第30話 それは世界で一番悲しい少女の言葉(こえ)
意識が朦朧としている……
どれだけの時間……その毒を浴び続けたのだろうか。
アクレアの王都へと続く道をただ……ひたすらに守り続ける。
敵国と言えど、決して人を殺めようとはせず……
ただ、ひたすらにその道を守り続ける。
自分の正義とは何なのか……改めて疑問に思う。
自分の身がこのような状態で……
自分がこれほどまでに痛みつけられているのに……
まだ、目の前の者達の命まで庇おうと言うのか……
自分でも笑えてくる。
それでも……今更、その信念を曲げてしまえば、それこそ自分は敗北したと同じではないだろうか……
目の前に現れる敵の武器を破壊しては、相手を無力化することを繰り返す。
「あちゃー、また壊されちまった」
バレルバントに雇われた傭兵の一人、レミールはハレに渡された魔具の武器を一つ壊されると、おもちゃが壊れたような感覚で新しい武器を取りに陣へと戻り、新しい武器を選ぶと戦場へと復帰する。
「命を懸ける事無く……大手柄のチャンスってなぁ」
レミールは新しい銃をレクスへ向けるとそれを放つ。
朦朧とする中で、冷静にレクスはその銃弾を弾く。
そして、レクスのブレードはその場で変形を繰り返すと彼の右腕に纏わりつくように、手甲のように姿を変える。
手のひらを自分に向けると、白く少し緑かかった光が彼を包む。
多少の凌ぎ程度ではあるが……体力の回復効果がある。
そして、再び武器の破壊を繰り返す……
……誰も……ここを……通す訳には……
「あったりぃー」
レミールの嬉しそうな声が響くが……
その攻撃によるものなのか、毒により消耗した身体の限界だったのか……
レクスは意識を失うようにその場に倒れる。
守るべきものが……あるのに……
まだ、倒れる訳にはいかないのに……
自分のつまらぬ正義で……守れなかったことを……ただ悔やんだ。
・
・
・
「出て来い……曲芸女っ!」
ハレは、建物の中に逃げ込んだレフィを追い、レフィが空けた穴から同じように建物に入る。
「建物の中であたしを追い込むつもりかぁ?馬鹿が……あたしの可愛い8つ頭のペットが逆にてめぇを追いこむぜっ!」
狭い通路を8つの追跡型のビットが飛び交う。
「っ!?」
8つあったうちの、1つの魔力の消滅を感じる……
1つが破壊された?
破壊されても、再度再生はできるものの……再生には武装を解除して、しばらく魔力の回復、再生をさせなければならない。
再び……魔力が1つ削られる。
「……これが、狙いかっ」
狭い場所で、一つ一つ、このビットを破壊しようって訳か。
だが……
「その前に追い詰めてしまえば……いいだけだろぉがよぉ」
この狭い場所……通路で、四方八方囲まれた状態で、この左腕の主砲からいくらてめぇでも回避できねぇだろう。
額のゴーグルをつけ、熱源を感知する。
この先の分岐を左……熱源を感知。
後方は行き止まり……
「じゃぁーーーなっ!!」
通路を左に向くなり、左の主砲を構える。
「なっ!?」
一瞬、自分が壁に足をついているのかと勘違いした。
レフィは、まるで普通の床を走るように、右の壁を走り抜けるようにハレに向かってくる。
もちろん、そんな真似を予期していなかったハレの主砲の標準は誰もいない真っ直ぐな壁を捉えていて、あわてて標準をレフィに合わそうとするが、それよりも早く、レフィの紅色の刃はそのハレの左腕を貫き、主砲が消滅する。
呆然とする、ハレを他所に残りの追尾型の銃器を破壊すると……
