第35話 神ノイルセカイ

 世界の中心に位置する聖地……

 聖都の大神殿の最奥地、神の祭られる場所。


 白い髪の少女は少し退屈そうにチェス盤の駒を一体指で弾き飛ばす。

 つまらなそうな顔でくすくすと笑いながら……


 「チェックメイト……」

 少女はそう呟き……


 「さぁ……こっから私はどう動けばいいの……お父さん、お母さん」

 少女は悲しそうに、何かを怨むようにそう呟いた。



 何十年……何百年と誰も訪れる事のないそんな聖域。

 

 カツン、カツンと誰かの足跡がする。



 「イシュト……?」

 そう少女は呟くが……まだ聖戦は終わりを迎えていない。


 では……いったい誰が。



 ・

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 これが、最後……そう全員に告げてアリスは拠点としていた、廃墟の地下を後にする。

 地下からおもてに出た廃墟に残る祭壇のような場所でアリスは珍しく手を合わせ祈りを捧げる。


 「似合わない……とでも言いたそうね」

 アリスが後ろでその様子を眺めていたイシュトに言う。


 「いや……まぁ……」

 正直その通りだとは思った。


 そして、再びアリスは先ほどまで祈りを捧げた祭壇を振り返ると……


 「全て……ここから始まったのね……あの日、ここから突然現れたあなたに……わたしは救われてきた……」

 そして……今日、この日を元に全てが終わる……きっと……


 「……あなたは……この長い後悔と学習の中でどんな答えを導き出すの?」

 アリスはその祭壇から現れた誰かと会話でもするかのように呟く。



 不意にイシュトの頭に帽子がかぶせられた。


 「……マル?」

 その相手の名前をイシュトが呼ぶ。


 「この帽子……わたしと旦那様、どちらのものだったのですかね」

 マルティナが上目づかいでイシュトを眺めながらそう自問する。


 不思議な映像がフラッシュバックする……

 マルに自分が同じように帽子をかぶせている……今と逆の映像……


 「まったくさ……長い夢だったよ……イシュト、姫のこと宜しく頼むよ」

 マリがそうイシュトに告げる。


 「さよならは言わないぜ、正義の旦那」

 そうマーキスがイシュトに告げる。


 「……何言って?なにが……」

 まるで、別れを告げるかのようなそれぞれの言葉に。


 3人の見つめる先……



 「………魔王?」

 アス……と見知らぬ茶髪の女性……そして……


 「アリス……?」

 少しだけ……隣にいるアリスより大人びているが……



 「……面白い話よね」

 イシュトの隣のアリスが言う。


 「偽者……なのよ、わたしたちは……全部彼女が想像……創造した……幻影だったの……」

 アリスがそうイシュトに告げる。


 「……イシュト……あなたもこの世界に囚われる大罪人と呼ばれる者が、この世界で抗うために産みだされた幻影……」


 「……始まりと終わりの場所にお連れします」

 そう魔王の隣にいるアリスが言う。


 「イエーリさん、お願いします」

 そう魔王の隣のアリスは茶髪の女性に何かを頼む。


 「……回廊、分析……イメージしろ、魔女が我らを導こうとする先を繋ぐゲート」

 そうイエーリが手甲をかざすとゲートが開かれる。

 それぞれが、その現れたゲートを黙って潜る。


 同じ世界か……と疑いたくなる。


 真っ暗なそら……

 まるでその空全体が真っ暗な水に沈んだ方のように……

 黒い滝が空から落ちていて、そこに黒い包帯に体全体を拘束された大罪人がその漆黒の水を全身に浴びながら叫びをあげている。


 この世界に報われる事無く残り続ける憎悪……

 その苦痛を浴び続ける事が、彼がこの世界に償なわ無ければならない大罪。


 「くっ……」

 魔王と呼ばれる魔力を持つアスでさえ、その異様な魔力に当てられ冷や汗が出る。 

 あの日……自分の左腕を奪った魔力……冥界にも繋がるその力……


 真っ向勝負で……勝ち目など無かったと悟る。



 「なんだ……?」

 イシュトは不思議そうに後ろを振り返る。

 不思議な光が沢山……こっちに向かって近づいてきていた。


 「大罪人……魔女……これ以上貴様等の好きにはさせない」

 クロウドが多くの部下を引き連れこの場所に訪れた。

 

