俺が育てた義妹は無邪気で可愛い 4

 俺が七年手塩に掛けて育てた義妹に、望みの相手と結ばれるように協力すると申し出たら、お兄様と結婚したいと迫られた。

 意味が分からない。


 ここがウィスタリア侯爵家に用意された控え室でよかった。念のためにと人払いをした自分を褒めてやりたい。もし誰かに聞かれたら大変なことになるところだ。


「シャロ。言うまでもないことだが、俺とおまえは兄妹だ」

「ですが、血の繋がらぬ兄妹です」

「――っ」


 思わず目を見張った。


「屋敷へ来て間もない頃、お兄様とお母様の会話を聞いてしまったのです」

「……そうか、あのときか」


 たしかに、シャロに知られたかもしれないと警戒した時期があった。彼女の態度が変わらないから気のせいだと片付けていたのだが……知らない振りをしていたのか。


「……ん? いや待て、俺と血の繋がりがないと知っていた?」

「はい」

「知っていて、俺と一緒の布団で寝たりしていたのか?」

「はい、そうですよ」

「……なぜだ?」

「お兄様のことが大好きだからです。結婚してください、お兄様」


 頬をほのかに赤く染め、蕩けそうな笑顔で愛を囁く。

 ……俺の育てた妹が可愛すぎる。


「というか、シャロは俺に、妹として愛して欲しかったんじゃないのか?」

「……どうしてそう思われるのですか?」

「どうしてって……」


 あぁぁぁあぁぁっ。シャロがそう言ったのは世界が巻き戻る前だった!

 そりゃ色々な歴史が変わってるんだから、シャロの想いが変わっていてもおかしくない。おかしくはないのだが、完全に妹として俺を好いていると思い込んでいた。

 妹として愛して欲しいと請われて全力で可愛がったら、求婚されるとか予想外すぎる!


 ……しかし、困った。

 幼い女の子が、将来の夢はお兄様のお嫁さん! なんてベタな展開、話の上でなら聞いたことがあるが――シャロはもう十三歳だ。

 いくらなんでも、そのような子供っぽい発言を許される歳ではなくなってきている。


「シャロ、俺もおまえを愛しているが、それは兄としてだ。出来うる限り、おまえを幸せに導いてやりたいと思ってはいるが、結婚することは出来ない」


 正直なところ、シスコンだと指摘されると否定出来ないが、妹に対して懸想しているかと問われれば、そんなことはあり得ないときっぱりと否定できる。

 シャロがベッドに潜り込んでくるのを許していたのはそのためだ。


 俺はそのことをハッキリと口にした。そうすれば諦めると思ったからなのだが、シャロは悲しげに顔を歪める――どころか、なぜか愛らしい微笑みを浮かべた。

 それから小首をちょこんとかしげる。


「わたくしが望む相手と結ばれるように協力すると、言いましたよね? その言葉に嘘はないとも言いましたよね? 今更無理とか言いませんよね?」

「――がふっ。い、いや、たしかに言ったが、これは協力できる範囲を超えている」

「……血が繋がっていないこと、お父様にバラしますよ?」

「――ふぁっ!?」


 天使のような義妹が、無邪気な笑顔で脅してきた。

 表向きは血の繋がらぬ義妹であり、その実は腹違いの妹であるという公然の秘密。だがそれは父の知る事実であり、真実はやはりウィスタリア侯爵とは縁のない血筋の娘だ。

 俺と母上は、その事実を父上にひた隠しにしてきたというのに……


「シャロ、おまえは自分がなにを言ってるか理解しているのか?」

「はい、愛するお兄様を脅しています。本当に欲しいものがあれば全力で、決して手段を選ぶなと教えられて育ちましたから」

「誰だ、おまえにそんな悪いことを教えたのは!」

「お兄様ですっ」


 そうだったぁぁぁぁあぁぁっ!

 笑顔で突きつけられた事実に内心でうめき声を上げ、けれど項垂れている場合ではないと思い直す。これは結構なピンチである。


 母上は最近、シャロを可愛がっている。だがそれは、シャロがウィスタリア侯爵家にとって有益な存在だと認識されているからだ。

 シャロが出生の秘密をバラせば、母上はシャロを決して許さないだろう。


 シャロを幸せにするという目的を果たせなくなるし、俺も母上を敵に回すことになり、世界が巻き戻る前より不幸な結末を迎えるかもしれない。

 それはなんとしても避けねばならない未来だ。


 しかし、俺とシャロが結婚?

