第34話 それは…それが…誰かに描かれた物語
「……また、物語を書いていらっしゃったのですか?」
今より少し幼き姿のハレ。
自分の3分の2くらいの大きさの少年に話しかける。
「いいかい、ハレ……この世界は神様が想像し描いているんだ」
得意げに少年が話す。
「……何年かに一度開催される神奪戦争、それに勝利した者は神にその物語の一部を描く権利があたえられる」
そう楽しそうに話す。
「いいかい、ハレ……この僕の物語は、夢から現実へと変わるんだ」
そう毎日のように描くそのノートをトンと叩いた。
興味無さそうにハレは聞き流す。
神奪戦争……話くらいは知っている。
神に選ばれた者が争い、勝者にその願いを叶える権利が与えられる。
その参加に選らばれるためには神に選抜されるだけの……
単純な強さと世界との因果が必要だと聞く。
どちらも、あたしたちには縁の無い話であろう。
誰よりも神も信じ……興味を抱いていた……
だが……神の描く世界はそんな彼を救いなどしなかった。
私が旦那様の元に駆けつけた時はすでに……その遺言を聞く事が精一杯だった。
「……息子を頼む」
そう告げられる。
殺し屋として……その才しか無かった私を……
その才を生かせない場所で……無能な私を引き取ってくれた……
そんな旦那様に私は恩義を返さなければならない。
いつも笑いながら神を信じ物語を書く坊ちゃんを……私は再び封印したその才で守ることが、旦那様に返す恩義なのだと……
懸念があるとすれば、数年封じたその才は……劣ってしまっていないだろうか?
マッジーナ家……とある一国の貴族、少し平和すぎる考えの旦那様は民からも慕われていたが、旦那様とは違い野望を持つ一族は、旦那様とその一家を邪魔とした。
そして、反逆はおき……悪事をでっちあげられた旦那様は一族に殺害され、それは旦那様の家族、坊ちゃんにも容赦なくその悪意は向けられた。
旦那様の亡骸を暫く見つめた後、ハレは立ち上がる。
旦那様の書斎の立ち鏡を何気に見る。
当時の光の無い、汚れきった瞳……殺し屋としての自分の瞳がそこにあった。
似合わないメイド服の長いスカートをたくし上げると、太ももに隠していた拳銃を手に取る。
別の部屋……
少年が一人、大事そうにノートを胸元に抱きかかえ、数人の男に取り囲まれている。
外から銃声が二回聞こえた。
見知っているはずの女性……のはずなのに……
始めてみるその目はまるで別人のようでもあった。
部屋に飛び込んで来た女性は躊躇無く手にする拳銃を4度放つ。
的確に急所を貫き、男が一人、また一人倒れていく。
残った一人に拳銃の引き金を引くが、カツンと空砲を鳴らす。
メイド服の女は、表情一つ変えず、手を広げ、その場に拳銃を落とすと、素早くナイフに装備を切り替える。
拳銃が地面に落下した音に男の注意が反れたと同時にメイドの女は素早く動き、男との距離を詰めると、容赦なくそのナイフで首を掻っ切った。
「いっ……」
首から噴出す血を躊躇無く浴びるメイドの女に思わず少年が低い声をあげる。
「坊ちゃん……貴方はただ今までどおりに物語を書いていたらいい……神に代わり私がその世界を守ってあげます」
せめて、坊ちゃんが神を信じ……その物語を綴るそんな世界……それくらいの世界は私が守ってみせる。
例え……今の姿を坊ちゃんに恐れられても……坊ちゃんの信頼を失ったとしても……私が……このマッジーナの名を名乗る事を許され、再び命を与えられたこの家族にできる恩返し。
小さな小屋に二人で暮らすようになった。
世間から身を隠すように、仮にも貴族として暮らしていた坊ちゃんにそのような生活をさせることになった。
時折現れる殺し屋は、知れず返り討ちにした。
一向に上達しない料理を坊ちゃんと二人で食べた。
あまり笑わなくなった坊ちゃん……それでも彼は物語を描き続ける。
それは、どんな物語なのだろうか?
