第31話 それは、遠い……始まりの記憶①

 「回廊……分析、イメージしろ、私の周囲を照らす光」

 イエーリはそう言葉を放つと手にした古びた壊れたランプは再び灯りを取り戻す。


 「この奥に何かあるのか?」

 アスは問う。

 再び聖都へと訪れ、中心部とは反対のひっそりと隠れた地下洞の最下層に来ていた。

 何かを隠すかのように厳重にはられていた警備をイエーリの能力で潜り抜けそこまで辿り付いた。


 「……この世界の本当の姿……それを知るための答え……それがここにある」

 イエーリがそう言い、照らした先の洞窟の最深部には一つの牢が存在した。


 ほっそりと弱りきったような姿の女性……


 「……魔女!?」

 ……いや、実際には以前にあった魔女とは別人だと理解はしている。

 だが……その姿は余りにも類似していた。


 「……客人なんて、何十年……何百年ぶりかしら……」

 久々に浴びた灯りを眺め、魔女に類似した女は虚ろな瞳でそう呟く。


 「此処から出してあげる……貴方たちを無限ループの世界を終わらせに来たの」

 イエーリがそう牢の中の女に言う。



 「……そう、もういいのね、イシュト」

 牢の中の女はそこにいない誰かに囁く。


 「回廊、分析……イメージしろ、目の前の牢を破る稲妻っ!!……きゃっ!!」

 イエーリは悲鳴をあげると、目の前の牢は敗れず、逆に強い魔力に弾かれる。


 「……どいて、俺がやる」

 アスがイエーリの前に立つ。

 彼女の魔力では敗れなかった牢……

 似た能力の使い手であったが、魔力の強さでは明らかにアスが頭2つ3つはずば抜けている。


 「その前に教えて貰えないか……あなたの知る世界という存在を?」

 そうアスが目の前の女性に問いかけた。


 「それは……今から何百年も前……私もイシュトも死すら許されない……この世界の始まり……」

 そう牢獄の中の女は語り始める。


 ・

 ・

 ・



 「アリスベル……どうした?早く行くぞ」

 そう真っ白な髪と真っ白な肌の女性に、灰色の髪で黒いサングラスをかけた男が語りかける。


 「うん、クロウド……ごめん、今までお世話になった人たちにお礼……言いたくて」

 そうアリスベルと呼ばれた女性は返す。

 小さな村……少し貧相な服装をする村人たちから見ると、アリスベルは少し豪華にも見える神秘的な服装をしている。


 「あぁ……祈り人様、どうか我の願いを……天にお届けください」

 村人の一人がそうアリスベルへ告げる。


 「……皆様の願い、必ず天に届けて見せます」

 そう村の人間へ返す。



 「おーーーい、姫ぇいくよぉーーー?」

 黒い髪の黒縁メガネをかけ……短い赤いマントをなびかせた女性


 「マリ……なぜ、お前はアリスベルを姫と呼ぶんだ?」

 クロウドはそう感じていた疑問を投げかける。


 「なんかさぁ、祈り人様って……呼びずらいし、なんか呼び方がよそよそしいというか……敬う的な存在って言うならさ、姫の方がなんかかっけーじゃん」

 マリはそう答える。


 「まぁ……俺は関係ないけどなぁ、つえー奴が現れたら俺が変わりにブッ飛ばすそんだけだぁ」

 少し背丈の低い、それでも割と筋肉質な男……


 「この筋肉馬鹿が一緒だと敵が増えそうですしぃ、マーキスは置いていくべきだと思うんだけどなぁ」

 白に近い水色かかった髪の女性が言う。


 「シャラップっ!マルティナこそ戦闘能力皆無なんだし着いてくるべきじゃないと思うがな」

 マーキスと呼ばれた男は言う。


 「ごめんね、最後に……」

 アリスベルはそう謝り、近場の祭壇のような場所で祈りを捧げる。


 「気はすんだか、行くぞ?」

 クロウドはそうアリスベルに言葉を投げる。


 「……うん、お待たせ、出発しようか」

 そう言った瞬間、祭壇が光輝く。


 「なに……?」

 まるで、光の入り口から現れるように……一人の男が現れる。

 黒い髪……黒いコートに黒のズボン、黒いブーツと全身を真黒にコーディネートされた男。



 男が地に両足をつけると、光の入り口は消え去る。


 男は暫く周囲をキョロキョロした後、嬉しそうにアリスベルやマリ、マルティナ、マーキスの顔を眺めている。

 もちろん、目の前の全身真黒の服装の男を誰も知らない。


 「……本当に過去に来たんだな」

 男はぼそりとそう呟き。


 「……これをお前に告げるのはきっとこれが最初じゃないんだよな」

 そう一人喋り続ける男。


 「終わりの無い永遠のループなのかもしれない……君を苦しめ続けるだけなのかもしれない……それでも諦められないんだ……いくら後悔しても……いくら学習したとしても……アリス、俺は永遠にお前を助け続ける」

