第36話 ボクがVtuberを始めた理由。【アカネ編】
――
悩める少女のお話。
――
男女の騒がしい声が聞こえる。
香水のあの独特な匂いがする。
ここには大きな部屋がある。
中には、大人や、自分と同じくらいの子供が居る。
誰もかれもが笑っている。
バカみたいにはしゃいでる人もいる。
お互いの成功を喜び合ってる人もいる。
笑って、叫んで、喜んで。ここには、様々な感情が溢れている。
不安も、恐怖も、焦りも、ここにはある。
でもそれはここに居る人の多くは感じていなくて。
多分、きっと、その感情だけはボクだけが抱えているんだと思う。
皆が笑って楽しんでいる。
まだまだこの時間が続けばいいのになって思ってる。
ボクだけが不安を抱えている。
早くこの場所から帰りたいと思っている。
こんな気持ちで、やっていけるのだろうか。
……いや、やるんだ。決めたんだ。変わるって。
Vtuberになって、それで、ボクは……
「……あら?」
気付けば、知らない女の人が目の前に立っていた。
この部屋では見かけなかった人だ。多分、今来たのだろうか。
スーツ姿で、背が高くて。
カッコいい大人の女性というのはきっと、こういう人なんだと思った。
その人は、誰も声を掛けようとしないボクに、声を掛けてきた。
仲間外れにされていたボクに、その人は、声を掛けてくれた。
「初めまして。サキです。貴方は……アカネちゃんね?」
ベッドの上に置いていた時計のアラームが鳴り続ける。
うとうとしながら、ボクは時計の音を止めようとして、時計の隣にあるぬいぐるみを叩く。
「わっ!ご、ごめんね……?」
叩いてしまったぬいぐるみを優しく撫でて、
それから時計のアラームを止めた。
ベッドから起き上がり、背伸びをしてから、部屋を出る。
今日も、ボクの一日が始まった。
「おはよー!」
朝の教室は賑やかで。
いつもどおりに友達と会えた喜びと、
これから始まる長いお勉強に対してのため息と。
新しく発売されたゲームの感想とか、次の休みはどこに行こうかとか。
皆が皆、楽しそうに話している。
ボクはそれを聞きながら、教室の窓の外を見ていた。
「あっ……○○ちゃん、お、おはよー!」
「ん……?うん、おはよう」ニコッ
「はぅぅ」
「やっぱカッコいいね!」
「ねー!」
最近は、いろんな人が声を掛けてくれる。
挨拶も、最初に比べればだいぶ良くなったと思う。
これも全部、雹夜さんのおかげだ。
でも、まだまだ憧れには遠い。
あの人のように、あのサキさんのように、ボクはもっと、もっと、カッコよくならないと。ボクもいつか、あの人みたいになるんだ。
「……それでね!せんぱいがね!?」
「うん……ふふ」
夜になって、いつものようにはーちゃんと通話をしていた。
はーちゃんっていうのは、はやて丸ちゃんの略で。
……ボク達は、いろいろあって、ぶつかって、それで、友達になった。
友達になったボクらは、もっと親しくなる為にお互いをあだ名で呼ぶことにした。
ボクははやて丸ちゃんの事をはーちゃんと。
はやて丸ちゃんは、ボクの事をあーちゃんと呼ぶようになった。
最初はムズムズしたけど、今では、呼ばれることがとっても嬉しい。
「もうむかー!って来てね?