再び、レフィは剣先をハレの首もとに突きつける……
「……私の勝ち」
そう小さくレフィは呟く。
・
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その異変に気づいたときにはすでに遅かった。
子供達が何となく気分が悪いと言いはじめ、部屋をまわっていた。
リースは一つの部屋に入ると……
全快に開いた窓から外の空気が入り込んでいる事に気がつく。
慌てて窓を閉めるが……
「……うそ……」
窓とは別に開かれている本……
裏庭で見た事のある植物が載っている。
猛毒草と書かれた文字。
レクスの言いつけを忘れ、リースは慌てて外へ向かい、裏庭へ向かう。
あっちこっちに植物が引き抜かれた後がある……
その場に泣き崩れるように膝をつく。
レクス……そしてシエルまでもが自分の側から消えてしまう。
そんな恐怖に……その場で泣き崩れることしかできなかった。
・
・
・
「はぁ、はぁ、はぁっ」
走る少女が勢いよく転んだ……
大粒の涙を浮かべる……そうすればいつも大好きな人が助けに来てくれた。
「……だめ、泣かない」
少女は散らばった植物を懸命に抱え直し、涙を堪え、起き上がる。
何が起きているのかわからない……
レクスとリースが何を話していたのかはわからない……
どうなってしまうのか……わからない。
ただ、彼女なりに理解している……
もし、自分がここで走るのを辞めてしまったら、きっともう大好きな人に会えない。
泣いている場合じゃないんだ……自分は強くならなければならないんだ……
彼女は涙を堪えるように歯を喰いしばり、毒に汚染されるその道のりをその小さな身体で再び懸命に大地を蹴り上げた。
「あぁーあ、さすがに死んじゃったかなぁ?」
レミールが申し訳なさそうな台詞を心無く言う。
「あぁ?なんだ?」
レミールとザックの間を小さな身体が横切る。
横たわる大好きな人の身体の横に座る。
「……間に合った」
すでに朦朧としていた……
その小さな身体は紫色に変色していた……
完全にその身体を支配していた毒……
でも……諦めず頑張った。
だから、もう一度……彼に会う事ができた。
でも………時間は無い。
「……レク…ス、約束したよ……ずっとずっと……私の正義の味方だって……だからね、負けちゃダメ……これからも、ずっと、ずっと……リース達を守ってあげて……」
そう言うと、大事に抱えていた植物を口の中に入れると草を噛み切り、その時に出た液を口に貯めたまま……
「はぁ……?」
レミールは不思議そうにその光景を眺めている。
少女はレクスに口づけをした。
少女は口の中の液をレクスの口に中に流し込むと……
「………レクス……大好き」
そう笑顔で言うが……
その瞬間、天を仰ぐと、口一杯の血を吐き出しそのまま倒れこんだ。
「……っ、ゲホッ!ゲホっ!!」
突如、喉が焼けるような痛みを覚え……目が覚める。
頭がフラフラとしている……
自分は確か……
少しずつ状況を思い出していく。
自分は……確か……なぜ、意識を取り戻した?
そんな喜びより、不安が募る。
その場に散らばっている植物。
目でその先を追う……
横たわる少女……
なぜ……こんな場所に彼女が?
この植物は……あの教会の裏にあった……
やめてくれ……やめてくれ……
何を間違えた……なぜ……こうなった?
お前は彼女に何を託された?
お前の胸元に大事そうに掲げている勲章はなんだ?
彼女が信じた正義とはなんだ?
お前が、貫き通そうとした正義は誰を守った?
