第36話 世界に抗う者たちの戦い

 いったい……この世界で何が起ころうとしているのか……

 世界の核……心臓とも呼ばれるこの聖域に、

 ヒリカとリィラは簡単に辿り着く。


 先客として居るのは、イシュトと魔女、魔王と見知らぬ茶髪の女が一人。

 そして、その中で小さな身体でありながらも一番貫禄を出している女の子。


 神と呼ばれる存在である事が理解できる。



 「……それじゃ、覚悟はいい?」

 神である女の子がそう言うと、ヒリカとリィラの通った扉が閉ざされ、部屋全体が真っ白に覆われる。

 何もない空間。


 「今からこの空間内で起こりその結果がそのまま10年後の未来に置き換えられる……この空間で改ざんされたデータがそのまま、この世界の未来で当然の世界のように書き換えられる……」

 そう神が言う。


 「……ただ、先にも言ったけど、因果関係の失ったデータはどのような形で未来に残るのかわからない……そして、因果を失う事でその実態の存続が難しい者は世界から排除される……」

 そう神の女の子が告げる。


 「あと……世界は今回の世界の書き換えを許さない……神の存在を消すなんてことは絶対に……だからこの改ざんはきっと世界によって、データ全てを消し去られてしまう」

 そう、神は期待などしないというように、顔を伏せ言った。



 「……はじめてくれ」

 イシュトが迷いなく言う……


 「待って……」

 神がそう言って、右の手のひらを前に突き出すと


 青白い球体が二つ目の前に現れる。


 「こっから先の未来に通じる経路に居た者……」

 そう言って光の中から現れたのは、

 青い髪の少年とピンク色の短髪の女性。


 ナヒトと呼ばれる少年と、

 イシュトによって致命的な一撃を受けながらも、イシュトの技すらも見極った自称最強の女……レフィ。


 神の目からすれば……力も持たぬ少年一人と、手負いで自慢の刀すら振るえない女が増えたところでなんの助けにもならないと思ったが……


 「……助かる、これでまた……因果が広がる」

 そうイシュトが二人に感謝の言葉をかける。



 「それじゃ、始めるわ……わかってると思うけど、私があなたの無謀な願いを創造かなえる間は無防備……世界はそんな私を止める……そして、世界の作り出したクリエイトに、あなたたちが消されれば、この世界からのデータは消滅する……この世界からの存在が完全に消滅し、最初から存在していなかった事になる……ばかの身勝手な願いを呪っても、その恨みすら消滅されるけどね」

