『それでは皆さんお待ちかねぇっ! 只今よりぃ、チーム・無月VSチーム・タイラントキングダムの試合開始だぁっ! 最高のバトルを見せてくれぇっ! グッドラック!』


 フィールドに供えられたスピーカーから、大きなブザー音が鳴り響いた。

 群衆がワッと大歓声を上げると、振動が腹部に響いてくる。

 テレビとは全く違う、想像を絶する大迫力だった。


『うおぉーっと? 確保ぉっ? 確保だぁっ! 今のは一体何なんだぁっ? 今日も早速目にも止まらぬ早業を見せてくれたぜぇ、チーターのジョージっ!』


 小学校卒業を前にして渡された試合のチケット。

 生まれて初めて生で見る父さんの試合。

 フィールドを映し出している大きなモニターでは、無月のメンバーが次々と華麗なテクニックを魅せながら相手を追跡していた。


『な、なんとあのチーム・タイラントキングダムが僅か三分で全員確保ぉっ! 強い、強すぎるチーム・無月! 十分間のインターバル後に、後半戦の始まりだぁっ!』


 モニターに鮮やかな逮捕劇のハイライトが流れる中で、休むどころかパフォーマンスを見せ始める無月のメンバー。そんなファンサービスに、観客はますます沸き上がった。

 後半戦が始まれば、今度は流れる水のように相手の拘束を容易に避ける。時折モニターに映った父さんは、カメラにピースまでする始末だ。


『――――3、2、1、終ー了ーっ! 今日もコイツらは捕まらなぁい! 圧倒的な力でドミネートマッチを制したのは無敗の帝王、チーム・無月のメンバーだぁーっ!』


 誰が見ても一目瞭然な完全勝利だった。

 勝利チームのインタビューで、リーダーの父さんがマイクを受け取る。


「まずは今日も見に来てくれて感謝するぜ!」


 不意にチラリと、父さんがこちらを見た気がした。

 これだけ人が多いのだから、普通に考えれば気のせいだろう。


「あー、実は今日はちょっとした発表があってな」


 ジョージからの発表という言葉を聞いて、一体何なのかと盛り上がる観客達。

 しかし伝説の男は、その期待を堂々と裏切ってみせたのだった。


「チーターのジョージは今日で引退! チーム無月は本日をもって解散だ!」








『――――チュン……チュチュチュン……チュン……チュチュチュン――――』


 枕元で規則的に鳴かれる鳥の声。

 探るように適当に手を伸ばし、やかましい騒音の元を止めた。


(……………………夢……か)


 ベッドから出ることはなく、そのまま再び目を瞑る。

 静かな部屋。

 聞こえてくるのは、外で縄張りを主張するように吠えている犬の鳴き声だけだ。

 その騒々しさに意識が覚醒していき、渋々と身体を起こした。


「…………」


 以前なら仲良く布団で寝ていた双子の姿はない。

 何故二人がいないのか……その理由は三日前の試合後にまで遡る。








「つまんない」

「…………」


 試合後は海へ行くなんて話もあったが、とてもそんな空気ではなかった。

 チサトさんの車に乗せられた俺達は真っ直ぐ家に帰宅。そのまま霧雨とも解散し夕飯を何にするか考えていた最中、部屋から苛立ちの声が聞こえてくる。


「つまんないつまんないつまんないつまんない~っ!」

「うるさいですわ一葉」

「うるさいって言った方がうるさいんだもんっ!」


 色々頭の中で考えていたことが積もり積もったのか、鬱憤を一気に吐き出す一葉。その爆発は止まることなく、少女は声を張り続けた。


「つまんないつまんないつまん――――」

「いい加減にしますのっ!」


 そんな一葉を見て、双葉も徐々にピリピリし始める。

 二人が喧嘩することは今までにも何度かあったが、今回の場合はどちらも悪くない。

 寧ろ悪いのは俺以外の何者でもなかっだ。


「一葉も双葉も、止めろって」


 一旦手を止め、二人の仲裁に部屋へと戻る。

 俺を見て寝転がっていた一葉は起き上がり、胡坐をかくと俯きながら呟いた。


「一葉、もうラック辞める」

「そんなこと言うなよ。試合に負けることだってあるさ。次また頑張れば――――」

「そうじゃないもん」


 俯いていた少女が顔を上げる。

 そして俺に訴えかけるように、早口で思いのままをぶつけてきた。


「だってつまんなかったんだもん! 泥棒は逃げてもすぐ捕まるし、警察は追っかけても追っかけても捕まらないし! 結局全部お兄ちゃんとキリウのお姉ちゃんが捕まえちゃって、一葉と双葉なんている意味なかったもん!」

