第25話 だから、その最強(ことば)が私を呪い続けている①

 ミストガル……日課の稽古を終えたセンはどこか気の抜けた様子のレフィに尋ねた。


 「ねぇ、レフィはいったい何処でその剣の腕を習ったんだ?それに……この刀って、調べた所、サンフレアと呼ばれる国の特注品だろ?」

 「それに、どうしてそこまで最強にこだわるんだ?」

 そこまで、一気に質問したセンの様子を見て、タリスは頭を抱える。

 同じ失態を犯した自分がようやく蟠りがなくなったと思ったのに……


 「わからない……」

 今回は簡単に答える。


 「わからないから……答えが欲しいだけ……」

 なんだと思う。

 多分……本音で答えているのだと思う。


 「想像してみて……」

 冷たい目……少しの嘘も動揺も見逃さないようなその目で……


 「両親も生きる場所も奪った、見知らぬ男に……生かされ続けた果てに……その復讐の果てに……その憎き男の喉仏に刃を突きつけ、その目的が果たされる先で……男の願いを……せっかく果たし、失なう事のできた生きる目的を上書きされた者の末路を……想像できる?」

 そのレフィの言葉に……

 とても……彼女の語る世界に思考が追いつかないまでも、

 彼女が恐らく……センにもタリスにもその想像が追いつかない程の体験をしたのだろう。





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 幾度目かのキョウと幼い少女……レフィとの対峙。

 結果として、これまでと同じようにレフィの手から弾かれた刀が彼女の後方に突き刺さり決着となる。

 つまらなそうに、キョウは刀を鞘に納めると、

 人気のない街灯背に座り込むと、懐から旅先で買っていた団子の入った袋を取り出すとその場で食べ始める。

 そして、徐に別の袋に数本の団子を詰めると、自分が背にする反対側の街灯影にその袋をそっと置いた。


 呆然と立つレフィを一度眺めると、ポンポンと地面を叩き、

 お前も座ってそれを食べろと言っているようだった。


 空腹……死を恐れぬ彼女も、空腹を満たすという欲求はどうにも払いきることはできない。

 レフィはキョウと反対側、街灯を挟み互いに背を向け合いながらの食事会となる。


 「……本気……じゃなかったな?」

 それはお互い様ではあったが……自分より遥かに年下の少女に手を抜かれる理由、増して、憎き相手に手を抜く理由など理解できない。


 「……俺に生かされ、側に居る事で情でも沸いたか?」

 そうキョウがニヤリと笑うと同時に、ぐらりと身体が揺れ、

 その途端、地面に叩きつけられていた……胸元に小さな少女が覆いかぶさり、喉仏に彼女に渡した刀とは別の短剣が握られている。


 「やりゃ……できるじゃねーか」

 全く反応できなかった……


 「どうした……その刃を少し落とせば復讐は達成されるぞ?」

 男もまた……その先の死を恐れる事はない。

 そして……男はその考えに辿り着く。

 俺も目の前のこの少女も……似た者同士だったのだと。


 生きる理由を探す事と同時に……死に場所を求めているのだと。


 「……どうした?もう、俺無しでは生きられなくなったか?」

 ニヤリと笑う男に……


 「ふざけるなっ!」

 レフィは力強く叫ぶとさらに剣先をキョウの喉仏に近づける。


 「俺が憎いか……お前の両親を殺し、お前の生きる場所を奪い……そして死ぬことすら許さなかったこの俺が……憎いか?」

 男は笑いながら……


 「いいぜ……今なら抵抗しない……思うようにその刃を振り下ろせ」

 頭に血が上り、今にもその手を振り下ろそうとする手が震える。


 「どうした?なぜ躊躇する?」

 躊躇?ふざけるなっふざけるなっ

 頭で何度もそう繰り返す。


 「……人を殺めるのが怖い? ……違う」

 男のレフィへの問いを、その問いに男が勝手に答える。


 「……俺に生かされ、この俺が愛しくなった? ……違う」

 男は、目の前の少女をさらに怒らせるように、その少女の心の内を覗こうとする。


 「……俺を殺す事が怖い?」

 ……違うという台詞は続かない。


 「……復讐を遂げる事が怖い?」

 ……男は続ける。


 「……復讐を遂げ、生きる目的を失う事が……怖い」

 短剣を握る手が震えている。

 ……あぁ、そうか……わかっている。

 自分のこの怒りは……わかっている。

 この男が言っている事が図星だったからだ……


 「生きる理由が欲しいか?だったらくれてやる……俺の命と共に俺の生きる理由をお前に……」

 男が笑いながら……


 「俺はお前以外の誰にもこの命は渡さない……お前の復讐のためにこの命を差し出し……その代わりに俺の生きる理由を引き継いでもらう」

 「そして、お前はどんな事があろうと、この俺の命を奪うのはお前だ……その変わりにお前はこの俺の代わりに、この世界でこの刀とその剣術で最強になれ」

 男は笑いながら一方的に……


 「それが……俺のお前への償いで……そして、俺の命の対価に求める代償だ」

 ふざけるなっ…頭でそう何度も叫ぶ。

 レフィの手にしていた短剣はカランッと音を立て、

 キョウの頭の右となりに落ちた。


 「焦るな……復讐その日は必ず訪れる……俺は逃げねぇ、お前になら喜んで命を差し出そう……」



 そして、再び少女は男の背を追う日々が続く。

 長い月日が流れて……

 男は訪れた街でその名を残すための依頼を受ける。


 もしかすると、何処かで復讐その日の訪れなど来ないと思っていたのかもしれない。



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 訪れた街は、ベレッドギアと呼ばれるレジストウェルの魔法国とは正反対の科学国であり、機械による兵器などが栄え、己の武術や能力は低いが、それを補いさらに相手を払いのけるだけの兵器の力を象徴とする国だった。


 そして、ベレッドはその知識の兵器と金で築き上げた地位を利用し、自らを王と名乗り、国の名前までに自分の名を刻んでいたが、一部の批判者が反抗組織を立ち上げ、そしてキョウを雇った。


