俺が育てた義妹が小悪魔可愛い 2

     ◆◆◆ 別視点



 ――いまより十数年前。

 とある地方の小さな屋敷に、幸せそうな新婚夫婦とその身内が暮らしていた。

 妻は魔導具師として人々のためになる研究を続けており、夫も人々を護る騎士として働いている。近所の人達から愛されるおしどり夫婦である。


 共に二十代前半の若さながらに、平民のために心を砕く人格者。二人は平民の暮らしを豊かにするための努力を続けていて、そして――


「見て、あなた! 火の魔導具を作ることが出来たわ!」


 妻のマイラが栗色の瞳を輝かせ、夫のブライアンを見上げた。


 魔導具とは、本来であれば魔術師しか使えない魔術を発動させる特殊な道具である。

 魔術師でなくとも使えるという利点はあるが、魔術師であれば簡単に使える魔術のために、複雑な工程を経て魔導具化する必要がある。使用人を雇うことが当たり前の貴族にとって魅力的な商品になり得ないため、いままでは誰も研究していなかった。

 マイラはそれを、平民の生活を支えるために研究していたのだ。


「ついにやったな、マイラ! この魔導具があれば火種の必要はないし、上手くすれば薪だって節約できる。平民の暮らしが一気に楽になるぞ! さっそく領主様に報告しよう!」

「ええ、お願い! 生活にゆとりが生まれれば、きっと平民の暮らしは豊かになる。ようやく、私を育ててくださったお義母様にも恩返しが出来るわ!」


 マイラは孤児だった。

 そんな彼女を引き取って育ててくれたのがこの屋敷の主である義母。女性ながらに騎士の称号を得た傑物であり、夫となってマイラを支えてくれたブライアンの実の母親でもある。

 ようやく義母へ恩返しが出来ると、マイラは愛する夫と微笑み合った。



 ――数週間後。

 騎士であるブライアンが上司を通じて領主へ報告。いくつかの過程を経て、領主に火の魔導具のお披露目をすることが出来たマイラはご機嫌で屋敷へと帰ってきた。


「あなたっ、領主様が火の魔導具の有用性について認めてくださったわっ!」

「おぉ、ついにやったな! それで、いつから量産を始めるのだ?」

「んっと……それはまだよ。いずれ領地で大々的に売り出すから、いまはまだ秘密にして欲しいって。それと、量産化に当たって、領主様はこの火の魔導具にいくつかの改良を命じられたわ。発火の時間を指定する機能と、可能な限りの小型化よ」

