第24話 それは世界で一番素敵な授与式

「貯まった……」

 アクレアにある朽ちた教会、

 シエルはボロボロの貯金箱をひっくり返すと、

 貯めたお小遣いを一枚一枚数え、

 少しだけ緊張の眼差しでそれを、ボロボロの手作りの巾着袋に小銭をつめ直すと、

 それを手に街の雑貨屋へと走った。


 ガラスケースの中に入った一つの商品を眺める。


 「あった……」

 誰も気にも留めない……きっと価値のないものなのだろうが……

 彼女にとって、それはこれまでの苦労の証なのだ。


 きっと自分みたいな子供に快く商品は売ってくれないかもしれない……

 それでもっ少女は意を決するように眉を逆ハの字に曲げる。


 

 「ねぇーーっあれ買ってよねぇーーーっ」

 自分とさほど変わらない年の男の子が母親に何かを強請っている。


 「だめーーーいいからこっちに来なさいッ!!」

 母親はそれを拒否し、半場強引に子供を引っ張り店の外へ出て行く。


 少し呆気に取られる様にその様子を眺めていたが……

 狭い通路をシエルを避け通った事で、近くの棚がぐらりと揺れた。



 時間差……

 その親子はすでに外に出て姿が見えなくなり、

 「あぶないっ」

 咄嗟にシエルは棚を押さえてしまう。

 

 棚の上から一つの水晶のような大きなガラスの球体が地面に落下する。

 ガシャーーーンッという大きな音……


 「あっ……」

 シエルが呆然とその玉を眺めている。


 店の中は静まり返っていて……

 中に居た客と、店主はその割れた商品に目を奪われ、

 すぐにその犯人を捜しあてるように目線をずらす。



 「……違うっ! 私じゃない!!」

 少女は向けられた目線に怯えるようにそう叫んだが……


 だが、この場所で彼女の言葉は誰にも届かない……誰も信じようとはしない……

 孤児、その薄汚れた姿……その肩書きは、理不尽なまでに彼女を悪と肯定するには十分であった。



 「嬢ちゃん……いくら持ってる?」

 店主がシエルが大事そうに抱えていた巾着袋を奪い取る……

 首を横に振りながら……


 「全然たりねーが、勘弁してやる」

 逆に恩に着せるように店主が言うと


 「さっさと出て行けっ」

 そう言ってシエルを店の外に追い出した。




 ・

 ・

 ・



 「いったい……何があったんですか?」

 教会に訪れたレクスがシエルの様子を見てそう訪ねる。


 部屋の隅で壁と向き合うように体育座りをしながら、

 大粒の涙を浮かべている。



 「それが……私にも何があったのか……」

 リースがそう答える。

 「恐らく貯めたお小遣いを持ってどこかに行った帰りだとは思うのですが」

 机にひっくり返っていた貯金箱を見ながらそう言う。


 

