第26話 だから、その最強(ことば)が私を呪い続けている②

 特殊な壁に囲まれた小部屋……

 同じ創りの別の小部屋にキョウとレフィは閉じ込められていた。


 窓一つ無い……ベットが一つだけ置かれた部屋。

 キョウもレフィも自然とそのベットに腰掛けていた。


 「おい……小娘っ聞こえてるか?」

 キョウが壁越しにそう叫ぶ。


 声は届くようだ……

 「たくっ……てめぇが考え無しに行動するから最悪な状況じゃねーか……」

 お互いにまだ命がある……

 あの男の目的がわからない。


 「ん……聞こえてないのか?」

 レフィには男の声が届いているが、それに答えがないためそんな不安がキョウを襲う。


 「……なんで?」

 レフィがそう答える。


 「なんだ、聞こえてるんじゃないか……」

 一見、何の質問かわからない問い。

 なぜ、自分を助けに着たのか……そうレフィは尋ねた。



 「別にお前を助けたわけじゃねーよ」

 自惚れるなと言いたげにキョウは答える。


 「俺はお前との約束……そしてお前にその代償を得るためにやっただけのことだ」

 そうキョウは答える。



 「あーーーあーーーーっ聞こえるかな?」

 天井からシグレの声が響く。


 「それでは、最終ショーの幕開けだ」

 その言葉と共に、天井の一部から、冷たい冷気が部屋に流れ出す。

 周辺の特殊な壁が一瞬で凍り付いている。


 一瞬で部屋の温度が凍えるような寒さに変化した。


 「……たく、こんな真似するなら早めに言え……こっちは薄着なんだぞ」

 軽口を叩くキョウに。


 「……安心しろ、最終ショー、君たちにはまだ助かる道がある」

 そうすることにこの男になんの得があるのか。

 それでもシグレは続ける。


 壁の一つが開き赤と青のコードが現れる。

 「嬢ちゃん……君に今からどちらかのコードを切ってもらう……」

 男は続ける。


 「斬ったコードが正解ならお互いの部屋の冷気が止まり、どちらか片方だけのドアが解放される」

 男は続ける。


 「もし、間違えば……当然冷気は止まらず、ドアも開放されない」

 男は続ける。


 「二分の一……君に託された訳だよ」

 さきほどのにやつく男の顔が思い浮かぶ。



 そして……さらに少し離れた場所の壁が開く。

 白いコードが一本表れ……


 「そのコードを切れば、相手だけは助けられる……自己犠牲という訳だ」

 三択……二人で生きるか、二人で死ぬか……一人を助けるか……


 「アホか……小娘から聞いてなかったか?俺らは互いに命を尊重しあう人間じゃねーんだ、互いの目的のためだけの存在だ」

 キョウはそう言って……少しだけ黙ると


 「となれば、ただの二択だろ……その男が信用できるかは別だが……こんなくだらない死に方したくないからな……外した時は存分に文句言ってやるから、さっさとどっちかを斬ってしまえ」

 キョウがそう告げる。


 「赤と青、それと白……どれを斬ればいい?」

 そうレフィは壁越しに尋ねる。


 「白……?あぁ……だから三択じゃなく二択だと言っただろ……」

 そうキョウは答え


 「……なるほど……まぁ考えた所でヒントも無いからな……後は神だのみしかないだろ」

 キョウはそう言った。


 あいつの紅の刀が頭に浮かぶ……

 その何かの運命を断ち切るかのように……

 迷い無くレフィはその赤い線を断ち切った。



 部屋の半分以上が凍りついていたが、途端に吹き流れる冷気が止まる。

 当たった?