それから、あたしは一つの目的に辿り着く。
神奪戦争……
それに選ばれる事ができれば……その彼の物語を実現させられる。
ぼっちゃんの笑顔を取り戻す事が出来る。
だが……逸脱した強者が選ばれるような戦争。
今のあたしごときで選ばれるはずがない。
あたしより、強力な魔力を持つものなど山ほどいる。
あたしより、優れた運動能力を持ったものなど沢山いる。
ならば……それらを一層するだけの武器を手に入れよう。
少しずつ時間を作っては武器を集めた。
世界のレアとされるS級の魔具を追い求めた。
そして、神奪戦争への参加、その権利を得た夜……
最後の仕上げ……一変に多くの武器を回収するため、
S級の武器を持つ強者どもを街の教会に集めた。
強者どもを一掃しその魔具を奪い、神への見せしめ……
「ねぇ、ハレ?最近……家を空ける時間が増えたね」
少し寂しそうに坊ちゃんが言う。
「……もうすぐ、終わりますから、もうすぐ叶いますから」
そうハレが返す。
「……その物語を完結させてあげます」
そうハレは久々に笑った。
「……ねぇ、ハレ……だったら今……」
少し照れくさそうに坊ちゃんが切り出すが……
「……すいません、すぐに帰ります」
そうハレは少年の言葉を遮り、教会へ向かう。
「さぁ……最終仕上げだ、神よ、その目で見届けろよ」
ハレは、真っ暗な教会の女神像に不敵に笑いかけながらそう告げる。
すでに、強者たちに囲まれている。
気にすることは無い。
そのS級の魔具に相応しくない者たちからあたしがそれを取り上げる。
途端、閉ざしていた教会のドアが開いた。
「馬鹿が……正面からどうどうと来る馬鹿もいるのかぁ?」
手にした拳銃をその方向に突きつけながら、ハレが振り返る。
そして……その姿に瞳孔が一気に開く。
現れた人影……
「ごめん、ハレ……黙って後をつけるような真似をして……」
状況を知らぬ少年がハレに笑いながら話しかける。
「……坊ちゃん、なぜ……」
突きつけた拳銃をおろす事すら忘れ……
「……ハレ、お前が僕のためにいろいろやってくれている事を知っている……だから今日……言わないとって思った……僕の願いを伝えないとって思ったんだ」
少年が動揺するハレに続ける。
「……この願いは……僕から神にではなく、僕からハレ……君へのお願いだ」
そう少年がハレに話し、小さな箱を取り出した。
パカリとその箱の真ん中から上に開き、下側の箱の切れ目に挟まれたリングの中央に高価な宝石が取り付けられている。
「……神に僕は……これ以上の何も望まない、ハレ、これからもずっと僕と一緒に居てくれ」
そうハレに告白した。
「……坊ちゃん……あたし……あたしは……」
冷静な判断ができない。
こんな場で……なぜ……あたしが家を出る時に足を止めなかったから……
ダンッという銃声の音が響く。
もちろん、ハレがおろすことを忘れた拳銃からではない……
その一つの銃声が引き金のように教会の室内に沢山の銃声が響いた。
「やめろっ……やめてくれぇーーーーっ!!」
そんなハレの叫びが銃声の後に空しく響き渡り……
「ハ…レ……結婚……しよう……」
その言葉を残し……風穴だらけのその少年の身体はその場に崩れ落ちた。
「坊ちゃんっ、坊ちゃんっ!!」
ハレが咄嗟にその身体を支えるが、すでに力なくハレに寄れかかるだけだった。
ハレが自分のために神奪戦争に参加しようとしているのを止めたかった。
色々と失ったが……ハレと二人で居る生活だけは失いたくなかったんだ……
そんな少年の想いは……今の彼女に伝わらない。
一層……彼女を追い詰める結果となってしまった。
「あぁーーーーーーーーーーーーっ!!」
少年の亡骸を強く抱きしめる。
共に死ぬ事を許されなかった……半端な己の強さ。
その先は覚えていない。
当初の目的通り、教会に集めた者を一掃しその魔具を奪い取った。
「ねぇ……ぼっちゃん」
拳銃を、中央の最奥に飾られる女神像に向け引き金を引く。
「ほら……この世界に神なんて居ないんです……そうですよね?誰よりもそれを信じ、救いを求めた者さえも救えない神なんて、この世界に必要ありますか?」
そう少年の亡骸に話しかける。
「私が終わらせます……あたしが、神も世界もぜーんぶ終わらせてあげます……」
それが私たち二人の物語の終幕です。
ハレは少年の亡骸を小屋に持ち帰り、壁に寄りかけると、その指輪の入った箱を握り直させる。
「全てが終わるまで……預かって居て下さい」
そう亡骸に語りかける。
「……わたしが物語を完結させます……神が放棄したあなたの物語……それを成し遂げられたら、その恩義を果たす事ができたなら……どうか、もう一度……」
そう告げ、少年の亡骸に近づき……
「……残酷ですよね、神も……世界も……なぜこんな世界で……」
数十年流す事の無かった涙が頬を伝う。
「こんな、世界で……こんな醜いあたしを愛してくれてありがとうございます」
ハレは少年の亡骸に優しく抱きついた。
なぁ……神よ、聞いているか?
