第27話 だからこの世界は悪なんだ・・・

 「うぅ……くっ……」

 時折訪れるその痛みに苛立ちか、その痛みを紛らわすためか……

 テーブルに置かれた皿をその痛む右腕で払いのける。


 「はぁ……はぁ……」

 神奪戦争の開戦前にイシュトの前に姿を現した少し男勝りな女。

 ヒリカと名乗った女。


 「……ははは」

 痛みがだいぶ落ち着いたのか……壁を背に座り込んで頭を天に向け乾いた笑いを続け……


 「……これが不死の代償か……イシュト……あんたは……この何十年、何百年という年月を何度も繰り返して……何を後悔し、何を学んだ?」


 「……わたしは、あと……どれだけあんたに立ち塞がればいい……わたしは……」

 絶望するような瞳にうっすらと涙が浮かぶ。


 「いくら繰り返そうと……いくら絶望しようと……いくら学習しようと……何にもかわんねぇんだ……あんたがいくら、この真っ白な世界で……そんなちっぽけな身体の色を変えようと、輝こうと……この世界は何も変わらない……」

 何度も繰り返される歴史に……何度も眺める景色に……いつしか絶望しか覚えなくなった。

 それでも……


 「……何十年……何百年……この世界を繰り返しても……私の世界……私の何にもない世界……何にも無かった世界……何の色も無い世界……そんな世界を染めてくれたのは……たったひとりの正義の味方、イシュト……あんただけなんだよ」

 それは数日前の大切な記憶のように……それは何十年も前の大事な思い出のように……女は何かにすがる様に眠りに落ちた。



 ・

 ・

 ・



 「ドロボーーーーッ、誰かそいつを捕まえてくれっ」

 そんな店主の叫び声と同時に、店の食料を両手に大量に抱えた赤い髪の少年らしい子供がその小柄な体系を生かし小動物のようにぴょんっぴょんっと小道に逃げ込み、積まれた荷持の箱に飛び乗り、器用に徐々に高い位置に飛び移りながら、囲まれた塀の反対側へと逃げ失せる。


