33.三酔人絶倫問答
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実験の結果、どうやら影山さんの説の信憑性はかなり高い、ということがわかった。
ここが俺の妄想の世界となれば、もはや人目を憚ることもない。そもそも憚るべき人の目が妄想の中にあるかは微妙なとこだが…………いや、まさしく、それこそが問題だったのだ。
俺は、俺が思う以上に規範的に生きていたらしい。
……恋人でもなんでもない
以前にも少し述べたが、もし何もかもが俺の妄想に平伏するのであれば、美少女と出会って3秒で合体したって俺は一向に構わないし、なんなら手からグミみたいなエネルギー弾とかも出してみたい。異世界転生してチート無双なんていうのも、考えたことがないわけでもない。
だが、かくあれかしと強く念じてみても、全く何も起きなかった。ベランダに出てベントラーだかベントレーだか叫んでみても、未確認飛行物体はおろか、ベンテイガが降ってくる気配すら微塵もしなかった。
それは何故か。俺はここで、上述の結論に至ったわけである。
つまり、俺が産声をあげてから現在に至るまで、現代社会の要請のもと培われてきた常識が、ある種の枷となっているのでは、ということだ。
人を殺してはいけません、物を盗んではいけません。そんな当たり前のことを、まさに当たり前のこととして理解し生活しているのと同様、異能バトルなんてフィクションだし、出会い頭で既に好感度200%の美少女なんていない……という、俺の思考よりも深いところにある意識に組み込まれた"当たり前"が、この世界のルールを作っているのではないだろうか。
たとえば──流石に実践する気にはならないが、俺が通りすがりの人を刃物でサックリ刺したら、あっさりお縄になるだろう。
とどのつまり、いくら妄想といえど、何をするにも『(俺にとって)最低限の現実味がある』という条件がついて回っているのだ。これほどまでに己の小市民っぷりを呪った瞬間はない。
しかし裏を返せば、その制約があったからこそ、今の今までこの世界を現実だと誤認させられるほどの没入感が保たれていたのだとも考えられる。どちらを是とするかは、完全に好みの問題であろう。
ともあれ、そんな考察を経て、俺には新たな問題意識が芽生えた。
その、"最低限の現実味"って、結局なんなの?
これがわからないから困っているのだ。
ぶっちゃけ、俺はモテたい。しかし、一口にモテるといってもその形態は多種多様だ。心に決めた女性を一途に愛することこそが何よりである、と心から思える反面、何人もの女性から好意を寄せられ、しっちゃかめっちゃかのラブコメディ……的な展開に憧憬を抱いていることは否定できない。
より身近で具体的な話に落とし込もう。
やはり、真っ当に桃原と恋仲になり、2人でいちゃいちゃデイアンドナイト……にゃんにゃんデイバイデイ……みたいなのを俺が望んでいるのは間違いない。なんとわかりやすく幸せなゴールであろうか。
しかし一方、どうせ妄想なんだから、島林先輩も大宮も全員まとめてテゴメに……という、いわゆるハーレムルートにロマンを感じる自分も確かに存在するわけだ。
でも、そうした軽薄な貞操観念を良しとしない良識を備えた自分も確実にいるわけで……(以下ループ)。
他にも選択肢はあるかもしれないが、なんにせよ、本格的に路線を決めなければならない。
まず、ハーレムを目指すのはそれなりにリスクを伴うだろう。桃原も先輩も、不貞を良しとはしないはずだ。
だって、そんなの俺が嫌だから。彼女たちが、俺の嫌がることなど、するわけが無い。
……まあ、万一2人に振られたら、最悪、大宮が俺を拾ってくれそうだけど……いや、"最悪"ってクソ失礼だな……。
熟考の余り息を止めていたらしい。深々と息を吐いたら、身体の力も諸共に抜けていった。もはや愛着すら感じる、チープな2人がけのソファにもたれ掛かる。
大変聞き苦しい下衆の悩みを垂れ流してしまい誠に恐縮で胸が一杯なのだが、そんなことに気を遣ってられないくらいに俺は窮していた。決断の時が、目前に迫っていたのだ。
