第3話 大きな勘違い

 本当に、この男は何を言っているんだ?崇高なるお医者さんはこの私に!なんてわざわざ言わないだろう。そして出ていけの一言。そもそもお前たちここに連れ込んだのに。


「おい!お前ら!こいつを連れていけ!!もう二度と顔を見せるな!」


「そうよ!お前なんか人さらいにさらわれて野垂れ死ぬのがお似合いよ!」


 男がドアに向かって叫ぶとドアの向こうから、執事やメイドの格好をした数人の男女が入ってきた。どうやらここの住人は皆コスプレ好きらしい。別に私はコスプレ事態に反論はしないが、日常的にやっていると不便だろうからやめたほうがいいと思う。

 入ってきた男女は私の脇、足をそれぞれつかむと部屋を出てどこかに運び始めた。やがて、やたらでかいドアを通ると、これまたやたらでかい門を開け私を外に放り出した。


「おいこらっ!病人を外に投げ出すとは何事だ!」


 私がそう訴えるが、無慈悲にもコスプレ集団は門をさっさと閉め建物の中に入っていった。

 尻もちをついたので、痛めた腰をさすりながら、追い出された建物を見ていると、なんというか...、金がふんだんに使われた大きな屋敷だった。しかも、太陽が反射して目に容赦なく攻撃を仕掛けてくる。ずっと見ていたら、目が溶けてしまうのではないか?それぐらい光っていた。この建物の主人は趣味が相当悪いな。さてと。ここはどこなのか、それだけは把握しなきゃいけない。今すぐ家に帰らないと、フォルが心配だ。ちゃんと食べてるのだろうか。叔父のところに連絡がいっていれば、無事かもしれない。とにかく早く帰ろう。


膝についた砂を払っていると、近くからガチャリ、と音がした。そちらの方を見ると、門の横にある小さな扉から誰かが出てきた。見たところ黒髪で金の目、浅黒い肌をもった10歳前後の少年でシェフの制服のようなものを着ている。その少年がこちらに向かって手招きしている。私は少年の方に歩いて行った。


「何。」


「お嬢様!」


 少年は、小声で私をお嬢様と呼んだ。私は訳も分からず首を傾げた。


「お嬢様!あぁっっ、なんてことなんだ。あの人たちついにお嬢様を追い出したんですねっ!最悪だ。お嬢様申し訳ありません、僕が不甲斐ないばかりにお嬢様につらい思いをさせてしまいました。これを。少しばかりですが僕のお給料を入れておきました!どうぞこれをお使いください。今の僕には何もできませんがっ、いつか...いえ!きっとあなたのことを迎えに行きますので!それまで、しばしご辛抱をっ!」


 少年はそう言い切った。しかもウルウルとした熱のこもった目で私を見つめてくる。この時点で私はあることを確信して少年にかけるべき言葉を口から出す。


「えぇ、待っているわ。それまであなたのことは一日たりとも忘れず、あなたのことを一番に想いつづけるわ!絶対私のことを迎えに来てね。約束よ!」


 我ながら完璧だったと思う。イメージは自分よりか身分の高いお嬢様が、あることがきっかけで家を出ていく前に自分の想いを伝えた使用人の想いを受け止め、私もおんなじ気持ちよ、と言葉を返すお嬢様だ。なかなか良い出来ではないかと思う。

 私の言葉を聞いて感極まり、涙を流す少年とさよならを言いあい、私は行く当てもなく歩き出した。とりあえずここはどこか、帰り道を誰かに教えてもらはなければならない。少年からもらったなんか汚い袋を握りしめ、前を向いた。


 それにしても驚いた。まさかあの家の住人はコスプレをするだけでなく、演劇も嗜むとは。あんな小さい子まであれ程の迫真の演技ができる程だ。きっと今まであった人は有名な劇団の一員で、日ごろから役を演じ、芸を鍛えているのであろう。熱心なことだ。先ほどは少年につられ私も役を演じてみたが、今となると少し恥ずかしい。何で私があそこにいたかは、わからない。しかし今は家を探すことを優先しよう。



 一刻も早く家に帰りフォルの安全を確認せねば。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る