第22話 それが、僕がこの歴史(とき)を共にした英雄(かのじょ)の生き様でした③

 「命のいらん奴からかかって来いっ!」

 

 一斉に群がる傭兵に臆する事無く、フーカは黙ってそこに立ち尽くす、

 黒い文字がフーカの周囲に集まると……

 漆黒の槍がフーカの頭上左右に2本づつ現れる。


 「あの……槍が4本もっ!?」

 改めて、フーカの恐ろしさを目のあたりにする。


 「ナヒト……しかと見よ、貴様がどれだけ凄い英雄とこの歴史を共にしたかをッ!」

 繰り出された漆黒の槍が一気に多くの傭兵達を巻き込み貫いていく。


 槍に巻き込まれたかった者を己の拳と蹴りで蹴散らしていくが、

 余りにも多いその敵の数は、

 時に剣が時に槍が、または弓矢の矢がフーカの身体を貫く。


 それでも、フーカはその痛みもその逆境さえも楽しむように笑っていた。

 


 ざくりっと1人の男の剣がフーカの腹部を捕らえる。



 「やった……」

 男はその手柄を喜ぼうと思ったが……


 目の前の女は倒れる気配などない。

 「……我を誰だと思っておる」


 頭を鷲づかみにすると、頭上に持ち上げる。


 彼女の頭上で創造された黒い槍が……その男目掛け放たれると、

 その男を貫き、さらに後ろに居た数名の傭兵を巻き込んでいく。



 そこに居た10分の9くらいの傭兵を蹴散らしたところで……

 残りの傭兵は完全にフーカへ抵抗する戦意が抜けていた。


 ようやく一息つけると思った矢先、

 飛んできた光の矢を右腕で弾く。


 「居たのか……存在が薄っぺらくて、我の槍に飲まれとっくに死んでいたかと思ったわ」

 矢を放った主にそう言い放つ。



 「弁えよ……少しでも花を持たせてやろうというこの俺の優しさだ」

 マイトの登場にナヒトも顔を曇らせる。


 「魔女の使い……貴様はいいのか?」

 マイトが急にイシュトに言葉をふる。


 「貴様の正義はこの身勝手な悪を許せるのか?」

 そんなマイトの台詞に


 「なんだ……貴様……それで正義の味方を気どってるつもりだったのか?」

 驚くようにフーカがマイトに言う。


 「弁えよ……己の能力の低さを自分以外の誰かのせいにし、自分の存在が否定されることを世界のせいだといい……そんなくだらぬ理由で神奪戦争へ参加しイタズラにこの国を巻き込むような行為……そのような行為が正当化されるのか?そんな偽りのような覚悟で……この場に立つことが許されると思うのか?」

 マイトはそう言うとナヒトを睨む。


 言い返す事ができない……ナヒトは目を反らす。


 「目は反らすな……貴様はどうどうと前を向けばよい」

 フーカが変わりに言い返す。


 「この場に立つのに正義という道理が必要か?歴史に名を残すには正義の味方である事が最低条件なのか?」

 フーカはゆっくりとナヒトに歩み寄る。


 「そんな肩書きが必要なら我がいくらでもでっちあげてやる」

 そう言って、一つの首飾りをナヒトにかける。


 「悪いが……守ってやれるのは今日のお前までだ……その石を砕けば何でも10年後の世界に飛べるという話だ……その世界でお前がどんな歴史で名を残しているのか……自分の目で確かめよ」

