第28話 動き出す過去と未来

 囲まれている……

 真夜中、目を覚ますヒリカはその気配に気がつく。

 奴の私の命を狙う理由、神への執着の理由は正直理解できない……


 初めてではない……奴が彼女の命を狙う事。

 聖都からの神の使いクロウドと名乗る男は、ヒリカの居場所を突き止め多くの部下を引き連れ、ヒリカが身を潜めていた無人の屋敷を取り囲んでいた。



 物音を立てないように、窓の近くに滑り込む。

 そっと、外を覗くと数名の部下が松明を手に丁寧に自分らの存在を教えている。


 自分と同じくこの世界の理を知るもの……

 長い年月を共に、世界の修正を見届けてきたもの……


 同時にイシュトがその世界に抗う様を……見届けてきた者。

 違うとすれば、彼を愛する者と彼に嫉妬し憎むもの……


 不意に窓を突き破り頬り投げられる、ボール状の魔具。

 高度の爆発魔法が込められている……


 「くっ!?」

 ヒリカはそれを確認すると、一気に部屋の奥へと走り出す。

 厨房のカウンターの裏に滑り込むと……それを背に爆風をやり過ごす。


 建物に入り込む足音。

 部下を外に置いたまま……男は彼女を恐れる事もないように入り込んでくる。


 

 「どうだ……今回の世界でも、君の愛しき人間にはもう出会ったのか?」

 クロウドは身を潜めるヒリカにそう告げる。


 「……と、言ってもアレは奴がこの世界に描く己の残像にしか過ぎない……」

 二人にしか伝わらない会話。


 「……君の本命は、今も世界の最果てで大罪人として……永遠にその償いをうけているところだったな」

 その言葉を聞き、ヒリカの瞳から光を失い……同時に今置かれた、危機感と恐怖が同時に消え去る。


 「正義の味方をっ!!イシュトをっ!!そんな呼び名で呼ぶんじゃねーーーッ!!」

 素早くカウンターに飛び乗ったヒリカの短剣から漆黒の旋風が放たれる。


 「愚かにも……神に近づき……神を誑かした……そして決して許されてはならぬ大罪を犯した」

 目に見えぬ結界のようなものにその漆黒の旋風は弾かれる。


 「何が、大罪だ……崇拝する神に見向きもされず、てめぇはイシュトに嫉妬していただけだろっ!!」

 再度、放たれる漆黒の旋風は、ことごとくクロウドの身体の手前でかき消される。


 同時に闇の氷柱のようなものがクロウドの周辺に創られ、ヒリカ目掛け飛んでいく。

 その漆黒の氷柱はヒリカの身体の数箇所をかすめるように飛んでいき……ヒリカの身体は後方へと弾き飛ばされる。


 「……哀れだな」

 小娘の戯言に耳を貸さぬというように……クロウドは落ち着いた口調で話す。


 「アレが送り込んだ己の人形も……本命の大罪人も……あの日からずっと、お前を見ることは無い、幾度世界が修正され、幾度世界をやりなおそうと……そんな地獄のような年月を生きようと、あいつは一度もお前を見ていない」

 クロウドはそう目の前の女を睨みつける。


 「イシュトを大罪人と呼ぶなーーーーッ!!」

 ヒリカは叫び手にする短剣を振るい、漆黒の旋風を放つ。


 が、その旋風はクロウドに届く事無くかき消される。


 同時にクロウドの周辺に球体の魔具が散りばめられる。


 部屋全体が激しい爆発に襲われ、クロウドの身体は見えぬ結界に守られ、ヒリカの身体は爆風に呑まれ吹き飛ばされる。

 