 少年らしき子供がしばらく離れた場所までやってくると、

 スラム街……廃墟とさえ思えるような場所に辿り着く。


 そんな赤い髪の少年の元に数人の身寄りのない子供が寄ってくる。

 少年は両手に抱えていた食料のほとんどをその場に投げ捨てると、

 子供たちがその食料へと群がった。


 自分の分にと残った食料を手に、自分が寝床にしている瓦礫を綺麗に積み上げた穴倉に向かう。


 ・・・。

 少年は険悪そうな顔をして……


 「……誰だよおっちゃん?」

 自分の縄張りに知らぬ人間が潜んでいた。


 黒い髪……眠っているかのような糸目……

 ぼろぼろの衣服、そこから覗く傷跡だらけの身体……

 正直、生きているのが不思議なくらいの死線を潜り抜けているように思える。


 「……すまない、ここは君の場所だったのか」

 ぼろぼろの男は優しく口元を緩ませそう言った。

 大して珍しくもないし気にしていなかったが……スラム街の者では無い武装した兵士が数名誰かを探すようにうろついているが眼に入る。

 少年はひとつため息をついて……


 「……面倒ごとに巻き込まれたくないし、もう少しだけ居ていいよ」

 盗みを働いた自分にまでとばっちりが来るのも面倒くさい。


 「……すまない」

 傷だらけの黒髪の男はそう言って身を潜めた。


 特に会話することも無く、沈黙が支配するその場所で、

 自分の縄張りの近くの瓦礫に背をつけ座ると、

 盗んだパンにかぶりついていた。


 もぐもぐと口を動かし、周辺を眺めては……時折自分の縄張りに居座る傷だらけの男を眺める。


 「なぁ……腹減ってる?」

 沈黙の中、かすかな少年の咀嚼音に答えるように腹の音と生唾を飲み込む音のようなものが聞こえた気がした。


 申し訳無さそうに俯いている傷だらけの黒髪の男に手にしていたパンをひとつ投げよこした。


 「……ありがとう」

 黒髪の男は少年に感謝をのべ、地面に転がったパンを懸命に手で探している。


 「……おっちゃん、もしかして、目が見えてねぇのか?」

 そういう顔だと思っていたが……何者かにその両目も奪われたのだろうか。


 「……命ある者は気配を読み取れるんだけど……」

 そう言いながら懸命にパンを探す黒髪の男に少年は再びパンを手にすると、

 黒髪の男に差し出す。


 「ありがとう……」

 言葉通りに黒髪の男は少年の居場所はすぐに認識しそのパンを受け取る。

 相当お腹が空いていたのだろう、男はパンにかぶりつくと飲み込むようにあっという間に食べてしまった。


 ………

 「んっ……」

 その言葉と同時に自分の食べかけのパンを再度、男に差し出す。


 不思議そうに見えてない目で少年の顔を見上げる男に、

 「……食べかけで良かったら食えよ」

 少年は言うが……


 「君の分だろ……」

 戸惑う男の言葉に


 「……なんか、食欲が失せた、お腹が空いたらまたってくるからいいよ」

 少年のその言葉に感謝し黒髪の男はそれを食す。


 ……男が自分の食べかけのパンを食べ終わるのを見計らって


 「おっちゃん、何者?」

 ほんの少しの興味を満たす程度のつもりだった。


 傷だらけの男は……どこか寂しそうに、

 最初の出会いと同じ表情で、口元を優しく緩ませ、


 「……正義の味方……の成れの果て」

 その思いがけない言葉に……悪い冗談だとわかっていても、

 自分とは縁のない言葉だとしても、余りにも自分の知る正義の味方という人物像とはかけ離れている。


 「……正義の味方……の成り損ないかな」

 そう男は訂正した。


 「……誰も救えなさそうな正義の味方だな」

 立派な正義の味方なら自分の事も救ってほしいものだが、

 とても、そんな立派な者には見えない。


 「……そうだね、現に僕にとっては君が正義の味方だ」

 そんなつもりなど無かったが現に男は自分に救われている。


 「違うよ……」

 赤い髪の少年はそっぽを向き、その言葉を否定する。

 この真っ暗な世界……少年の世界はいつだって闇だ。

 そんな世界では悪しか産まれない。


 「……否定してはいけない、君の正義を」

 傷だらけの男はそう少年に告げるが……


 「違うっ!そのパンだって俺が店から盗んだモノだ、あんたが感謝するような存在じゃないっ」

 少しムキになる。

 この世界で……自分が正義になることなんてない。

 生きるために……自分は悪になるしかない。

 そう……言い訳することでしか生きられない。

 そんな事が正当化される訳ないと知っている……


 なのに……なのに……その自称正義の味方の成り損ないの男は……


 「違わない……」

 自称正義の味方の成り損ないは、少年に否定することを許さない。

 この少年の知る世界の定義で計らぬ言葉で……

 この少年の知る世界の正義と悪の定義から外れた目線で……


 少年の真っ暗な世界に一筋の風が吹きぬけ……

 真っ白に変わった世界で……


 「……君がおこなったことは、君が生きる上で、同じ境遇の仲間を助ける事に置いて正しい選択だった、君が僕に差し伸べた手は紛れも無く正義の救いの手だ……」

 見えていない目で少年の顔……その心さえも覗き見るように


 「……それが正義きみ自身だ……もしも、この世界がそんな正義を悪と言うのなら、この世界が悪なんだ」