 そう言ってナヒトにその首飾りを託す。


 「お前、こんなモノどうやって……お前、預けた魔具はっ!?」

 フーカは少しだけ申し訳無さそうに笑い、


 「それと交換だ……」

 ただ、一言そう言った。


 「試作品らしいからな……保障はできんが……そうだの、もし失敗した場合は存分に我を怨むが良い」

 笑いながらフーカは言った。


 「なぁ……ナヒト……お前は今の自分は……正義か、悪か、どっちだと思う」

 フーカは尋ねる。


 「……わからない」

 悪……かはわからないが……あのマイトという男が言うように、

 イタズラにこの場所に立っているのかもしれない。


 「……なぁ、ナヒト、我には何が正義で何が悪か……その定義が何か何処にあるのか……さっぱりわからん」

 フーカが続ける。


 「この歴史を語られる上で……正義の味方が大事であるというのなら……」

 「自信を持て……真っ直ぐ前を見ろ」

 答えにならない答え……


 「解り易い答えが必要か?」

 その不満を読み取ったのか……


 「これまで……我と共にした時間は誤りか?これまで我と交わした言葉は偽りか?ここまでお前が感じた想いは偽物か?」

 首を横にふる。


 「今……そこに居るお前は本物か?」

 そのお前というのは何を指すかは……難しかったが……


 「お前が我に託す想いは本物か?」

 何が言いたいのか……わからないが……


 「あぁ……」

 そう答えた。


 「ならば……それでいいだろう……正義である理由など……」

 「正義を名乗る理由なんてそれぐらい適当で丁度良い」

 そうフーカは笑った。


 「己が信じられるもの……」

 それが正義でいいのだとそうフーカは笑う。



 「ふん……戯言はすんだのか?」

 そうマイトが言う。


 「道化顔負けのお笑いの茶番を見せて貰った礼だ、貴様等の言う歴史に俺が人肌脱いでやろう、その歴史の終わりに無様にも本物の英雄に散る素晴らしい歴史をなっ」

 そう言い、弓を天に構える。


 そんなマイトを無視し、フーカは自分がいつも巻いていたマフラーを外すと、

 ナヒトの首にぐるりと巻いた。


 「フーカ……」

 何かを悟るように不安な顔をするナヒトに。


 「我を誰だと思っておる」

 そう何時ものように強気に言って……


 「……これまでの数日間……それなりに楽しい時間であったぞ」

 そう優しい笑顔で言う。


 「……やめろっ」

 フーカが何を言おうとしているのか……


 「……正直……お前が我に最初に抜かした言葉」

 フーカは振り返るように

 「この歴史に自分を刻む、お前はそれを叶えるだけの英雄なのか……」

 フーカは実に楽しそうに、

 「これまで生きた中で最高に痺れた言葉であったっ」

 そう言って笑った。


 「やめろっ」

 そんな最後みたいな……やめろ、

 僕はっ


 ただ……お前と……

 これからもずっと……


 「フーーーーカッ!!」

 行くなと怒鳴りたい。


 もっと単純な自分の気持ちを伝えたい。

 


 「我を誰だと思っておる」

 そうフーカは言って、

 「とくと、その目に刻め……お前が共にした英雄の姿を」

 そう言って……フーカはナヒトに背を向けると、ゆっくりとマイトの元へと歩き出す。


 「……別れは済んだか……ならば来るが良い……貴様たちの歴史の終わりに相応しい舞台を……この俺が与えてやる」

 天に放った光の矢がピカリとひかり……

 あの日同様に空から光の矢が降り注ぐ。


 幾度も身体を貫く矢など気にもとめず、フーカはゆっくりと距離を縮めていく。


 「女……知っているか、この世界の残酷さを」

 「女……知っているか、力と言う絶対な正義があることを……」

 「女……知っているか、貴様が我に勝てぬ理由を……」

 「我は……誰もが望む理想とする絶対なる力の元に産まれた英雄……」

 「恥じる事はない……お前は強かった、だが……相手が悪かったそれだけだ」


 再度、天に向かい矢を放つ。


 「朽ちる中……弁えろ、これが……お前と俺の絶対的な差だ」

 「グランドクロスっ」

 そうマイトが呟くと、


 降り注ぐ光の矢を全体で浴びながらも、マイトの近くまで歩み寄ったフーカだったが、大きな光の十字架がフーカの腹を突き破り、そのまま地面へと突き刺さる。

 フーカの両手はだらりとたれさがり、えびぞりのような体制で地面と縫い付けられた状態になる。



 「フーーーカッ!!!」

 ナヒトが叫ぶ。


 「女……誇るが良い、生涯誰も辿り着けないはずの俺の本気に辿り着いたのだから……」

 マイトがそうフーカに言うが


 「……まぁ、もはやこの声も届かぬか……」

 そう不敵に笑う。


 「うそだ……フーカァ」

 約束しただろ……

 負けるなと……そう約束しただろ。


 契約を自ら破った事を忘れ……


 「約束しただろっフーーカっ!!」

 ただ、その名を何度も叫ぶっ

 お前の負ける姿……僕は……


 「……さわがしいのぉ、我を誰だと思っておるっ」

 