 「ぐっ……」

 額から血を流すように地に伏せていたヒリカの首を掴み自分の顔の高さまで持ち上げる。


 「……貴様もアレも、もう十分だ……この世界から神からその身を引け」

 そう、ヒリカに言い聞かせる。


 「……てめぇもなっ!」

 ヒリカは苦し紛れに微笑むと、何かを握り締めた右腕を結界の中に突っ込むと、その手のひらのものを手放す。


 「なっ!?」

 クロウドは思わずヒリカを解放すると、自分の懐から何時の間にか抜き取られた球体の魔具の爆風から身を守る。


 「手癖の悪さは今も昔も変わらず……か」

 クロウドは再びヒリカの位置を目で追うが、ヒリカはすでに屋敷の外へと抜け出し、クロウドの引き連れた部下の一部をなぎ倒し突破するように姿を消す。


 「……まぁ、いいだろう……アレは結局最後まで自分の理想に手が届く事はない……その哀れな姿を貴様も共に見守るがいいさ」

 そう呟きクロウドは半壊した屋敷を後にする。



 ・

 ・

 ・



 

 「敵襲……?」

 そう、アリスにイシュトが尋ねる。


 「今……マーキスとマリが応戦しているけど、かなり分が悪いわ」

 そうアリスが返す。


 「……いったい誰が?」

 状況が読み込めずそうアリスに尋ねるが……


 「ハレと名乗っていた……大盗賊の女ね」

 そうイシュトにアリスが告げる。

 

 

 「全く……あたしは話し合いに来ただけだぜ、魔女とその使い?」

 そんなやり取りをしている間に、近づく人影。


 「大盗賊の女?」

 イシュトがそう呟く。


 「何、こえー顔してんだ?」

 イシュトの目にそうハレがたずねる。


 「マーキスとマリはどうした?」

 返答次第では本気で死合うつもりで聞く。


 「……安心しろ、命を奪ったりはしねーよ、こっからの商談に携わっちまうかんな」

 ハレはケラケラと笑いながら二人を恐れる事無く近づくと……


 「単刀直入に言う……一時的に手を組まないか?」

 右の手のひらを二人に向かい差し出す。


 意図が読めない……

 個々の能力の高さとしては正直……彼女以上に危険視する相手は多数居る。


 が……行動の一つ一つに一番警戒の必要な相手だと思う。


 「二人揃ってそんな……疑った顔すんじゃねーよぉ、傷つくじゃねぇか」

 言葉とは裏腹、ケラケラと笑いながらこちらの様子を伺っている。


 「これより……バレルバントを使ってアクレアを攻める」

 ハレが躊躇うことなくそう告げる。


 「それで……私達にどちらに加勢しろと、言っているのかしら?」

 アリスは冷たくそう返す。


 「手を貸せって頼んでるんだ、普通に考えればわかんだろ……」

 なぜ、そんな意地悪な質問を返すのか理解できないとハレが言う。


 「わざわざ、敵国を攻めるから私の敵にまわってほしいなんて一言でも言ったか?」

 アリスも彼女をかなり警戒しているように、彼女の口車に乗らぬよう慎重に言葉を返す。


 「あら……バレルバントはあなたの国だったとは思えないけど……違ったかしら?」

 そう返すアリスの台詞に相変わらずケラケラと笑いながら……


 「まぁ……どっちの国もどうなろうとあたしの知った事じゃねーけどなっ……あのアクレアの英雄の優男を潰すのに手を貸してくれって話さぁ」

 アクレアの英雄……確かレクスと言ったか……

 イシュトから見ても今回の神奪戦争の中に置いて……誰よりも正しい正義を貫いていた人間に思えた。


 「……恐らく、他の連中もこの戦の匂いを嗅ぎつけて現れる……この神奪戦争が大きく動く戦いになるだろう……あたしと手を組め、悪い話じゃねーだろ?あの優男の伏せられた能力……そしてあんたにとって今後やりにくい、正義の信念を持った相手だ、あんたが守るべき相手の為にも早々に敗退を願うべきじゃねーのか?」