 「どうだ?斬ったのか?」

 キョウの声が聞こえる。


 「赤……こっちの冷気は止まった……そっちは?」

 レフィがそう尋ねると


 「……あぁ、こっちも止まったみたいだな、だが……こっちのドアが開かないところを見ると、開いたのはてめぇの方か」

 その言葉通り、レフィ側の扉が開く。


 「……くくくっ、シグレ、お前……重大なミスを犯したな……逃がすのが手負いの俺ならまだしも、手負いでない俺よりも凶悪なバケモンを解放するなんてな」

 まだ、聞いているのかわからないシグレにキョウは言う。


 「……もはや、お前の小手先の罠なんてもんはこいつには通用しねぇ……無駄に戦場知識をバケモンに与えた事に後悔しながら死んでいけっ」

 そうキョウは言い放ち……


 「おい、小娘……たぶん行き着く先にこのドアを開放する何かがあると思うから……もののついでに探してきてくれ」

 キョウにそう言われると、黙ってレフィは外に出る。








 「おやおや……せっかく一人逃げ出すチャンスを与えたのに……」

 城の最上階……ベレッドとシグレの2人が待っていた。


 周囲には銃器を持った兵が何百近くが居た。

 だが、今の彼女にそれらをいくら持ちいった所でもはや何一つ通用しない。


 兵の誰一人を手にかけることも無く……

 レフィの刀の先は王であるベレッドの首を捕らえていた。

 あと少し動かすだけでいつでもその首を跳ねられる。


 王を盾にするように周囲の動きを止める。



 「何をしているっ構わず撃てっ」

 シグレがそう叫ぶがだれ一人と動かない。


 「くっ」

 シグレが目の前にあるものを覆っていた布を払うと、巨大なガトリングガンが現れ、その引き金を迷わず引く。


 「あ…が…がぁ…」

 ベレッドの背に身を隠したレフィの代わりにその銃弾を受け……その亡骸がその場に転がる。


 「くそがっ!!」

 シグレがガトリングガンの銃弾を放ちながら、レフィの姿を追いその銃口をずらしていくが、室内でめちゃくちゃに撃ち出された銃弾は尽く同士討ちとなっていく。


 ダンっという別の銃口の音で、シグレの動きはピタリと止まり……

 シグレのガントリンガンに容赦なく体を撃ち抜かれた兵の一人が意識を失う間際、

 その男の腹部を撃ち抜いた。


 レフィは一度も刀を汚す事無く、その場は沈黙した。


 レフィは一つため息をつき、それらしいボタンを発見する。

 小屋の毒霧で捕らえられた時の仮がある……

 キョウを閉じ込めた扉の鍵を解除し、複雑な心境の中、キョウを迎えに行った。






 少し色々あったが……明日目が覚めれば、また……少しだけ距離を追う様にあの男の後を追う様に歩けばいい……そうすればまたいつも通り……そんな日が続く。


 開けたはずのドアはまだ開いていなかった……

 中からキョウが出てきた様子も無い。

 開いている事に気がついてない?

 そう思い、ドアに手をかける……


 ロックは外れている……なのに何かひっかかるように扉が開かない……


 氷?ドアが凍りついている……?

 レフィは少しできた隙間から扉を固定している塊を斬り崩しながら強引にドアを開く。


 途端にもの凄い冷気が部屋の外へ抜けていった……



 想像してなかった風景に目が点になる……


 頭の整理が追いつかない……


 部屋全体が凍りついていた……

 目的のモノが何処に在るかさえ一瞬わからなかった……


 身体のほとんどが凍り付いている……


 なぜ……なぜそうなった?


 壁に目をやる……


 壁には黒いコードが断ち切られていた……


 ……ゆっくり思い出す。


 赤と青のコード……どちらかを断ち切れと言われた。


 あとは……白いコード……


 私の部屋にあったのはそう……赤と青、それと白のコードだ。

 そして、彼の部屋には断ち切られた黒のコード。


 白いコードを切れば彼だけを助ける事ができた。

 それと同時に黒いコードを切る選択が彼だけに与えられていた?


 そもそも白いコードでキョウが助かり、黒いコードで私が助かるのなら……

 あの赤いコードも青いコードも切ったところで……はじめから助かるのは1人だけ……どちらが先に自己犠牲にしたか……白のコードに真っ先に疑問を覚えたキョウはすぐにこの答えに辿り付いた……


