グッドラック~ケイドロで繋がる赤い糸~

守田野圭二

RAC

 五月上旬、ゴールデンウィーク最終日の昼下がり。

 今では廃れた鉄工場跡の敷地内で、ホイールの回転音が響き渡っていた。


「ええっと……F6S、バランスワン、エスケプ!」


 普段は静寂に包まれている空間……人気が薄れた街並みの一角である今日のフィールドで、ターゲットの小太りな中年男性は逃走しながらも必死に仲間へ状況報告する。

 その両手首と両足首には青白く光っているバンドを身につけており、頭にはフルフェイスのヘルメット、脚にはローラーのついた無骨な靴を履いていた。

 別にそれらは珍しくも何ともなく、同様のバンドは追跡しているこちら側も装着中。靴の方に至っては、身に付けてない俺の方が風変わりなくらいだ。


 ――スライプギア――


 原付レベルまで出力が可能な小型モーターとバッテリーを搭載した、今では誰もが知っている電動インラインスケート。値段はピンキリだが、安い物なら小学生でもお年玉を使えば手が届く。

 もっとも使い手の技術次第で性能差は補うことができ、今日の相手は質の良い物を履いているが初心者らしく速度も遅い。それでも直線を走って追うのは難しく、前半戦で十分間も駆け回った後となれば必然的に差は開き始めていた。


「F7からF8方向、追跡中だ。誰かいけるか?」


 腕につけているデジタル時計型の端末で自分の位置を確認。耳にかけたイヤホンマイクへ呟くように通達すると、眠そうな声の少女が応える。


『……任せて』

「頼んだ」


 中年の男は滑走しながら、開いた距離を確認すべくチラリとこちらを振り向いた。

 狙いを付けていた少女は、その僅かな隙を逃しはしない。


「あっ?」


 音も無く飛んできたのは、先端の切れた二つの円錐を重ね合わせたような形の代物。通称キャプチャルと呼ばれるツールが、男の右足首で光っているバンドへと磁石が吸い付くかの如く貼りつく。


「ええっと、F8――――」


 キャプチャルが発したフェムトレーザーによるエメラルドグリーン色の線が示す方向を見て、闇に紛れていた狙撃者の存在に気付いたようだがもう遅い。

 間髪入れずに飛んできたのは光の線の終着点……対となるキャプチャルが中年の男の左足首に命中すると、エメラルドグリーンの線が赤へと変化した。


『……確保』

「ふう、サンキュー」

『流石ですわ! あっ! こちらもA2に一人見つけましたの』

『オケオッケ~。A2なら今行くよ~っ! って、こっちじゃなかった!』


 確保した中年の男を連行しようとした矢先、イヤホンから聞こえてきたのは二人の少女の声。一人は大人びた口調でこそあるものの幼さが残っており、もう一人は子供らしく無邪気で元気いっぱいだった。