 大罪人となってまで、尚……この世界に抗う男に……


 「構えよ……」

 クロウドの側にいた部下が弓矢を構える。

 矢の先は虹色の炎が燃えている。


 「放てっ」

 そうクロウドが告げると一斉に虹色の炎が宿った矢が放たれ……拘束される大罪人の身体に突き刺さると虹色の炎が勢いよく燃え上がる。


 「貴様に世界は変えられない……いい加減、その罪から解き放たれ召されろ」

 そうクロウドが大罪人へ告げるが……


 「グガァァーーーーー」

 大罪人は苦しみながらも……体中に巻かれた黒い包帯がその苦しみを演出するかのように暴れまわる。


 黒い包帯は鋭い刃物のように、次々とクロウドの部下を切り裂き……


 「がっ!」

 黒き包帯が、クロウド本人の身体をも真っ二つに引き裂いた。

 包帯を燃やしていた虹色の炎が引き裂いたクロウドに燃え移り、その身体を燃やしていく。


 一瞬でクロウドの部隊は全滅するが……

 黒き水を浴びても消える事のない虹色の炎に大罪人は苦しみ続け……

 空中に拘束されていた帯がちぎれ、その身体は地に落ちた。


 「……もう……大丈夫」

 魔王がつれてきたアリスはそう大罪人へ告げると……そっとその身体に触れる。


 虹色の炎は彼女の身体にも燃え移り……


 「モウ……イイノカ?」

 長い長い規約が解かれるように……大罪人の黒き包帯が燃えて消え去っていく。


 「うん……後は……わたしたちが造りだした想い……に託しましょう」

 マリ……マーキス、マルティナの身体が彼らと同じように虹色の炎に焼かれ……

 光の粒子が天に向かい登って行く。


 「あーーー、もう一暴れくらいしたかったけどな……正義の旦那……あんたとの出会い……正義の旦那との想い……無駄にしないでくれよ」

 マーキスの身体が燃えて消え去る。


 「マーキス!」

 何が起きているのか……戸惑いの声をイシュトがあげる。



 「……イシュト、あんたと過ごしたやり取り、結構嫌いじゃなかったよ……マリさんはあんたには高嶺の花だけどな、でも……アリス様とマルティナが居なかったら、マリさんに惚れる事を許してやっても良かったけどな」

 そうマリは笑いながら炎に焼かれ消えていく。


 「マリ……さん?」

 何が……どうなって……



 「……旦那様……マルティナはいつでも、どんなときでも……旦那様を愛し慕っておりますからね」

 にっこり微笑むマルの頬に涙が流れる。

 そして、そんな彼女も虹色の炎はその身体を奪っていく。



 イシュトとアリスの身体は……虹色の炎に焼かれていない。

 俺とアリスも、あの大罪人と魔女の夢……幻影だと言うのなら……

 彼らがこの世界から消えるというのなら……


 共にその身体を失うのではないのか?


 「……後はこの世界に残した……あなたと私に……」

 本体……と言った魔女の光の粒子が天に昇る。


 「……コタエハデタ……コレガボクノ……セイギノカタチダ」

 魔女と共に焼かれる大罪人が……イシュトを見て呟き……そして炎に焼かれ光の粒子が天に昇る。



 アスとイエーリ……

 幻影である……イシュトとアリス……


 なぜ……自分がまだこの世界に存在しているのか……

 いったい彼等は俺たちに何をさせようとしているのか……



 そして……4人は……全てを終わらせるため聖都の神の待つ聖地を目指す。




 ・

 ・

 ・



 傷を負ったヒリカが意識を取り戻した時……

 何者かに手当てされていた。


 きれいな金髪。

 女性としての自分にそこまで興味がないとしても、その容姿には少し嫉妬しそうになる。

 

 「……あんたは?」

 そうヒリカは尋ねる。


 「……リィラ……あなたは?」

 そう女性が名乗る。


 「……ヒリカ」

 そう名乗り返す。


 「なぜ……わたしを助けた?」

 再びヒリカはリィラへ尋ねる。


 「…………その右手の包帯」

 少しその回答に戸惑いながらも、黒い包帯……あのバケモノが顔にまいていたものと同じ。

 その質問の本当の意図はわからない……それでも自分とこのせかいへの因果は理解する。


 お礼も二の次に、その場を立ち去り何処かへ向かおうとするヒリカに


 「……待って、わたしも連れて行ってください」

 何処に向かうかも……何者かさえも知らぬ女に。

 そう、リィラは乞う。



 ・

 ・

 ・




 神さん……聞こえているか。

 これは、あたしの理不尽な恨みかもしれない……


 あんたを信じ……あんたの描く世界に憧れた少年が居たんだ。

 そんな……彼の死に……

 それは……あんたの裏切りだと……


 整った……あんたを殺すための……道具は揃った。


 出し惜しみなんてしない……全力を持ってあんたを消して見せる。



 聖都……大教会……なぜか無人だった。

 それは、何かの罠なのか?

 神の間に繋がる道は誰一人の警備も居ない。


 何か目的があり総出で何処かへ向かったのか?