 神は目を閉じると、虹色の球体の光に包まれる。

 何やら詠唱するように口を動かしているが、その球体の外には聞こえない。


 部屋全体が光輝きだす。


 「イエーリ?」

 その異変に気づいた、アスがそう茶髪の女に話しかける。


 「……あはは、もうお別れかぁ」

 光の粒子が天にのぼり、イエーリの姿が薄く透き通っていく。


 「どうして……お前は?」

 そんなアスの問いに


 「私は未来からこっちに来てるわけだからねぇ……ここには存在できないみたい、大丈夫、私は私の元の世界に戻るだけ」

 そう笑う。


 「……おまえは、どうして俺を?」

 そんな彼の質問に、イエーリは呆れたように笑う。


 「案外、感が悪いなぁ、お兄ちゃんは」

 あははとイエーリは笑い


 「イエーリってね、別の国の言葉で昨日って意味らしいんだ」

 そう言って胸元から何かを取り出す。


 「10年間、大切に持ってるからね」

 首飾りをアスへ向ける。


 「この世界の私を宜しくね、おにーちゃん」

 その真実に戸惑いながらもイエーリの言葉を受け止める。


 「……キノ……あぁ、この世界のお前は俺が守る」

 そのアスの言葉に


 「ありがと、おにーちゃん」

 やっと兄と呼べた喜びと……アスが居ない世界線から着たキノは、この一瞬の出会いを名残惜しむようにその姿を消した。




 次に黒い球体があっちこっちに出現する……

 思った以上に広かったこの真っ白な空間。


 神が言っていたクリエイトという存在だろう。

 大罪人に似た姿……黒い包帯を体中に巻いた化け物が、部屋の至る場所から出現する。



 「神を守れ、そして自分の身は絶対に守れっ!」

 イシュトがそう叫ぶ。


 「無茶言うなよ……」

 その異様な光景を目にさすがにナヒトが泣き言を漏らす。


 アリスは、自分なりに役割を理解し、身動きのできない神や戦力の持たないリィラなどに結界を張り庇っている。


 イシュトやヒリカが、現れたクリエイトと対峙しているが、その1体が自分の実力以上の能力であり、それがすでに部屋の中に100体近く者数が存在している。


 アスも魔王の力でそれらに対抗するが、自分に近い魔力を持つ者の魔力を書き換えるなど容易ではなく、かなりの苦戦を強いられている。


 「くっ……」

 レフィが紅の刀を手に立ち上がろうとするも……身体は言う事を聞かない。


 次々と沸いて出る黒い球体とそこから出現するクリエイト。


 それとは別に青白い球体がレフィの隣に現れる。



 「……タリス?」

 そこから現れた女性にレフィが驚きながら見上げている。


 「10年後にさ、また一緒に団子でも食べようぜ」

 現れたタリスがあははと笑う。


 自分を10年後の世界に逃がすためにその身を犠牲にし、女盗賊との戦いで命を落とした……だが……この神奪戦争、大罪人、自分と因果関係を持った彼女は、10年後の未来に存在する権利を得た……それと同時にここで、目の前の世界が送り込んだクリエイトという者に消されれば、その存在がこの世界からなくなってしまうというリスクを背負っている。