 「キョウ……?」

 初めて名前を呼んだ気がした……


 思考がようやく状況に追いつくと、キョウの元へと駆け寄る。

 触れると同化してしまうかの思うほど……青白く皮膚が変色し……

 身体の一部が凍りつき……それ以外の部分も霜で化粧をしたかのように……真っ白で……懸命に両手でそれらを溶かすように撫でる。


 優しく……加減を間違うとその身体ごと氷が砕けてしまいそうで……

 「なんで……」


 「……なんだ、やっ…と…きた…か」

 少し意識を失いかけていたキョウは震える唇を懸命に動かす……


 そして、最後の力を振り絞るように、自分に触れるレフィの身体を冷たく払いのける。


 そして……自分の愛刀を目の前に差し出した。



 「…やくそく…のときだ……」

 約束……渡される紅の刀……何を意味しているのか……


 「………いや…だ」

 レフィが何とか答えた言葉に……


 「……はやくしろっ!」

 怒り……焦り……男が何にそこまでこだわるのだろうか……


 「……いや…だっ」

 目を覚ませば……また憎いこの男の背を見ながら……同じ景色を見つめて……

 お腹がすけば……また憎いこの男と背を会わせながら……あの甘い香りの串に刺さった三色の団子を食べて……

 疲れたら……あいつと少し離れた場所で眠り……色んな夢を見る……


 これからもずっと……この感情もこの気持ちも……わからないまま……

 答えも見つからないまま……


 「たのむ……やくそく……おれが……最強と認めた……お前の手で……俺の刀で……俺の剣技で……俺を殺し……そして……俺に代わり……お前はその刀と剣技で……最強になれ……それがこれからもお前が……生きる理由……だ……」

 人の愛し方を知らない……愛され方を知らない……そんな似たもの同士……


 「……頼む……俺を……俺のここまで生きた……証を……終わらせないで……くれ……おねがいだっ」

 意識が遠のく中で……必死に目の前の娘に願う。

 それがどんな理不尽な願いなのか……わかっていながら……


 限界に意識が薄れるキョウとは別に……今も流れ出る冷たい冷気にレフィの意識は逆に覚醒していく……。


 「あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ」

 何ヶ月か前にも同じように……短剣を男の頭上に構えていた。

 

 「あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ」

 手にした紅色の刀……その後の事は覚えていない。


 「ありがとな……」

 こんな役目を押し付け……俺の願いを叶えてくれた事。


 「ごめんな……」

 お前の家族を殺し……お前の力に魅せられ……

 お前の両親の代わりに人の愛し方も知らない俺がお前に家族らしいこと何一つできなかった事……


 「ごめんな……」

 最後までお前に怨まれたまま……お前に殺されるつもりだったのに……

 たぶん……俺はお前に愛されようとしていた……


 なぁ……頭がおかしいと思われるかもしれないが……

 俺は……


 お前に怨まれ続けたこの数ヶ月間。

 1人で旅して見てきた景色より……お前と旅して見た景色……

 お前と見た……桜……月……


 この……感情……この……気持ち……


 どう表したらいいんだろうな……


 「……楽しかった……」

 その表現は正しかったのだろうか……


 意識が遠のく……流れ出る血は焼けるように熱く感じ……

 少女から零れる涙も同じくらい熱く感じ……



 瞼が重い……

 早く目を瞑ってゆっくり休みたいはずなのに……


 わかってる……わかってるんだ……


 この目を閉じてしまえば……いつもみたいに明日はこない。


 わかっている……わかっている……


 目を閉じれば……目の前の小娘とは……二度と会うことが出来ない。



 「……なま…え、きいて、もいいか?」

 今更……今更だったが……


 「……レフィ……」

 

 「……レフィ…か、いい…名前……じゃないか」

 小娘なんて呼ばず……その名で呼んでやれば良かったな。


 「……レフィ…きちん、と愛して……やれなく…て……ごめんな……」

 少しだけの後悔と……

 あぁ……そうか……ようやく一つの自分の気持ちに答えを見つける。


 レフィ……こんな俺と……

 「……一緒に居てくれて……ありがとう……」

 その言葉を言い終えると……世界が暗転し……どこか深い……どこか深い場所に意識が吸い込まれていく感じがした。


 あぁ……死にたくねーなぁ……

 もし……時間を巻き戻せるなら……

 家族の前でくらい、笑える奴になりてぇな……


 生きろ……レフィ……全てを奪った俺の言える言葉じゃないのはわかっている。

 それでも……言わせてくれ……


 お前と出会えて……良かった。






 翌日……少女は紅い刀を証拠にギルドに自分が賞金首の戦場の渡り鳥を討ち取ったと名乗り出た。

 最初は信用されなかったが、数日後に桜の木の下でキョウの死体を発見されたことによりその噂はあっという間に広がった。


 元々、彼女の存在はすでにあらゆる戦場で噂は広がっていて……その実力を疑う者はすでにいなかった。


 その最強ことばだけが……今も私を呪い続け……そして私が生きる理由…… 


 誰にもわからなくていい…… 私を理解しなくていい……


 私が……ただあの人のためにできる事……


 そして……今も私が生きる理由だ……。


 誰にも……邪魔はさせない……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る