 そうであろうと、罠であろうと関係ない。


 そんな警戒も意味無く……簡単に神の間に辿り付いた。




 「ちぃーす、ようやくご対面だ、神さん」

 そう目の前の少女にハレが告げる。


 「そんで、チェックメイトだ」

 神と呼ばれる少女の周辺が歪み数多のハレのコレクション。

 彼女が集めた武器の全てを宣言どおり出し惜しむことなく、すべてを繰り出す。


 手にした拳銃を天に向けると、その引き金を引く。

 彼女に向いていた全ての武器が同時に火を噴く。


 神と呼ばれる少女は何一つ表情を変えない。


 激しい爆風に彼女の姿が見えなくなるが……


 爆風の晴れたその場所から少女は当初と同じ表情のまま無防備に立っている。


 結界……?そう簡単に打ち破ることができないという訳か。

 それでも、集めた魔具……それはその結界すら打ち破るだけの力があるはずだ。


 再び天にかざした拳銃の引き金を引くと、連動するように全ての武器が火を噴く……はずだったが……


 「!?」

 一向に飛ばない弾を不思議に思い周囲を見渡しその光景に戸惑う。


 自分の周辺を守る訳ではなく……この一瞬でハレの数万近いコレクションを一つ一つ丁寧に包装するようにその結界で取り囲んでいた。


 「……クリエイト」

 そう少女が呟くと……大罪人に似た黒き包帯を身体に巻きつけた疑念体を作り上げると……その疑念体の包帯が鋭くハレの身体を引き裂いた。



 ハレは気がつくと地に這いつくばり……意識を保つことがやっとであった。

 その意識が朦朧とするなか、他に武器が無いか……懸命に身体を探る……


 一冊のノートが見つかる……


 そのノートを目の前に置くと……

 辛うじて動く左手でそのノートをめくった。


 

 『ずっと一緒に居てくれ……そう告白し彼女に指輪を送る』


 少年が一人の女性に指輪を送る絵が添えるように描かれている……


 ……え?彼女が想像していた物語とはかけはなれている……


 神を殺す物語の続きが書かれていると思った。

 どんな物語かはわからない……

 それでも、彼の神への世界への恨みが綴られているのだとそう思っていた。


 左手でページをめくる……

 あの日……あの悪夢の日が訪れなければ……どんな日常が待っていたのか……


 『彼女の料理は上達しない……それでも僕には毎日ご馳走だ、そんな毎日が続く事だけを願う』

 黒焦げの料理を楽しそうに食べる二人が描かれている。


 ページをめくる……


 「がっ!?」

 その途端、苦痛と共に……彼女の造りだしたクリエイトの黒き包帯にその左手を引きちぎられる。


 「あっ…ぐぅ…ぼっちゃん……続きを……あたしに続きを……」

 見せて下さい。


 ずりずりと身体を引きずり、顔をノートの側に寄せると、

 ノートのページを歯で噛むように懸命にページをめくる。


 

 『彼女が僕のために戦っている……感謝している……でも僕は、側にお前がいてくれれば……』

 戦いに向かう女性を少年が後ろから抱きつき止めている……絵が添えられている。


 「う……あぁ……」

 懸命に次のページをめくろうとする……


 「くぅ…」

 中々うまくいかない……


 不意にハレの身体が宙に浮くと、黒き包帯に持ち上げられた身体が真っ白な部屋の壁に叩きつけられ……彼女の真赤な血がその壁を染め……ずるりと落下した彼女の身体は動かなくなる。



 カツ、カツと近づく足音が再び響く。



 「……やっと来たんだね」

 ハレの亡骸から目を反らすと、現れた4人組に目を向ける。


 「待っていたよ……イシュト……うぅん、お父さん」

 そう少女はイシュトに向かって言う。


 イシュトは戸惑いながらも……どこかで理解していたかのように……その言葉を聞く。

 


 「……それじゃ、聞かせて……皆を幸せにできるあなたの正義こたえを……」

 神である少女はイシュトにそう尋ねる。


 願いを叶える権利をイシュトに与えた……という意味なのだろうか。

 アスが不思議そうにそのやり取りを眺める。


 イシュトは静かに目を閉じる。

 これまでの犠牲……

 自分に大罪人と魔女が託した願い……



 「……今ここに居る者……そして……この神奪戦争の因果に関わりのあった者の命を10年後の世界に送り届けて欲しい」

 ……イシュトがそう神である少女に願う。


 「そして……神である君も10年後の世界では神では無く……一人の少女として……神の居ない世界を造って欲しい」

 そう……願った。


 その言葉に皆驚いている様子だったが……

 神はため息をつくように……


 「無理よ……世界の理を余りにも逸脱している……人が願える領域を越している……」

 そうイシュトへ返す。


 「……譲れないんだ……これが俺の出せた正義こたえだ」

 そうイシュトも返す。


 「……例えその願いを私が叶えようとしても……世界はそれを止める」

 世界に逆らうことなど……不可能だ。


 「……だから、この神奪戦争に募った強者の力を借りる」

 その実力は……この身を通じて知っている。


 「それに……あなたは幻影……本体は滅んだ、もし仮にその世界の理に反しその願いを未来に託したところで……あなたの因果が成立しない……世界から逸脱していた大罪人が居なくなった世界線で……その願いは成立しない……」

 この世界から逸脱していた……大罪人イシュトが居たから……この因果が成立している。

 もともと、この世界の理から逸脱していた彼が滅ぶということは……その存在がこの歴史から消えてしまう。

 逸脱している彼の存在はこの世界から……過去から彼の存在が消え去り……その彼に関わった者の因果は全て消えてしまう。

 イシュトとの因果の消滅と同時にその願いは成立しなくなってしまう……


 その因果を消さない方法……


 「……大丈夫……きっとうまくいく」

 人は後悔する……

 同時に学習する……


 その後悔に……その後悔の学びに……

 その大罪人は……愚かであり……


 正義なのだと……


 さぁ……クライマックスへの突入だ。

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