43.夜半の秘事
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日がな一日浜辺で遊び、旅館のご馳走に舌鼓を打って、日焼けの痛みに騒ぐ女子風呂に耳をそば立てながら湯に浸かる。
日頃の『観研』とはかけ離れたアクティブなスケジュールにもようやく一息ついて、綺麗に布団が並べられた男子部屋に戻った時には、テンションの高さに忘れていた疲れがどっと押し寄せていた。
「やー……俺、正直、いままで代表ってちょっと影薄いっつーか、頼りないイメージだったんですけど……。今日、ガチで感激しました。やっぱ代表なんだわ!」
ともすれば、俺は即堕ち2コマ並のスピード感で眠りこけてしまいそうであったけれど、他の男子は興奮冷めやらない様子。部員の親戚に厄介になっている手前、酒盛りも控えめにしていたはずなのだが、すっかり出来上がった茶髪が部屋に戻るなりクソデカい声で言った。
「そう誉めるなよ」
わざとらしく後頭部を掻く代表も満更でもない様子。
茶髪が一体何に感激しているのかといえば、先述したプロデューストバイ代表の『北風と太陽作戦』が見事成功したことに、である。
クソ暑い中でクソ熱い物を食った女子達は、桃原が既に水着になっていた流れに乗って、次々と肌を露わにした。
あくまで平然を装う茶髪の瞳がギュルギュル動き回る様は、童貞の基本生態として映像を記録されるレベルのものであった。ただただシンプルに気持ち悪かったが、この世界じゃなきゃ俺だって似たようなリアクションしていただろうし、あまり貶す気にはなれない。
ともあれ、ビーチバレーにスイカ割り、男女混合でバナナボートなんぞしてみたり、俺たち野郎だけでなく、部員全員が楽しく健全に遊び倒した。ここら辺は……そこいらのラブコメアニメの水着回を視聴してもらえれば補完可能だと思う。
「俺、人生であんなに水着を間近で見たの初めてっスもん!」
「海水浴って、こういうイベントだったんだな……!」
砂浜のマーメイドたちに思いを馳せる茶髪の言葉を皮切りに、男子部屋は徐々に活気づいてくる。
シュノーケルに足ヒレに水中カメラのガチ装備で浮きまくっていた天パ君でさえも、「魚も結構いたしな」と満足げであった。我々が波打ち際でビーチバレーに興じる中、磯のほうでタコを探すタイプのオタクであるところの彼にツッコミを入れる暇が無いほど、各人精一杯楽しんでいたのだ。
話の内容は、次第に女子部員の水着の感想戦へと移っていく。
アイツは顔はイマイチだけど身体付きが妙にエロかった。誰それの脇の皺がエロかった。油断した時に見たプニッとしたお腹周りがヤバいエロかった……。皆、鼻の下を伸ばしながら恥ずかしげもなく饒舌に語る。
目の付け所というか、性癖というか……触れるポイントが妙にマニアックであるが、どれも非常に頷ける話である。
かくも、男子とはこういう生き物なのだ。影山さんは特段に俺をケダモノのように言うけれど、それは大変見当違いな発言である。この下卑た会話を彼女にも聞いてみせてやりたい。俺は、開き直ってありのままを語っているだけなのだ。
「二見先輩の胸、あんなに大きかったのな」
「着痩せってのはアレを言うんだろうな」
「あれはパッドだ」
「なんで分かったんだよ」
「俺、見えちゃったんだよ。屈んだ瞬間に……」
「えー……なんか、そう言われるとなぁ」
「バカ野郎! その強がりを愛でるのが男の度量って奴だろ」
観研内で4番目くらいにかわいいと評判の2年生、二見さんの話になり、俺もそこに混じる。結局、桃原と島林先輩に急速に接近できたので、これまでそう絡んでは来なかったが、女子の割にスラッと伸びた背と切れ長の目が印象的な中々の美少女である。だから名前も覚えていたんだけれど……。
「確かに、それはお前の言うとおりだ……」
「やっぱり彼女持ちは言うことが違うなぁ」
「待て待て、なんでそうなる……」
そんな二見さんが霞んでしまうほどの美少女二大巨頭たる桃原と島林先輩が『観研』には居て、その片方と現在進行形で付き合っているとなれば、自然、嫌味の1つも飛んでくる。
……島林先輩と偽の恋人関係を始めてからというもの、ことあるごとにこの調子であるから慣れっこではある。だが、今日は一段とまた当たりがキツいのは、決して俺の被害妄想ではないはずだ。
「あー……。島林パイセンの水着、メッチャ見たかった……」
茶髪は心の底から残念そうに唸った。
先輩のお胸は、服の上からでも分かるあの膨らみ具合である。あの細身に冗談のように付加された存在感。今日海水浴場にいた人間、老若男女の別なしに10人中7人は「は? え? ……んん?」と二度見していた。
チャラ夫みたく、TPOお構いなしに下心をさらけ出すわけにもいかないが、ここに集う男子の全員が遠巻きにでもその至宝を拝めるのではと期待していたことは、いわずもがなであろう。
しかしながら、桃原から釘を刺された先輩は、暑そうにしていたが極力水着にならないように我慢していた。唯一、そのたわわを見せたのも、バナナボートに乗る時だけであり、それもすぐに救命胴衣を上から着てしまったので、視聴可能時間は1分にも満たない。そら嘆きたくもなる。
「お前さぁ、俺らに水着見せないように静香に言ってたワケ?」
