第29話 想いの交差する戦場

 その日は、レクスに話しかける事は結局できなかった……

 少し気難しい顔をしている事は多かったが、どこかいつもとは違う雰囲気を感じていた。


 リースと何やら難しい話をしているようだった。

 シエルはただ……遠くからその二人の様子を見ているしかできなかった。


 これからこの国は戦争になる。

 レクスはありったけの食料とお金をリースへと預け、自分が戻るまでは教会の扉を固く閉じ一歩も外にでるなとリースへと告げた。

 何時にない、真剣な思いつめた表情にかける言葉を失った。


 レクスが帰った後、リースは言われた通り教会の扉を固く閉ざすと子供達に一切の外出を禁止する。

 それから数時間経った後、そんな光景を幾度も頭で思い返しながら、読み飽きた古びた絵本を読み返していた。


 ふと……自分では手は届かない本棚の上にある分厚い本に目がいく。

 テーブルの側に置かれた椅子を一つ引きずって本棚の前に持って行きその上に登るが、全くその目当ての本には届かない。


 「ねぇ、あの本取って?」

 シエルは近くにいた別の男の子にそう頼むが……


 「あの本は見ないようにって、リースが言っていた……理由はわからないけど駄目だよ」

 別の孤児院の男の子はそうシエルの頼みを断りその場から姿を消す。


 シエルはあたりをきょろきょろし、その手段を探すが……別の椅子を同じく本棚の前に運ぶと懸命にその椅子を持ち上げると、最初に持ち出した椅子の上に積み上げる。

 その椅子の隙間をはしごのように登りその自分の半分くらいの大きさがあるだろう本を手にすると本棚から引き抜く。


 その重さに彼女自身が耐えれなく、バランスの悪い椅子はぐらぐらと揺れ崩れた椅子からシエルは投げ飛ばされるようにその本と共に床に落下した。

 

 「痛い……」

 何時もの彼女ならその場で泣き出していただろう。

 彼女は何事もなかったように、起き上がると共に落下した本を開く。


 変哲も無い植物が書かれている図鑑……

 痛い思いをしてまで見る面白い本ではなかった。

 それでも、彼女は何かを探すようにその本をペラペラとめくった。


 「あった……」

 彼女はお目当てのページを見つけると、今まで読んだどんなに面白い絵本より、食い入るようにそのページを読み続けた。


 それが、彼女が大好きな王子様に出来る唯一出切る事だと本能的に感じていた。



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 「レフィ……あんたも行くの?」

 そんなタリスの言葉


 バレルバントのアクレアへの進軍の情報を聞いたレフィはアクレアに向かう決心をする。

 

