3. サークル室は大抵部室と略される
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『観光事業研究会』、略して『観研』は我が大学にわりと古くからある同好会なのだという。
その活動内容は名前の通り、観光事業についての研究発表を行う……わけではなく、それを建前に皆で楽しく旅行しよう……ということにもならず、要するに飲みサーだった。一応、春、夏、冬の長期休暇には年間3回の
バリバリに活動する訳でもなく、かと言って『JOY』を筆頭とする学内屈指の大型飲みサーという訳でもない。上述の連中のような悪い噂もなく、程よく日陰者だけど隠れ過ぎてもいない感じが、俺も桃原もしっくり来ていた。
学部棟が密集しているキャンパスの中央から、若干離れた位置に部室棟が三棟あり、『観研』はそこの一階に籍を置いている。
無機質な鉄扉を開ければ、そこにあるのは8畳ほどの空間。誰かしは常駐している新歓期間は手狭に感じていたが、丁度今みたいに誰もいないと、それなりにゆったりとした広さがあった。
無造作に敷いたカーペットの上には、3人がけの木製長椅子と、その中央にテーブルが置かれている。壁際の簡素なアルミラックには、日焼けした漫画は勿論のこと、暇つぶし用のボードゲームやら据え置きゲーム機が用意されていて、如何にもって感じだ。まさしく日常系である。
「よし、これでいく!」
罫紙に書き込んだお手製の小回り表を書いては消し書いては消し……。格闘すること30分、ようやっと桃原の時間割は完成した。どうでもいいけど、桃原は割と字が汚かった。人間らしくていいと思う。
「木曜1限だけ出るって辛くない?」
「そうかなぁ……じゃあここ一緒に出ようよ〜。モニコしようぜ、モニコ」
「? 週休3日は譲れませんなぁ」
後で知ったのだが、『モニコ』とはモーニングコールの略らしい。咄嗟に意味がわからず、テキトーに誤魔化してしまったのが悔やまれる。
「は、薄情者め……」
桃原は、腹いせとばかりにコンビニで買ってきたカフェラテにストローを勢い良く差し込んだ。拗ねている。かわいい。
週休3日、なんて冗談めかして言ったが、仕送りがしょっぱい俺には録を稼ぐ時間も必要なので、何処かしらフルでバイトできる日を確保したいのも事実だ。バイトもそろそろ何するか考えなきゃな……。
「あ、見て! この子可愛い!」
むくれながらちゅるちゅるとカフェラテを啜っていた桃原は、突然別の話題をカッ飛ばしてきた。
彼女と話していると、こんなふうにコロコロとトピックが変わる。たぶん言葉が脳みそを経由していないのだろう。学習意欲に差こそあれ、俺と桃原は同じ大学、同じ偏差値、同じ穴のなんとやらだ。
つまり、彼女もおそらくそこそこにアホなのである。どうりで俺と気が合うわけだ。
桃原が俺の方に差し出したスマホの画面を見れば、SNSでは一大コンテンツであるアニマルビデオが流れていた。そりゃまぁ、コーギーはいつ見たって可愛い。なんとなく桃原に似てるし。
「犬好きなの?」
「犬も猫も好き!」
「これ、俺の実家の犬だよ」
「ひゃー! かわいい〜」
カメラロールにあった、散歩中の我が家の豆柴の動画を見せると、彼女のテンションは上がりに上がって黄色い歓声を上げた。
「いいなぁ……犬……もふもふしたいなぁ」
聞けば、彼女の実家には猫が居たらしい。俺の脳内には、桃原が嫌がる猫をやたらめったら撫で回すビジョンがコンマ数秒で展開された。けしからん。猫よ、場所を代われ。
「たしか、駅前にペットショップあったよね」
「え? それホント?」
「商店街のほら、アーケードになってるとこだったかな……」
「見たい!」
桃原は虚空をわさわさと撫で回していた両手を自らの膝に叩き落として一転、ぐぁばぁ! と身を乗り出してきた。いきなり距離を詰めるのは心臓に悪いので止めて欲しい。近いといい匂いがするので危険である。
「じゃあ……見に行ってみる?」
流れで誘ってみると、彼女はノータイムでぶんぶんと首を振った。俺の実家のぐーたら犬より、桃原のほうがよほど犬っぽい。
「どうせならさ、こんど丸1日遊びにいこーよ!」
「……えっ? …………いいの? 俺なんかといっしょに?」
最初に誘ったのそっちじゃんかよー、と桃原は快活に笑った。
「当然だよ! 私、帰る時は駅まで直行しちゃうから、ちゃんと見たことなかったんだよねぇ……。商店街結構栄えてるもんね。ペットショップの4、5軒くらいはあるよね」
「そ、そうだね……」
流石にそんなにはないと思うが。……無いよな?
「あの商店街、ちょっと前は雑誌とかによく載ってたっぽいね」
大学から最寄りの駅まではなかなかの距離がある。最短ルートで駅へ向かうとなると、人でごった返している商店街はスルーしがちになってしまう。かつては住みたい街ナンバーワンだったとかなんとか……お陰で家賃もやたらと高く、俺はその駅とは反対方向の安いボロアパートにしか入れなかったんだけども。
「なるほどねぇ……そしたら、日曜とかどう?」
「暇だね」
ホントは学科の新歓で知り合った男連中と雀荘に繰り出す予定であったが、こうなりゃ是非もなかった。
「じゃ、決定ね!」
女の子と二人で街を散策。これをデートと呼ばずして何と言おう。
ただ、どうだろう。浮かれポンチの俺は論外として、桃原は桃原で警戒心が薄過ぎやしないか? あれか? 童貞を(勘違いさせて社会的に)殺しちゃう系のコなのか? 調子乗って告ったが最後、「彼氏彼女とかは考えてなかったけど、これからも友達でいてね」とか言われて、結局空気微妙になって疎遠になるやつじゃないのか?
デートの約束を取り付けたからといって、これを勝機と断定しちゃいけない。ただ、間違いなく好機ではある。しかし、だからこそ、冷静にコトを進めていく必要がある……!
桃原とデートプランで盛り上がっている最中、俺の脳裏には、我が家の冷蔵庫に待機している相棒のことが過ぎった。
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