島林先輩が湯船に浸かる音が、微かに聞こえる。
そう……答えを出せずじまいのまま、いつの間にやら島林先輩との鎌倉デートの夜になっていたのである。かれこれ、3度目のラブホだ。
早鐘のような鼓動を自覚する。しかしこれは、今までのそれとは意味合いが大分違った。
異性との接近に胸をときめかせているのではない。単純に、俺の独りよがりな葛藤に決着をつけるべく、脳に血液を送ろうと心臓がオーバーワークしているのだ。
「そんなとこで寝たら風邪引くよ?」
先輩が俺の上に馬乗りになるのも3回目。ステキに揺れる先輩の豊満な胸だけは、何度目にしても慣れない。脳へと集結していた血が、下腹部付近へ大挙して押し寄せていきそうになるのをぐっと堪える。
俺は、この土壇場で、やっと決心がついた。
先輩も大宮も、実在する人物だ。2人とも現実では性格やら色々と違ったけど、いきいきと生活していたし、ちゃんと恋人だっている。
しかし桃原はどうだ。彼女は、正真正銘この世界の住人であり、罪深くも俺が創り出してしまったであろう……俺にとって完璧な美少女だ。
俺が愛情を向けなければ、その存在自体が否定されかねない。俺に愛されるべくしてこの世界に生じた彼女を愛し抜かずに、なにが妄想か。
「私のこともさ、結構好きなんじゃない?」
先輩は3回目の殺し文句を言って、俺に身体を重ねた。
けれど俺は、そっと先輩の細い肩に手を置いて、先輩を優しく……だけど、突き離す。
「先輩……。先輩の気持ちすっげー嬉しいですし、俺も先輩のこと好きです。……でも、やっぱり、俺は……」
断腸の思いで、先輩と真正面から向き合った。すると彼女は、俺の手に自分の手を重ねて、こう言った。
「やっぱり、モモちゃんがいちばん?」
「はい」
「そっか……」
呟く先輩の瞳に、じんわりと涙が浮かび…………あがる様子などまるでなかった。
というか、格好だけで色気ムンムンなのだが、そうではなく、内から滲み出ている妖艶さというか、エロスイッチ的なのがオフになってる雰囲気では無かった。
「でもさ……」
呆けて力を失った俺の手を、先輩は優しい手つきで抑えつける。
「私は、にばんでも、いいよ?」
そして、とんでもないことを言って、先輩はまたしても俺に身体を密着させてきた。
まただ。"この"先輩はこうやって、こちらが油断したところでとんでもない一撃をお見舞いしてくる。
唖然とする俺と、豊満な女体との密着に耐えきれなくなった"オレ"に、彼女は熱っぽい微笑を湛えていた。
「あの……先輩?」
「なーに」
「マジで言ってます、それ?」
「マジもマジだよ」
どういうことだ。こんなの、俺の意志に反している……もしかして、妄想じゃないのか、これ?
いや。困惑は一瞬だった。俺はすぐに理解した。
前提が狂うことはない。これこそが、俺の意志なのだ。……俺は、心の底では先輩を手放すことも、桃原を諦めることも拒否していたのだった。
再三になるが、俺は、嘘を吐くのが苦手なのだ。
……
(以下ト書き)
我が心の紳士君『落ち着け。生来女日照りの彼が、いきなり2人も3人も相手にするのは無理だ。というか今し方、心を1人に捧げると決めたではないか』
我が心の豪傑君『かんらかんら。此れは異な事を言う。現実では無理であるからこそ、こうして
我が心の南海先生『ふむ。双方理はあるものの、前提を履き違えているのではないかね? 現実を見給え、彼に懸想する女子など居やしないだろう』
二人『現実の話など誰がしていた! 帰れ!』
(ここで南海先生、すごすごと退場)
豪傑君『クソ、こうも噛み合わんと埒が明かぬ』
紳士君『業腹だが、それは認めよう。何かないものか……』
所在無さ気な天の声『あのー……』
二人『?』
密やかな天の声『バレなきゃ、どっちもいけね?』
二人『!』
開き直った天の声『誰と何ヤろうが、バレなきゃみんなハッピーじゃね?』
二人『!? だが、本当に隠し
というか俺の声『そこは……ほら、俺の妄想だし』
(拍手喝采)
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