 「別に外から結果を眺めて勝者と戦うだけでもいいんじゃない?」

 もっともな意見ではあるが……


 「私は最強を証明しないとならない……そのためにはこの舞台に立つ、その必要がある」

 そうレフィはタリスに答える。


 「……私には正直、あなたの話を聞いた今でも、その生き方にこだわる必要性が理解できないけど……」

 そう、レフィに聞こえるか聞こえないかわからないトーンで答え……


 「……今更、私に別の生き方なんて出来ないから……」

 そう言って少し寂しそうに、珍しくタリスに笑いかけた。



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 「いつも難しい本を読んでるのね」

 ミレーナはキノの側で静かに魔術回廊の本を読んでいるアスに話しかける。


 「この世界から争いがなくなって……俺の魔力がいらなくなったら……この力で母さん、キノ……家族と小さな幸せな世界を造る……それが……」

 おっさんとの約束だったんだ……

 最後の言葉を思わず飲み込む。


 「素敵ね……」

 ミレーナは知ってかわからにが、そんな息子の頼もしい台詞に嬉しそうに笑った。


 「だぁ、だぁ~」

 キノは何やら嬉しそうにキノの側からアスの眺める本を眺めている。


 「キノも一緒に勉強するかい?えらい、えらい」

 そう言ってキノの頭を優しく撫でる。


 そんな様子を微笑ましくも何か少し不安な様子で二人をミレーナは眺め……


 「ねぇ……アス……」

 そう口を開く。


 キノの頭を撫でていた手を止め、ミレーナの方を向く。


 「……あなたは大事な私の家族……共に支えあう家族なの」

 そう続ける。


 「……だから、これからはずっと一緒に暮らすの、周りが何と言おうと私達が何と言われても……黙ってここを離れるような真似はしないで、約束よ」

 ……当然だろう。

 今後、自分のせいで……母さんとキノにどれだけ迷惑をかけるか……

 国一つを潰した自分の罪……そしてそんな凶悪な力を持つ自分へ、周囲の人間がどんな言葉を投げかけてくるかなんて嫌でも推測できる。

 それでも、自分と一緒に居てくれるという彼女の台詞に素直に喜ぶ。


 「うん……俺が母さん、キノを守るから!」

 そう力強く言った。




 真夜中……


 ミレーナもキノも深い眠りについた。

 眠ったふりをしていたアスはのそりと布団から起き上がる。


 「ごめん……母さん……」

 そう小さく呟く。


 「俺は母さんと……キノに小さな幸せを与えるため……」

 「俺の魔王という異名と決別するため……」

 ……その意思を確認するように呟く。


 「俺は……決着をつけなければならない……だから……」

 家の外に出る。



 「決心したんだね……」

 月明かりに照らされた茶色の長い髪が夜空に揺れている。

 漆黒のガントレットが奇妙に黒く輝いていた。


 「……待つのは、残酷な結末の未来……」

 自称、未来から来た人間。


 「……大丈夫、未来を変える……そのために私は来たんだから」

 右手のガントレットを月明かりに照らし……


 「……託されたからには……成果を出さないとね」

 右手を眺めながら女性は言う。

 

 見たところそれほど、自分と大差の無い年齢……


 「いい加減、名前くらいは教えてくれていいんじゃないか?」

 アスがそう女性に尋ねる


 「……そうだなぁ……」

 女性は斜め上を向きながら左手の人差し指を下唇のあたりにあてながら何やら考え……


 「……イエーリ、宜しくね」

 そう言って微笑んだ。


 「……君は私が守る……未来は変えてみせる……貴方の変わりに」

 今は彼の名前を呼べないもどかしさを感じながらも……彼を通り越した誰かにその言葉を向けるように……イエーリはそう呟いた。




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 進軍するバレルバントの兵と雇われた傭兵……

 それを待ち受けるアクレアの軍勢……

 進軍するバレルバントの兵は何やら不思議なマスクをつけていた。



 「この辺かぁ~?」

 いち早く、アクレアの軍勢に気づかれる事無くアクレアに入国したハレは、高層の建物の天辺に辿り着くと、奇妙な漆黒の玉を取り出す。

 バレルバントの兵が付けていたマスクをハレも装着すると、その玉を空高く頬リ投げ、変わりに手にした拳銃でその玉を撃ち抜いた。


 割れた玉から紫色の雲が空を覆い、あっという間にアクレア全体を包み込む。

 そして、あっという間に薄紫色の霧が国全体を覆いつくした。


 「……なんだ?」

 太陽が隠れあっという間に暗くなった空をアクレアの兵士達が眺める。

 

 「……なっ…これは?」

 現れた霧を吸い込んだ兵士達が一人、また一人と倒れていく……


 「……毒……か」

 その中の一人……レクスはそう呟く。

 彼の高い忍耐は、他の兵士に比べ簡単に倒れる訳は無い……

 が、毒に耐性があるわけでもない……

 長引けば……彼自身の身体も持たないだろう……



 「ザック、こいつは簡単な仕事になりそうだなぁ」

 バレルバントの雇われた傭兵の一人が相方の傭兵に言う。


 「レミール、甘く見るな、相手は神奪戦争に選ばれている英雄だぞ」

 ザックと呼ばれた傭兵はそう返す。


 「俺らにはあの、女盗賊に渡された武器が沢山ある……それにくわえこの毒の支援……そして……」

 レミールと呼ばれた傭兵はヘラヘラと笑いながら……


 「あいつは基本は無殺を貫き通す……そんな話だ……失敗しても死ぬ心配はいらねーってわけだ」

 レミールはへらへらと笑い続けながら、女盗賊に託された武器を適当に手に取り、レクスの方へ歩き出した。





 「ご苦労な事だ、こっちは高みの見物といこーかぁ」

 ハレは言葉通り、高い場所からその様子を眺めながら呟くと……


 「あぁん?」

 背後に突如現れる気配……

 後頭部に突きつけられた刃……


 「何のつもりだよ……今、あんたとあたしがやり合う理由あんのか?」

 突きつけられる紅色の刃……


 「余り好き勝手しないで……私はここに居る誰よりも強い……その証明をしなければならないっ」

 ここに来る間に、バレルバントの兵士から奪ったであろうマスクを付け、ピンク色の髪……紅色の刀を手にする最強を名乗る女はハレにそう投げかける。


 「知らんもーん、あんたの目的なんて知ったこっちゃねーんだよ」

 レフィは高く飛ぶとハレから距離を取る。

 その瞬間、レフィの居た場所に銃弾が数発飛んでくる。


 ハレの持つ異次元倉庫より呼び出された銃が彼女を狙っていたが……

 彼女には全てがお見通しというように、簡単にそれを回避する。


 「多少……調べさせてもらったぜ、見極りと呼ばれる、瞬時に空間の動きを読み取る能力……そしてその能力に劣らぬ身体能力……並外れた魔力を持たないがそれに引きをとらない、むしろそれ以上のバケモノ……」

