停滞
色々と思い出していたら、あっという間に授業が終わり今は清掃中。ゴミ捨てに行った後で教室へ戻ろうとすると、階段の踊り場で見知った顔と出くわす。
「誰かと思えば、空也君じゃん」
「出雲か」
「いやー、この前の試合は惜しかったね。あの功績が関係したか知らないけど、昨日やったランク分けテストでくノ一さんがBランクに上がってたよ。勿論オレもね」
「そりゃ何よりだ」
「そういえば音羽ちゃんも無事Dランク入りしてたっけ。ロックオンとショットをコールしないのは困るけど、腕は確かだって黒山先生も認めてたってさ」
「…………一つ聞きたいんだが、何でエイマーの霧雨があんなにボロボロなんだ?」
ここ数日の霧雨は、妙に疲れているように見える。
俺の質問を聞くなり、出雲は知らないという素振りで両手を上げつつ応えた。
「さあ? そんなのオレじゃなくて本人に聞けばいいじゃん」
確かにその通りかもしれない。
ただ霧雨がRAC部に入ったのが俺のせいであることを考えると、休み時間にねりねりを食べる元気もなく机に突っ伏している少女には声を掛け辛かった。
「そもそもオレは同じチームじゃないし。軽く噂話が耳に入る程度だからさ」
「噂って?」
「一緒にチームを組んだメンバーから絶賛だったらしいよ? 二つ名は
「そうか……ならいいんだ。引き留めて悪かったな」
部活内で虐めに遭っていないかとか、顧問の黒山に目を付けられていないかとか色々と不安になっていたが、余計な心配だったみたいだ。
出雲と別れ教室に戻ると、既に部活へ向かったのか霧雨の姿は見当たらなかった。
「悪い。待たせた」
「問題ないよ。さて行こうか」
教室で待っていた裏真と共に学校を後にする。親父が見たら青春だのと茶々を入れられそうだが、単に行き先が同じだけであり別にそういった仲ではない。
「甲斐君。何か悩み事かい?」
「ん? 何だよ急に」
「授業中、ボーっとしていたみたいだからね」
「ああ……そうだな。大富豪で2が一番強い理由について考えてた」
「本を正すと、ローカルルールが発展して生まれたんじゃなかったかな」
「へー。そうなのか」
「嘘を吐くにしても、もう少しまともな考え事にしてほしかったね」
「どうして嘘だって思うんだよ?」
「顔を見ればわかるさ。ポーカーフェイスとは正反対だよ」
似たようなことをチサトさんにも言われた気がする。
長い黒髪を風に靡かせた少女は、ジーっとこちらを見つめつつ口を開いた。
「甲斐君。RAC部に音羽ちゃんが入ったことと関係あるのかい?」
「誰から聞いたんだ?」
「音羽ちゃんから」
「そうか」
「詳しいことは知らないけれど、ボクで良ければ話くらい聞くよ」
「別に何もないし、大丈夫だっての」
そんなやり取りをしながらも、俺達はバイト先もとい裏真の家でもある小さなホビーショップへ到着。学校から割と近い位置にあるため、客の中にはうちの制服を着ている学生もそこそこ多かったりする。
「いらっしゃ……なーんだ。千火と空也君かー」
「ただいま」
店主の娘でありながらラックに興味のない裏真は、足早に店の奥にある階段を上り自宅へと帰っていった。
例え店が猫の手も借りたくなるほど忙しくても、彼女が手伝っている姿は一度も見たことがない。そんな少女を見届けつつ、店長である裏真の母親は静かに溜息を吐く。
「…………本当、甲斐君みたいな旦那さんがいたら安心なんだけどねー」
「はい?」
「あー、何でもない何でもない。こっちの話よー」
「はあ…………あれ? 今日は俺一人ですか?」
「そうなのー。相方は風邪引いたからお休みするって連絡があってねー。ウチの旦那も今日はいないからちょっと大変かもしれないけど、いつも通り宜しくねー」
「了解です」
スタッフルームに向かった後で学生服からポロシャツに着替え、エプロンと名札を付ける。基本的に任されるのは力仕事とレジ打ち、そして何よりも――――――。
「こんちゃす! あ! 投げるの上手い兄ちゃんだ!」
「いらっしゃい。今日もスキルテストか?」
「うん! 友達も連れてきた!」
威勢良く店に入ってきたのは、一葉や双葉より少し年上くらいの男の子が二人。片手にはスライプギアを持っており、もう片方の手には一枚のカードが握られていた。
早速仕事とばかりに、子供達を連れて店の裏口から外へ出る。本来は駐車場と思わしきスペースだが、ここに車は一台も止まっていない。
「最初はグーっ! ジャンケンポン! あいこでしょっ!」
順番を決めるためジャンケンを始める子供達。彼らがこれから受けるのはスキルテストと呼ばれる、スライパーの技術評価を上げるためのものだ。
スライパーの警察側における評価項目は速度・技術・投擲の三つであり、速度と投擲はジャッジの試合データで決められる。しかし技術に関してだけは、スキルを五つ習得する度に星が一つ増える仕組みだ。
テストはベーシック・ノーマル・ハード・スーパー・スペシャルの五段階に分かれており、各段階にはレベル1~10までスキルが割り当てられている。
「よ、宜しくお願いします……」
「頑張ってな」
ベーシックレベルを示す白いライセンスカードを受け取った俺は、オフィシャル認定店に与えられている専用のリーダーにカードを読み込ませた。
一度のスキルテストで挑戦できるスキルは三種類。そして一つのスキルにつき、三回までチャレンジすることができる。
「えっと……ベーシックレベル5、サークルか。準備は?」
「だ、大丈夫です……」
「それじゃ、グッドラック!」
