俺が育てた義妹が小悪魔可愛い 1

 王都で開催されたパーティーを無事に終え、俺達はウィスタリア侯爵領へと帰還した。

 領都タリアの屋敷でシャロと共に勉学に励む日々が戻ってくる。そうして一つの季節が過ぎて暖かくなってくると、社交シーズンを終えた父上が戻ってきた。

 その翌日。家族が久々に一堂に会する朝食の席で、話があると父上が切り出した。


「話というのは他でもない。王都でおまえ達のことがずいぶんと話題になっていた。まだ成人は迎えてはいないが、その資質は十分にあり、と。俺も当主として鼻が高い」

「身に余る光栄でございます」


 父上が当主としてと口にしたため、俺も次期当主として応じる。同時に、これが家族の世間話なんかではなく、当主からの言葉なのだと理解して背筋をただした。

 こちらの反応を見て、父上が満足げに頷く。


「理解が早いな。此度の一件で多くの縁談が届いている」

「……縁談、ですか。俺が結婚するのはどちらのご令嬢でしょう?」


 その内心を押さえ込み、ただ淡々と疑問を返した。


「いや、ノエル宛ての縁談はすべて断った。おまえは次期当主として活躍しているが、その実績はまだ広まっていない。おまえへの良縁が届くのはこれからだろう」


 つまり俺に届いた縁談は、政略結婚としてはいまいちだったということだろう。俺も現時点では父上の手伝いしかしていないので、その結果も当然と言える。

 だが、問題はそこじゃない。

 俺宛の縁談は断ったと言うことは、今回の用件はシャロ宛ての縁談についてに違いない。


「父上、シャロはまだ十三歳です。縁談を決めるのは少々早すぎるのではありませんか?」

「年齢から考えればその通りだ。だが、今回届いた縁談はどれも良縁なのだ。おまえが兄として、シャーロットを美しく、そして教養ある妹として育てた結果と言えるだろう」


 父上はそう前置きをして、縁談を持ちかけた家の名前を並べ立てていく。一番上は侯爵家で、続いて辺境伯、有力な伯爵家と有名どころが並んでいる。

 老いた当主の後妻として――なんて申し出もあるが、政略結婚としてはどれも有力だ。


 まだ十三歳で、パーティーに出席したのも一度だけ。にもかかわらず、これ以上はないと言っても良いほど、政略的な良縁が揃っている。

 俺の義妹はずいぶんと高く評価されているらしい。


 政略結婚として、これ以上の良縁を得るのは難しい。逆に先延ばしにすることで、それらの縁談を失う可能性はある。つまり、先延ばしにする政治的な理由はない、と言うことだ。

 だが、俺はシャロを望まぬ縁談から護ると約束した。


「父上、シャロの縁談ですが――」

「うむ。ウィスタリア侯爵家はいずれおまえが継ぐ。ゆえに、シャーロットの縁談には、おまえの意見を反映しようと思っている。おまえは、どこに嫁がせるのがよいと思う?」


 情に訴えようとした後の先を父上に取られた。

 俺になんの決定権もない状態なら、妹の意見を尊重してあげてくださいと、父上の情に訴えることが出来たのだが……まいったな。父上はシャロに甘いと油断していた。


 次期当主としては、シャロの婚姻を最大限に利用することが望ましい。ここでシャロが嫌がるので婚約は断りしましょうなどと言えば、次期当主として失格の烙印を捺されてしまう。

 シャロを裏切るという選択はあり得ないが、俺はウィスタリア侯爵領を護る立場にあるため、侯爵領のためにならない縁談阻止は利益相反となる。

 下手を打って次期当主の地位を失い、シャロを守れなくては本末転倒だ。


 どうする? どうしたらいい?