 「!?」

 ナヒトはもちろん、マイトもその言葉の主に驚く。


 光の十字架が何時の間にか消滅していて、

 えびぞりになっていた身体を器用に立て直す。


 「なっ」

 慌てて距離を取ろうとするマイト


 だが、すでに目で追っていた場所にフーカの姿は無かった……


 「なに……恥じる事はない」

 そうマイトが距離を取ろうと下がった背後から声がした。


 マイトの高速移動より先にその場所へと先回りをしたフーカは、

 マイトの頭をがっしり鷲づかみにすると頭上に持ち上げる。


 「貴様が誰の理想の元、力を得て、誰の理想で最強を名乗ったかは知らぬが……ただ、我がその理想より強かった、ただそれだけの事だ」

 ぐるりと黒い文字が渦巻くように形どっていくと、漆黒の槍が作り上げられる。


 「くっ……」

 必死にマイトが掴まれた右腕を振りほどこうと両手を使うが、

 フーカの腕はぴくりとも動かせない。


 「……夢から覚めよ、そして可能であればその夢を奪った何者かに返してやれ」

 そして、放たれた槍はマイトを貫きそのまま建物の壁を破壊するとマイトの身体ごとその建物の外へと放り出された。


 

 「ぐはっ……」

 朦朧とする意識の中でマイトは何処かに向かい、両手で地を這うように進む。


 不意に目の前に影がおり、マイトを照らす光が遮られる。

 見上げると、緑色のワンピースを着た、金髪の長い女性が立っていた。


 「り……りぃ……」

 マイトは縋るようにその手を女に伸ばす。


 女は腰に下げていた護身用の短剣をマイトに投げる。


 「早く、それを手にして戦ってっ……」

 女は冷たい目で男を見下ろす。


 「……そうでなければ許さないっ」

 あの人の分身を名乗ることなど許されない。


 「あ……あぁ……」

 マイトは戸惑った顔で……

 身体が薄白く輝くと光の粒子が身体から天に向かい浮かび上がり……

 身体がゆっくりと消滅していく。


 「あぁ……」

 消え去る英雄マイトの姿を見て彼女は何を思ったのだろう……

 黙って短剣を拾い直す。



 「ねぇ……マイト終わったよ……」

 独り言のように女性は呟き……


 「バケモノになった姿でもいい……私を迎えに来てよ」

 そう寂しそうに呟いた。






 フーカは先ほどまで英雄マイトを掴んでいた腕を下ろすと、

 周囲を見渡す。


 二階から見下ろす、ナヒトの同属……

 そして、その下には……ナヒトを含めた兄であるジンとその他、

 雇われた傭兵が数人残っている。


 ナヒトの明日を安全にするためにも……残りの力で、

 ここに居る全ての人間を葬るべきだっただろうか……


 よろよろと歩くフーカは柱を背にするとずるりと座り込む。


 「フーーーカッ!!!」

 足を動かす事を思い出したように、ナヒトがフーカに近づく。


 気のせい……だろうか……

 フーカの身体が……薄白く輝き始めて……

 光の粒子が天に昇っていく……


 「フーカッ?」

 その様子に戸惑うナヒトだが……


 「たく……こんな面前で抱きつく大胆さが身についたかと思えば、また泣いておるのか?」

 気がつくと無意識のうちにフーカを抱きしめている事に気がつく。


 「……余り……時間は残されていないようだの」

 光の粒子が天に昇るたび、自分の身体が透けていく事に気がつく。


 「その石を砕けば10年後の世界にいける……これ以上同属を殺す必要も無かろう……」

 そうフーカが言う。


 首を横に振る。

 「お前と最後まで一緒に居る……生きるも死ぬもお前と一緒だッ!!」

 