 動けぬレフィの代わりにクリエイトと対峙するタリスだが、やはり神奪戦争に参加している者と同等の力を持つクリエイトに太刀打ちするなど無謀に近い……

 その致命傷の身体を必死に動かそうとする。


 そんなレフィの右後ろに再び青白い球体が出現する。


 振り向いて確認したわけじゃないが……その気配に思わず身が硬直する。


 その球体から現れた者は、だるそうに首をコキコキと鳴らし、

 草鞋のはいた足をだるそうに動かし、レフィの横を横切る。


 「随分手負いじゃねーか、世界最強」

 後ろで手負いになっているレフィの事など関係ないというそぶりを取りながらも、

 さりげなく、レフィの目の前を陣取り、ここから先は手を出させ無いという気迫も感じる。


 「おもしれーじゃねぇか、この世界との大勝負に勝てば、10年後の未来に俺の死はなくなっているって訳か……」

 くくくと男は笑いながら


 「そんで……その未来で、俺は、世界最強である女の首を斬り、最強になればいい……案外面白いもんだよな、因果ってやつは」

 男は笑いながら迫る黒い包帯やいばを叩き斬る。


 「…………キョウ?」

 貧相に見えたその身体の背中が小さな頃に見た背中よりも大きく見える。


 「……どうした、レフィ……俺が俺以外の誰かにでも見えるのか?」

 昔と違い、その名をあっさりと呼んだ。


 「……10年後、てめぇを倒して世界最強になんのは俺様だ、勝手に死んで消えちまうんじゃねーぞ」

 キョウのその呼びかけに


 「……勝手に死んで居なくなった奴が……勝手なこと言うな」

 レフィがそう大きな背中に向け言う。


 「……あぁ、安心しろ、もう勝手にゃしなねーよ」

 相変わらずの雑で華麗な太刀筋……目の前のクリエイトが真っ二つに引き裂かれ消滅する。


 「10年後の世界……俺はきっと世界最強になるための旅を続ける……なんだったら、そこの女を巻き込んで3人で旅をするってのも悪くねんじゃねーか?」

 そうキョウは目の前の敵を見ながらそんな未来を語る。

 タリスはそんな言葉に返事することなく、賛同するようにただレフィを見て笑った。




 鋭い攻撃がリィラを襲う。

 アリスの作る結界に守られているが、当然それを突破するだけの能力をクリエイトたちは持っている。

 ヒリカがリィラを守りながらも防戦しているが……自分の力以上あるものを数体一度に相手にしている。


 2体の黒い包帯を巻いた化物がヒリカの横を通り過ぎていく。


 「しまった……」

 そうヒリカが漏らすと2体の化物がリィラに襲い掛かるように近づく。


 「いやっ……たすけっ」

 そうリィラが叫んだ時、

 リィラに襲い掛かった2体のうちの1体が裏切るようにもう1体の化け物に襲い掛かる。


 裏切った化け物はよく見ると、中途半端で頭の部分で黒い包帯が止まっていた。


 「……リィ……ラ……マモ……ル……」

 裏切り者の化け物は、半端体の自分の完全に上位互換である化け物に懸命に襲いかかっている。


 「……マイト?」

 リィラがそう化け物に呼びかける。


 「……コンドハ……ゼッタイニマモルカラ」

 優先される因果関係で……マイトがこの世界と、大罪人との関係を考えれば……

 この身体が優先されるのはしかたないのかもしれない。

 それに……今……彼女を守るために僕にはこの力が必要なのかもしれない。



 そして、青白い球体からもう一人……男が現れる。


 「マァーーイトォーーー」

 半端体の化物が叫ぶ。


 「……少なくとも俺もこの因果の関係者という訳か」

 英雄として誕生したマイト。

 力を具現化させる、魔具により誕生した英雄。


 「あいつ……」

 リィラと半端体の化け物であるマイトとは別に、ナヒトが反応する。


 この場に置いて、あの英雄マイトは……クリエイトよりたちの悪い敵だ。


 ナヒトが槍を構える。


 逃げる訳にいかない……実力のさだとか……

 相手は神奪戦争に選ばれた実力者だとか……


 決めたんだ、あいつの隣を歩けるだけの人間になるのだと。

 言えば、これはチャンスだ。

 近道だ……あいつを倒しフーカに並べる人間になる。


 放ったナヒトの槍は、英雄マイトに届く事無く、マイトに放たれた矢に弾かれる。


 「弁えろ……我の許可なく未来で生きようなどと……」

 再びナヒトに向かい矢が放たれる。


 が、英雄マイトは素早く後退しその一撃を回避する。


 「ふん、お前のそれが届く事……二度目はない」

 そう英雄マイトが告げるが……


 現れた一人の者の気配にその場の空気が完全に支配されていた。



 「……ナヒト、近道などしようなど思うな」

 現れた何者かはそうナヒトに告げる。


 「楽してゴールに辿り着く事に意味など無い……本当に大事なのはそこに辿り着くまでの道のり、過程だ」

 周囲を圧倒するその存在に……


 「冒険に出たばかりの勇者が、近道を見つけ魔王城に辿り着いて、その勇者に何ができる?魔王城に辿り着くまでに必要なのは、楽して辿り着く近道ではない……そこに辿り着くまでに得られる経験や武器、仲間であろう?」

 褐色の女性が一歩また一歩と、ゆっくりゆっくり進んでくる。


 「焦るな、その一歩を大事にしろ……安心せよ、ナヒト……お前がその気なら追いつけるよう、この先はゆっくり歩いてやろう」

 ナヒトの隣に陣取った褐色の女はポンポンとナヒトの頭を叩くように撫でた。


 「フーカ……」

 泣きそうになりながらも、涙を必死に堪える。


 「貴様はへなちょこの癖にすぐに背伸びをしたがるからな……時折こうして助言をしてやらねばならぬ」

 現れたフーカは実に楽しそうに笑う。


 「我は、貴様やこの神奪戦争というものに因果があったから、再びこの場に召喚されることが出来たが、我はこの世界線とは別の世界線に存在しておる、10年後……ナヒト、貴様と合間見えるのはそう容易な話ではない……が……待っているぞ」

 そうナヒトに一度笑いかけると、周囲に目を向ける。


 因縁とも思える相手……英雄マイト。

 しかし、フーカはまったく興味もなさそうに。



 「弁えろ、貴様等のそんな未来、この俺がここで消滅させてやろう」

 「失せろ、そして、後悔することすらも許されず消えるがいい」

 「グランドクロス……」

 自身の最強の技を惜しむ事無く、フーカに繰り出す。


 フーカは興味なさそうに、息を吐き出し。

 その場に高く飛び上がると、

 現れた大きな光の十字架を自分の足で強く蹴り飛ばす。


 蹴り飛ばされた光の十字架が英雄マイトのすぐ真横に突き刺さるように落下する。

 その十字架に巻き込まれた2、3体のクリエイトが消滅する。


 「……貴様のその力も少しは仕事するようだの」

 英雄ナヒトの力を利用し、クリエイトを駆除したフーカがそう言い、地に足をつける。


 「だが……貴様のデータとやらはこの先の未来には不要だ」

 フーカが右の手のひらを前に突き出す。

 浮き出される呪文が漆黒の槍を作り出していく。


 「言ったはずだ……それがこの俺に届く事、二度目はないと……」

 そう英雄マイトが言ったが……


 英雄マイトを取り囲むように数多の漆黒の槍が作り出される。


 魔力の制限を気にする必要が無い。

 今、許される魔力を解放することのできるフーカにとっては、文字通りの格の違いがありすぎたのだろう。


 「ここに居るものを否定するわけではないが……最強だの、正義だのと……そんな言葉などどうでもよい……ナヒトよ、目標を持て、そしてそのためだけに、死に物狂いで歩み続けろ……そこで得られるものが生涯貴様にとっての一番の個性になる、さすれば、どうでもよいそんな言葉など勝手についてくる」

 フーカはそうナヒトに向けて言うと、英雄マイトに背を向け、

 右手を軽く振り払うと、その動きに連鎖するように漆黒の槍が動き出す。


 数十対のクリエイトを巻き込みながら、その槍が英雄マイトを貫いた。


 「近道で得た英雄の力など……不要だ」

 フーカは振り返ることなくその英雄の消滅を確信する。



 英雄マイトが消滅し同時に、多くのクリエイトが消滅するが……

 失った者を補充するかのように、次々と黒い球体がクリエイトを送り込む。


 世界は……イシュトの創る新世界など許しはしない。


 懸命に神を守り戦うイシュト。

 その猛攻を防ぐアリス。


 現れる因果する強者たちであるが……


 まるで、全てが無駄とあざ笑うかのように、クリエイトの数は倒した数を上回るように産み出されて行く。

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