 そうイシュトの心を見透かすようにハレが言った。



 「戦には参加しよう……だが、あんたの味方をする訳ではない」

 そのイシュトの台詞にハレは嬉しそうに笑い。


 「……それでいいさ」

 そう返しケラケラと笑いながら……二人に背を向けると取り出した魔具でその姿を消した。


 「以外ね……」

 勝手に話を進める様子を面白く無さそうに眺めていたアリスだが、姿を消した女盗賊を確認するとそうイシュトに問う。


 「どちらかと言うと、貴方の言う正義っていうものは、あのアクレアの騎士に似たもの感じているのかと思ったけど……」

 イシュトの抱く正義を彼女なりに理解していた……


 「……聖都での対談では、確かに彼の言葉には敬意すら持っている……だけど、一つだけ……違っている事がある、そしてそれは彼も同じ結論に辿り着くだろう……」

 そうイシュトがアリスと問いに返す。


 「違い?あの対談に私は最後まで参加しなかったけど、あなた達が対立するだけの違いを感じなかったけど?」

 アリスには少し理解できないというように問う。


 「そのたった一つの違いは、彼の正義が本物であるが故、解りあうこと不可能なんだ……俺も彼も守るモノが違う」

 何かに感づいたような、まだ理解できていないような……どちらともとれる絶妙な表情でイシュトを見る。


 「俺は……、マコ、マリさん、マーキス……マル、そして……アリス、お前たちを守りたい」

 そんな真っ直ぐなイシュトの目に、思わず動揺するようにアリスは目を反らす。


 「あら、あなたも少しは主人を喜ばせる言葉を覚えたのね……」

 そう言い、アリスは少しだけ嬉しそうに笑った。



 ・

 ・

 ・



 左手をぐーとぱーの動作を繰り返す。

 魔女の使いに斬り落とされた腕も元通り違和感がなく動くようにまで回復した。


 医療技術も凄く進化したものだと改めて思う。

 アスは、ミレーナの仕事を手伝いその帰り道だった。


 気づいていた……その気配。

 今日、一日中つきまとわれた気配に……

 俺に平穏な日々はまだ許されていないのだと……そう思った。


 「アス?どうかしたの?」

 ミレーナは少し遅れ気味のアスにそう振り返り尋ねる。


 「母さん、ごめん、少しだけ用事思い出したから先に家に戻ってて」

 そう笑顔でミレーナへと伝える。


 「いいえ、少しくらいならまっているわ」

 いつもと違うアスに少し不安そうにそう答えるが


 「俺なんかより、家で留守番しているキノが心配だから、大丈夫……すぐ戻るよ」

 そうアスに言われ、ミレーナは黙って従った。


 笑顔でミレーナを見送っていたアスであったが……その背中が見えなくなると表情が変わる。


 「出て来い……貴様がずっとつけて居たのは気づいている」

 そのアスの台詞を聞いて


 「ヒッヒッヒッヒ、気づいておられたか、クロウド様の命令により貴様を抹殺する」

 聖都の魔道制服……それなりの年配であろう男。

 そして、脇道からぞろぞろと現れる部下であろう聖都の魔道師たち。

 一つ、違和感……確かに彼をつきまとう目は一つではなかった。

 それは気づいていたが、だが朝からずっとつきまとった一番気になっていた気配の正体がそこには居ない……まだ、仲間が隠れているのか?


 くだらない……いずれにしても、この程度の兵力で俺を止めるつもりなのか……

 ミレーナさんを母さんを……キノに危害を及ぼすというのならば、俺は容赦などしない。

 

 「ヒッヒッヒ……男は魔道服のフードを深々と被りその奥から奇妙に笑いながら……手にした球体の魔具を地面に転がした。


 くだらない……アスは即座にその魔具の魔力を解析する。

 そして、その魔力を書き換え無力化しようとするが……


 「ヒヒッ……見たな?もっとじっくり見ろ」

 そう謎に呟くと、球体の魔具は眩い光を放つ。


 「くっ!?」

 閃光?目くらまし……魔力を書き換える、魔力分析にアスはその目で標的を見る事で分析と書き換えをおこなっている……彼の能力の武器は彼のその目であるといっても過言では無い。