流れを感じ取り、意気揚々とチャラ夫が乗っかる。先輩とのイチャコラを見せつけてからというものの、だいぶ大人しくなったチャラ夫であるけれど、こういう話の流れになるとススス……と忍び寄ってくる。
空きコマに一緒に暇を潰す程度には交流がある茶髪たちからやっかまれるのは、ある種のスキンシップ的なものと捕らえられなくもない。
だが、同じことでもコイツに言われると途端に癪に障る。生理的にムリ、というのは恐らくこういうのを指して言うに違いない。
「いや、別にそんなこと言ってないですよ。なんか、今日はちょっと体調悪かったみたいです」
「ぜっってー嘘っしょ。俺だったらそう言うもんね」
「いやいやいや、んなこと言いませんよ」
「どーだかなぁ……。あーあ、俺も触ってみるか、せめて見てみてぇなぁ……」
途中まで頷いていた茶髪達であったが、チャラ夫のぼやきに、『彼氏の前でそこまで言う?』と一歩引いていた。
白けた空気に、俺が止めに「ハハ」と乾いた愛想笑いをくれてやる。
チャラ夫は「なーんかおもしろくねーなー」と呟き、唐突に話題を変えた。
「つかさ、お前、
「……は?」
チャラ夫の言葉に、脈拍が上がる。
本格的にハーレム生活がしどうしてからまだそこまで日は経っていない。なのに、核心を突いたその発言の論拠は何処にあるというのだ。先日桃原にせがまれて人目の付かない校舎裏でこっそりチッスしたのを目撃された……? いや、そんなところに出くわしたとして、この単細胞が、それを手札としてキープできるとは考えられない。
周囲も俺と似たり寄ったりのリアクションで。驚きこそすれ、内心の円グラフの70%は『こいつは一体全体なに言っちゃってんの?』という懐疑の意味を含んだ「……は?」である。
「キョーコちゃん、ガチでお前に懐いてんじゃん」
聞いた瞬間、強ばっていた背筋がヘニャリと崩れる。こんなの、ただの根も葉もないふっかけである。
やはり、コイツに論理的思考があると期待してしまったことが過ちだったか。しかし、だからこそ、その感覚がズバリ的中している点は恐ろしいのだけれど……。
「そりゃまあ……桃原とは、なんだかんだ新歓からの付き合いッスからね……」
「確かに、2人は仲良くしているようだが、だからといって浮気ってのは短絡的すぎるだろ」
「桃原なら、俺だって楽しく話しますよ。先輩の理屈なら、桃原はイコール俺の彼女になりますわ」
チャラ夫のちょっとした暴走を、すぐさま代表が諫め、茶髪がおどけてみせる。勘違いは痛いぞ、と名も知らぬ先輩の突っ込みが入って──これは婉曲的なチャラ夫へのディスだったのだが、それでも彼は何処吹く風で続けた。
「じゃ、キョーコちゃんとお前は別になんでもないんだ?」
「まあ、普通に。友達ですよ」
「ほーん……」
チャラ夫は口をすぼめたまま、口内で舌をコロコロと回す……という絶妙に気持ち悪いシンキングポーズを取り、
「っし。だったら俺、キョーコちゃん狙いにいくわ」
普通に意味不明だった。
チャラ夫を快く思っている人間など、サークル内には誰もいない。当の桃原でさえ、冗談めかしてではあるが、ふとした瞬間彼への苦言を漏らすこともある。
気まずい、とか、白けた、とかいうレベルではない沈黙が降りる。これは……敵意を孕んだ静寂だ。みんなのアイドルに何してくれちゃってんの、島林先輩亡き今、俺らの希望はモモちゃんだけなんだぞ……的な。
……いやほんとごめん桃原も"俺の"なんだけど。俺にもしチャラ夫レベルの軽薄さが備わっていたとしても、そんなこと口が裂けても言えない。
でも、こういう時にチャラ夫が霞むレベルで空気の読めないタイプのオタクがこの部屋には1人居る。
「桃原といえば、だ」
天パ君だった。
「磯で半水面写真を撮影しようとしてたら、寄ってきてな。面白そうだから私も撮ってくれ、なんて言われて」
「撮ったのか!?」
「撮った」
「水着を!?」
「水着を」
「(複数の歓声、怒号)」
ここで一気に株を上げた天パ君は、話題の一切合財をかっさらっていった。
夜はまだ、更けていく。
♡
ちょっと酒が回ったのでトイレに行ってきます。そう代表にこっそりと伝えて、旅館の外に涼みに出た。
真夏だというのに、夜の海沿いは旅館の部屋よりよほど涼しく、温い風が心地よく思えた。冷房をもってしても、猥談に耽る男の熱は抑えられないらしい。
今ごろ部屋では、SNS等第三者への水着写真流出のリスクを恐れた女性陣からの撮影禁止令をかいくぐった英雄、天パ君を神輿に担いで盛大な祭が行われていることであろう。
しかしそれと時を同じくして、俺のスマホには、
『モモちゃん、寝ちゃった』
『(画像)』
『かわいい』
島林先輩から、淡泊な文面を添えて桃原の寝顔が送信されていたのであった。紛う事なき盗撮である。
そんな状態で、しかも酒も入っていて、あの輪の中でボロを出さない自信なんてなかった。だから、抜け出してきた。単純な話だ。
返信は、なんの気無しであった。
『先輩、今外にいるんですけど……。抜け出せたりします?』
もしかしたら、猥談で悶々とした男部屋の空気が、俺に送信ボタンを押させたのかもしれない。今となっては、何だっていいことだ。
……。
…………。
…………………………。
一向に部屋に帰らない俺の事なんかお構いなしに、バカ騒ぎは夜通し続いていた。
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