俺が育てた義妹が小悪魔可愛い 3
町の宿を貸し切りにして護衛の騎士を配置。宿に入りきれない騎士は、空き家を借りて滞在先とする。その手続きを終えた後、町長から町外れに暮らす魔導具師の話を聞いた。
既に魔導具師が亡くなっている可能性も覚悟していたが、幸いにして健在のようだ。魔導具師は、二人の幼い子供と一緒に暮らしているらしい。
第一段階はクリアしたと、俺は密かに安堵した。
「手間を掛けるが、町を案内した後、その家にまで案内してくれ」
「かしこまりました。えっと……騎士様達もでしょうか?」
不安げな町長の問い掛けに、少し思案して騎士達へと視線を向けた。
「……そうだな。温厚そうな見た目の騎士を二人ほど連れて行く。人選は隊長に任せよう。それと、魔獣退治の用意を頼む」
「かしこまりました。エリス、クルシュ、おまえ達が護衛任務を果たせ!」
「「――はっ!」」
隊長に呼びかけられた騎士がそれぞれ名乗りを上げて俺の前に跪いた。黒髪の女性騎士がエリスで、栗色の髪の男性騎士はクルシュと言うらしい。
二人共に、巻き戻る前の世界でも見覚えがある。
どちらも要望通りに温厚そうな見た目の若者だが、腕前は折り紙付きだったはずだ。
「ではエリスはシャーロットの護衛を、クルシュには俺の護衛を任せる。ただ、俺達を護る必要はあるが、それを優先して相手を威圧するなどの行為はしないように。相手は平民だが、希有な才能の持ち主であることを忘れるな」
「しかと心得ました」
これだけ言っておけば、ファーストコンタクトで相手の機嫌を損ねるようなことにはならないだろう。さっそく向かおうと促すと、シャロが手を差し出してきた。
「ここはパーティー会場じゃないんだがな?」
「……ダメですか?」
「ま、慣れないあぜ道で転んだら困るしな」
俺が手を取ると、シャロはにへらっと相好を崩した。
町長の案内の元、俺達は町外れの目的地へと向かう。
田舎町というだけあって通りにあまり人気はないが、ときどきすれ違う人々の顔はわりと幸せそうだ。ここまで来る途中で立ち寄った町の人々と比べても幸せそうに見える。
巻き戻る前の世界ではそこまで注意を払う余裕がなかったが、魔導具師がこの町の住民を笑顔にしているのだろうか? もしそうなら、魔導具師は優秀な指導者なのだろう。
「あら、川の畔にある小屋はなんでしょう?」
ゆったりと周囲を見回していたシャロが小首をかしげる。
「あれは水車小屋でございます」
「水車……ですか?」
「はい。水車というのは……その、水で回る車輪のようなものでして、ええっと……」
「水で回る水車を動力として、小麦を挽いているのだろう? まだ隣国から流れてきたばかりの技術で、この国では一部の地域でしか見られない技術のはずだ」
答えに窮する町長の後を引き継いで答えるとシャロが目を見張った。
「お兄様は物知りなのですね」
「……少し調べたことがあってな」
巻き戻る前の世界でここに来た後に――とは、もちろん口にしない。
だが俺としては、この時期に既に水車が稼働していることに驚きだ。二年後ですら、ようやく主要な地域で知られるようになったばかりだったのにな。
「さすがお兄様です」
シャーロットが無邪気に笑って手を離すと、両手を広げてクルクルと回る。無邪気で非常に愛らしいが、短いスカートがふわりと広がって何気に危なっかしい。
「……というかシャロ、その服はどうしたんだ?」
今日は貴族令嬢が身に付けるようなドレス姿ではない。踏み固められた土の上を歩くので、それに合わせて着替えるのは当然としても、ずいぶんと露出が高い。
レースをあしらったブラウスはノースリーブで、上にメッシュのボレロを羽織っている。
腰の部分は可愛らしいコルセットで絞っていて、そこから伸びるスカートはドレスと同じフィッシュテールスカート。だが、前面部分はフトモモまでしかないミニスカートだ。
可愛いかといわれれば凄く可愛いが、身分を考えればかなり大胆なデザインだ。
「これは異国のデザインを、わたくし風にアレンジしたお洋服です」
「え、シャロがデザインしたのか?」
「あくまでアレンジ、ですけどね」
シャロはクルリと回転してデザインを俺に見せつけると、綺麗な所作でカーテシーをする。
ただし、前面部は既にフトモモが見えるほど短い。そこからスカートを摘まみあげると大変なことになると慌てたが――側面を持ち上げても、前面は持ち上がらなかった。
なんとも言えない気持ちで息を吐きだす。そんな俺を見たシャロがにへらっと笑った。どうやら確信犯。シャロの本性であるいたずらっ子が顔を覗かせている。