俺の掛け声を合図にテスト開始。各種プロテクターを身に付けスライプギアを履いた緊張気味の少年は緩やかに加速すると、広いスペースで円を描くように滑り始めた。
一周、二周……見た限りバランスも取れているし、これなら問題ないだろう。
「クリア!」
「や、やった! こ、これで星が付くんですよね?」
「ああ。おめでとう」
続くレベル6のSカーブ、レベル7のインフィニティも問題なく突破。更新したライセンスカードを少年に返すと、もう一人から赤いライセンスカードを受け取った。
ライセンスカードはスライプギアを購入すると付いてくるが、最初のベーシックは白、ノーマルになると赤、ハードで黒、スーパーは銀、スペシャルでは金と変わっていく。
「ノーマルレベル1、Iターンだな」
「うん! 準備オッケーっ!」
「グッドラック!」
例え星が増えないスキルテストでも、スキルを習得したらスライプギアのパーツやメンテナンスキット、レベルが上がった場合は豪華景品をプレゼントだ。
こんな調子で時には社会人、また別の時には親子連れがスキルテストを受けにくる。
――――そして時には、面倒な客も相手しなくてはならなかった。
「甲斐空也!」
「…………すいません、人違いです」
「えっ? あ、こちらこそすいま……って、名札に甲斐空也って書いてあるっす!」
逃げ出した。しかし回りこまれた。
そんな調子で詰め寄ってきたのは、RAC部の活動を終えてから来たにも拘わらず元気一杯な忍者少女。今日はただでさえ忙しくて疲れていたのに、精神的にドッときた感じだ。
「はあ……悪いけど今日は勘弁して――――」
「甲斐君。お疲れかい?」
「裏真っ? 珍しいな。どうしたんだ?」
「藤林さんが来るのが見えたから、ボクも見学させてもらおうと思っただけだよ」
「そっか。何か悪いな」
「ついでに言うなら、お客さんに愛想よく応対しているかの確認かな」
「そうっす! 輪廻は客っす! そしてお客様は神様っす!」
それは営業側の台詞であって、客が口にする台詞じゃないんだけどな。
何を隠そうこのスキルテストこそ、藤林が俺に付き纏ってくるようになった原因。以前挑戦したスキルが失敗と判定されたことに対し、未だ納得していないためだった。
「証人がいるのはありがたいっす。今日こそ、その目でしっかり見てるっす」
「言っておくけど、裏真は認定員じゃないからな」
正直店長に変わってもらいたかったが、結局俺が見る羽目になってしまった。
認定員は誰でもできる訳じゃなく、正式な資格が存在している。資格自体は検定みたいなもので取るのは難しくなく、俺が持っているのはハードレベルまでだ。
藤林から黒いライセンスカードを受け取り確認。挑戦するのは前回同様にハードレベル4のランディング(=着地)であり、準備として小さなジャンプ台を用意する。
「…………」
一葉と双葉には自由に楽しんでもらうため、スキルの類は一切教えなかった。
テストを受けに来た子供の中には、失敗続きで落ち込む子も少なくない。一応アドバイスはするものの、つまらなそうに帰って行く姿を見るとこちらも辛くなる。
別にスキルを身に付けずとも、スライプギアの楽しみ方は人それぞれ。ラックへ移行するプレイヤーは多いが、純粋に滑りを楽しむだけの人も残っている。
だけどもし……もしもだ。
仮に俺が二人にちゃんとスキルを教えていたら、この前の試合は――――。
「こら」
「っ?」
「甲斐君。また考え事かい?」
裏真に頬を優しく突かれて我に返る。
気付けば藤林は準備万端。不思議そうに首を傾げつつこちらを眺めていた。
「あ……悪い悪い。始めていいのか?」
「いつでもいけるっす」
「グッドラック」
合図を出すなり忍者少女は加速。敷地に沿って大きく一周した後で、中央に用意したジャンプ台から勢いよく飛び出す……と、ここまでは問題ない。
重要なのはこの後の着地における安定度であり、以前はそれでNGを出した。
「忍歩!」
意味不明な言葉を叫んだ少女が着地すると、大きな胸がたゆんと弾む。そのままバランスを維持して滑り、以前のような危なっかしさもなく俺達の元へと戻ってきた。
「ふふん。ちゃんと見てたっすか?」
「ああ。OKだな」
「…………」
「ん? どうしたんだよ?」
「何か逆にあっさり過ぎて疑わしくなってくるっす。本当に甲斐空也っすか?」
「あー、悪い。やっぱ見てなかったわ。今のノーカンでもう一回頼む」
「じょ、冗談っす!」
このレベルになると次のスキルへ連続して挑戦することも少なく、俺はライセンスカードを更新した後で少女へと返す。これでもう執着されることもないだろう。
藤林が去りバイトを終えた頃には、沈みかけの夕日によって空が茜色に染まる。いつもより遅くなってしまったため、俺は慌てて制服へ着替え帰り仕度を始めた。
「もうこんな時間か。急がないと――――」
急がないと……?
そう言いかけたところで口を閉ざす。
「甲斐君。どうかしたのかい?」
「いや、何でもない」
裏真と店長に見送られつつ、俺はホビーショップを後にする。
普段なら一葉と双葉がお腹を空かせて待っている筈だった。
アパートに戻りドアを開けると、小さな声で呟く。
「…………ただいま」
(お帰りなさいませ、お兄様)
(おっかえり~お兄ちゃん! もう一葉お腹ぺこぺこり~ぬだよ~)
…………明るい声と共に出迎えてくれた少女達はいない。
誰一人いない静かな部屋で、俺は黙って鞄を放り投げるのだった。
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