 少しだけ疲れた目で……そう男はアリスベルへ告げる。


 「……あなたは?」

 アリスベルがそう当然の疑問を投げかける。


 「……アリス、君をこの世界の呪縛から解き放つため……世界の終わりから君を助けに来た正義の味方だ」

 世界の終わりからやってきた……そうこの世界の結末を知っている。

 きっと……自分がこうしてここに現れたのもきっと始めての出来事では無く……

 

 この先……何百年と失敗を繰り返し……そしてその終着点で再び振り出しへ帰ってくる。

 何度繰り返す……何度絶望する……何度後悔する……


 それでも……誓ったんだ。

 アリス……俺はお前を救い出す……


 何処か1%……0.1%かもしれない、それ以下かもしれない……

 繰り返した先に……きっと君を救える世界があると……

 その為なら、俺はこの世界の理に逆らい……抗い続ける。



 「ちょっと、いきなり現れて……いったいなんなの?」

 マリは当たり前のように仲間に加わった男に向かい言う。


 「イシュトだ……アリスの護り人……俺もつき合わせてくれ」

 男はマリにそう告げる。


 「あのっ……この旅は遊びではっ!!」

 マルティナが身勝手な男に一言文句を言おうとするが……


 「知ってるよ、マル……」

 そうイシュトは優しく笑い、取り出した黒い帽子をマルティナに被せる。


 「……なんですか、これ?」

 不思議そうに両手で頭の上に乗せられたものに触れながら言う。


 「……やっぱ、それはマルの方が似合うよ」

 かつて、いや……この先でマルが俺に託す帽子。

 

 「……卵が先か鶏が先か……どっちだったんだろうな」

 そう少し楽しそうに笑う。



 「あの……なぜ、私を……?」

 助けるのか……他にも疑問はあるが……

 アリスはそうイシュトに尋ねる。


 「約束したんだ……」

 目の前の女性に向けた言葉……

 それはきっと気づかない……

 

 「この残酷な世界の理から……必ず助けてやるって」

 そう目の前の女性に改めて告げる。

 本当に残酷なものだ……この先、俺はきっと幾度もこの世界にしがみつき……

 やがて記憶を失っていくのだろう。


 そんな自分とは別に……君は……この残酷な世界の仕組みを引き継ぎ……歴史を繰り返す。


 「……本当に残酷だよな……」

 ここからどう、世界の歴史が修正されれば、神になるべく選ばれた祈り人と呼ばれる女性と、その護衛として共にする自称正義の味方は……


 歴史の修正により、魔女と大罪人に成り下がるというのか……

 それが、この世界に逆らうための代償というなら構わない。


 君を神なんて呼ばれる……そんな残酷な宿命を背負わせやしない。


 例え……君に魔女と言う汚名を背負わせようと……

 それで、大罪という十字架を背負う羽目になろうと……



 何度だって……お前を助ける正義の味方になってやる……



 ……だから、俺に救いを求める手を差し伸べてくれ。








 祈り人……世界を廻り、その世界の声を聞き……世界の中心の聖地と呼ばれる場所に出向き……その世界の声を叶えるため神となる。


 世界の法則に囚われる事無く、その権限で歴史の修正と書き換えが許される唯一の存在。


 そんな存在へと選ばれた……彼女。

 そんな彼女の旅を護衛し……旅をしていた。


 ……止めるはずだった……

 彼女と色んな場所を廻り……

 沢山の声を聞いて……


 もし……彼女が……神と呼ばれる存在になれば……

 それらを救う事ができるというのなら……


 少しだけ……わからなくなってきていたんだ。

 自信が……なくなっていたんだ。





 「……イシュトさんは?」

 旅の途中……深い森の中で暖を取っていたが、そこに彼の姿が無かった。


 「あれ?さっきまで楽しそうに魚焼いていたと思ったのに……」

 焚き火の近くに長い串の刺さった魚を見ながら、マリが言う。


 「正義の旦那?なんか……向こうのほう歩いて行ったぜ?」

 マーキスがその方角を指で示しそう言った。

 旅をする中、自称正義の味方をマーキスはそう呼ぶようになった。

 彼は自分の認めた相手、評価している相手にそういった呼び名をつけ呼ぶ事が多い。


 「……不思議な人だよね、一緒に旅を始めて、何十日……にはなるけどさ、それでも……なんかずっと一緒に居たような気がするっていうか……私たち以上に私たちの事……知っているというか……」

