20. セカンド童貞
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憤りに身を任せ、アイツにトーキックを決めた次の瞬間には、視界は一面天井に様変わりしていた。スマホのけたたましいバイブレーションが、ちゃちいちゃぶ台を共鳴させ、地鳴りのような音を発している。
──本当に夢、だったのか……?
酷く寝汗をかいていたらしく、寝間着代わりのスウェットはぐっしょぐしょになっていた。正しく、悪夢からの覚醒といって差し支えないコンディションだ。
──そうだ、電話だ。
俺のスマホはバイブレーションの目覚まし設定をしていない。つまり、現在進行形で電話がかかってきているということになる。
「はい、もしもし」
『おいーっす。デトールカフェの大宮です』
状態を起こしてスマホを引き寄せる。電話の相手は大宮だった。
脊髄反射で「お疲れさまです」と挨拶したら「大学生アピールうざっ!」と明後日の回答があった。相変わらずどこに地雷が埋まってるかわからない女だ。
「で、なにか用事?」
『うん。今日暇でしょ? 4時からヘルプで入って』
「……横暴過ぎない?」
「相模さんがオーディション受かって出れなくなったんだってさ」
相模さんとはバイトクルーの一人で、なんでも劇団員をやりながらフリーターをしているらしい。シフトの殆どを担うバイト先の重鎮であるが、時折、こうして本業で予定が狂うこともしばしばある。
それにしても、本当に、大宮は絶妙に矛先を逸してくる。おそらくワザとだからなおのことタチが悪い。まぁ、もう慣れてきたけれど……。
「いや、別に理由を聞いているわけじゃなくてだな……」
『でもでも、暇なんでしょ?』
いやそうなんだけど、と首肯しそうになって、ふと我に返る。
なんか、この会話、どっかでした気がする……。というか、今日、何日だ?
「えーっとさ、今日何日だっけ?」
『え? 5月の……23日だけど?』
大宮は確かにそう言った。
昨日は……いや、あの凄惨な出来事は夢だったのだから……一昨日、俺が桃原と付き合った日をXデーとしよう。その日は、もう6月もそろそろ中盤に差し掛かり、梅雨がしとしととその足音を響かせている頃だった。
時間が戻ってる……ってことか? 大宮が告げた日は、先輩の偽の彼氏になって一週間くらい、ようやっとバイト先を決めて少し経ったくらいの時期だ。
知り合ったばかりで日も浅い大宮から、こんな図々しい電話がきて、コイツやべーな、という感想を抱いたのをよく覚えている。
『もしもーし?』
「あー……。ゴメン、予定確認して直ぐ折り返す」
『じゃあ、オッケーて店長に言っとっからねー』
「人の話聞いてる?」
『私、信じてるから』
「……もう勝手にしてくれ」
あはは、と愉快そうに笑って電話は切れた。
そのまま、LINEを開く。そこには桃原とのログが残っていて、なんなら、今日は彼女とランチを楽しむ予定まで組んでいた。
美少女とのやりとりならばつぶさに記憶しているので、直ぐにピンときた。半生のホットケーキを食べに行った時のヤツだ。
どういう訳か、時間が戻って、俺と桃原がフォーリンラブした過程は未来のものとして無に帰しているようだが……あんな悪夢を見続けるより余程マシだ。
ただ、それと同時に、こんな日に限って夕方からの予定はなくて、泣く泣くバイト先に行く羽目になったということも思い出して、少しばかり不貞寝した。
♡
大学へ向かう間、俺の脳内では
議題は無論、今俺の身に起きている不可解な現象について、である。時間が巻き戻っているなんて、本当にそんなことが起きているとするならば、素粒子学だか量子力学だか知らないけど、そこら辺の学会が上へ下への大騒ぎになるはずだ。
自然科学の証明というのは、目の前の現象に対する尤もらしいこじつけである。そんな身も蓋もない、学者の努力をゴミ箱に捨てるような意見を参考にして俺が出した結論は『5月23日時点から昨日のTEN○Aへの八つ当たりまで、全て夢だった』というシンプルなものだった。つまり何も思い付かなかった。
朝から続く、このなんとなく覚えがあるような会話やシチュエーションは……いや、たぶん、デジャヴってやつだ。深く考えたらドツボにはまりそう。
冷静になって振り返ってみれば、桃原と付き合えたにしろ、告白から夜戦まで少々展開が急であったことは否めない。しかし、そこまでの展開はトントン拍子、という形容が相応しいものである。夢だったのかよ……とヘソを曲げずに研鑽を積めば、ああいった展開を引き寄せることだってできるはずだし、到達する先は桃源郷に違いない。
心をあらたに、リア充キャンパスライフ目指して邁進することを誓います。と、己を鼓舞し所信表明をした……までは良かったのだが。
やっぱりなんかおかしかった。デジャヴが余りにも多過ぎるのである。
桃原と遊びに行った先や先輩との世間話、果ては講義の内容まで、俺の記憶に沿うようにことが進むのである。『なんかどっかで見たような……』という感覚が一日の大半を占める気持ち悪さは、未だかつて味わったことがないものであった。
それでも、キレイな女子と過ごす時間は楽しいことこの上ない。なんなら、人生のハイライトをリピート再生していると思えば、ちょっと得した気分すらする。
彼女たちが笑えば自然と俺も笑顔になる。そうしてニコニコしながら日付は更新され続けて──
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また、桃原と付き合うことになっていた。それも、抜き打ちでバイト先に桃原が来たその日にだ。
そして、シャワーを浴びた彼女が戻ってきて、くっついてる間に押し倒してて……。あれよあれよと進んでいく、ネタバレ食らった後の映画を観るような感じ……自分のことのハズなのに、どこか他人のそれだ。
「緊張してるの?」
「え? ああ……。そりゃまあ……初めて……だし」
…………初めて、なんだよな?
「私も、心臓爆発しちゃいそう」
なんか、興奮とか悦楽とかとは別の理由で動悸が激しくなっている気がする。
あれは夢だった。ディティールの凝った予知夢だった。今度こそは本当なんだ。
間違いなんかじゃない。と確かめたくて、桃原のすべらかな頬を撫でる。桃原は少しくすぐったそうにして、それでもそっと俺の手に小さな手を添えてくれた。俺のボルテージも一気に上昇した。
やっぱり大丈夫だ。だって俺は今、五感で桃原を堪能しているじゃないか! ……失礼、正確に言えば味覚は…………いやなに、これからたっぷり味わえばいい話。
心に根ざした不安を無理矢理引っ
また俺は、裸でTEN○Aをぶっ刺したまま、一人で朝を迎えていた。
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