 「数時間前にこの我との契約を解除しようとした奴が言う言葉か」

 苦笑してフーカが言った。


 「それは……ごめん、悪かった」

 素直に謝罪する。


 「……あほ、素直に謝るな、貴様は弱いくせにすぐ泣くくせに……自分の意見を頑固に通そうとするお前の言葉の響は、結構心地が良いのだ」

 光の粒子が登っていく……


 「そういえば……我の願いをまだ……伝えていなかったな」

 そうフーカは少し意地悪そうな顔をしながら……


 「言うなっ」

 きっと聞いてしまえば……咄嗟にそんな不安がよぎる。


 すっとナヒトの顔を振れ……すっとその手を下に下げる。

 自分の巻いたマフラーを通り過ぎその下の首飾りに手をかける。


 「やめろッ!!」

 そうナヒトが叫ぶが


 「……生きろっ、ナヒト……それが我がお前に代償とする願いだ」

 掴んだフーカの手はその石を砕く。


 「……フーカ、ずっと……最後までお前と……僕はっ」

 言葉が全くまとまらない。


 「……生きよ、そして……我と過ごしたこの歴史を誇り生きろ」

 「……お前が必死で足掻いたこの数日が無駄ではなかったと……」

 どんどん……薄くなる彼女の姿を見ながら……


 「行くなっ……僕はまだ……僕は、お前にっ……」

 伝えたい言葉はあるのに……簡単な言葉がそこにあるのに……


 「僕は……」

 泣き崩れ、言葉にならない……


 「お前は……僕の英雄だ……僕の正義の味方だ……何処か乱暴でいい加減な言葉のはずなのに……フーカ、お前の言葉はいつも僕の中には正しく響いた……真っ直ぐなお前の言葉は僕の心に響いた……この世界のどんな言葉よりも信じられる言葉だった……」

 もっと……単純に……もっと簡単に……


 「……やはり、貴様の言葉は……心地が良い」

 少しくすぐったそうにフーカは笑い。


 「……フーカ……怒らずに聞いてくれ……これが僕の本音だ」

 そうナヒトが言う。


 「……フーカ……僕は、貴方が大好きだッ!!!!」

 一世一代の大告白をこんな場所で……恥じる事無く大声で言った。


 「くくくっふははははっ」

 会ったあの日同様に大笑いするフーカ


 「最後の最後までお前の言葉は本当に面白い」

 フーカの姿はほぼ見えなくなっていて……


 「泣き虫のガキが何を色気づいておる……10年……出直してまいれ」

 そう笑いながらナヒトの顔を触れようとした手はすり抜け……

 

 「フーーーカッ!!フーーカ!?」

 見えなくなったフーカの姿を追い、自然と上を向く。

 ……登る光の玉だけが残り……やがてそれも見えなくなる。


 やがて、砕かれた石は眩い光を放ち、ナヒト自身もその光に包まれる。


 まるで、何処かに飛ばされるかのようにその姿は渦巻く穴に飲まれていった。



 渦に飲まれ……遠のく記憶の中で……ナヒトは決意する。

 10年後……僕は強くなる。

 お前に相応しい男になる。

 だから……10年後の世界で僕は再びお前を召喚する方法を探す……


 魔力が無くてもそれを補える力を付けてみせる。

 だから……その時は……



 その言葉が聞こえたかはわからない……

 ただ、彼女の大笑いする声が聞こえた気がした……

 

 「まぁ……10年気長に待っておるぞ」

 そう言われた気がしたんだ。





 そうして、僕も彼女もこの世界から姿を消した。


 ここまでが、僕が語ることができる、彼女と共に歩んだ物語だ。



 それが、僕がこの歴史ときを共にした英雄かのじょの生き様でした。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る