 ……あり得ないな。


 政略結婚に愛は必要ないので、父上が俺とシャロの政略結婚を決めたとしても抵抗するつもりはないが、俺とシャロが結婚することに政略的な利点はなに一つ存在しない。


 なにより、父上は俺とシャロが腹違いの兄妹だと思っている。その誤解をたださない限り、俺とシャロが結婚する流れになることはあり得ない。


「……お兄様は、そんなにわたくしと結婚するのがお嫌ですか?」

「嫌かどうかじゃなくて、現実的に考えてデメリットしかないからな」


 嫌かどうかの言及を避けて、シャロと結婚できない理由を並び立てていく。

 一番の理由は、血が繋がっていないという事実を父上に明かせぬことだ。それに、政略結婚的な理由で考えた場合、シャロには後ろ盾がない。

 政略結婚として、まったく旨味のない縁談だとぶっちゃけた。


「……では、お兄様の感情はどうなのですか?」


 一度避けた答えを再び求められる。避けたことこそが答えと分かりそうなものだが、それでも答えを知りたいというのなら、彼女を大切に思う兄としては逃げる訳にはいかない。


「兄として、おまえのことは心から愛しているし、幸せにしてやりたいとも思っている。だが、おまえを異性としてみたことは一度だってない」


 ここで曖昧な言葉を口にすることはシャロのためにならないと、突き放すような口調で告げる。シャロがきゅっと唇を噛んだ。


 十秒か二十秒か、あるいは一分以上、シャロは沈黙する。それでも、彼女がなにか自分から言い出すまではと、俺もまた沈黙して彼女の言葉を待った。

 やがて――


「分かりました」


 俺をまっすぐに見つめた彼女は、妙にさっぱりとした顔でそう言った。


「……分かった、とは?」

「結婚して欲しいと、お兄様に伝えた言葉は・・・撤回いたします。それに、秘密をバラすと口にしたことも撤回させていただきます」

「どういうつもりだ?」


 義理の兄に結婚を望むなんて、生半可な気持ちで出来るはずがない。なのに、こんなにも簡単に引き下がるなんて、なにを企んでいるのかと疑いの眼差しを向ける。


「お兄様のお気持ちを知りたくてあのようなことを申しましたが、本気でお兄様を脅すつもりなどありませんでした」

「……手段を選ばないのではなかったのか?」

「手段を選ばなかったからこそ、ハッタリを使ったのです。ですが、本気でお兄様を脅すつもりはありません。わたくし、お兄様に嫌われたくありませんから」


 どうやら、シャロは正しく手段を選ばない方法を理解しているようだ。思わず、嫌うなんてことは絶対にないと言いたくなるが、彼女が口にする好き嫌いは兄妹のそれではない。

 返答に詰まっていると、シャロは苦笑いを浮かべた。


「そのような顔をされたくなくて前言を撤回したのです。なのに、お兄様が困った顔をしていたら意味がないではありませんか」

「あ、あぁ、そうだな。すまない」

「……お兄様?」


 呆れ眼を向けられてしまう。

 だが、彼女はすぐに相好を崩してクスクスと笑った。


「安心してください、お兄様。もう、さきほどのようなお願いはいたしません。だから、これからもいままでと同じように・・・・・・・・・・、兄妹として仲良くしてくださいませ」

「ああ。兄妹としてならば断る理由はなにもない」

「……今度こそ、約束ですよ?」

「ああ、約束だ」

「ありがとう存じます。では妹として、お兄様にお願いがあるのですが……?」


 上目遣いで俺の顔を見上げてくる。おそらく、そのお願いとやらが、あっさり前言を撤回してまで、俺から引き出したかった譲歩なのだろう。

 最初に無茶な要求を突きつけて相手の譲歩を引き出し、本命の要求を通すというのは俺がシャロに教えた基本戦術である。


「……なにをして欲しいんだ?」

「兄として、わたくしを他の縁談から護ってください。お兄様への求婚は取り下げましたが、他の殿方の元へ嫁ぎたくはありません」

「……おまえの縁談だけでいいんだな?」

「はい。多くは求めません」

「それならばなんとかなるかもしれない。絶対に大丈夫とは約束できないが、今度こそ全力で協力すると約束しよう」


 シャロはいわば失恋したばかりだ。そんな彼女に、次の縁談を突きつけるのはあまりに可哀想だ。だから兄として、可能な限り縁談を断れるように協力すると約束した。

 父上の説得は大変そうだが、シャロを幸せにするのは俺の人生における目標だからな。


「ありがとう、お兄様! だぁいすきですっ!」

「こら、前言を撤回したんじゃなかったのか?」

「えへ、いまのは妹としての言葉だから問題ないですよ?」


 はぁ……俺の育てた義妹があざと可愛い。


「それにしても……シャロくらい才色兼備なら、相手は選び放題だろ? なのに、なぜよりによって俺に惚れたんだ?」


 そう口にした途端、なぜか半眼で睨まれた。


「……なんだよ?」

「少しは、過去の自分のおこないを思い出してくださいませ」


 溜め息まで吐かれる始末である。

 俺はただ、兄として妹を可愛がっていただけなんだが……いや、兄妹という認識が生まれる前から優しくしていたと考えると……うん、ちょっとくらいは俺に原因があるかもしれない。

