13. ほんとにお店におばさんいるの?
♡
順調であるかどうかとか、当人がどう思っているかとかはこの際置いておいてだ。
ともかくとして形式上は桃原公認の下、先輩との恋人ごっこが正式にスタートした。
そうは言っても、相手はダウナー系クールキャラの島林先輩であり、こっちはこっちでナチュラルボーン童貞たる俺だ。無理してバカップルの真似事にいそしむとして、余計に演技臭さが鼻につくこと請け合いだったので、特に何か関わり方が変わったわけでもない。人目のないところでは、タバコを嗜む先輩に付き添う程度の距離はそのままに維持されていた。
逆に、人目がある時は、先輩は先輩なりに本気を出していた。『観研』の部室ではピッタリと俺の隣に座ったり、例会の後は脇目も振らずに俺のところに来て一緒に帰る等、周囲へのアピールに余念がない。態度に出すのが難しいのであれば、行動で示してしまえばいいじゃないかという一種の暴論に基づいたそれは、単純かつ効果的ではあった。
先輩が俺にくっついてくる都度にチャラ夫(ならびに他数名の男子)が顔を赤くしたり青くしたりする様は、滑稽を通り越してやや可哀想な感も否めなかったが、島林先輩がそれで溜飲を下げているのだから、こちらとしては是非もない。彼女と接する機会も自然と増えて、まさにウィンウィンである。
問題なのは桃原であった。あれ以来、こういうの自分で言っちゃうのは相当カッコ悪いとは思うんだけど……なんかその…………
グイグイ来られてる気がする。
ありがちな童貞の勘違いだと一笑に付すもよしだが、そんな童貞であるが故に確実にわかることもある。
ボディタッチが増えたのだ。ぶっちゃけ童貞がどうとか言ってらんないくらい露骨に。
先輩がいる時は、桃原も事情を知っているため動いてこないが、そうでない時……換言すれば周囲に人がいない時に、そういった現象が見られる。会話の中身自体はこれまでと変わらず取り留めのない内容なのだけど、俺のスマホを覗いてきたり、会話の流れでじゃれ合ったりすれば、ピッタリと身体を寄せてくるのだ……!!
桃原は誰に対してもフレンドリーだ。男女がどうとかで変な壁をつくるでもなく、良い意味で意識している感じもない。とはいっても、彼女の中にも線引きはあるらしく、俺を含め、おいそれと異性に触ることはなかった。女子の柔肌と1刹那、産毛を掠める程度でも接触すれば、全身に電流が走り体感温度が2度くらい上昇するほどの敏感肌な俺が間違えるはずもない。
そんな桃原が、である。これはもう、つまり、そういうことなのかと考えなくては逆に失礼なのでは?
先輩とのスキンシップは、まだ演出という建前がある分、動揺というか動悸というか励起というか……まぁ、色々と自制は効く。
しかし、桃原のは違う。なんだか、妙に生々しいのである。
「そういや、近くにカステラ屋さんできたんだって! ふわふわのやつ!」
「……ああ、おばちゃんがでっかいクッキー焼いてるやつ?」
「いやカステラって言ったじゃん! ほらこれ、かなちゃんたちもストーリーあげてるし」
「……」
「…………」
「……うん、めっちゃうまそう」
「で……でしょ? 4限終わったら行こうよー」
ご覧の有様である。ひっつく、チラリとこちらを伺う、目が合うと一瞬固まる、赤面しながら静かに元に戻る、何事もなかったかのように振る舞う……。
男を誑かす小悪魔ギャルとしては落第まっしぐらであろう。ここまで計算でやられていたとしたら、俺は女性不信に陥る。そんなふうに思わせるほどの初々しさ……はなんか違うな。なんだろう。そう、まるで……女の子、それもいちばん仲がいい桃原に対してこういうこと言うのもどうかと思うが……まるで、
別に、バカにしてるわけではないのだ。おぼこの何たるかを
だからこそ俺は、そんな桃原のアクションに応えあぐねていた。素直にどうしたのと聞くべきなのか、それとも何事も無いかの様に悠然と構えているべきなのか……。
以前、人は鏡であるという喩えを用いたが、そうであるなら、桃原にとっての俺も鏡であるはずなのだ。失念していた。自ら行動を起こすべきなのだと宣いながら、相手から攻めて来られた時の対応など、まるで考えてもいなかった。
極端な話になるが、顔をくしゃくしゃに歪めて泣いたとして、しかし鏡像に写るのはニヒルに笑っている姿という様な、そんな噛み合わない鏡を部屋に置いておこうという物好きな人間などそうはいない。
いや、理屈としてはわかっちゃいるのだ。でも、いざ桃原がやたらと距離を詰めてくると、ふわっと拡がる良い匂いが鼻腔からシナプスをぷるぷる揺らし、俺は気を鎮めるのにいっぱいいっぱいになって、ただフリーズするばかり。まごう事無き童貞ムーヴだ。猛烈に死にたくなる。
桃原と島林先輩、二人の異性との急接近。その噛み合わせの妙に、俺は色々と限界を迎えていた。ある程度の刺激は精神を健康に保つというが、過ぎればまたそれも毒となる。
つまるところ、俺は、肘傘雨の如く我が身に降りかかる色恋の予兆に、疲弊しきっていた。
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