 マリが焼けた魚をパクパクしながら……少し上の空でそう呟く。


 「……うん、でも……どこか寂しそう……」

 マルがそう返す。


 「あれ……姫、何処行くの?」

 マリが暖を離れるアリスを見て言う。


 「……うん、ちょっと寒くなってきたし……探してくるね」

 アリスは少しだけ照れくさそうに言った。




 マーキスに言われた場所を暫く歩くと……

 森から開けた場所にでる……

 

 空から見ると、森を円状に切り抜いたような……そんな平地。

 そしてそのさらに中央に……大きな泉が広がっていた。


 最北に位置する場所……世界の最果てと呼ばれた場所。


 そんな泉を正面に……探し人は……泉に浮かぶように映る大きな満月を贅沢に見上げていた。



 「……きれい……」

 不意に自分の後ろから声がした。


 魔女なんて呼ばれてやさぐれてしまったような……そんな曇り一つ無い……純粋なまでにきれいな彼女。

 漆黒の水なんて流れていないきれいな空と透き通ったきれいな水。


 「……わからなくなってきたんだ、こんな筈じゃなかったんだ」

 イシュトはそう背中の女性に告げる。


 「……本当はさ、アリスの事、さらって何処か遠くに逃げるつもりだった……」

 そうイシュトが告げる。


 「……なんのために?」

 そう不思議そうに尋ねる。


 「……旅をやめさせたかった」

 そう隠す事無く告げる。


 「……旅を……?」

 そう再び尋ねる。


 「……神様になるための旅……」

 そう月に向かいイシュトは答える。


 「……なんのために?」

 そうアリスが質問を繰り返す。


 

 「うーーーーーん、それがわかんなくなってきたっ!」

 頭をぐしゃぐしゃとかきながら、イシュトがもがく。


 「アリスと一緒に旅をして……色んな声を聞いて、マリさんやマル、マーキスとアリスを護衛して……ちょっとだけ……わからなくなった」

 だから……こうして一人考える時間が欲しかった。


 「月……きれいな満月だぜ……見てたら全部吹き飛ぶかなって思ったんだけどな……ねぇ、もっと真下から見てみようか」

 そうイシュトが振り返りにっこり笑う。


 「えっ?」

 戸惑うアリス……無理もない。

 すでに、泉の水面ギリギリに立っている。


 「……アリス、君の魔力で……水面に結界をはって道を作って」

 そうイシュトが乞う。


 「えっ?」

 戸惑うアリス……今のアリスに自分の魔力……

 その力はきちんと理解していない。


 「……大丈夫……俺を信じて、あの水面に浮かぶ月までさ、見えない壁をイメージしてみて」

 マリの言葉を思い出す……私たち以上にわたしたちを理解している……


 言われた通り、手を泉の水面の方へ向け、見えない壁をイメージする。

 水面を覆うように透明な壁ができあがるが……


 「さぁ……行こう」

 そうアリスの手を取ると手を繋ぐようにその泉の中に足を踏み入れようとする。


 「えっ……ちょっ……」

 急に手を繋がれた事にも驚きながらも、泉の水の中に沈む恐怖を感じながらも為すがまま手を引かれる。


 「……えっ?わぁー、凄い!水面を歩く魔法みたい!」

 水面の上に立つ、イシュトと自分に子供のようにはしゃぐ。


 「これ……私がやってるの?」

 そんな自分の力に驚くようにアリスが左右の水面を眺めながら感動した声をあげる。


 「うん……月の光の浮かぶところまで道を作ってよ」

 イシュトがそう頼むと


 「はいっ」

 そう力強く頷き、アリスが水面に結界で道を作り上げる。


 月が移す真下まで辿り着く。

 2人は手を繋いだまま……天を仰ぎ、その真下から月を眺める。


 

