第21話 それが、僕がこの歴史(とき)を共にした英雄(かのじょ)の生き様でした②

 手枷をされ、鎖を引っ張られ、ジンの元に引き渡される。

 「無様だな……」

 実の弟にジンはそう言い放つ。

 久々に顔を合わせた兄は弟にそう言うと、



 表に配置されていた傭兵とは別にさらに多くの傭兵が周囲に配置されている。

 フーカを恐れ、最善の準備をしていたのだろうと思った。

 そして、あの金髪の男も兄より偉そうにその場に居合わせている。


 そして、その金髪の男はナヒトに近づくと、


 「貴様、あの生意気な褐色の女は何処だ?まさか貴様一人ここに現れた訳ではあるまい?」

 別に、この男に詳細を教える必要など無い。


 「ふん、よもやこの俺にあれだけ偉そうな口を叩きながら、先の戦いでこの俺に怖気ついたのではないだろうな」

 そう鼻で笑う金髪の男に、


 「フーカがお前に怖気つくわけがないだろ……お前に劣る訳がないだろッ」

 その言葉に怒りを覚えそう返す。


 「ほぉ……ならば、奴は何処だ?貴様の前にこの俺が引導をくれてやろうと思ったが、まさか自分の主が処刑されそうって時にこの場に居ない訳がないだろ?」


 「本当は先の戦いでびびってるのはあんたじゃないのか?だからフーカを意識してるんじゃ……がっ」

 話しをている途中で、マイトが首を鷲づかみにして宙に持ち上げる。


 「言葉を慎め、貴様ごときがこの俺に対等な口が聞けると思ったか?」

 少しずつその力が強くなる。


 「うっ……」

 必死にその腕を解こうとするが敵わない。


 「待って下さい、そいつの処刑は2時間後に……」

 ミクニ家の潔白を示すためにも、ナヒトを後悔処刑する必要がある。


 「ふんっ……」

 投げ捨てるように、ナヒトの身体を解放する。


 「ゲホッ…ケホッ……」

 懸命に呼吸を整える。



 「広間へ連れて行けっ」

 ナヒトに歩み寄ったジンは周りの部下にそう告げる。





△△△





 門番をしていたイシュトとマーキスの元に通信機から再び連絡が入る。

 「目標地点への侵入者有り、総員持ち場に……あっうわーーーーっ」

 通信機からの声は悲鳴に変わり、通信機から声が聞こえなくなる。


 不意に近づく気配にイシュトもマーキスも警戒するが、


 「マーキス辞めろッ!」

 その咄嗟のイシュトの声を無視し、

 マーキスが一気に突進をかます。


 「辞めておけ、我を誰だと思っている」

 そのマーキスの渾身の一撃を片手で簡単に動きを止めるフーカ。


 「ほぉ、いつぞやの、魔女の使いか」

 イシュトを確認すると、魔王戦を思い出し少しだけ用心する。


 「この戦いに何の意味がある……」

 事情を知らぬイシュトからすると今回の全く神奪戦争に関係の無い争いに疑問を覚える。


 「相変わらず……正義の味方を気どるか魔女の使い」

 そうフーカが問う。


 「貴様は行動一つを取るのに自分が正しいと言える正義がなければ行動が取れないのか?貴様は力を振るうのに、その相手が悪である確証がなければ力を使う事ができないのか?」

 フーカはそうイシュトを睨みつける。


 「……言ったであろう、貴様がどんな正しい正義の味方であったにしろ、この我が立ち塞がるとな」

 再度、飛び掛ろうとしたマーキスが凄い勢いで吹き飛ばされ……近くの壁に叩きつけられる。


 正真正銘……格が違いすぎる。

 イシュトも咄嗟に短剣を構えるが、すでに目の前に現れたフーカの蹴りを側面受け情けなく地に転がる。

 