 ベレッドギア王城……


 「話は確かなのだろうな……」

 ベレッドは目の前の黒い髪の男に尋ねる。


 「高い金を叩いて貴様を雇ったんだ、お前があの戦場の渡り鳥とかいう男を仕留める事ができるのだな」

 ベレッドは目の前の男からキョウという男が自分の命を狙うために雇われたことを聞かされ、その対策に自分を雇うよう申し出た。


 「……いやだなぁ、僕はただの商人ですよ……まともにやりあってアイツに勝てる訳ないじゃないですか」

 黒髪の男はそう返す。


 「ふざけるなっ、だったら何のために貴様を雇ったのだ」

 噂に聞く凶悪な傭兵の存在に怯える王に、黒髪の男は小ばかにするように笑い


 「……いやだなぁ、このご時世、個人の力がなんになります?……貴方ほどの金と権力を持つ人が恐れる相手ではないでしょう?」

 「今は金と情報そして、ここが優れたものが成り上がる時代ですからね」

 とんとんと、左の人差し指で自分の左のこめかみあたりを叩く。


 「……元々サンフレアの連中も手先が器用なこっちよりな人種だったんだ、あいつらみたいに剣術に拘らず刀を捨てて戦えば……滅びる手前になるような事なかったんだよっ」

 男はそこに居ない誰かを睨みつけ言う。


 「ところで、商人……貴様の名前はなんだ」

 今更ながらそう尋ねる。


 「シグレ……サンフレアの武士道に終止符を打つ人間ですよ」

 尋ねたベレッドを通し別の誰かに訴えるようにシグレと名乗る男は言った。


 「それと……今回の報酬金とは別で……奴を陥れるために金と人手を借りますよ」

 まるで、シグレはベレッドの同等の権力を得たかのようにそう告げた。







 「おいっ小娘……今回はてめぇはここで待っていろ」

 レジスタンスに引き付けられ、訪れた王城を前にキョウは割と大きな声で言った。

 誰も反応しないため、レジスタンスの連中が誰に向けられたのか少し戸惑っている中、

 「おまえ、お前だよっ小娘」

 頭だけを振りかえりながらレフィに言う。

 これだけの長い月日を一緒に過ごし、レフィはキョウの名を知っているが、

 キョウはレフィの名を知らない。

 そんな関係を続けていた。


 直接、こういった場で話しかけられるのも初めてかもしれない。


 何時もとは違う……何となくそう察したキョウは、今回の戦場はレフィの経験ではまだ早いと判断した。


 レフィはその言葉に答えることは無く……



 「ちょっと心配してやれば……たくっ、勝手にしやがれっ、そして勝手に死ねっ」

 キョウはそう悪態つくと、先人を切るように王城へと向かう。


 門を華麗な一撃で横真っ二つに引き裂くと、その奥へと進む。


 中はやけに静かだった……。

 中庭に足を踏み入れ、キョウだけが警戒したように立ち止まり、

 他のレジスタンスの連中は構わず前に進んでいく。


 レフィがキョウの横あたりまで辿り付いた頃。


 「伏せろっ!」

 キョウがそう叫ぶと、レフィの頭を掴み自分の身体と共に地に伏せる。

 頭上に素早い光の玉のようなものが左右に行き交い、

 キョウの声に対応できなかったレジスタンスの連中の身体が次々に身体が貫かれていく。


 銃器……サンフレアの刀技術がことごとくその力にねじ伏せられる形になった。


 こればかりは、どんな猛者であったとして……太刀打ちできなかった。


 横を見る。

 自分の手で地に伏せられている小娘の目はその行き交う光を細かい瞳の動きで追っている。

 さすがに手を拱いていたキョウを他所に、レフィはその手を振り払い……


 らしくないキョウを他所に、飛び交う銃弾の中を歩いていく。


 「待てっ……行くな」

 キョウの言葉も聞かず進む、レフィ。

 認めている、小娘の可能性……その対応能力。

 だが……彼女の戦場知識はまだ薄い。


 彼女の知らぬ脅威はまだ……たくさんあるのだ。


 一般の者には一瞬に行き交うその銃弾の数々を、

 まるでその通れる隙間が見えているかのように、

 まるでそれらがゆっくり流れ……全てが見えてるかのように、

 銃器を放つ兵の元に近づくと1人、また1人と斬り倒していく。


 「ちぃっ……小娘がでしゃばるなってのっ」

 キョウは銃弾を刀で弾きながらも辛うじて、レフィ同様に銃器を放つ兵を1人、また1人斬り倒す。