だから、今度あーちゃんも一緒にせんぱいをいじめようっス!」
「あはは……はーちゃん、また口癖出てるよ?」
「むぅ……これはもう癖っスねぇ……えと、嫌だった?」
「ううん。全然、可愛いと思うよ」
「そうっスかね?えへへー」
はーちゃんとの会話は、一日の疲れを癒してくれる。
話す度に、もっと、ずっと。話していたいと思う。
……もしあの時、一歩踏み出せなかったら。
彼女の声に気付いてあげれなかったら。
今のボク達は、いなかったんだろうか。
そう思うと、本当に、良かったと思う。
正直、怖かった。
あの時、雹夜さんから話を聞かされて。
ボクは、凄く心配したけど、同時に、迷ってしまった。
ボクは、彼女の力になれるのだろうかって。
ボクは、彼女を支えてあげれるのだろうかって。
心配と不安が、同時に襲ってきて。
どうすればいいのか、わからなかった。
でも、あの人は違った。
あの人は、雹夜さんは、迷わず助けに行くと言った。
俺が問題を片付けるから、キミはただ支えてあげてくれと言った。
不思議だった。何で、そこまで出来るんですかと。
何を抱えているのかわからないのに、なんで、迷わずいけるんですかと。
――俺がそうしたいから。
雹夜さんは、それだけ言って、通話を切った。
そして、本当に、問題を解決してきた。
「後は任せた」それだけボクに言って、また、通話を切った。
それから、はーちゃんとぶつかって、2人で、友達になった。
雹夜さんの行動は羨ましいとも思ったし、カッコいいとも思った。
ボクもいつか、雹夜さんみたいになりたいな。
サキさんのようなカッコよさと、
雹夜さんのような強さを、ボクも、いつか。
「……あっ、そろそろ寝る時間っスねぇ」
「もうそんな時間かぁ……寂しいね」
「うん……でも、明日があるから」
「……そうだね。明日も、また話そうね、はーちゃん」
「うん!またね、あーちゃん!おやすみ!」
「またね、はーちゃん。おやすみ……!」
楽しい時間が終わる。はーちゃんの声が消えていく。
ちょっぴり寂しいけど、でも、大丈夫。
明日また、話せるから。
だから、おやすみ。はーちゃん。
「……えと、今日はこれで、終わります。
皆さん……お疲れさまでした……っ!」
:おつおつ
:お疲れ様!
:アカネちゃんおつかれー!
:行かないでアカネちゃあああああああん!!
:また明日!!
:お疲れさまです!!
:おつー!
:ゆっくり休んでくださいねアカネちゃん!!
配信を閉じて、一息つく。
はーちゃんはまだ配信をしてるから、終わるまで配信を見ながら課題の勉強をしよう。カバンからノートと教科書を取り出して、机の上に置いて勉強をする。今日の課題は少し難しいけど、早く終わらせて、はーちゃんと通話をしよう。
そう思っていた時、スマホがぶるぶると震え始めた。画面には、通話の文字。それと、マネージャーさんの名前が、表示されていた。
「……という事で、アカネさんにも出演して頂きたいなと」
「ぼ、ボクも……ですか?」
「ええ。各ジャンルのコーナーを用意してまして、アカネさんにはゲーム枠に出てもらって指定された時間内にゲームクリアを目指してもらう形になります」
「えと……ぼ、ボクに出来るのでしょうか……?」
「え?……えーと、それはアカネさん次第かと……」
「で、ですよね……ど、どうしよう……」
「今日決めてもらわなくても大丈夫です。
ただ今月中にはお返事頂けると助かります」
「わ、わかりました……あ、あのっ!」
「はい?どうしました?」
「その……サキさんも、出るんですか……?」
「ええ。サキさんやアヤさんなどは既に決まっていますね」
「そうですか……サキさんに会えるチャンス……」
「それではこれで。良い返事をお待ちしています」
「あ、はい……お疲れさまです……」
「お疲れさまです」
マネージャーさんが通話を切るのを確認して、椅子から立ち上がりベッドに向かう。ベッドの上に置いていたぬいぐるみを抱きしめながら、そのまま寝転がる。親睦会以来会っていない、あのサキさんに会えるかもしれない。
ボクの憧れの人。ボクに、Vtuberを続けさせる勇気をくれた人。
そのサキさんに、会えるかもしれないと思うと、
ドキドキが止まらなくて、その日はなかなか寝付けなかった。
―あとがき―
メンバー的には一番軽めのお話だけど、個人の悩みにとってはやっぱり重いお話です。次回可愛いアカネちゃんが見れるかも……?
例のお姫さまは上手く逃げれた模様……?
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