 考えろ、考えろ。シャロを守るのに次期当主という地位を手放せない以上、領地にとって不利益になることは出来ない。ならば、この状況を打開するには発想を逆転するしかない。


 シャロの縁談阻止こそが、ウィスタリア侯爵領の利益へと繋がる。その方向で説得することこそが、シャロの縁談を阻止する唯一の道だ。

 だが、示された良縁よりも有効な選択なんて……


「どうした、答えられないのか?」


 ――くっ。時間を空けすぎるのもまずい。

 考えは纏まらないが、ここは意見を述べるしかない。


「父上、シャロの婚約を決めるのは時期尚早だと進言いたします」

「……ほう、なぜだ?」


 父上が声のトーンを落とし、俺を見定めるような素振りを見せる。

 それに加え、無言で話を聞いていた母上までもが目を細めた。シャロを何処かに嫁がせることで秘密を守るという約束がある以上、この発言は裏切りと取られかねない。


 下手を打てば、両親の信頼を失うこととなる。次期当主でしかない俺が、現当主とその夫人を敵に回すことは、自分の身を滅ぼすことになりかねない。

 テーブルの下で拳をグッと握り締め、まっすぐに父上の視線を受け止めた。


「……お忘れですか? シャロは、父上の病を治してくれました」

「無論、忘れた訳ではない。だが、侯爵たる者、情で判断を誤る訳にはいかぬ」

「――はい。俺も同じ考えです」


 シャロが命の恩人であるということを父上に思い出させる。その上で、俺にとっては関係のない話だという態度を取った。感謝するべきなのは俺ではなく父上だ、と。


 だが、情に訴えかけるような手段が父上に通用するとは思えない。

 いまのは、案を絞り出すための時間稼ぎだ。


「重要なのは、シャロの知識はときに我々の知識を凌駕するという事実です。彼女の知識を領地経営に活かすことが出来れば、ウィスタリア侯爵領はより発展するでしょう」

「……なるほど、筋は通っているな」


 筋は通っている。逆に言えば説得力には欠けると言うことだ。

 言葉を重ねる必要がある。より説得力のある理屈をひねり出さなければ、父上は俺の意見を却下して、シャロの婚約者選びを始めるだろう。

 状況が良くない。そのとき、シャロが父上に向かって発言の許可を求めた。


「なにか意見があるのか? これは政略結婚ではあるが、同時におまえの行く末を決める話し合いでもある。希望があるのなら口にするがいい」

「では単刀直入に申し上げます。わたくしは、どこにも嫁ぎたくありません」


 俺は思わず唇を噛んだ。

 シャロのまっすぐな訴えは悪手と言わざるを得ない。

 養女として迎えたシャロに莫大な養育費が充てられているのは、ウィスタリア侯爵家により多くの利益をもたらすことを期待されているからだ。


 言い方は悪いが、これは投資なのだ。

 なのに投資を受けておきながら、その義務を果たしたくないと言うのは、交渉としては下の下と言わざるを得ない。せめて、もう少し時間が欲しいというべきだった。

 これには、シャロを可愛がっている父上も眉を寄せる。


「……嫁ぎたくない、か。一応理由を訊いておこう」

「――わたくしには、心に決めた相手がいるからです」


 きっぱりハッキリ、迷わずに言い放つ。

 俺は咳き込みそうになり、慌てて顔をそむけた。


 後ろ盾を持たないシャロとの結婚に利は存在しない。それどころか、父上にとって俺とシャロは腹違いの兄妹なので、むしろマイナスとしか思えない。


 だが、血の繋がらぬ義妹であることを告白すれば母上を敵に回す。

 どう足掻いても地獄への片道切符。

 慌てて思いとどまらせようとするが、シャロはこちらに視線すら向けない。


「わたくしは大きくなったら――お父様と結婚するのです!」


 それはそれは愛らしく、無垢な笑顔で言い放った。

 愛らしい義妹の言葉に、俺は「………………???」と混乱する。だが混乱しているという意味では、父上の方が上のようで「なん、だと……?」と珍しく声が震えている。


「わたくしは将来、お父様のお嫁さんになるのですっ。だから、よその家になんて嫁ぎたくありませんっ! お願いですから婚約なんてさせないでくださいっ」

「そ、そう、か……いやしかし、親子は結婚できぬのだぞ?」

「……そう、なのですか?」


 シャロは初めて知ったとばかりに目を見張って、とてもとても悲しそうな顔をした。

 ……いや、悲しそうな顔って、おまえ。血縁者が結婚できないことどころか、父上と血が繋がってないことを知ってるだろ。


 つまりこれは、お父様と結婚するから、どこにも嫁ぎたくないと言い張る作戦。