 本気でやり合う気が無かった事もあるが、

 その実力の差を改めて実感する。


 それに本気を出していないのはお互い様だろう。


 フーカはイシュトが本気で争う気が無い事を悟ると


 「感謝しておこう、魔女の使い」

 余計な力を使わずに済んだとフーカはそう言い、門を潜る。


 マーキスが再び動こうとするが、

 慌てて、イシュトが押さえつける。

 

 「なんだっ……正義の旦那っあんたが俺の相手をするのかっ」

 必死のイシュトを他所に暴れるマーキス。





△△△




 処刑場へと選ばれた一室……そこに通されたナヒト。

 先導して歩くのは実の兄であるジン。

 そして、ナヒトにかけられた手枷の鎖を引くように付き添いの部下とその後ろを歩く。


 周囲には用意周到に警備兵として雇われている100名以上にも及ぶ傭兵と、

 そして、その部屋を2階から眺められるギャラリーで、

 今回の反乱が、ミクニ家とは関係ないものだと、証人として集まった貴族や偉人達。


 少しだけ愕然とする……少しは強くなったつもりだった。

 もう少し抵抗できる自分を想像していたんだ。

 なのに……終わってしまう。

 終わってしまう……。


 ごめん、フーカ……きっとお前は怒るから言えなかった。

 きっと……僕と君はこの神奪戦争を勝ち残る事はできない。

 

 お前の背に憧れたのは……嘘じゃない。

 お前の強さに憧れたのは……嘘じゃない。


 共に歩んだ歴史は僕にとってかけがえのないものだ。

 それでも……

 今の僕はこの僕の歴史にお前の敗北は残したくない。


 お前の冒涜……かもしれない。

 裏切りかもしれない……。


 そんな勝手な僕を……どうか許して欲しい。



 中央に設置された、処刑のための舞台の上に登らされる。

 そこで、見せしめのように立ち膝をつかされ、

 二階に居る者の見世物のように晒される。



 後悔しているのだろうか……

 ここで終わる自分を……

 僕は……かつての惨めな自分を報いる事ができたのだろうか……


 この歴史に僕は何か爪あとを残すことができたのだろうか……


 わからない……

 わからないけど……


 僕の中でフーカとの歴史ときは消える事はない。

 だから……


 全く耳に入ってこなかったが、何やら演説をしていた兄、ジンは……

 集まった偉人、貴族に想いを伝え終わると、

 ナヒトの首に剣を突きつけ、


 「最後に……残す言葉はあるか?」

 これが、最後の遺言を残す場だとそう告げる。


 周りの目が……2階のギャラリー、周辺に散らばる雇われた護衛の傭兵の目……

 それらに気負いし、伏せていた顔を上げる。


 「僕は、ナヒト……僕が、ミクニッナヒトだッ!!!」

 上げた顔で、二階から見下す者にそう叫ぶ。


 「お前ら、レジストウェル……国民達が恥じる力なき、ミクニ、ナヒトだっ!!」

 「見ているかっ聞いているかっ!!」

 狂ったように叫び散らす男に、周囲が戸惑う。


 「お前らが、生を隠し、歴史に立つ事を許さなかった……人間の名だっ!!」

 この目の前の人間が……処刑台の上の人間が……何を言っているのか……誰一人理解できないでいる。


 「今……お前らに僕はどう映っているッ!結局何も出来ない力なき人間か?哀れな人間か?」

 ナヒトが叫ぶ。


 「……こんな僕を笑うか?愚かだとそう思うか?」

 「……そんな、僕より名誉も金も力も手にしたてめぇらにくれてやる」

 ナヒトは二階のギャラリーを睨みつけ


 「僕はこの数日でお前ら以上に生きた……お前ら以上に歴史に名を刻んだッ!」

 「哀れかもしれない……笑われるような歴史かもしれない……」

 「それでも、お前ら、上で胡坐をかいて見ているお前らなんかよりずっと……僕はこの歴史に、惨めだろうか……愚かだろうが……この僕の名前、ナヒトという名はお前ら以上に刻まれたッ!!」