 ハレはレフィへと向け言い放つ。


 「仇で有り……師でも有り、借りの家族である戦場の渡り鳥と呼ばれた男をその手にかけ、最強を名乗る事を決めた……冷情女が」

 冷笑の眼差しをレフィへと向けるが……


 「下手な挑発……やめた方がいい……怯えて震える犬が懸命に吠えているように見える」

 紅色の刀を手に……隙だらけの構えでレフィは返す。


 「黙れよ、曲芸女っ……私があんたのつまらない人生も生き様も……目的も全部終らせてやんよ!」

 手にした銃をレフィに構える。


 「……私を黙らせたいなら、そんなつまんない言葉じゃなく、あなたが懸命にあつめた玩具と実力で黙らせてみなよっ」

 冷笑の眼差しでレフィはハレに返す。


 「黙らせてやるよ……終らせてやるよ……」

 ハレの左側の空間が歪むとハレは自分の左腕をその呼び寄せた異次元空間に自分の左腕をねじ込む……


 「神殺しの為の最終兵器にするつもりだったんだけどな……丁度いい、あんたで試し斬りしてやるぜ」

 黒いどろどろとした球体……神秘的な武器が登場するかと思ったが……


 黒い液体は次々と分離するようにその数を増やし、ハレの身体へと纏わり着いていく。

 漆黒の鎧のように形取り、左腕には漆黒の砲台を形どった銃口が現れ、背からは8本の竜の首をイメージしたような銃口が現れる。


 「……八岐大蛇(ヤマタノオロチ)、知らないのか?」

 ハレが得意げに語りだす。


 「……サンフレアと呼ばれる国に伝わる伝説の大蛇……てめぇに馴染み深いバケモンだぜ」

 膨大な魔力に身を包まれたハレ……これまでの神奪メンバーに引きを取らぬ膨大な魔力に身を包まれている。


 左手を構え、銃口を右手で支える。


 「っ!?」

 全てを見極め少ない動作でだけ回避を繰り返してきたレフィであったが大きな動きで回避行動を取る。


 左手からは青白い波動砲……ビーム光線に近い攻撃で咄嗟に右に飛んだレフィの居た背にあった一つの建物を一瞬で崩壊させる。


 即座にレフィの目がハレの左腕に行く。

 連発はできないようだ……次の充電を許さなければ……


 「大蛇を……それだけの力と思うな」

 冷笑の目でレフィの姿を追う。


 「跳べッ!!」

 そうハレが叫ぶと、背から延びる八つの竜の首は黒い魔力のワイヤーが伸び、レフィの身体を追尾するように素早くその姿を追い、その口からメインの左腕程の威力はないものの、波動砲を吐き散らす。


 

 レフィの瞳が激しく動く……さすがのレフィにもその八つの竜の首を追うのはやっとで……また、即座にどう身体を動かせばかわせるのかを計算するのがぎりぎり間に合っている……という状況だった。


 「交わしているだけか?曲芸女、ダンスの才能もあるんじゃねーか?」

 聞く耳が無いのか……聞く余裕が無いのか、レフィは瞳だけを激しく動かし、右、左、後ろと、時には地をすべる様に激しい動きでそれらを交わしていく。


 「安心しろ……曲芸女、てめぇの家族も……そのあと出来た借りの家族も全部物語から消したわるーい神には、あたし制裁をくだしてやるさ」

 そういって、ハレは全くレフィの姿のない場所に左腕を構える。


 追撃を繰り返す八つの首を振り交わしながら……左に大きく交わしたレフィの両足は地を滑るように……その身体の座標を左へ持ってくる。


 銃口の先と重なるレフィの身体。


 「じゃあな……ビンゴだ、曲芸女っ」

 八つの竜の首は動くのを止め。

 ハレの左腕の銃口が青白く輝く。


 レフィは黙って……紅色の刀の柄を両手で握ると……


 「はああああああああああーーーーーーっ」

 似合わない気合の声を張り上げる。

 頭上に構えた刃を一気に振り下ろす。


 レフィの正面に撃ち放たれた波動砲……レーザーにその刃を突き入れる。


 「なっ……はっ!?」

 その光景には流石にハレは目をぱちくりさせ、驚いている。


 「……レーザーを物理技でぶった斬るとか……人が成せる技じゃねーだろ?」

 言葉通り……レフィの刃に一刀両断された波動砲はレフィの身体を避けるように、左右に二つに別れ飛び散った……


 「……まぢもんのバケモノじゃねぇか」

 未だ優位な立場でありながらも、流石に……目の前の女に恐怖すら覚える。


 攻撃に転じる事を許さない容赦のないハレの猛攻。

 一方的に感じるその風景だが……

 レフィ……彼女もまた、まだ無傷であった。

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