第8話 期待は時に、重みへと変わる。【サキ編】
「新規Vtuber配信祭」から3ヶ月が経った。
私は今もVtuber活動を続けている。多くの新規Vtuberの中から奇跡的に人気を獲得した私は増える視聴者、企画、コラボ、そして現実の仕事に追われながら日々を過ごしている。思っていたよりもやることが多くて忙しくなりつつあったが、それも数日経てば収まるだろう。爆発的な人気もある程度経てば興味がなくなり去っていく。きっと今がピークだ。私は今日も配信を始める。今見てくれている人達の為にも。
未だに人が増え続けている。意外と人気は保っているようだ。嬉しいことだが、仕事量も増えていって少し疲れが出てきていた。だが、この程度はなんてこともない。年末の仕事に比べればまだマシだと思える。コラボもどんどん増えてきているが、男性Vtuberとの共演が多い。男性が嫌なわけではない。真面目な人もいる。しかし、何かと理由とつけてオフ会をしないかという誘いをしてくる男が多い。相手には悪いが私はVtuberを仕事だと思ってやっている。仕事だから付き合うが、プライベートでは一切お断りだ。相手に断りのメッセージを送り携帯を閉じる。……はぁ、今日はもう寝よう。
疲れている。
身体が重い。私は、疲れている。思ってもいなかったのだ。まさか、ここまで人気が出るとは。今も登録者は増え続けている。留まることを知らないようだ。増え続けていく数字。嬉しいと感じていたそれが、重みになるとは思わなかった。……最近、現実の仕事でも支障が出ている。仕事をして、帰っては配信をして、コラボの打ち合わせやマネージャーとの打ち合わせをして、SNSをチェックして、明日の準備をして、眠る。芸能人や有名なVtuberは皆こんなことをしているのだろうか。正直、耐えれるかわからなくなってきていた。……寝よう。少しでも身体を休めよう。
眠れない日々が続いている。
今までこんな事はなかった。受験をした時も、面接に行った時も、Vtuberとして配信する前日も、こんな事は一切なかった。眠れない。いろいろ試しはした。睡眠用BGMも、寝落ち配信も、ツボや飲み薬、食べ物、全部試した。でも寝れない。わからない。私は焦りを感じている。こんな事は一度もなかった。初めての感情だ。怖い。身体が震える。誰かに相談したい。でも、いない。私が全て拒んできた。友人も、恋人も、家族も、全て……。私は、独りぼっちだ。
ベッドの上で横になる。目を閉じる。眠れない。イライラしてしまう。明日も仕事がある。配信がある。やらないといけない事が沢山ある。なのに眠れない。狂いそうになる。やるべきではなかったんだ、Vtuberなんて。手を出してはいけなかったのだ。期待が重いと感じるなんて知らなかった。知るべきではなかった。戻りたい。配信をする前に。今すぐ。
助けて
……不思議だ。あんなに辛い辛いと言っていたのに、今日も仕事をしている。寝ていないのに、身体はいつも通り生活を始めている。上司も同僚もいつも通り接してきている。私がおかしくなっている事に気付いていない。いや、彼らからしたら、私は最初からおかしかったのかもしれない。彼らはいつも通り接してくる。私もいつも通りにみせて受け答えする。早く仕事を終わらせて帰りたい。そして、眠りたい。何も求めてこなかった私だが、今はとても欲に溢れている。眠れる日が、欲しい。
お願い、助けて
「……お疲れさまでした」
今日も無事配信が終わる。いや、無事終わったのだろうか?今の私にはそれが判断できない。頭が重い。でも辞めるわけにはいかない。明日も皆が待っている。明後日も、その次も、皆待っている。寝よう。私はベッドに倒れ込む。
たすけて
数時間が経っただろうか。それとも、数分しか経ってないのだろうか。私は起き上がる。無論、眠れない。もういい。もう、今日はこのまま起きよう。どうせ身体はいつも通り動くのだ。私はただ精神に気をつければいい。PCを起動してブラウザを立ち上げる。YouTuberを開き、適当に動画を見る。今までコラボした相手、所属先の同期、最近新たに増えた新人勢の動画を次々と見る。見るだけで、何も変わらない。面白いとも感じなかった。元々、そういうのに疎いのだ。人が面白いと思った事に共感出来たことがほとんどない。でも見ないと。次コラボする時に感想を言えるように。それから数時間動画を次々と見ていった。もはや作業だ。私のやっていることは褒められることではないだろう。でも仕方ないんだ。眠れないんだ。
マウスのホイールを触ろうとし、間違ってクリックする。置いてあった画面のカーソルは一つの動画を再生していた。いや、これは生配信?
「……ついでに見ておこうかしら」
タイトルやチャンネル名を見る。見たことも聞いたこともない。画面上には男の子のイラストがあって、喋っている。あぁ、この人もVtuberなんだ。机の上に置いていたイヤホンを耳につける。同時に、声が聞こえてきた。その声を聞いて、私はびっくりした。イラストと声が全く合っていない。小さな男の子なのに、声は物凄く低い。ギャップ萌えを狙っているのかしら。
「……なにこれ、全然声とイラストが合ってないじゃない」
「……違和感がすごいわね……良い声だけど……」
「……とりあえずこのまま聞いておこうかしら……それにしても……このこえ……」
予め設定していた携帯のアラームが鳴り始める。
椅子で眠っていた私は音に気付いてハッと起き上がる。寝ていたのか。早くシャワーに入って仕事に行こう。
「…………わたし、寝れたの……?」
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