「ああああああああああああああああああああっ!!」
ごちゃごちゃの頭など全く整理がつかない。
ただ……ひとつだけわかっている。
私は、自分の正義を捨てよう……
その重りを降ろした時……自分の中の全てのたがが外れていく気がした。
「あれぇ~、まだ生きてたんだぁ?」
レミールがそう馬鹿にするような口調でレクスに言う。
「……全魔力解放……タイプ……虹……」
そうレクスが呟くと手にしたブレードが変形し、剣の柄の部分だけに姿を変える。
その途端、次元が歪むような強い魔力が周囲を取り巻き、柄の先から虹色の魔力が噴出すように現れた。
「……なんだ?」
さすがの奇妙な状況にレミールは戸惑うように声を出す。
「……もう、守るものを間違えないから」
レクスがそう呟き、柄を手にした右手を天に翳し……それを振り下ろした。
「……あっ、えっ、待って、あの女盗賊がそいつは絶対人を殺さないって………」
虹色の刃が……レミールの身体を飲み込むと一瞬でその姿が消し飛んだ。
レミールの身体のみじゃない……その隣の相方のザック……
そして、遥か後方のバレルバントの軍制をそのたった一振りで跡形も無く消し飛んだ。
「……シエル……ごめんね」
その身体を両手で持ち上げる。
「……魔女と、魔女の使いか……」
振り向かず、その後ろから感じた気配に向かい話しかける。
アリスとイシュトが気がつけば後ろに立っていた。
魔女の結界による能力で2人は毒を無効化しているようだ。
自分と言えば、シエルのお陰で強い毒で一時的に意識を取り戻したに過ぎない。
時間は無い。
残された時間で……目の前の二人を消し去るか……それとも……
その二択を迫られる。
「魔女と……その使い、お前らは……もし私を倒したとして、その手で、この国やこの子たちを手にかけるのか?」
そう背中越しに二人に問う。
「……いや……その必要はない」
思った以上の惨事……となっていた戦場。
「……その言葉……信じるぞ、魔女の使い」
そうレクスが言うと、抱えていた少女をそっと地面に置いた。
レクスの手にしていたブレードが丸い球体へと変形する。
「……我が未熟が故、契りを果たせぬ私をお許しください」
レクスはそう呟き……
「……ですが、例え貴方と一緒に要られなくなったとしても、私は永遠に貴方を守り続けます……強く生きて……シエル、君に私の全てを託す……例え姿が見えなくても、ずっと私は貴方と共にあります」
そうレクスが言うと、球体となったそれは宙に浮かび、眩い光を放つと一瞬にして周辺の毒を消し去った。
そして、光輝く球体はゆっくり降りてくると、少女の身体に吸い込まれるように姿を消す。
紫色に変色していた少女の身体はみるみると血の気の良い健康的な色に変わった。
少女は命を吹き返すように、ゆっくりと呼吸するように身体を揺すっている。
レクスは右手で拳を作ると、胸にそれを当てる。
「シエル……私は貴方に頂いた勲章に恥じる戦いをする事になるでしょう……私が私の正義を反し……それでゆえ、無様な姿を晒すことになるでしょう……これは私の勝手な願いです……それでいて、貴方には貴方が見た正義……その信念を曲げず、どうか生きてください」
「……この私という結末が……例えどんなものであったとしても……シエル、君は君のままで居て欲しい」
そう少女へと告げ、レクスが立ち上がる。
「待たせた、魔女……魔女の使い」
そう言い、近場に突き刺さっていた、バレルバントの兵が使っていただろう一本の剣を引き抜く。
「勘違いするな、魔女とその使い、主要としていた武器を捨てたといえ、勝負を諦めた訳ではないっ!」
レクスが残りの体力を振り絞り、文字通り必死の突撃を開始する。
「イシュトっ!!」
アリスがイシュトが状況に気負いしてるのではと不安の声を上げる。
「……心配するな……全力で行く、援護を頼む!」
イシュトは短剣を構えると、静かに目を瞑る。
黒い包帯のようなものがちらちらと……揺れている。
闇に眠る何かを引き釣り出すようにその包帯を引いた。
目を開く……
アリスがはった結界をレクスは一つ一つ突破しながら、イシュトの方へ突進してくる。
時間稼ぎにはなっているものの、主要武器の無いとはいえ、その実力はやはり高く、レクスは一気にその距離を縮めていく。
まるで……別の誰かに身体を乗っ取られた感覚だ。
魔王と呼ばれる少年と戦った時に引き釣り出された力……
操り人形のように…その黒き包帯に天から操られているのではないだろうか……
その黒い包帯を辿るように短剣を動かす……
次元を断つ……力。