「どうです、似合っていますか?」
「ああ、とてもよく似合っている。……だが、ほどほどにな?」
さっきの一瞬、町長はばっと顔を逸らし、エリスはクルシュの目を覆っていた。それくらい、侯爵令嬢らしからぬ行動だった。
まぁ……茶目っ気のあるシャロも可愛いと思うけどな。
「しかし……シャロにデザインの才能があったとは驚きだ」
「気に入っていただけましたか?」
「ああ、そうだな。これなら、他のご令嬢も買うんじゃないか?」
「かもしれませんが、しばらくは売り出すつもりはないんですよね」
「……なぜだ?」
流行を生み出すことは、社交界で名を売るもっとも有効な手段と言える。デザイン的に一部の娘にしか流行らないとは思うが、それでも知名度は上がるだろう。
そう思った俺の腕にシャロが抱きつき、背伸びで顔を寄せてきた。
「だってこの服は、お兄様を誘惑するためだけに作ったんですよ?」
耳元で囁くと、すぐに俺から離れてしまう。続けて上目遣いで「だから、しばらくはわたくしが独占するんです」と無邪気に笑う。
エリスとクルシュが、「幼くとも、オシャレに掛ける情熱は大人のレディとなんら変わりませんね」なんて笑っているが、それは肝心なところが聞こえなかったからだろう。
俺が7年育てた義妹はオシャレで可愛い。
……いや、オシャレで可愛い、じゃなくて。義妹に振り回されている場合ではない。いまは町長の警戒心を解きほぐし、協力を得ることが重要だ。
軽く咳払いをして「話を戻そう」と町長へ視線を向ける。
「ところで、水車小屋は便利か?」
「え、ええ。それはもう。あれのおかげで、他の作業に回す時間が増えましたから」
「そうか。では、他にそういうモノはあるか? 人手や資金がの関係で作ることは出来ないが、もし作れれば便利だという道具や施設などだ」
魔導具師との交渉で、話を有利に運べるように出来るだけ多くの情報を集めたい。そんな俺の思惑を知ってか知らずか、町長は考えに耽るように遠くを見つめた。
「……道具や施設、ですか? そういえば……マイラが以前、そのようなことを言っていましたな――あ、マイラというのは、いま向かっている場所に暮らしている女性です」
「なるほど。会うのがますます楽しみになった」
様々な技術を持っていそうだという意味だったのだが、「へぇ、目当ての方は女性だったんですか。それはそれは楽しみでしょうね」と、シャロに脇腹を抓られた、酷い誤解である。
だが、その言葉に、町長までもが不信感を抱いたのか、不安そうな顔をした。
「あの……ノエル様はマイラをどうするつもりなのですか?」
「話してから決めるつもりだが、その者の知識が有用であれば雇い上げ、領地全体のために働いてもらおうと思っている」
こちらにやましい気持ちはないぞというニュアンスを込める。だが、町長の心配を俺は勘違いしていたようで、実は――と彼は続けた。
「以前、マイラの作った道具を売り出してはどうかと話を持ちかけた商人がいたのです。ですが、彼女は首を縦に振らずに追い返してしまって……」
「なるほど、情報に感謝する」
周囲の人を助けながらも、手を広げようという商人の申し出は断った。
商人の出した条件が酷かっただけかもしれないが、目立つことを嫌っているのか、もしくはなんらかの事情があるか……なんにせよ、一筋縄ではいかないようだ。
「この家です」
案内されたのは町外れにあるあばら屋だった。
ノースタリア地方の収穫量を押し上げるほどの知識人。それなりに良い暮らしをしているだろうと思っていた前回の俺はかなり驚いた記憶がある。
今回はシャロや護衛達が驚き、家の主の能力に不信感を抱いたようだ。
「エリス、クルシュ、さきほど俺が言ったことを忘れるなよ?」
「――っ、もちろんです」
背後で二人が気を引き締める気配を感じた。それに満足していると、町長が家の中に呼びかける。ほどなくして開いた扉から女性が顔を覗かせた。
「町長さん、今日はどのようなご用で――」
視線を巡らせた女性は俺達に気付き、警戒心を剥き出しにする。町長から話を聞いて、この展開を予想していた俺はすぐにシャロへと目配をした。
「こんにちは、あなたがマイラさんですか? 私はシャロ、お会いできて光栄ですっ!」
思わず咳き込みそうになった。
シャロが気さくに話しかけて警戒を解くという作戦ではあったが、無邪気な町娘のような口調で話し始めるとは夢にも思っていなかった。
……というか、仕草までもががらりと変わっていて、天真爛漫でとても可愛らしい。手段を選ぶなと教えたのは俺だが、シャロは女優でも目指しているんだろうか……?