 「ちっ!」

 慌てて目を開いても、激しい光にやられた目はすぐには回復しない。

 真っ白になった世界で懸命に対象を探そうとも、無駄に集められた部下の気配もあり……完全に敵の策略にはまってしまった……


 そして……朝からずっと気になっていた気配……再びその気配を間近に感じた。

 

 「回廊……解析、イメージしろっ彼と私を守る鉄壁の壁!」

 その言葉は自分のすぐ側から聞こえた。

 少しずつ目がなれてくる……

 

 無防備になった自分を狙ったであろう魔法は一つも自分には届いていない……

 そして……目の前には透明な壁が360℃囲んでいた。


 「良かった、間に合った」

 茶色い綺麗な髪に綺麗な顔立ち……何故彼女がここに現れ自分を守ったかも不思議だったが……何故か何処か、懐かしいとさえ感じた。

 昔……何処かであったことがあったのだろうか?


 「君は……?」

 そう突如現れた女性に尋ねる。


 「未来より、君を守りに来た……正義の味方、いや、魔王の味方……かな?」

 言っていて自分で恥ずかしくなったように照れ笑いしている。


 「ヒッヒッ、何者か知らんがまとめて仕留めてやる」

 クロウドの使いはそう言うと再び、数多の球体の魔具を取り出し地に放り投げる。


 「……大丈夫、君はアイツを倒すのに集中して」

 茶髪の謎の女はそう言うと、漆黒の腕……おそらくガントレットのようなものを腕に嵌めているのだろうか……その場に立ち膝をつくとその右手を地につける。


 「回廊……分析、イメージしろっ!光を中和する闇っ!」

 女がそう言葉にすると……一斉に閃光を放った球体から少し遅れるように球体から漆黒の闇が光を追うように放たれる。

 闇が光に追いつくと……まるで何もなかったように魔力の波紋のようなものだけが周囲を駆け抜けていく。


 いったい……何が起きている……アスでさえ、状況の整理が追いつかない。

 まるで、自分同様の……そんな力を持っている女性……


 「せっかくの再開……ちょっと待っててね」

 女性はそう言って、アスの前に立つと、ここのボスであろう魔道士に対峙し漆黒の右腕を天に突き出す。


 「……その閃光を出す球体の魔具、まだ持っているなら全部捨てちゃった方がいいよ」

 女は敵にそう助言をすると……


 「回廊……分析、イメージしろ、閃光を詰め込む球体の爆破っ!!」

 そう女性が言葉にすると……


 目の前の男の魔道服の中……同じく周辺の部下の魔道服のポケットやバッグが輝き出し眩い爆発を起こす。


 謎の女性の手により、聖都の連中はあっという間に壊滅していた。



 「君は……?いったい何故俺を?」

 戸惑うアスを他所に……


 「そんな質問よりもまずは……助けに来た恩人に言う事があるんじゃないかな?」

 嬉しそうに笑う女性に……


 「あ、あぁ……助かりました、有難うございます」

 そう頭を下げるアスを不満そうに見つめ……


 「違うっ!」

 拗ねるような声をあげる。


 「昔みたいに、褒めて欲しいのっ」

 そう女性はアスに歩み寄るとアスの手の高さに頭を持ってくる。


 「えっ?」

 完全に戸惑っているアスを他所に……


 「昔はよく、優しく頭を撫でてくれたの……そう聞いてる」

 完全にかみ合わない二人の会話だが……思わず言われるがまま目の前の女性の頭を撫でると、小動物のように嬉しそうに行為を受け入れる。


 「なぁ……君は誰?俺を知っているの?」

 再度繰り返すアスの言葉に……


 「最初に聞かれて、最初に答えた……君を守りに、神に抗う為に、未来を変えにやってきた!」

 あさっての方向を見ながら女性は答える。


 謎の女性の謎の回答に戸惑いながらも……何処か懐かしさを覚える女性に……懸命にその記憶を辿っていた。

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