『はっけ~ん!』

『タイミングを合わせて確保しますの』

『行くよ~? 位置について~~~~~ドシュンッ!』

『ドシュンっ? って、ちょっと待ちますのっ! 用意してませんのっ!』


 イヤホンマイク越しでされる二人のやり取りに思わず笑みがこぼれる。まあこの程度の相手で二人掛かりなら、特に問題なく捕まえられるだろう。

 そんな予想通り、ものの一分も経たないうちに活気ある声が聞こえてきた。


『お兄様! 無事に確保しましたの!』

「お疲れさん。連行中も油断しないようにな」

『オケオッケ~。じゃあ連行宜しくね~』

『……ねればねる程』

『あっ! こらっ! 待ちますのっ! また勝手にわたくしに押し付けて――――』

『……色が変わって』

「こらこら、喧嘩すんな」

『……美味い』

「おい、さっきからそこでボソボソ呟いてる奴」

『……何?』

「何? じゃないっての。何してんだ」

『……ねりねり』


 淡々と応える少女に溜息を吐く。

 後半開始早々に捕まえた一人を加えれば、これで三人を確保済み。残りは二人で時間も充分に残っているため、気を緩めるのはわからなくもない。


『……偉い人は言いました。人生において三分の一は『ねる時間』が占めていると』

「それは『煉る時間』じゃなくて『寝る時間』だろ?」

『……そんなことない』

「いやあるだろっ! 人生の三分の一もねりねりしてる人間ってどんな奴だよ!」

『……私?』


 …………うん、それは否定できないかもしれない。

 困り者のチームメイトに呆れていると、連行中の中年の男が隣で忍び笑いを洩らした。


「ああ、すまないすまない。いやあ、楽しそうだなあって思ってねえ」

「あ、いえ。こっちこそ何かすいません」

「いやいや、謝る必要はないよ。しかしあの小学生の女の子二人といい、やっぱり君達みたいな学生さんは強いんだねえ」

「ありがとうございます」

「私も娘に触発されて始めてみたんだが、やっぱりこの年になると厳しいかなあ?」

「そんなことないと思いますよ? チームの連携は取れてますし、スライプギアの滑りだって上手かったじゃないですか」

「そ、そうかい? いやあ、練習した甲斐があったなあ。ほら、あの位置情報のコールも娘から教えて貰ってねえ。この年になると覚えるのも一苦労だったよ」


 嬉しそうに話す中年の男と共に辿り着いた先は、赤い光の線が作り出した縦2m、横2m、高さ2mの空間。格子によって囲まれた、入るも出るも容易な牢屋だった。

 その中で助けを待っていた若い男は、中年の男を見るなり笑顔の敬礼で出迎える。


「お疲れ様です課長! お待ちしてました!」

「おいおい、最初に捕まっちゃ駄目だろ。ラックは自信ありじゃなかったのか?」

「いやいや違いますって。これは所謂5分前行動ですよ。それに課長、普段から「人の嫌がることは率先してやるように」って言ってるじゃないですか」

「じゃあ来月は減給だな」

「すいませんでしたっ!」


 課長と呼ばれた中年の男は笑いながら牢屋に入る。連行を終えた俺は一息ついた後で、うちのチームで一番頼れる存在の牢屋番に一声かけた。


「もう少ししたら三人目も来る筈なんで、宜しくお願いします」

「…………」


 帽子にマフラーにマントの三点セットで大柄な体格を完全に覆い隠した、傍から見れば性別不詳の無口な見張りは黙ったまま握り拳を上げて応える。

 頑張れなのか、任せろなのか。無言の後押しに会釈した後で残る相手を探しに行くが、牢屋から離れた直後にスライプギアのホイール音が微かに聞こえた。


「っ!」


 仲間を救出するため、手薄な牢屋を狙った強襲。

 慌てて振り返ると、積まれていた廃材の陰から残りの二人が飛び出していた。


「…………」


 普通なら大ピンチだが、生憎とうちのチームの見張りは普通じゃない。

 仲間の待つ牢屋へと左右に別れて救出へ来た若い男女。その両手首目掛けて二対、計四つのキャプチャルが素早く正確に投げられた。


「きゃっ?」

「うわっ?」


 味方の俺ですら目を奪われるほどの鮮やかなテクニック。言ってしまえば手錠そのものを丸投げする無謀な行為だが、この人がやると芸術へと早変わりだ。

 弓で的の中心を射る……いや、逃げる兎を射止めるような的確な投擲を避けることはできず、あっという間に二人の両手首は赤い光の線で繋がれた。


《全員の確保が確認されました。この勝負、チーム・甲斐空也かいくうやと愉快な仲間達の勝利とします》


 イヤホンマイク越しに機械の音声が決着を告げる。

 何度聞いても酷いチーム名に、思わず苦笑いを浮かべた。


「わ~い! 今日も勝ったよお兄ちゃん!」

「お兄様、やりましたの!」

「ああ。二人ともお疲れさん」


 まあ愉快な仲間の内二名は喜んでるみたいだし、今はまだこれで良しとするか。

 泥棒(Robbers)と(And)警察(Cops)――――略してRACラック

 かつてケイドロまたはドロケイと呼ばれた鬼ごっこが派生し、今や一世を風靡しているこのスポーツは、俺にとって掛け替えのないものだった。

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