「あ、えっと、はい。私がマイラです。それで……シャロさん、ですか? その身なりは、何処かのお嬢様なのでしょうか?」
「い、いえ、こちらの方は――」
「ええ、そんな感じですよ~」
明らかに、平民の富豪の娘かなにかと勘違いされている。
町長が訂正しようとするが、シャロは無邪気に勘違いを加速させる。そうして、その勢いのままに、少し話があるので家に上げてもらえないだろうかと押し切ってしまった。
うちの義妹がしたたか可愛い――が、俺はこんな風に育てた覚えはないぞ。
とにもかくにも、護衛は外に待機。町長は案内役をねぎらった上で帰らせる。そうして、俺とシャロの二人だけで、マイラの家へと上げてもらう。
古くとも手入れの行き届いたリビングのテーブル席に座ると、彼女は当たり前のようにお茶を用意してくれる。警戒しているだろうに、礼儀正しい女性のようだ。
「それで……えっと、シャロさんと……」
「ノエルだ。ノエル・ウィスタリア」
「え、ウィスタリアって――もしかして領主様のご子息様!? じゃあ……あなたは」
「わたくしはシャーロット・ウィスタリアです。引き続きシャロと呼んでください」
雰囲気をがらりと変えて、侯爵令嬢としての気品を纏う。不思議なことに、身に着けている服までもが、庶民的な雰囲気から高貴なそれへと変わったような錯覚すら抱く。
騙されたと思ったのだろう。マイラは奥の部屋へと視線を走らせ、いつでも動けるように腰を浮かせた。予想していたよりもずっと苛烈な反応だ。
「シャロが失礼をした。ただ、威張り散らすだけの貴族ではないのは分かって欲しい。あなたがなぜ貴族を警戒しているかは知らないが、普通の貴族ならこんな真似はしないだろ?」
普通の貴族なら、平民にさん付け、ましてや愛称で呼ばせたりはしない。騙したと思われても仕方のない行為だったが、高圧的な貴族ではないという証明にはなったはずだ。
「……たしかに、そうかもしれませんね」
少し困った顔で、けれど納得したような素振りを見せる。――つまり、貴族か、それに準じる相手、それもおそらくは高圧的な相手と関わったことがあるという証拠に他ならない。
急いて雇いたいと口にすれば、即座に拒絶されるだろう。
「突然押しかけて失礼だとは思うが、少し俺の話を聞いてくれるだろうか?」
「ノエル様のお話を、ですか?」
「要望を出す前に、自分の目的を知ってもらうことは必要だからな。むろん、今日は時間がないというのなら、後日改めて尋ねてもかまわない」
「い、いえ、いまからで問題ありません」
「感謝する」
一度目を伏せて、相手になにを伝えるべきか考える。
彼女と俺の目的は同じように思えるが、彼女は俺を強く警戒している。その理由が分からない以上、相手の反応を見ながら話す必要がある。
「俺は将来、ウィスタリア侯爵家を継ぐ予定だ。つまり、領地を豊かにする義務がある。そのために、領民の生活を豊かにする必要があると考えている」
「領民の生活を豊かに、ですか?」
「ここに来るときに水車小屋を見た。小麦を挽くのに使っているそうだな? あの技術を多くの街や村に伝えれば、領民の暮らしはより豊かになるのではないか?」
「……そう、かもしれませんね」
同意の言葉を口にするが、彼女の表情は明らかに同意する感じではなかった。
「マイラの意見は違うようだな。どうか、その考えを聞かせてもらえないだろうか」
「それは……いえ、ノエル様の意見を否定するなどあり得ません」
明らかに深入りしたくないという考えが透けている。
シャロが、ここぞとばかりに口を開く。
「では、どうしたら領民の暮らしが豊かになるか、わたくしに教えていただけませんか?」
「わ、私ごときが教えるなんて、恐れ多いです」
「そんなことはありません。それとも、わたくしには教える価値もありませんか?」
「い、いえ……そのようなことは。……分かりました」
断り切れずにマイラは小さく息を吐いた。
「ノエル様のおっしゃるように、水車小屋があれば人の暮らしは豊かになるでしょう。ですが、水車小屋の知識だけがあってもダメなのです」
「技術者を用意しろという話では……ないのですよね?」
シャロがこてりと首を傾けた。
「残念ながらそういう次元の問題ではありません。ご存じですか? ノースタリア地方の小さな村には、井戸がまったく足りていないのですよ」
「井戸が足りないと言うのは……非効率ですね」
「ええ、そうです。シャーロット様のおっしゃるように、とても非効率です」
