第7話 私にとってのVtuber。【サキ編】

28歳。女性。名前は、サキ。



 サキはVtuberで使っている名前。本名は全く違う。サキという名前は絵師の方がつけた。彼女いわく、私はサキというイメージなんだと。正直何を言っているのかわからなかったけど、私はその名前を受け入れた。


 現実世界での私はOLをやっている。大企業ではないが、名前を出せば「あぁそこか!」と反応が来る程度にはそれなりに有名な場所に勤めている。仕事は順調にこなしていて、社内での評価も悪くはない。悪くはないが、どんなに頑張っても私のことを嫌い嫉妬を抱く者は出てくる。私を嫌う人は同性が多い、調子に乗っている。年下に色目を使っている。上司に気に入られるように枕をしてる。そんな聞き慣れた言葉を受け流す。くだらない噂を流すくらいなら仕事をすればいいのに。くだらない。本当にくだらない。



 噂を流す同性は多いが、私を慕ってくれる同性も居る。カッコいいとか、男らしいとか、憧れるとか。そんな言葉が多い。別に可愛いと言ってほしいわけではない。そんな歳でもないし、自分が可愛いと思ったことはない。自分でもわかる。私は決して可愛いと言われるような見た目をしていない。カッコいい系だ。わかっているからこそ、私服もそういうのを着る。皆がそうイメージしているから、私も応じる。そうやって生きてきた。


 

 「あのね、私最近Vtuberにハマってるの」


 仕事終わりに寄ったとある居酒屋。隣で一緒に呑んでる同期の友人がそう言った。Vtuber……知っている。というのも、親戚の子供がそういうのにハマっていると言っていた。一度一緒に見たが、私には良さがわからなかった。ただこういう存在を否定はしなかった。こういう楽しみ方もあるんだと自分に言い聞かせながら子供が不快にならない程度に感想を言った。友人も、そのVtuberにハマっているらしい。子供だけに人気があるわけではないのか。そう思いながら彼女の言葉に相槌を打った。


 

 「それでねー、私Vtuber始めようと思うんだぁ」


 すっかり酔いが回ってきた彼女がそんな事を言った。本気なの?とつい言葉が出そうになる。


 「面白そうだし、人気が出たら働かなくてもいいくらいお金もらえるんだよ?夢あるじゃん!」


 まぁ、大抵の人には魅力的な話なんだろう。喋ってるだけでお金が貰える。しかも生活には困らない程度のお金が。彼女はそんな生活を夢見ている。私は否定しなかったが、そのVtuber活動に賛同することもなかった。結局、何をするのも彼女の自由だ。好きなようにやればいい。私には関係のないことだ。


 

 「でね?せっかくだし一緒にやってみない?」


 

 





 


 「……以上で、今日の配信は終了します。皆さん、お疲れさまでした。おやすみなさい」


 配信を止めて配信画面を閉じる。このままPCも落とそうとし、ブラウザを立ち上げる。YouTuberを開いて、登録しているチャンネルの中から一つ選び、クリックする。そのチャンネルは現在配信中だった。配信を開く。聞き慣れた女性の声がイヤホンから溢れてくる。


 

 「……でね!いやいやほんとうだよ!……だから嫌になって私……それで……」


 

 彼女の言葉を聞き流しながらSNSを確認する。今日の配信も、何も問題なかった。溜まっているDMを確認し、最優先するべきものがないか調べる。全てが終わった頃、丁度彼女の配信も終わる時間になった。


 「……あっ!もうこんな時間だ!それじゃ皆、またねー!」


 配信が止まるのをじっと待つ。コメントはしない。


 視聴者数300人。登録者数1000人。新規Vtuberの中では、下から数えたほうが早いかもしれない。配信が終わる。少し経って、携帯が鳴りだした。


 「もしもーし?おつかれさまー。今配信終わったよー」


 彼女の言葉に、私も丁度終わったと答える。無論嘘だ。配信を見てたとは言わない。


 「あ、そうなんだ?タイミングよかったぁ。ねね、ちょっと聞いてよー」


 その後は彼女の愚痴を聞いて私は眠った。







 

 彼女が仕事を辞めた。

 

 

 正直わかっていた。そうなるだろうと予想していた。案の定、そうなってしまった。彼女は夢を求めに行った。Vtuberという夢を。私はそれを否定しなかった。無論、賛同もしなかった。私にとって、彼女はその程度の存在だった。




 あれから彼女の配信を見ていない。電話もしていない。食事も。全て彼女から誘っていた。それらが無くなったということは、彼女も私を捨てたのだろう。そういうものだ。私はいつも通り仕事を続ける。彼女の分の仕事も含めて、私はいつも通りの生活を過ごす。







 「ねぇ、ほんとにやるの?Vtuber」

 

 「ええ。いい機会だし、やってみようと思うの」


 「まさか乗ってくれるとは思わなかったなぁ」


 「そう?」


 「うん。ねね、なんでやろうと思ったの?」


 「なんでって、そうね……」





 

 「私にも、人らしい趣味があれば、何か変われるかな……なんて」



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