 「お前らが必死に隠したナヒトという僕の名はこのレジストウェルという歴史の中で誰よりも世界に名を刻んだッ!!」


 「僕の名は、ミクニ ナヒトッ!!僕が今ここで滅びようと、その名をお前らの中でここに居る誰よりも記憶に刻めッ!!」

 そう叫ぶナヒトの頭をジンは殴り、強引に黙らせる。


 「言葉を慎め……これ以上のミクニ家への恥を晒すなっ」

 手にした剣をさらに首に突きつけ、今にも斬りおとしそうな位置まで移す。


 終わる……終わってしまう……

 後悔……しているだろうか……

 僕は……目的を果たしたと言えるのだろうか……


 フーカ……僕は正しかったのか?

 本当は最後までずっとお前と居たかった……

 すでに死ぬように生きて来たこの世界で……

 フーカと共に命を落とすならそれも構わないって思った……

 それは本当だ。


 だけど、僕がお前に抱いてしまったこの気持ちは……

 伝えられる訳無いだろ、昨日までの僕に……


 お前の背中を眺めるだけの男に……


 僕はお前が……


 ガンッと頭が床に叩きつけられる。

 手枷の鎖を掴んでいたジンの部下がナヒトの頭を掴み床に叩きつける。



 「少し早いが悪く思うな、悪ふざけの過ぎた自分を怨めっ」

 ジンはそのナヒトの後ろ首に剣を宛がう。

 

 「これより、レジストウェルの反逆者、ミクニ ナヒトの処刑を開始するッ!!」

 ジンのその声に、


 「ころーせっ!ころーせっ!」

 と二階からコールが舞い起こる。


 悔いてたまるか……恐れてたまるか……

 僕は生きた……ここに居る誰よりも、フーカと共にこの歴史を生きたんだ。


 ジンが剣を振り上げた瞬間、

 ドーーーーーンッというもの凄い音と共に建物が大きく揺れた。


 周囲がざわめく。

 「何事だッ!!」


 ジンがそうナヒトの頭を押さえる部下に確認する。

 ナヒトの頭を押さえつけながら、空いている手で通信機で確認を取る。


 「何が起きているッ!」

 再度、部下にジンは確認を取る


 「……それが……侵入者が……何者かがこちらに……」

 要領を掴めない部下の返答に苛立つように、その通信機を奪い取ると


 「何が起きているっわかる様に説明しろっ」

 通信機先の相手にそう告げる。


 「んっ……誰だ?まぁよい……そこにナヒトという死に損なった男はまだ居るのか?」

 通信機の奥の何者かわからぬ女性の声がそう言う。


 「もし、そこにまだ居るなら、伝えよ……」

 その通信機の声にまるで導かれるように……通信機の声すら聞こえてない者たちさえ、なぜか、頑丈に閉ざされる部屋の扉に目を向ける。


 「……お前を迎えに来たッ!!!」

 その言葉と同時に目の前の扉が吹き飛び、蹴り飛ばしたのであろう足を振り上げたまま、吹き飛ばされた扉の置くから褐色の女の姿が見える。


 「ふむ、良かった……ナヒト、まだ生きているようだな……勝手な事をほざき散らし、勝手に契約を解除し勝手に死なれた日には、ここに居る連中を無関係に消し飛ばすところだったぞ」