こちらを試すような視線。
彼女の言葉がなにを示しているのか、考えればすぐに答えが出た。
「井戸と水車は同じだというのですね」
俺が理解するのと、シャロがそう口にするのはほぼ同時だった。
「その通りです。井戸から離れた場所に暮らす人が水汲みで何度も往復する。その労力があれば、新たな井戸を掘ることも可能です。なのに、井戸はいまだに足りていません」
すなわち、井戸を掘る余力がない――訳ではない。
井戸一つ掘る程度の余力がない村は滅多にないだろう。だが、井戸は一人で掘れるモノではないため、村全体での事業として主導する者が必要となる。
知識を渡して終わりではなく、しっかりサポートしなくては意味がない、という忠告だ。
「あなたはやはり素晴らしい見識を持っているようだ。その能力をどうか、ウィスタリア領で暮らす平民のために使ってもらえないだろうか?」
マイラに向かって深々と頭を下げた。
俺はいままで、貴族として彼女に上から語りかけていた。だからこそ、俺がここで頭を下げるとは思っていなかったのだろう。彼女の驚く息遣いが聞こえてくる。
十秒か、二十秒か、ほどなくして、頭を上げてくださいという彼女の声が聞こえた。それに従って頭を上げると、彼女は覚悟を決めたような面持ちでいた。
「私に力を貸せというのは……ご命令でしょうか?」
その一言ですべてを察した。
俺は唇を噛み、それでも「いいや、命令ではない」と首を横に振った。
「……では、お断りさせてください。水車小屋の製法や、農業についての資料が必要であればすべて差し上げますので、どうかそれでお引き取りください」
彼女が棚から資料を取り出した。巻き戻る前の世界では手に入らなかった。求めてやまない資料ではあるが、それだけでは巻き戻る前の世界とあまり変わらない。
「俺はその資料よりもあなたの協力が欲しい。だが、無理強いをするつもりもない。今日のところは引き上げ、また新たな説得材料を用意するとしよう。今日は突然訪ねて済まなかった」
強く拒絶させないためには引き際も肝心だ。
シャロを伴って席を立ち、早々に彼女の家からお暇する。護衛の騎士と側仕えがそれに気付き、俺達のもとへと駆け寄ってきた。その中で、側仕えのアイシャが俺の前に立つ。
「ノエル様、交渉はどうなりましたか?」
「一筋縄ではいかなそうだ。だが同時に、ウィスタリア侯爵領にとって必要な人物であると再確認した。ゆえに、彼女がなぜ権力者を嫌うか調べる必要があるだろう」
「かしこまりました。では、早急に町で聞き込みをいたしましょう」
凜とした佇まいで一礼すると、スカートの裾を翻して調査に向かおうとする。
「待て待て。一人は危ないだろう。騎士を護衛に連れて行け」
「あら、心配してくださってありがとうございます。ですが、騎士を連れていては、気さくな会話も出来ないでしょう? 私なら心配いりませんわ」
「……そうか。なら気を付けていけ」
アイシャは代々ウィスタリア侯爵家に側仕えを輩出している伯爵家の三女で、幼少期より側仕えとして特殊な訓練を受けている。通常は同性から選ばれる側仕えを、異性である彼女が務めているのには相応の理由がある、という訳だ。
彼女に任せておけば、情報収集は問題ないだろう。
続いて、魔獣の討伐について考えを巡らせる。
こちらも、俺が正当な侯爵家の跡継ぎとなるには避けられぬ課題だ。上手く手柄を立てて、誰にも文句を言わせぬ形で騎士の称号を得る必要がある。
さっそく騎士達と合流して、作戦の立案に当たろうと考えていると、シャロの「あら、あなた達は?」という声が聞こえてきた。見れば、シャロが家の影へと視線を向けている。
そこから、十歳前後の男の子と女の子が飛び出してきた。
「おまえ達だな、お母さんを虐めたのはっ!」
「悪者、許さないからっ!」
「え、お母様を虐めた、ですか? わたくし達はそのようなこと、していませんよ?」
子供達の剥き出しの敵意に晒されたシャロが小首をかしげる。だが、その落ち着いた態度は、逆に子供達の怒りを買う結果となってしまったようだ。
「嘘をつくなっ、お母さんを泣かせただろ!」
「お母さんを泣かせた悪者、あっちいけっ!」
怒りに取り憑かれた子供達が石を拾い上げ、シャロに向かって投げようとした。その一瞬がやけにゆっくりと感じられ、巻き戻る前の最後の光景と重なった。
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