 なんてあざとい。俺の育てた義妹があざと可愛い。


「お父様、お父様。お父様と結婚できないのだとしても、わたくしはウィスタリア侯爵領から、お父様のいらっしゃるこの領地から出たくありません」

「う、む……そう、だな。シャーロットに婚約はまだ早いかもしれんな」


 ……堕ちた。

 さっき、情で判断を誤る訳にはいかぬと厳かに言ってた父上は行方不明のようだ。いや、シャロに甘えられたら、聞いてやりたくなる気持ちは分かるけども……


「ありがとう、お父様。だぁい好きです!」

「だっ……そ、そうか。うむ、シャーロットは可愛いな、さすが俺の娘だ」


 笑顔を振りまくシャロに、父上はデレデレになっている。なんだかなぁと思わなくもないが、とにもかくにも、シャロの縁談は親馬鹿になった父上に握りつぶされそうだ。

 問題は――と、母上を盗み見る。


 俺の持ちかけた提案は先延ばしが目的だったので、母上の意に沿わずとも、即座に敵に回すほどではなかった。けれど、父上と結婚するというシャロの発言は次元が異なる。


 シャロは父上の実の娘でない。

 その事実が発覚した場合、シャロが父上の第二夫人や愛妾になる可能性だってある。母上が即座にシャロを敵視してもおかしくないくらいの発言である。

 なのに、母上は苦笑いで二人のやりとりを見守っている。


 ……なぜだ?

 母上が最近、シャロを可愛がっているのはたしかだ。だが、自分の地位を脅かすような相手を見過ごすほど甘くもないはずだ。

 なのに、どうしてそんな苦笑いで二人を見ているんだ?


 ――と、俺の視線に気付いた母上が俺を見る。

 その目は……失望? いや……同情? なにやら、生暖かい目で見られているような気がするが……気のせい、か? 権謀術数に優れた母上だから、その表情も読み取りづらい。


「じゃあじゃあ、シャロは他所に嫁がなくて良いですか?」


 ついに一人称がシャロになった。いくらなんでも媚びすぎである。だが、甘えられた父上は「うむうむ、好きなだけこの家にいるがよい」とデレデレだ。

 ……俺を育てた父上がチョロすぎる。


 だが、上手くいって良かった。小悪魔路線で成長しているのは困りものだが、シャロが悲しむ顔は見たくないし、暴走して本当はお兄様と結婚したいなんて暴露されても困る。

 父上が認めてくれたのは助かったと思ったのだが――


「ロバート様?」


 母上が咎めるような声を上げた。

 父上を睨む母上の瞳が呆れているように見えるのは、きっと気のせいじゃないだろう。


「い、いや、違うぞ。俺はノエルの意見がもっともだと思ったのだ!」


 いきなり、父上が責任をぶん投げてきた。

 デレデレになっても、侯爵家の当主という訳か……いや、違う気がする。とにかく、父上は厳かな態度を取り繕って、俺へと視線を向けた。


「ノエルよ。おまえはシャーロットがウィスタリア侯爵領にとって有益な知識の持ち主だと口にした。その言葉に偽りはないな?」

「……はい、無論です」

「ならばよい。俺はおまえの言葉を信じよう。おまえはこれから次期当主として、シャーロットを補佐として公務に臨み、一年以内に俺の納得いくような結果を出してみせろ」


 シャーロットの婚約を保留するのは俺のためで、失敗したら俺のせい――と。

 見事な責任転嫁である。

 だが、シャロの婚約阻止は俺にとっての目標でもある。

 ゆえに――


「謹んでお受けいたします」


 断る理由はなに一つないと、父上の出す課題に挑戦することとなった。




 朝食の後、俺とシャロは父上の出した課題への対策を立てるために書斎へと足を運んだ。色々と話し合うことはあるが、ひとまずは――


「シャロ……目的のために手段を選ぶなとは言ったのは俺だが、父上の純情を弄ぶのはほどほどにしておけよ? 事実を知ったら泣くぞ、きっと」


 父上と血の繋がりがないと発覚すればややこしいことになるし、そうでなくとも、母上を敵に回してしまっては元も子もないと忠告する。


「弄んでなどいませんよ。お父様には心から感謝していますし、実の娘であれば、将来はお父様のお嫁さんになりたいと願うくらいには家族として愛しておりますもの」

「……俺も家族として愛されたかった」

「あら、お兄様のことは、家族として“も”愛しておりますよ?」


 家族として“も”ではなく、家族として“だけ”が俺の希望である。分かっているくせに白々しいと溜め息をつくが、シャロは白々しくコテリと首を傾げた。


 俺の育てた義妹がとにかく可愛い。

 その首の角度とか、上目遣いの向け方とか、実は計算しているのではないだろうか?


