第20話 それが、僕がこの歴史(とき)を共にした英雄(かのじょ)の生き様でした①

 「いよぉ、正義の旦那」

 アリスに呼ばれた一室に待っていたのは、アリスとマルともう一人、自分の知らない人物が居た。

 ソファの上にのっかり、ヤンキー座りでやけに猫背の体制で少し前のめりで座っている。

 白いツンツン頭でしゃかんだ姿勢ではっきりとわからないが、身長的には少し小さめであると感じた。


 「イシュトさん……こいつはヤバイ奴なんで相手にしない方がいいです」

 マルティナがそうイシュトの興味を反らす。


 「仲間じゃないのか?」

 そのイシュトの質問に、フフと新手の男は不敵に笑い


 「敵じゃない、だが……正義の旦那ぁ、俺があんたをぶっ倒すッ!」

 人差し指をイシュトに向けそう叫ぶ。


 「えっと、イシュトさんが正義馬鹿だとすると、こいつは筋肉馬鹿なんです」

 そうマルティナが言う。


 「さりげなく、俺の悪口まで言わなくていい……」

 見ると確かに身長が高くないせいかわからなかったが、かなりの筋肉がついているようにも見える。


 「正義の旦那……正義と筋肉、どちらか最強か決めようじゃねーか」

 勝手にわけのわからぬ方向で話を進める新手の男を無視し、


 「で、今回は何のようでここに呼ばれたんだ」

 そうアリスに尋ねる。


 「そこの筋肉馬鹿と駄犬あなたでレジストウェルに向かってもらうわ」

 アリスがそう言う。


 儀式の日を思い出し……あの日、あの場所で一番気迫あった褐色の女性を思い出す。



 「もちろん、必要以上に喧嘩をふっかける必要はないわ」

 フーカはそうそう続け、


 「建前は、レジストウェルにあるミクニという家計の手助けという形ではあるけど、あくまで偵察程度で構わない」

 簡単に言ってのけるアリス。



 「まぁ……危険な場所だというのは確かだから、イシュトとそこの筋肉馬鹿に行ってもらうけど、そこの筋肉馬鹿が暴走して下手な騒ぎを起こさないためにも駄犬、貴方がしっかり監視するのよ」

 簡単に言ってのけるアリス。


 「俺の言う事を聞くようなタイプなのか?」

 不安そうに尋ねるが


 「これまでに、手なずけた連中のように上手くやってみなさい」

 アリスは冷たくあしらう。


 「旦那様、私がお供しますか?」

 いつの間にか隣に回っていたマルティナがそう横から上目遣いで訴える。


 「いや……危険な場所だ、マルはつれていけない、何とかする」

 何時の間にか、話も聞かず一指し指で腕立て伏せを始めた筋肉馬鹿を見ながらイシュトは不安げに言う。


 「んで、その男の名前は?」

 イシュトは本人に聞いても無駄かとそうマルティナに尋ねる。


 「マーキスです……」

 特にそれへの返答は無く、マーキスと共にレジストウェルを目指す事にした。





△△△




 僕は結局後悔しているのだろうか……

 ホテルの一室……指名手配という存在となり、

 なんとか、宿泊できた宿で、

 ナヒトは外の様子をただぼぅと眺めている。


 産まれて来た事に意味を見出せなかった。

 ただ、生かされていた事が不満で……


 これまでの暴挙に出た。

 もちろん、こんな事になるとは思わなかったなんて事は言うつもりはない。

 覚悟していた……はずだった。


 死が怖くない訳ではない……ただ、それ以上に覚悟はしていたんだ。

 偽りでは無い。


 ただ……自分の無能のせいで……フーカが負けてしまう事が……

 いや……これはいい訳だ。

 

 初めは、この歴史に爪あとが残せる程度でいい……本当にそう思っていた。

 今は……



 「また……考え事か?」

 部屋の隅で一升瓶に入った酒を小皿に移しながら飲むフーカは、窓際で険しい顔をするナヒトに向かいそう話しかける。


 「しっかりと前を向け、出なければ我の背が見えん」

 つまらなそうにフーカは小皿に入った透明な液体を飲み干し、さらに小皿に液体を注いでいく。



 「……怖いか?」

 いつに無く無言のナヒトにそう尋ねる。


 「……あぁ……怖い」

 身体が震えるほどに……当初は抱かなかった恐怖。

 自分の死が怖い……当然それもある、

 ただ……それ以上に……


 「……怖い」

 負けることが……


 「……怖い」

 お前と居られなくなる事が……

 この時間を失う事が……


 当初は感じられなかった感情……

 何時の間にか流れる涙……

 