 旗色が悪いので話題を変えよう。


「しかし、シャロはこれからどうするつもりなんだ? 縁談を断るにしても、ずっとお屋敷に閉じこもっている訳にはいかないぞ?」


 母上に離れに押し込められていた妹の二度目の人生。

 今度は自分で離れに閉じこもりました――では笑い話にもならない。


 そもそも、侯爵令嬢として生きるなら、引き籠もる訳にはいかない。そして外へ出れば、可愛く育ったシャロに縁談を申し込む者は増える一方だろう。

 そのすべてに、いつまでも断り続けられるとは限らない。


「それなのですが……お兄様は既に次期当主として動かれているのですよね?」


 それに頷き、徐々に父から仕事を引き継いでいく予定であることを打ち明ければ、シャロはそれを手伝いたいと口にした。


「ウィスタリア侯爵領の経営に関わりたいと言うことか?」

「お兄様のお役に立てるのなら、その手段は問いません。それにお兄様のお手伝いをしていると言えば、縁談も断りやすくなるでしょう?」

「……なるほど、一理あるな」


 将来はウィスタリア侯爵領で働くために、入り婿を必要としているとほのめかす。その辺りを前面に押し出して上手く立ち回れば、縁談も断りやすくなるだろう。


 それに父上を救ったほどの知識の持ち主だ。彼女が手伝ってくれるのなら頼もしい――と、その方向ならば、父上の説得も多少はやりやすくなるだろう。


 それに、これからウィスタリア侯爵領には、様々な問題が降りかかる。それを乗り越えるには、少しでも信頼できる仲間がいた方がいい。シャロにも協力してもらうとしよう。

 領地の経営を失敗したり、シャロを闇堕ちさせるような失敗は繰り返さない。



 そうして、俺達はパーティーを終えてウィスタリア侯爵領へと帰還。領都タリアにあるお屋敷へと帰還したのだが……その日の夜。

 シャロが性懲りもなく俺の部屋に忍び込んできた。


「……おい、妹として振る舞うんじゃなかったのか?」

「嘘は吐いていません。『いままで同じように』と、約束したではありませんか」

「たしかにそういう約束はしたが――待て。まさか、今後も一緒に寝るつもりか!?」


 愕然と問い返せば「今度は、約束を破ったりしないんですよね?」と笑顔で問われた。どうやら確信犯。彼女はそのために、『いままでと同じように』と俺に約束させたらしい。


「い、いちぉう確認だが……諦めたんだよな?」

「まぁっ! 誰がそのようなことをおっしゃったのですか?」

「誰もなにも、シャロが……」

「わたくし、あのときの言葉を撤回すると口にしただけですよ?」


 つまり、諦めるとは一言も口にしていない。

 シャロは無邪気に笑ってベッドに上がると、側面から掛け布団の中に潜り込んだ。そのまま俺の首にぎゅっとしがみつき、掛け布団の下からちょこんと顔を覗かせる。


「えへへ、おやすみなさい、お兄様」

「お、おい、ホントに一緒に寝るつもりか? 俺とおまえは血が繋がってないんだぞ」

「使用人は腹違いの兄妹だと思っているので大丈夫です」

「そ、それは対外的な話だろ。おまえは、俺に告白までしてるのに……」


 もちろん、俺にその気はない。けれど、俺だって年頃の男なのだ。万が一、俺が据え膳に手を出したらどうするつもりだと、声には出さずに問い掛ける。

 その瞬間、シャロは嬉しそうにはにかんだ。


「お兄様は、わたくしをそのような目で見たことは、一度たりともないのでしょう?」

「うぐっ。いやまぁ……そうだが、世の中には過ちという言葉があって、だなぁ」

「もちろん、そのときの覚悟は出来ています。だ か ら、その気になったら手を出していただいて大丈夫ですよ。お兄様なら、ちゃんと、責任、取ってくれると信じてますっ」


 恐ろしいことを笑顔で言い放った。小悪魔だ、小悪魔がここにいる。シャロはまったく諦めていない。どころか、手段を選ばずに俺を堕としに掛かっている。


 ……って言うか、ちょっと待て。俺は今後も自分を誘惑してくる義妹と一緒に寝て、しかも彼女への縁談をすべて断りつつ、自分の補佐として領地経営の手伝いをさせるのか?


「ふふっ、これからも仲良くしてくださいね。お に い さ ま?」


 耳元で囁く、俺の育てた義妹が可愛すぎる。いや、可愛すぎるじゃなくて! 気付いたら、完全に包囲網が敷かれてるじゃないか!

 なんだこれ、どうしてこうなった!?

 

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