 「凄い……なんだか夢を見てるみたい」

 泉の中央で二人……その月の光に照らされる。

 嬉しそうに笑うアリスの顔……


 何時の間にかずっと繋いだままの手にアリスが頬を赤らめる。

 でも、握られていると何処か安心する。

 月を眺めるようにイシュトの目線から逃れると……

 繋いだ手をぎゅっと力を込めて強くにぎった。


 「イシュトさんは私の神様……みたいですね」

 そんなアリスの台詞に。


 「この力は……アリスの力だよ、それに……俺は神様なんかじゃなくて……」

 そんなイシュトの台詞に


 「……じゃなくて?」

 そんなアリスの無邪気な問いに


 「……正義の味方」

 そう笑いながら言う。


 そんな対して面白くないやり取りの会話に2人は腹をかかえるくらいに笑い。




 「……こんな日が続けばいいのに」

 そうアリスが呟く。


 「……ありがとう、イシュトさん」

 そうアリスが言う。


 「……決心がつきました……私は祈り人として人々の願いに触れ……今の私のように皆を笑顔にします」

 そう月に向かいアリスが言う。


 「それは……本心」

 イシュトの顔から笑顔が消える。


 「……えっ?」

 応援してくれると思ったのに……その少し冷たい言葉に驚く。


 「誰も居ない……何も無い……そんなまっさらな世界に一人残されて……アリスは永遠に人々の幸せだけを願い続けるの」

 そんなイシュトのセリフに。


 「はい……それが祈り人……私の使命です」

 そうアリスが笑いながら言った。



 「……ざけるなっ!!」

 イシュトは我慢していた苛立ちを前面に出す。

 繋いだ手を振りほどき、アリスの両肩を力強く掴む。


 「もっと真剣に想像しろっ!もっともっと……その先、ずっとずっと先の未来まで考えろっ!!」

 何かを言い聞かせるようにアリスに怒鳴る。


 「ずっと、ずっと独りだぞ?本当にこの世界全員を幸せにできるなんて思ってるのか?終わりなんてない……そんな世界だぞっ!こうして、月を見て笑うことなんて二度とできないんだぞっ!!」

 そうイシュトが叫ぶようにアリスに言う。


 「アリス……お前は普通の女の子なんだよ……神……じゃないんだよ……こうやって笑って居ればいいんだ……幸せを願う側の普通の女の子でいいんだよ……」

 そうイシュトが乞うようにアリスに告げる。


 「お前が望むなら……望んでくれるなら俺はずっとお前の側に居る……ずっと手を握っている……この世界に抗ってやる……大罪人だろうとなんだろうとなってや…………」

 -る。」と……そうイシュトが告げようとするイシュトの言葉が遮られる。

 アリスの唇がイシュトの唇に押し付けられる……

 目を点にして戸惑うイシュトだが……


 「ごめんなさい……普通の女の子として……少しだけ夢を見させてもらいました」

 そう自分のした行為に言い訳をする。

 

 アリスの肩を掴むイシュトの手に雫が落ちる。

 月を仰ぐ、アリスの頬に涙が伝っていた。


 「できないよっ……許されないよっ!」

 そんなアリスの涙に何も言い返せなくなってしまう。


 「旅をして……沢山の人の声を聞いたよ、祈り人として……クロウドやマリ、マルティナ、マーキス……色んな人に大切にされて……やっとここまで来たんだよっ!」 

 ぼろぼろとアリスの頬を伝い流れる涙。


 「できないよ……言えないよっ……今更……この手を掴んで幸せになりたいなんて……言えないよ……私の正義の味方に……大罪人になって下さいなんて言えないよ」

 そうぼろぼろと涙を流し言うアリス。


 「……アリス、お前が望んでくれるなら……構わないんだ……正義の味方でも大罪人でも……アリス、お前を助けられるなら……例え大罪人と呼ばれようと胸をはって言ってやる……お前を助けられたら言ってやる……俺は正義の味方だっ!!」

 そう叫ぶように言い聞かせる。


 「……お前が救いの手を伸ばせば……その手を掴んでやる、離さず引いてやる……何度だって掴んでやる……だから……」

 その手を差し伸べてくれ……俺にその手を掴ませてくれ……


 アリスは首を振りながらも……その言葉を拒みながらも……

 「そんなの……私限定の正義の味方……そんな素敵な存在……拒む事なんて……」

 控えめに差し出した手を……イシュトは右手で強引に掴み引き寄せ……

 左手でアリスの後頭部を抑えると、今度はイシュトからその唇を力強く押し付けた。


 一瞬驚いたように目を見開いたアリスだが……全てを任せるようにそっと目を閉じた。


 途切れた魔力が作り上げた結界を崩していく。


 足場を失った二人は泉の中に落ちるが……2人はそんな事をお構い無しに……時間を忘れたように唇を重ねあった。


 そんな……世界への大罪を……その月の光だけは祝福しているようだった……。

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