「それは違うぞ一葉。二人がいたから惜しいところまで――――」

「嘘だっ! だってお兄ちゃん、一葉と双葉に連行ばっかりやらせてたじゃん!」

「っ」


 返す言葉がない。

 黙っている双葉の代弁をするように、一葉は叫び続ける。

 例え普段が頼りなくても、妹を守る姿は立派な姉だった。


「あんな面白くない試合ばっかりなら、一葉ラックなんてやめるっ! 双葉だって本当は今日の試合、つまんなかったって思ってるよっ!」

「わ、わたくしは…………わたくしは…………っく……ひっぐ……」


 双葉の目元が潤みだす。

 今にも泣き出してしまいそうで、既に声は震えていた。


「………………悪かったな、二人とも」


 一葉も双葉も、俺を兄のように慕ってくれている。

 そんな二人の気持ちを、俺は踏みにじってしまった。

 謝って済む問題じゃない。

 じゃあ一体どうすればいいのか。

 その答えはわからないまま、俺は黙って立ちつくす。

 一葉は床でゴロリと横になってふて寝をし、双葉は涙を流し続けていた。


「…………ちょっと買い物に行ってくるよ」


 頭を冷やそう。

 そう思っての発言だが、本意は違ったかもしれない。

 少女達から逃げるように俺は部屋を出た。


「!」


 アパート前の駐車場に止まっていた、見覚えのある軽自動車にふと気付く。

 運転席に乗っていたチサトさんが、俺を見るなり窓を開けた。


「丁度良いタイミングでしたね。どちらへ行かれるご予定でしたか?」

「えっと、食材を切らしてたんでコンビニに……」

「そういうことでしたらスーパーまで車を出しましょう。どうぞお乗りください」

「だ、大丈夫ですって」

「遠慮はいりませんよ。それに、冬野さん達のことでお困りではありませんか?」

「っ! …………どうもすいません。ありがとうございます」

「お気になさらないでください。空也さんはジョージと違って、嘘が下手ですね」


 ドアを開け助手席に乗り込む。

 シートベルトを締めるとエンジンが掛かり、車は静かに発進した。


「まだ親父は事務所にいるんですか?」

「はい。ああだのこうだのと、自由気ままに独り言を呟いてますね」

「…………いつも迷惑掛けてすいません」

「いえ。慣れていますから大丈夫ですよ。それより冬野さん達の様子は如何ですか?」


 俺は先程あったことを、何一つ包み隠さずチサトさんへ話した。

 子供は大人をよく見ている。

 三人で生活を始める際に、チサトさんからそんなことを言われたのを思い出す。


「そうですか。冬野さん達以上に、空也さんの方がショックを受けていたんですね」

「大切なのは仲間を信じること……そんなの当たり前だと思ってました」

「ジョージの口癖ですね。世の中は当たり前のことほど、難しかったりするものですよ」

「そうかもしれません」

「しかしそこで逃げてしまう辺り、空也さんもまだまだ子供ですね」

「…………すいません」

「そう落ち込まないでください。高校生なんて精神的にはまだまだ子供なんですから。何なら昔のように、チサトお姉ちゃんと呼んでも構いませんよ?」

「はは……そんな頃もありましたっけ」


 チサトさんが冗談で和ませてくれたところで、丁度スーパーに到着する。

 車で送って貰えることに甘んじて、数日分の食材の他にもティッシュやトイレットペーパーといった自転車で運ぶ際に嵩張る物を買っておいた。


「少しの間、冬野さん達をこちらで御預かり致しましょうか?」

「え……?」

「お二人はリフレッシュが必要かと思われますし、空也さんもテストが近いでしょう。ここ最近ラックばかりでしたし、たまに離れてみるのも良いかもしれませんよ?」


 車に乗った後で相変わらず悩んでいる俺を見て、チサトさんはそんな提案をする。

 霧雨もRAC部へ入ることになってしまったし、ムサシさんに迷惑もかけられない。テスト勉強だってあまりしてないし、言われてみればその通りだった。


「…………じゃあお願いしてもいいですか? 二人もチサトさんなら喜びますし」

「はい。ではアパートへ到着次第、私の方からその旨を伝えさせていただきますね。戻るのは冬野さん達と空也さん、双方の落ち着き次第ということで」

「宜しくお願いします」






 ――――とまあ、そんなことがあった訳だ。

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