「まぁ……目的を果たせたからよしとしよう。俺もなんだかんだで助かったからな。問題は、父上の課題をどうやってクリアするかだな」

「大変な課題を与えられましたからね。お兄様には、なにかアイディアはありますか?」

「そうだな……」


 父上の出した課題は、次期当主である俺がシャロを補佐として使い、彼女の有用性を示せというものだった。公務であれば、特に内容は問わない、とのことだ。


 簡単そうに思えるが、内容を問わないというのは逆に難しい。なにか指定された問題を改善しろと言うことでなく、その問題すらも自分で見つけろと言うことだからだ。


 無論、俺には巻き戻る前の世界での記憶がある。

 大雨、土砂崩れ、干ばつ。それらによって生じる食糧不足や、魔獣による被害など。これからさき、ウィスタリア侯爵領にはいくつもの難題が降りかかる。

 父上に教えられずとも、俺はウィスタリア侯爵領の抱える問題を把握している。


 だけど、それらを解決することで課題をクリアするのは難しい。なぜなら、侯爵領に降りかかる多くの問題は自然災害が原因だからである。


 たとえば、大雨によって川の堤防が決壊して、畑がダメになる未来がある。

 決壊する場所は事前に知っているので、なんらかの理由を付けて、その場所だけ治水工事をすることは可能だが、未然に防ぐと効果を証明できない。

 大雨が降っても、どこにも被害が出なかったという結果だけが残るからだ。


 だが、それならばまだマシだ。

 最悪は、治水工事によって堤防の決壊を防ぐことで、他の場所が決壊した場合だ。畑の被害だけだったのが、人的被害に発展する可能性だってある。

 そうでなくとも、堤防が決壊する未来を知らない者達にとっての俺は、見当違いの場所に治水工事を施して資金を無駄にした愚か者と映るだろう。


 それらの可能性を考えれば、俺が未来を知っていると打ち明けるのも危険だ。なんらかの被害が生まれたときに、俺が意図的に見過ごしたと邪推されかねない。


 ゆくゆくはなんとかしなければならない問題だが、父の課題の題材としては不適切。なにより、いますぐに発生する問題ではないので今回の題材には向かない。


 なにか、明確な問題を課題として出してくれたら良かったんだけどな。

 だが、ないものはねだっても仕方ない。

 となると、出来るだけ結果が分かりやすい題材がいい。加えて、将来的にウィスタリア侯爵領に降りかかる問題への対策になる内容なら更によい。


 そういった条件を満たすのは、たとえば他領との関係強化。

 ウィスタリア侯爵領が危機を迎えたときに支援をしてくれる領地は必要だ。シャロを嫁に出すのではなく、その領地の娘と仲良くさせることで関係を強化できるのが理想。

 あるいは、ウィスタリア侯爵領の収穫量を増やすなどの目に見える成果だ。


 他領の令嬢と仲良くなるにはパーティーに出席するなどが必要だが、残念ながら社交シーズンは終わったばかりだし、パーティーに出席すると縁談が増えるという危険もある。

 よって今回は、領地の収穫量を上げるための一手を打つ。


「これを見てくれ」


 ウィスタリア侯爵領の一角、ノースタリア地方の田舎町。そこを中心にした農村群の、去年の収穫量を纏めた資料。それを側仕えのアイシャに命じてシャロに差し出す。

 その資料に目を通したシャロはすぐに小首をかしげた。


「これは、ノースタリア地方の収穫量を纏めた資料ですか?」

「以前から集めていた情報だ。で、こっちが他の地方の平均的な収穫量だ」

「……畑の広さに対しての収穫量は同じくらいですね。特に不自然な点は見られません。これがどうしたのですか?」


 小首をかしげるシャロに、新たな資料を渡す。今度のは、ノースタリア地方における、ここ十年の収穫量の推移を纏めた資料だ。


「……これは、年々収穫量が増えていますね。収穫量の少ない年もありますが……この年はたしか、ノースタリア地方は雨不足で不作だった年ですね」

「さすがだな」