 そして、目の前に一つの特殊な鉄の壁で作られた小屋が一つあり、

 その小窓に配置された兵がその小窓から銃器でこちらを狙っている。


 レフィは臆する事無くその小屋へと、銃弾を掻い潜りながら進んでいく。


 「待てっ!!」

 入るなっとキョウが叫ぼうとするが、

 レフィは素早く小屋の中に入り込むと次々と兵を切裂いて行く。


 途端、ガシャンとガシャンと……入った入り口や小窓にシャッターが下り、

 部屋の隅から何やら不気味な霧が噴出してきた。


 戸惑うレフィを他所に、次々とベレッドギアの兵がその煙に巻かれ倒れていく。


 「毒霧?」

 自分の兵を犠牲にして……こんな罠……

 考えたところで遅かった。

 すぐに部屋に充満した霧は、瞬時に脱出ルートを探る彼女の思考を鈍らせ、レフィの意識は遠のいていった。






 ガシャンッ

 目が覚め、手を動かそうとしたところ、

 天井から自分の両手が吊るされている事に気がつく。

 両足も地面から伸びる鎖に繋がれていた。


 囚われていた。

 最悪な状況……

 だけど、疑問が一つ……なぜ生かされたのか?


 あの毒霧の中……放置されていれば恐らく私は……


 「目が覚めたかい?」

 短髪であったが、キョウと同じ黒い髪……

 なんとなくではあるが……キョウと共通した何か雰囲気がある。


 「ふーん、正直疑っていたが、キョウが小娘を飼っているという話は本当だったわけか……やっぱり情報は大切だねー」

 全てが思惑通りだとシグレは奇妙な笑いを続けながら


 「そう、怖い顔するなよ、むしろお兄さんに感謝するべきじゃないのかい?あいつから僕は君を解放してあげるんだ」

 「だから、少し人質として協力してくれるね?」

 男の目は笑いながらも……長年積み上げた復讐を遂げるかのような目に見える。


 「嬢ちゃん……僕はね、彼よりずっと優秀なんだ……それを今、証明しなければならないんだ……剣術だけでえばり散らしたアイツを……それ以外の全ては僕はあいつより優れているんだ……」

 男はケタケタと奇妙に笑い続けながら……


 「……キョウは来ない」

 そうレフィが口にする。

 誤解している男にそう告げる。


 あいつと私の関係性……この目の前の男は理解していない。

 私を生かしたところで、あの男は私を助けにくる訳がないのだ。

 あいつが私に何をさせようとしたか……詳しくはわからない。


 ただ……こんな下手をうち命を果てる私を、あいつは助ける筈はない。


 「……それは、どうかな?」

 一瞬……レフィの言葉に戸惑う顔を見せた男は再びニヤリと笑い。


 「一つ、嬢ちゃんに質問をしよう……」

 男はすでに勝ち誇った笑みで


 「嬢ちゃん……君は今日、これまでの間に……僕には想像のつかない過酷な日々を送ってきたのだろう……さて?今日まで嬢ちゃんが生きてこられたのは……これからも生きて行くために……必要なモノ……一つだけ頭に思い浮かべてみなよ」

 男の不快な笑み。

 浮かんだその何かを見透かしているかのように……



 「おめでとう、君達は相思相愛だよ」

 その言葉と同時に……望まぬ男が現れた。

 さきほどの質問で頭に思わず浮かんだ男が現れた。



 「ばーーーか、探したぞ小娘」

 左目が潰れるように血まみれで……綺麗な顔も台無しに、

 自慢の右腕も血まみれで……動かすのもやっとな右足を引きずるように……


 なんで……どおして……



 「ざまぁないね……キョウ」

 シグレはキョウにそう告げるが……


 「……なるほど、そこまで落ちぶれたか、シグレ」

 剣術では絶対に追いつけなかった男に……

 刀や剣術など誇りを捨て、自分に従わなかった者への報復に……


 「あぁ……待ち望んだよ……この日を、ずっとね」

 そんな皮肉も通用しないと……シグレは不敵に笑う。


 「さぁ……最終章の始まりだ」

 シグレは手にした拳銃をレフィのこめかみに当てると、

 

 「そいつを捕らえろっ」

 周りの兵にそう告げると、キョウは大人しく囚われた。

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