ほぼ、同時に繰り出された、イシュトとレクスの刃……
その二人を分かつようにアリスが結界をはる。
レクスの剣はその結界に阻まれ、一瞬の遅れが生じ……
別の次元に刃を通すイシュトの一撃は、先にその相手の身体を捕らえた。
「……あ…れ?」
目を覚ます自分に驚く。
よくわからないが、自分の中に何かある。
大事な何かが自分の中にある気がした。
「れ…くす?」
少女は立ち上がると……その姿を探した。
「……目が覚めたみたいだね、良かった」
探していた声を見つける。
「レクス?」
大好きな人が目の前にいる……なのにどうしてだろう……違和感。
「……もう、猛毒を食べるなんて無茶……やってはいけないよ」
そう少女を優しく叱る。
「レクス?」
少女は不安そうにその名前を呼び続ける。
触れようとした身体は青白く光……身体が蒸発するように光の粒子が空に昇っていく……
「……レクス?」
懸命に目の前の手を握ろうとする……
「ごめんね……最後まで……君に仕え、守る事ができなくて……ごめんね……君が信じてくれた正義を貫く事ができなかった……ごめんね……もうその手を引いてあげられなくて……」
「……いやぁ」
ここまで我慢した涙が溢れ出す。
「だめっ!!いかないで!!」
懸命にジャンプをして、レクスから昇る光の粒子を手に掴もうとする。
それをかき集めれば、目の前の男をこの世界に繋ぎとめられると誤解するように、ただひたすらその動作を繰り返す。
「いやだ、レクス…ねぇ、レクスお願い!!」
繰り返す動作は、その一度も成功しない……それでも彼女は繰り返す。
神よ……私は間違えていたのでしょうか?
自分の身振りに合わぬ正義を振りかざし……
その挙句……最後にその信念を曲げてしまったから……
身分の弱い……彼女たちの側で、
偽善を振るっていたに過ぎなかったのでしょうか?
私は……自分の信じたその正義で……誰かを救いたかった。
彼女を救いたかった。
……そんな彼女、一人救えず……最後はその自分の正義を捨てて……私は……彼女を導いてあげることは出来たのでしょうか?
私は……彼女の明日すら閉ざしてしまったのではないでしょうか?
神よ……どうか最後に、一言……
彼女に明日を歩く言葉を……
「シエル……君は一人じゃないから……だから、この世界を嫌いにならないで……これまで君が築いた絆を大事にして……君は一人じゃない、私も……いつも………」
最後の光の粒子が昇ると……その姿が見えなくなる。
「いやぁーーーっ、わかんない、わかんないよーーー」
その言葉を理解したくないというように、シエルが首を大きくふる。
「シエルっ!!」
離れた場所からリースがシエルの姿を見つけ走って来る。
「返せっ!!返してっ!!」
シエルは地面に転がっていた何かのガラスの破片のようなものを拾い上げると、それをイシュトの腕に突き刺すように何度も腕を動かす。
「シエルっやめて!!」
リースはシエルに追いつくと慌ててその身体を引き離し、身体全身で覆いかぶさるようにする。
「すいません……許してくださいっ」
状況はわからないが……リースなりに懸命にシエルを庇う。
「離してっ……レクス、レクスを返せっ!」
リースを振り払おうとするも、それを許さない。
「怖くないっ、シエル……魔女なんて怖くないっ!!」
そうシエルが叫ぶ。
「すいません、責任は私が……どうか……どうかこの子は……」
そうイシュトたちにリースは乞う。
「離せ、レクス…レクスをシエルが取り戻す……邪魔しないで」
そう……少女は泣きじゃくり、その小さい身体を必死に守る女性は震えていた。
「……なぁ……アリス……俺……間違ったか?」
右腕から流れる血を気にもせず……天を仰ぐ。
「……あなたはどんな質問に回答を求めてるのかしら」
アリスも少しやりにくそうに目を背け答える。
「もともと……正解なんてないくらいにデタラメだったのよ」
そういつになく少しだけ優しい口調でアリスは答えた。
「……それに覚悟、していたんじゃなくて?」
そんなアリスの言葉に……
「覚悟……?」
なんだっけ……
「……あなたが私たちに向けて言ってくれたのよ……」
そうアリスが答える。
「……そっか……そうだよな」
そう言うイシュトを申し訳無さそうにアリスが見る。
「……でも、やっぱつれーや」
天を仰ぐ、イシュトの頬に一筋の水が流れる。
「いてぇな……ちくしょう」
流れる血を押さえながらイシュトが呟いた。
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