 「……全く少しは成長したかと思ったが、まだまだ可愛い子供のままのようだの」

 一升瓶と、小皿をその場に置いてフーカは立ち上がり、ナヒトの側に寄る。


 「……ナヒトよ、お前にとって……この神奪戦争の契約者として我では役不足であったか?」

 そうナヒトに尋ねる。


 ナヒトはただ、顔を横に振り……


 「そんな訳無い……お前で良かった……本心でそう思う」

 偽りは無い……本心だからこそ……

 この恐怖は強くなる。


 本当はわかっている……

 本当は僕もフーカもわかっているんだ。


 残る魔具は3つだけ……

 僕には彼女をこの世界に縛り付けておける魔力はもう……限られている。

 どんだけ、彼女が強くても……どんなに一緒に側に居る事を望んでも……

 自分の死よりも……神奪戦争の勝敗よりも……僕はただ。


 「……我では、貴様の憧れる背にはなり得ないか?」

 顔を横に振る。


 「我では貴様のその不安を拭えないのか……」

 そっと、ナヒトの顔を触れ、涙を拭う。


 「いつまで、僕の顔を触っている」

 必要以上に顔を触るフーカに少しだけ恥ずかしくなりそう叫ぶ。


 「……泣き虫な主を少しだけ慰めてやろうと思ってな」

 そうフーカは控えめに微笑み、


 「……構うな、そんな必要はっ」

 再度恥らうように、フーカの手を払いのけようとするがその手は動かない。


 「だったら……我の前で二度とそのような目をするなっ」

 そう言うと、フーカはどんとナヒトの身体を押し飛ばす。

 情けなく倒れこんだナヒトは丁度後ろにあったベッドに倒れこむ形になり、

 

 「我は貴様にそんな目をさせるためにいるわけではない……」

 圧し掛かってきたフーカ、フーカの顔をここまで近くで見たのは初めてかもしれない。

 改めて整った顔、男も女も惚れてしまいそうな……そんな顔に思わず目を反らす。


 「ちょ、お前、なにを……っ」

 ナヒトの服を脱がしにかかる女性に思わず悲鳴に近い声をあげる。


 「女に余り恥をかかせるな」

 そう返すフーカに。


 「ぼ……僕は童貞だっ」

 思考が停止しているなか、ナヒトは叫ぶ。


 「だから、最初は優しくしてやろう」

 普通、立場逆だろっと頭の中でそう突っ込むことしかできなかった。







△△△




 「なんのつもりだ?」

 ミクニ家の広間にさらに集められた傭兵達を見て、マイトはこの場の主であるジンを問い詰める。

 その中にはイシュトとマーキスの姿もあった。


 「我々としては一刻も早く、出来損ないの弟をこの神奪戦争から離脱を望んでいます、故に、手を貸して頂いているとはいえ、神奪戦争に選ばれし英雄様に必要以上に手間をかけさせるつもりもありません」

 あくまで彼の目的は神奪戦争を勝つことではなく、自分の家計と特に自分の顔に泥を塗ったナヒトを捕らえる事が目的である。


 「なぁ……正義の旦那ぁ、あそこの金髪の男、なんであんな偉そうなんだ?」

 マーキスは不思議そうにそうイシュトに尋ねる。


 「本来、契約を結んでいる訳でもない神奪戦争のメンバーである英雄だからな、協力してもらっているというような立ち居地なんだろう」

 そう適当に返すが


 「……だったらアイツ、つえーのか?正義の旦那、アイツ潰しておくか」

 そう好戦的な態度を見せるが、


 「辞めておけ、余計な騒ぎを起こすとアリスに怒られるぞ」

 適当に宥める。


 マーキスはつまらなそうにその場で筋トレを始める。



 多分……これがミクニ家とナヒトとの最終決戦となるだろう。

 そうジンもナヒトも直感していた。





△△△




 「どういう意味だっ?」

 珍しく怒りを表に出しフーカはナヒトに掴みかかる。


 身元がバレていたナヒトの元にジンから手紙が届いており、

 ミクニ家の出頭が命じられていた。



 「言った通りだ……僕ひとりで行く」

 そう再びナヒトはフーカに告げる。


 「貴様一人でどうにかなると本当に思っているのか?」

 顔を横に振る。


 「なら……我の力を信用していない……そういうことか?」

 顔を横に振る。


 「怒らないで聞いて欲しい……最初はこの歴史に少しでも名を刻めるならそれでいいと思っていた……それは本当だ……」

 そうナヒトは語る。


 「だけど……今は違う……怖くなってしまった……負けるのが……フーカ、お前は確かに強い、この神奪戦争で誰よりも、少なくとも僕はそう信じている」

 ただ、怒りの目を向けるようにフーカは聞いている。


 「でも……本来の力を発揮できないまま、きっと……フーカ、お前の魔力は限界を迎えると思う」

 「僕はこれからもずっとお前と居たい……こんな神奪戦争なんか関係なく……ただお前と一緒に……」

 ナヒトはそう伝え、


 「……ごめん、フーカ、今の僕には君のマスターで居る資格が無いんだ……お前と契約を結んだ時の僕と、今の僕は別人なんだ」

 そうナヒトはフーカに告げる。

 