「……時間を指定する機能と小型化? どういうことだ?」

「さぁ……? 小型化は持ち運べるようにだと思うけど、時間の指定はよく分からないわ。でもお貴族様だもの、きっとなにか深いお考えがあるに違いないわ」


 マイラは明るい未来を信じて笑い、自分のお腹を愛おしそうに撫でつけた。



 ――更に一月が過ぎた。

 小型化と時限発火の機能を付けるのは思ったよりもスムーズに成功した。その試作品をいくつか領主様に献上したのが半月前で、いまは量産のための準備を進めている。

 そんなある日、町へ出たマイラはとある噂話を耳にした。


 ――このところ、町で立て続けに火事が発生している、と。


 どくんと心臓が脈打って、背筋に嫌な汗が流れる。

 ただの偶然だと思おうとした。ブライアンに調べてもらえば詳しいことは分かるかもしれないが、あいにく彼は魔獣の討伐任務に就いていてしばらくは帰ってこない。

 マイラは居ても立ってもいられず、火事の情報を集めることにした。


 不安を晴らすためにおこなった行動だが、マイラの不安は少しも晴れなかった。それどころか、調べれば調べるほど疑惑が深まることになってしまった。


 被害に遭ったのは領主に批判的な者達や、お金を貸している商人の屋敷。

 その上、事件の発生時期が、マイラが試作品の魔導具を献上した後で、火事の発生件数と献上した魔導具の数が同じ。これがただの偶然だと思えるほどマイラはお気楽ではない。



 数日後。

 再び領主様から連絡があり、試作で作った火の魔導具を追加で届けることとなった。

 本来であれば、代金と引き換えに魔導具を使用人に渡して終わり――だったのだが、マイラは思い切って、領主様に直接話を伺いたいと願い出た。


 そうして謁見を許されたその場で、彼女はその言葉を口にしたのだ。「このあいだ献上した魔導具は、なにに使われたのですか?」――と。


 返事は、使用人達に使い心地を確認させているというものだった。それを鵜呑みにした訳ではないが、少なくともその言葉を嘘だと断定することは出来なかった。

 結局、マイラはモヤモヤした気持ちのまま屋敷へと帰還するしかなかった。



 その日の深夜。

 寝室のベッドで眠っていたマイラは義母に叩き起こされた。


「……お義母様?」

「兵士があなたを反逆の罪で捕らえに来ました。いますぐ逃げる用意をなさいっ!」

「……反逆? ちょっと待ってっ、私はそのようなことしてないわ!」


 冷水を浴びせられたかのように飛び起きる。


「もちろん分かっています。いつだって貧しい人達のために頑張ってきた優しいあなたが、反逆なんて恐ろしい罪を犯すはずがないもの」


 取り乱すマイラに、義母は「だけどね」と静かに続けた。


「兵士の様子を見るに、あなたの言葉が聞き届けられるとは思えないの。だから、私が時間を稼ぐから、あなたは秘密の通路から逃げなさい」

「そんなっ、それじゃお義母様はどうするの?」

「私を誰だと思っているの?」

「お義母様が強いことは知っています。でも、私のせいでお義母様を危険に晒す訳にはいかないわ! お義母様も一緒に逃げれば良いじゃない!」

「ダメよ。誰かが足止めをする必要があるもの。いいから言うことを聞きなさい。いまのあなたの命は、自分だけのモノではないでしょう?」


 その言葉には反論できなかった。


「お義母様、ごめんなさい。どうかご無事で」


 唇を噛んで、ボロボロと涙を流す。そんなマイラをぎゅっと抱きしめた後、義母は毅然とした態度で部屋を出て行った。

 マイラもまた歯を食いしばり、義母の指示に従って秘密の通路から逃げ出す。


 結果からいえば、それが義母との最後のやりとりとなった。

 孤児だったマイラを拾って育ててくれた義母への恩返しは愚か、愛情を口にすることも、感謝の言葉を口にすることすらも出来ずに、マイラはあっけなく大好きな義母を失った。



 秘密の通路を通って外に出たマイラが目にしたのは燃えさかるお屋敷。後にマイラが耳にしたのは、屋敷に賊が押し入り、屋敷の住人を皆殺しにした末に火を掛けたという話だった。

 どうやら、屋敷の人間は全員死んだことになっているらしい。


 もちろん、それは事実と異なる。

 おそらくは領主が、魔導具の存在ごと隠蔽するために公表した嘘だ。


 自分は生きていると名乗り出て、領主を糾弾することも考えた。だが、それではきっと無駄死にとなるだけだ。義母に救われた命を無駄にすることは出来ない。

 優しい義母が救ってくれた命は一つではないのだから――と、マイラはお腹に手を添える。


「まずは夫と合流しましょう」


 しかし、夫との合流は叶わなかった。夫もまた、義母と同じように殺されたのだろう。そう判断したマイラは一人で旅立つことを決意する。

 もう二度と権力者の言葉は信じない。もう二度と、権力者に手を貸そうとは思わない。これより後は、新たな命を護るために生きる――と、マイラは己の魂に刻み込んだ。



     ◆◆◆



 魔導具師が生きているあいだに迎えに行く必要があるが、俺は次期当主として他にもたくさんやらなければならないことがある。出来るだけ急いだのだが、騎士団とスケジュールの折り合いがついたのは半年後になってしまった。


 父上に課された課題の期限もあっという間に半年になった。

 そんなある日、俺はシャロと共に騎士の一団を率いてノースタリア地方へと向かう。馬車で一週間ほど街道を移動して、エリンという田舎町へとたどり着いた。


 森から流れる川の近くに広がる田舎町で、これといった特産品はない。それでいて、作物の収穫量も決して多くはなく、いままではあまり身向きされなかった地方だ。


 そんな田舎町に、領主の子が騎士の一団を率いてやってくる。

 間違いなくパニックになるだろう。というか、巻き戻る前の世界ではかなり怯えさせた。その反省を生かした俺は、先触れを出したのだが……それでも、出迎えた者達は不安そうだ。


 俺が馬車から降りたとき、出迎えの町長さんの顔色は真っ青だった。先触れから話を聞いていても不安そうだと言うことは、こちらの言葉に裏があると疑っているのだろう。

 俺が安心しろと言っても逆効果だろう。


 どうしたものかと考えを巡らせていると、シャロが馬車から降りてきた。

 貴族令嬢にしてはかなりラフな服装の彼女は、軽く周囲を見回したあと、「あなたが町長さんですね」と無邪気に歩み寄った。


「は、はい、わしが町長です」

「わたくしはシャーロット・ウィスタリアです。お出迎えありがとうございます。このような大所帯で驚いてしまったでしょう?」

「はっ、いえ、その……」


 戸惑う町長に、シャロはふんわりと微笑んだ。

 見る者を安心させるような無邪気な笑みを意図的に浮かべているのだろう。小悪魔可愛い義妹は町長達の緊張を解きほぐし、「大丈夫ですよ」と町長のしわくちゃの手を取った。


「先触れから聞いているかもしれませんが、彼らはわたくしやお兄様を護る護衛であると同時に、あなた達を護る存在でもあります」

「わしらを護る、ですか?」

「ええ。たとえば……そうですね。魔獣の被害があったりはしませんか?」

「は、はい。たしかに、森から降りてくる魔獣の被害は時折ありますが……」


 説明を放棄したかのようなテンポで会話を続ける。

 どうみても、町長達は理解が追いついていない。だが、だからこそ、彼らの不安な気持ちを困惑が塗りつぶしている。シャロはそれを承知の上で畳み掛けているのだろう。


「であれば、安心くださいません」


 シャロはまるで聖女のように両手を広げて町長に訴えかけた。


「お兄様が騎士達を連れて、森に巣くう魔獣を退治してくださるでしょう。ねぇ、お兄様?」


 うちの見せかけ聖女様が同意を求めてくる。最初から俺の目的の一つだったのに、まるでいま町長の要望を聞き入れたかのような話の流れを作ってしまった。

 ここは乗っからせてもらおう。


「むろんだ。魔獣の被害が出ているのなら捨て置くことは出来ない。森に入って魔獣を退治すると約束しよう。他にも騎士団が必要なことがあれば申し出るといい」

「あ、ありがとうございます!」


 こちらに害意がないと理解したようで、町長は目に見えて安堵の溜め息をついた。

 

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