 その怒りの目は、ナヒトに向けられるものなのか、周囲の者に向けるものなのか……わからないままフーカは部屋の中に歩み寄る。


 門の近くに位置していた二人の傭兵が槍をフーカの首元でクロスするように歩行を阻止する。


 全く見えない動きで、フーカの右に位置する傭兵が、吹き飛び壁に激突しその場に崩れ落ちる。

 そして、フーカはそんな傭兵達が見えてないように会話を続ける。


 「ナヒトよ……やはり貴様の最後の望みは聞けぬな……」

 もう一つの突きつけられた槍を気にせず前に進もうとするフーカに


 「止まれッ!!」

 と傭兵は少し足を震わせながらも槍を突きつける


 そして、先ほどの傭兵同様に逆の壁に叩きつけられ、


 「少しは空気を読め、言わねばわからぬのか?邪魔だどけろっ」

 すでに、壁に埋まるように蹲った男にフーカは告げる。


 「ナヒトよ、我は少し貴様と長いし過ぎたようだの」

 「この見知らぬ世界……我1人で歩くには少々退屈でな……」

 周囲の人間などすでに見えぬようにそう……語る。


 「最後まで付き合え……そのくらいの責任は負ってもらうぞ」

 そう言って、少し勝ち誇ったような笑みでナヒトを見る。



 「聞いているのかナヒトよ?」

 頭を押さえつけられているナヒトに返答を確認するため近づく。


 近寄る傭兵達が、まるで赤子のように次々と右、左の壁に叩きつけられていく。

 

 ナヒトが登らされた舞台に続く道に引かれた花道の絨毯の中央を堂々と歩き目的の場所を目指すフーカ。


 ナヒトの頭を押さえつけているジンの部下が逃げ出すタイミングを失ったように、目を見開き、恐れるように目の前の褐色の女を見上げている。


 フーカはまるでその部下が見えていぬそぶりをしながらも、その右腕でその部下の頭を掴むとそれまでその男がナヒトにしていた事同様に、その頭を地に叩きつける。


 そして、その目線はナヒトの兄、ジンへと向かう。



 「ま……待ってくれっ」

 この状況でも周囲の目を気にし冷静を装っているのか、

 話し合いを要求する。


 「本来……君と手を組むのは私だったんだ、今でも遅くはない、私と手を組もう……私なら君を十分に活躍させられる、私は優秀な魔術師だ」

 そうジンがフーカを勧誘する。


 「私と君ならきっとこの神奪戦争を勝ち抜けるっ」

 そう力強く言った。


 「貴様は我を使い、この神奪戦争に勝ち残り何を願う?」

 ナヒトの時同様に冷たい目で、そう答えを求める。


 「誓おう、正義のため……このレジストウェル、いや世界を平和にするよう神へ願おう」

 まるで、自分は救世主になるとそうフーカを含め、集められた貴族、偉人達へアピールする。



 「……実の血の繋がる弟さえも、私欲のため手にかけようという貴様がか?」

 その言葉は全くフーカには届かない。


 「……だって、こいつは……」

 こいつのせいで自分はミクニ家は……こいつが勝手な事をしたせいで……


 「……少しでも、お前たちはこいつを理解してやろうと思ったか……なぜこのような行動を取ったのか考えた事はあったか……」

 「別に……それに対してお前ら家族がどう思ったかは知らん……我には到底関係のない話だ……だが、先ほど貴様の空っぽな正義の演説より、こやつの話はずっとくだらなく、正義も平和も全く関係無い実に愉快な覚悟だった」


 「くっ!」

 苛立ちの顔をジンは見せると、


 「何をしている、貴様等、さっさとこいつ等を捕らえろッ!!」

 周囲の雇った傭兵達にそう号令をかける。


 一斉に動き出す人の群れに……

 遅れて合流した、イシュトとマーキス。


 「正義の旦那……何がどうなってるんだ?」

 

 「さぁな」

 マーキスを押さえ込むのに疲れきっていたイシュトは適当に流す。



 回復手段はもう無い……

 唯一あった、魔具ももうフーカの手元には無くなっていた。


 魔力が尽きるのが先か……

 全力が出せず……果てるのが先か……


 どちらにせよ……面白みがない……



 「……我を誰だと思っておる」

 不安に見上げていたナヒトの頭をポンと叩き、

 一歩前に立つ。


 そして、自分の前に立つフーカの背を改めて見る。

 それが、僕の歴史に語られる英雄の背中だった。

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