なぁ……神よ、あたしがあんたを恨むのは筋違いなのか?
自分にふりかかった不幸を、あんたと世界のせいにするあたしは卑怯者か?
こんな世界を愛していた人が居たんだ、そんな
そんなあたしが生きて……こんな人間が死ぬなんて……そんな世界が正常なのか?
それがあんたが造りたい世界なのか?
そうだとしたら……あんたは何なんだよ?
なんのために世界を造ってるんだよ?
わかんねーだろ、理解できねーだろ。
これ全部、あんたの運命ですって全てを受け入れろとそう言うのか?
だったら、神よ、あんたも受け入れてくれよ……
あたしの理不尽な恨みも……怒りの矛先も……それら全部あたしの運命として、受け入れてくれよ。
少年に恋をしていたのかはわからない。
それでもかけがえの無い存在であったことは嘘ではない。
残りの人生を彼のために使おうとさえ思った。
それだけのものを与えられた。
この世界でもなく、神でもなく……彼から。
「これは……あたしからの願いです」
少年の亡骸を抱いたままハレが言う。
「世界でも……神でもない……坊ちゃんにです」
そう少年の言葉をなぞるように話す。
「あたしを生かしてください……存在する事をお許しください」
そう少年の亡骸に乞う。
「この世界ではなく……神の作る世界ではなく……坊ちゃんの物語に……あたしがこの先も存在する事をお許しください」
あなたの描く物語がこの世界を分かち……新世界を切り開くのだと信じて……
そのためなら、あたしは……人類も、世界も……神も敵にまわす。
何を持って正義とする?あたしは悪か?
このあたしを止めることが正義か?
世界を神を嫌うあたしが悪か?
だとするなら、そんな正義の定義も、
あたしにとっては悪なのさ。
この世界の正しいも、あたしにとっては誤りだ。
そんな貴様等の矛盾も、あたしにとっては正常だ。
否定しろ……貴様等に否定されればされるほど、あたしは自分が正しいのだと実感する。
あたしは誰にも頼る事無く自分を正当化する。
弱い自分を奮い立たせる糧になる。
この世界に抗うための怒りになる。
無人の机に広がるノート。
この小屋で二人で暮らす前に書いていたノート。
そのノートの物語は、あの日を境に神が死ぬような激写の元終わっている。
それと別のもう一冊のノート。
この小屋に着てから綴られている少年の物語。
それは、ハレは今現在もその中身を見ていない。
その勇気がまだ無かった。
だから、全てを終えるとき……彼の物語の続きを読もうと思った。
一冊目のノートの終わりのように……神を殺すことで、
あたしはようやく、坊ちゃんの物語の続きを読む事が許されるのだと。
新世界はそこから始まるのだ。
戻れない昨日を願ったところで……
希望の無い明日を恨んだところで……
変えられない今を呪ったって……
この世界は終わりはしない。
変えられない。
どんなにきれいな言葉を見繕ったって……
今のあたしを止められない。
どんな正しい言葉を突きつけられたって……
誰も彼を救えはしない。
光も闇も……正義も悪も……全て意味を失う。
交差するもの、互換するもの……全てが溶け一つに変わる。
あたしには、何の意味もなさない。
「坊ちゃん……あたしは何時までも貴方の物語の中に居ます」
・
・
・
「さぁ……そろそろ最終決戦だぜ、神さんよぉ」
舞台は現在に戻り、ハレがそう叫ぶ。
色々な苦戦はした。
残るは……魔女と魔王と自分の3名
魔王はその権利を失っているため、実質は、魔女と自分の2名だ。
「ぼっちゃん……待っていて下さいね……」
ハレは最後にそう優しく呟いた。
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