 「ローナちゃんが街の雑貨やで、シエルを見たって」

 孤児院の1人の少年がそう答える。


 「ローナちゃんは可愛いくて、孤児の僕とも仲良くしてくれるんだ」

 微妙なローナちゃんの説明を挟みながら少年は言う。


 「それで、シエルが雑貨屋の店の人に持っていた巾着袋を取り上げられて追い返されるところを見たって言ってた」

 その言葉を聞き……レクスに静かな怒りが芽生える。

 その詳しい詳細を知るため、レクスとリースはその雑貨屋へと向かったが……



 「レクスさんっ……落ち着いて下さい、まずはお話をっ」

 リースが慌てた様子でそう叫ぶ。


 店主の胸ぐらを掴み上げ、壁に叩きつけるような体制で、

 らしくない姿を見せるレクスをリースが必死に止める。


 話を聞いた……店の商品をシエルが落下させ、

 商品を壊し、その商品の弁償として全く足りない金額であったが、

 彼女とその周辺の人間には決して弁償できないだろうと思い、

 持ち合わせの金で勘弁したのだと……



 「間違いなかったのかっ!?その商品がシエルが落とした……本当に間違い無かったのだろうなっ!!」

 いつになく感情的なレクス。


 「見るも何も、そこに居たのはあの孤児の娘だけだった……」

 壁に押し付けられながらもそう答える。


 「……見ていないってことか?見てもいないのに犯人だと決めたのか?」

 力がさらに強くなる。


 「レクスさんっ落ち着いて下さいっ」

 リースが懸命に止めるが


 「……だったら他に誰を疑えという、他のもっと無関係な場所に居た奴を疑えと言うのかっ」

 店主がそう必死に言葉にするが


 「……自分は今……誰が犯人かを貴方に問いてるのではない、その商品を壊したのがシエルなのか、その事実を貴方に確認しているんだ」

 脅迫にも近いその言葉に店主もリースも沈黙する。


 「……俺の意見だけじゃない、あの時、店に居た連中も全員そう証言してくれるっ」

 店主がそう言葉にすると……その怒りはさらに店主の胸ぐらを強く締め付ける。


 肩入れがよくないのは理解している……

 本人に証言を取った訳でもないのに、こちらが白だと宣言するのも間違っているのだと理解はしている。

 だが……それでも……目的はわからない……わからないけど……


 シエルがずっとこの日のために頑張っていたのは……

 頑張ってお金を貯めたのか……

 どれだけ、この日の買い物を楽しみにしていたのか……


 不意に力の弱まったレクスの腕から店主の身体が地に降りる。

 そして、その場にずるりと崩れるように床に頭をつけると、

 「これまでのご無礼許して……欲しい」

 不意に態度を改める。


 「壊した商品……それ相当の商品、いや……それ以上の物を自分が調達してくる……だから、返してやって欲しい……」

 「あんたに取って端金なのかもしれない……壊れた商品にも満たないのかもしれない……」

 そう必死に訴える。


 「それでも……そのちっぽけな小銭は彼女にとって……かけがえの無いものなんだ……彼女の努力を、彼女の……この日の想いを……」

 「卑怯を承知でお願いする……今回の件は貴方が間違いだったと……そう言って彼女に返してやってくれないか?」

 そう頭を下げる。


 急な手のひら返しとこれまで受けた仕打ちに少し懸念そうな顔をするが……

 このまま、大損を逃れるチャンスを逃す手も無い……

 店主は商品を見て考えるとそう答えた。





△△△




 8年前のミストガル……

 幼きレフィは、自分の背丈とほぼ同等の長さの刀を引きずるように歩きながら、

 憎き復讐の男の背を一定の距離を保ちながら追う様に歩く。


 それが、ただ……彼女の生きる目的であった。

 奴に復讐することが……己を生かす理由であった。


 男は仕事を請け負い人を斬り、旅先でならず者にからまれては人を斬り……

 彼女はただ……その姿をその冷たい目で見つめていた。


 キョウと名乗る男は、仕事の依頼で対峙する強豪にも、

 からまれる数多くのならず者にも、屈せず……恐れる事はなかったが……


 「ほんと……ぞくりとする」

 ただ、何もせずじっと背中を見つめる少女の瞳に冷や汗をかいていることに気がつく。


 途中、訪れた街で、キョウは三色団子を頼み食していた。

 レフィに取ってその食べ物は初めて見るものであったが……

 彼女は遠巻きに、ただ男が動き出すのを待つだけだった。

 感情が欠落しているとはいえ、空腹はある……

 だが……彼女には……その欲を満たす手段が無かった。


 「ねぇーちゃん、追加で串、5本追加してくれ」

 まだ、そんなに食うのかと、その店の看板娘らしき女性は目を丸くしたが、

 すぐにその注文を受け、皿に載せた5本の三色団子を、

 キョウが座っていた長椅子の隣に置く。


 「えっ?」

 ぐいっとキョウが椅子に置いた皿から手を離した手を即座に掴むとぐいっと自分の方に娘の身体を引き寄せる。


 突然の行為と男とは思えない綺麗な肌と髪に少し頬を赤らめるが……


 「ねぇちゃん、俺はこの串を食わずにここを立ち去る、だが……この皿はかたすな……で、もし勝手にこれを食う小娘が居れば、何も言わず食わせろ」

 そう言って代金をそっと手渡し、看板娘は少し慌てた様子で店の奥に消える。