 情報処理能力も凄まじいものがあるが、ノースタリア地方が不作だった年を覚えている記憶力も半端ない。この手の能力では、俺はシャロに勝てないだろう。


「つまり、ノースタリア地方には、収穫量が増えるようななにかがあると言うことですか」

「その通りだ」


 答えから言ってしまうと、ノースタリア地方のエリンという田舎町に、とある魔導具師が住んでいた――いや、いまはまだ住んでいるはずだ。

 その魔導具師は農業にも精通していて、田舎町を中心に農業の指導をおこなっている。その成果がこの十年で少しずつ形となって現れているのだ。


 ちなみに、巻き戻る前の世界で俺がそれに気付いたのはいまから二年後。いまよりも収穫量が堅調になっていて、その事実に気付いて調査に向かったときだ。


 そこで農業について指導した者がいたことを知ったのだが――その魔導具師は既に亡くなっていて、貴重な知識の多くが失われた後だった。


 ちなみに死因はもちろん、いつ亡くなったかも聞いていない。当時は過去に戻るなんて思っていなかったので、そのような情報に興味がなかった。唯一、雨の日に亡くなったとは聞いた覚えがあるが……雨なんて平均したら週に一、二回は降っているので参考にはならない。

 だが、収穫量の増加を見ても、いまはまだ生きている可能性が高いと思っている。


 巻き戻る前の世界では、村人からその知識を拾い集めることしか出来なかったが、可能ならその魔導具師をウィスタリア侯爵家に迎えたい。


 本当はもっと早く迎えに行きたかったのだが、根拠を持たない状況ではそれも難しい。そのために、ノースタリア地方へ出向く根拠を集めていた。それがさきほどの資料だ。

 父上の課題もあり、これでようやく口実が出来た。


「俺はこの町へ出向き、収穫量が増加している原因を調べるつもりだ」

「……お兄様がご自分で向かわれるのですか?」

「侯爵家を継ぐには、騎士の称号が必要になるだろ? ノースタリア地方は魔獣の被害が他よりも多いようだ。調査のついでに、騎士団を率いて魔獣の討伐をおこなうつもりだ」


 侯爵を継ぐ者は、騎士としての称号を持っている必要がある。

 半ば形骸化した風習で、絶対に獲得しなければならない訳ではない。だが、持っていなければ、それを汚点として政敵に揶揄されるのも事実。


 巻き戻る前の世界、急に父上の後を継いだ俺は騎士の称号がなくて揶揄された。今回は父が元気なので急ぐ必要はないが、取れるならば取っておきたい。


「お兄様は、ご自分で魔獣の討伐をおこなうつもりなのですか?」

「まぁ、騎士の称号は入手方法が重要だからな」

「……それはそうかもしれませんが、大丈夫なのですか?」

「心配するな。危ない橋を渡るつもりはない」


 シャロとしても、騎士の称号を手に入れる重要性は分かっているのだろう。心配だが、止める訳にはいかない――といった顔をしている。

 であれば、シャロが次に言い出す言葉も予想できる。


「あの、お兄様。出来るだけワガママは言わないようにと思っているのですが……」

「かまわないよ」


 俺が先んじれば、シャロはパチクリと瞬いた。


「心配だから同行したいって話だろ?」

「えっと……そう、ですけど。いいのですか?」


 シャロは期待と不安をないまぜにしたような顔で俺を見上げた。シャロにとって望ましい展開のはずなのに、確認せずにはいられないようだ。

 慎重な彼女の性格をよく現している。


「さすがに森には連れて行けないが、ノースタリアの町までは問題ない。シャロが実績を得るためにも、町までは同行した方がいいと思ってたからな」

「お兄様……」

「なんだ?」

「愛してますっ」

「はいはい」


 俺の育てた義妹がチョロ可愛い。むしろ、同行するように説得する手間が省けた。

 こうして、俺はシャロは遠征の手続きを開始し、準備が出来次第、騎士団を率いてノースタリア地方へと遠征することとなった。

 

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