 「……フーカ、お前と一緒にいたこの数日は本当にこれまで生きて来た中で有意義な日々だった……生きている実感ができた……だから、この戦いは僕だけで決着をつける……だから、ここで僕はお前との契約を解除する」

 そうナヒトはフーカに告げる。

 胸ぐらを掴んだ手がずるりと落ち、無表情の怒りでただナヒトを眺める。


 「生意気かもしれないけど……お前の背に憧れるだけでは無く……僕はお前と並んで歩ける人間になりたい……こんな契約関係なんかじゃなく……お前の隣に居る事を許される人間になりたいんだ」

 そう言い、ナヒトは一人、ミクニ家に向かい歩き出す。


 一人残されたフーカは呆然と天を眺め、最後に渡された魔具3つを眺める。

 好きな時に魔力供給がおこなえるよう、ナヒトが手を施している。


 「全く……付き合った覚えの無い少年にフラれた気分だの」

 少しだけ状況整理が追いついていないフーカ 

 


 勝手な都合で人をこの世界に召喚しておきながら……

 身勝手な心変わりでその契約を放棄され……

 見知らぬ世界に取り残されたところで目的などない。


 魔力が尽きて、元の世界に召還されるのを待つか、

 何処かの強敵に戦いを挑み、敗北し召還されるか……


 どちらにせよ、面白みがない。


 ふと、通りかかった商人2人の会話に耳を傾ける。


 「こいつはまだ試作品だが、10年後の世界にタイムリープする魔具なんだ……」

 「タイムリープというよりかはタイムスリープというべきか……」

 「時間飛躍というよりは、10年間異次元に飛ばされて、10年後、その異次元から元の世界に帰ってくるという代物でその10年間は異次元で身体がスリープ状態で年も取らないから、10年後の世界にワープするような仕組みな訳だ」

 そう会話する商人2人。


 「何やら面白い話をしておるの」

 その超レアとされる商品を持つ商人の肩に手を置く。


 「我の持つこの魔具と、その商品を交換せぬか?」

 正直価値のわからない、自分の回復アイテムという認識しかないそれを手渡す。


 「馬鹿か、こんなもので交換できる代物では無いっ」

 商人は当然その商談を拒否するが……


 「黙れっ、我は忙しいのだ、話なら後で聞いてやろう、それよりも一つ情報を聞こう、このあたりでミクニという貴族の家を知らぬか?」

 温厚な口調だが、威圧的な目でフーカは交渉を成立させそう尋ねた。





 

△△△





 僕一人でこの戦いを勝てるなんて思っては居ない……

 それでも、ただ負けを望むわけではない……

 余ったお金で、できるだけの傭兵を雇い、

 作り上げた魔装具の槍を手に持ち、最後の抵抗に出る。


 ミクニ家に向かう道中に現れた刺客を己の槍と、雇った傭兵の力を借りて、

 それらを蹴散らしていく。



 「ふぁーーー」

 とマーキスはアクビをしながら、自分が与えられた持ち場をイシュトと一緒に監視している。


 ミクニ家の門番を2人は任されており、

 手渡された通信機器で、随時目標の動きを知らされる。


 「マーキス、もう少しで目標が来るぞ」

 イシュトがそう告げると、


 「おっ、神奪戦争に選ばれた奴がどれほどの者か、わくわくするぜ」

 眠そうな目が一気にやる気の目に変わる。


 「おいっ、あくまで俺らの目的は偵察だからな……褐色の女に必要以上に喧嘩を売るなよ?」

 イシュトがそう釘をさすが、


 「わかってる、わかってますよぉ」

 疑わしい返事をマーキスが返す。



 シュルっと飛んできた槍が2人の近くに位置していた傭兵を貫く。


 マーキスはその槍を眺めながら、

 「あれが、褐色の女か?」


 どうみても、冴えない青い髪の男であるのにマーキスが聞く。


 見渡せど、あの褐色の女の気配は無い。

 全く意図が見えなかったが……


 マーキスがあっという間に周りの傭兵をなぎ倒すと、

 ナヒトと向き合う。


 放たれた槍を筋肉質の割には素早い動きでそれをかわし、

 ぴょんと回収される槍の上に乗っかり、

 ナヒトの元へと向かう。


 マーキスがナヒトを捕らえるのにそう時間はかからなかった。



 そして、ナヒトの処刑の執行が決定される。

 時刻はこれから2時間後、

 ミクニ家の今回の潔白を晴らすために、後悔処刑が決定された。



 

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