 誰も、自分の行いを褒めることなんてしなかった。

 もちろん、自分自身褒められた生き方をしてないと思った。

 なのに……目の前の自称正義の味方は……


 「……形はどうであったとしても、君が誰かを救った正義じじつは変わらない」

 自分にとって都合の良い言葉だったからかもしれない……

 それでも、この男の言葉が一瞬で自分の世界を染め上げた。


 こんな世界で誰かの言葉に感動を覚えたのは産まれて初めてだった。


 そして、もっと……もっと、この男と一緒に居たいという感情が芽生える中……


 近づく武装兵の足音に気がつき、

 男はそっと立ち上がり、


 「世話になった……」

 これ以上迷惑はかけないと、少年の元を離れようとする男に……


 懸命に口実を探す……

 男ともっと繋がっていられる口実を……


 気がつけば身体が動いていた。


 誰かを探しに近づく武装兵の前に立ち塞がる。


 「小僧、邪魔だ……少しこの辺りを調べさせてもらうぞ」

 懐から護身用に身に着けていた短剣を抜く。


 「何のまねだ?貴様に用はない、それとも奥に何かあるのか?」

 口実……を探していた。

 大人相手に勝てる訳ないと思っていたが……


 スラム街、増して正当防衛となれば目の前の少年を叩きのめす口実としては十分である。

 武装兵は剣を抜くと、目の前の少年に斬りかかる。

 少年の剣は簡単に弾かれ、後方の地面に転がる。


 だが、武装兵が再度振りかざした腕が少年に振り下ろされることは無かった。


 「あっ……?」

 武装兵の右腕は剣ごと自分の後ろに転がっていた。


 「……すまないが、その子に手をかけるというのなら、ぼくは君に剣を向けるしかない」

 何時の間にか傷だらけの男は少年の後ろに立っていた。

 そして、少年と同じ短剣を手に視力なんていうハンデも関係なく、

 完全にこの場を圧倒していた。


 普段なら見逃していた……

 でも……

 傷だらけの男は、容赦なく目の前の武装兵の命を奪った。


 見逃せばきっと……自分と一緒に居たこの少年に危険が及んでしまう。


 「すげぇ……」

 自称……するだけあって、その腕は偽りの無いものだった。

 素直に少年が声を漏らす。


 口実が欲しかった。


 「なぁ……おっちゃん、あんたをもう少しここでかくまってやるよ」

 そう徐に少年は言う。


 もちろん、そんな危険を少年にかける訳にはいかない……

 立ち去ろうとする黒髪の男に


 「ろくに食事もありつけないんだろ?」

 少年は呼びとめ……


 「俺が何とかしてやる……だからさ……」

 それは、きっとただの口実だったんだ……

 真実を知れば、きっと男の気持ちを裏切るのだろう。


 「だから、その少しの間、俺の師匠になってくれっ!」

 あんたの言う正義の味方に……

 あんたが俺に見た正義に……応えることで。


 この人に自分の正義の味方になって欲しかったんだ。


 思った通り……自分の正義に未練のあった傷だらけの男は足を止めた。



 「俺はヒリカ……おっちゃんは?」

 ……承諾したという解釈で少年は黒髪の男に尋ねる。


 「僕はイシュト……」

 そう傷だらけの男は答える。

 きっと自分の事を男だと思っているのだろう。

 今はそれで構わない。

 きっとその方が目の前の男は現状を受け入れる。


 幼い身体はまだ、男女の違いをはっきり認識できない。

 目の見えないものからすれば、男勝りな喋りの自分ならなお更だろう。


 目の前の男を愛しく想っている自分の女の部分も……

 受け入れるのはもう少し先でいい。

 今はただ、この男と少しでも繋がっていたいそんな焦りだけが支配する。


 私の世界に突如現れた一色の色。

 私の世界に現れた正義の味方。


 今は師弟関係でも構わない。


 いつか、私の存在が……貴方の世界で彩れることを信じて……






 ・

 ・

 ・




 真っ暗だ。

 目が覚める。

 真夜中……当然だ。


 「あなたの世界に……私は存在しているか?」


 夢の続きを……語るように……

 ヒリカは独り……呟く。


 何十年……何百年……繰り返される歴史に……

 そのたび、私は貴方にその存在を植え付けていく。


 貴方を救いたいという私の想いは、いつの歴史も空回りしていた。


 いくら歴史が繰り返されようと私の世界はいつだって決まっている。

 私の世界はいつだって一色だ。

 たった一つの色に染まった私の運命はいつも決まっている。

 答えなど必要ない。

 いつだって貴方のそばに居る。

 いつか、貴方をその悲しみの連鎖から救ってあげる。


 だから……私の色を貴方の世界に彩らせて下さい。


 「……貴方が私を救ってくれた言葉……覚えているか」

 私のたった一人の正義の味方。


 「いくら歴史が繰り返されようと、いくら歴史が書き換えられようと……貴方が私を救った事実せいぎは変わらない」

 だから……貴方はいつまでも私の正義の味方。

 私を助けた真実は変わらない。


 だから、もしこの世界が貴方を悪と言うのなら……


 「この世界が悪なんだ……」

 そうヒリカは独り呟いた。

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