着た女性が立っていた。堂々とした仕草で、真っすぐに雹くんを見つめている。


 雹くんの知り合いだろうか? それとも、ファン?


 「……そういうこと、ね」


 雹くんがぽつりと呟いた。何かを悟ったような、少し重たいトーンだった。


 「あー、やっぱり雹夜くんだ~! 私、ファンなんです~!」


 彼女は嬉しそうにそう言って、にこにこと笑う。


 でも私は、雹くんのその一言が気になっていた。


 「そういうことって……どういうことなのかしら?」


 


 「私~、本当はVtuber祭に出ようと思ってたんですけど~」


 「……出ようと、思ってた? あなた、Vtuberだったのかしら?」


 「え? ええまぁ……っていうか、あなたもファンなんですか~?」


 「ええ、そうよ。彼のファンなの」


 「へぇ~そうなんだ~。……あ、それでね、雹夜くん」


 


 彼女はそう言って、サッと私の横をすり抜けて雹くんのすぐそばまで近づいた。


 その距離感に、思わず眉をひそめる。


 ふわりと甘ったるい香水の香りが漂う。胸元が大きく開いた服は、あからさまに視線を引く作りで、彼の目の前に立って覗き込むように笑いかけていた。


 ……嫌な女。


 言葉にはしないけれど、そう感じた。


 


 「私ね、雹夜くんとコラボとかいろいろしたかったのに~、辞めることになっちゃって~」


 彼女が言った、その後の一言に、私は一瞬、耳を疑った。


 


 「はやて丸とかいう女のせいで~」


 


 ……は?


 思わず視線が鋭くなる。彼女はあくまで軽い口調で、悪びれもせず続ける。


 「あ、私、Vtuberやってた時は《姫》って呼ばれてたんですよ~」


 


 この場に流れる空気が、さっと冷たくなったような気がした。


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