 しばらくして、言葉どおりにキョウはその三食団子には手をつけず、立ち上がると店を後にし歩き出した。

 すぐにその後を追おうとしたが、腹の虫が泣き……思わずレフィの足がその場に留まる。


 置かれた皿に目がいく……

 誰も見ていない……


 レフィは皿に近づき、その悪行を見られないためとキョウを見失わないために……

 慌てたようにその食べ物を胃の中に放り込む。


 甘い香りの割りに少しだけ味気なく感じるその味も……

 今の彼女には感想を述べる時間も無い……

 あっという間に平らげた残った串を皿に並べると、

 串から自分の背丈ほどある刀を持ち直すと、

 慌てて店を後にする。


 興味の無い出店の商品を眺めていたキョウは、

 それと同時に、出店に背中を向けると再び歩き始めた。



 見極り……

 そう呼ばれる彼女の潜在能力に、彼女の両親さえ嫉妬し、

 育てようと、育てる事ができなかったその力……


 「この俺が……てめぇを最強のバケモンに育ててやる」

 当人には聞こえない声で、キョウはそう言い静かに笑った。




△△△




 日が暮れ始めていた……

 アクレアにある教会の、部屋の隅で未だ壁と向き合っていたシエルに、

 ポンと頭に見知った大きさと重さの手のひらが置かれる。


 「シエル……ちょっと自分についてきてくれないかな?」

 どこか険しい道を歩んできたかのような、すこしぼろぼろな様子のレクスがそう言う。


 気持ちに整理のつかないシエルは黙って首をふるが……


 「街の雑貨の店主がシエルにどうしても誤りたいって言ってるんだ……一緒に来てくれるかな?」

 レクスは半場強引にシエルの手を取るとその手を握ったまま、

 街の雑貨屋へと目指す。


 壊れた水晶は、水霊の洞窟と呼ばれる場所の奥地に漂う魔力が長い時間をかけ、

 その魔力が球体化したもので、今じゃ魔物の住処となっているその洞窟は、

 並の腕のものでは出入りすら難しい場所……

 そのもっとも奥にある上質なものをレクスは店主へ差し出した。


 宣言通りに、数十倍の価値のものを差し出したのだった。


 店主の前に差し出された、シエルはその場に居るレクスとリースに見守られながら、恐る、恐る、店主の顔を見上げる。


 「えっと……嬢ちゃん、俺が悪かった……なんの証拠も無く嬢ちゃんを疑った……許してくれるか」

 そう店主が言うと……


 黙ってシエルが頭を縦にふる。


 「……これ、返すな」

 そう言って、シエルから奪った巾着袋を返す。



 「…………」

 何かを考えるようにシエルは俯き黙ったまま……


 「…………あのっ!あの商品売って欲しい!」

 意を決したようにその商品に向かい指を向ける。


 「……あぁ、であれば、無料で……」

 それ以上の価値のものを受け取っている店主からすれば、

 そんな価値のないものは無料で手渡そうとしたが、


 シエルは頑なに首を振り、

 それでは意味がないと、返された巾着袋を再び棚の上に乗せる。


 店主はその巾着袋から取り出した小銭をひとつひとつ数え、

 商品の額に達している事を確認すると、


 「毎度ありがとうございます」

 そう言って、彼女が欲しいと言った、

 どこぞの誰が手にしたものかもわからない古い勲章を受け取った。


 シエルはポケットから手製の首飾りを取り出すと、

 その勲章をペタリと貼り付け、

 トタトタと走り、レクスの前にやってくる。


 そして、何かを言いたげにレクスの顔を見上げる。


 全てを悟ったリースは優しく笑い、

 「レクスさん……姫君の前ですよ、立ち膝を突いてください」

 そうレクスに言った。


 「えっ?」

 レクスは訳もわからないまま……それでもその言葉に従い、

 その場に立ち膝をつく。



 「この国が、レクスを立派な正義の味方と認めない……でもシエルには一番の正義の味方……誰よりも強くて優しい正義の味方……この国がそんな凄いレクスに感謝をしなくても……その証をあげなくても、シエルが……いっぱい、いっぱいのありがとうをレクスに捧げます」

 そう言って、シエルは今作り上げた勲章付きの首飾りをレクスの首に下げた。


 「ぐすっ」

 「……ありがたき幸せでございます、このレクス……この瞬間を恥じぬよう、更なる正義と貴方への忠誠を誓います」

 見上げたレクスの瞳には大粒の涙を浮かべそう誓う。


 「レクス……これまで有難う、そしてこれからもずっと側に居て……」

 シエルは少し頬を赤らめながら……


 そんなシエルをレクスは抱き寄せ……


 「よかったっ……本当によかったっ!!」

 これまでの行いを振り返りながら、シエルを抱き寄せながら、

 色男台無しの大泣きを始める。


 リースもその光景に涙ぐみながら優しく笑った。



 人としてずるいかもしれない……

 誰かに支えられる事を考えるのは卑怯かもしれない……

 それでも、私達には彼が必要だ。


 神に使えるものの言葉では無いかもしれない。

 それでも、他の誰かを貶めようと、

 他の誰かが不幸になったとしても……

 私は彼の勝利を……幸せを神に祈ろう。


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