第19話 アンチ正義 終

 ミストガルにある街中……タリスはこの間探しておいた店で団子を購入すると、レフィとセンの居る3人のたまり場となった空き地へ向かう。

 居たのはレフィだけで、ゆっくりレフィの所まで歩くと、袋から三色だんごを一本取り出すとひょいとレフィの目の前に差し出す。


 「……タリスちゃん、頂戴」

 頼まなくてもその台詞を言うようになってしまった関係に少しだけ罪悪感を覚える。

 「……王子は?」

 頭にあるピンクの団子にかぶりついたレフィに尋ねながら、自分もそれにならい、

 ピンクの団子にかぶりつく。


 「……知らない」

 目の前の団子以上に興味が無いというようにレフィはそれだけ答える。


 「たく……どこほっつき歩いてるんだか」

 己の雇い主でもある人間に悪態つく。



 「悪かったなっ……お前に言われていた本を探していたんだよッ」

 不意に後ろから声がすると、その分厚い本でポンと頭を叩かれる。


 「おっ……案外仕事はやいじゃん」

 その本を奪い取るタリス。


 「仮にもこの国の王子でも有り、雇い主でもある僕にお遣いを押し付けるとかどういう神経してるんだ」

 不満を抱きながらもそれに従う一国の王子。


 「だいたい……そんな本なんに使うんだ?」

 医療、医学に関する本、治療も魔法が主流となるこの世界で、

 手術や医薬品などの類はこの世界で正直役には立たない。


 「……私はさ、レフィが最強になる役には立たないし、魔法で傷を癒してやる事もできないからさ、まぁ……レフィに団子をあたえる係り以外に役割、ほしいじゃん?」

 と言いながら分厚い本を開き、すぐに後悔したような顔で本を閉じる。


 「それよりも、セン王子、レフィから譲り受けた刀で今日のノルマ果たさなきゃならないだろ?」

 レフィが持っていた愛用する紅の刀とは別の刀……

 それをセンは受け取っていて、この神奪戦争の契約として、

 日々、剣術の稽古をすることを約束されていた。


 「わかってるよ……」

 彼女は彼に何をさせようとしているのかはわからない。

 それでも、彼女はその刀と呼ばれる魔装具の剣術をセンに叩き込み、

 彼女の言うきたる日……の訪れのため……

 彼女が最強になるために……






△△△


 




 レジストウェル……先ほどまでフーカとマイトがぶつかり合っていた場所。

 マイトがその場を立ち去ろうとした時……


 前方にまるで隕石が落下するように……ズドンっと地に大きな穴を空け登場する。

 頭に包帯を巻いたバケモノ。

 イシュトがアンチ正義と名付けたバケモノ。

 正義を怨み、目の前のマイトを憎むバケモノ。


 「マァーーーィーーートォーーーッ」

 魔王の支援は無い、あの日のようにはいかない……

 それでも、バケモノの憎悪はその行為を辞める事を許さない。

 そのバケモノに化せられる罪は許される訳がない。


 「……今度はお前か、何者か知らぬが、そこをどけっ」

 貴様ごときが全く相手にならんと言わんばかりにそう告げる。


 「マァーーーイトォーーーーッ」

 相変わらずその言葉だけを繰り返すバケモノ。


 距離を取るマイトに光の矢を射抜かれ苦しむバケモノの傷はすぐに癒えていく。


 「マイィーーートォーーーッ」

 再度そう叫び、ただ一直線にマイトを目掛け走るバケモノの動きが止まる。



 「マイト様……」

 マイトの元に駆けつけたリィラ。


 「リィ……あ、あ……アァーーーーーーーッ」

 混乱したようにバケモノが嘆き喚く。


 これが何の物語に位置するかはわからない……

 それでも、魔法はいつか解ける。

 それが、魔法か呪いかはわからないが……


 あぁ……どうしてあの日、僕は諦めてしまったのか?

 どうして、僕はあの日……目の前に置かれた短剣を手に取る事ができなかったのだろうか……

 どうして、目の前の男に抗う事を諦めてしまったのだろうか……


 努力を放棄し、悪魔に魂を売って……それでも適う事が許されない相手。

 そんな理想を打ち破りたかったのに、それを自分で描いた正義に全てを打ち消され……こんなバケモノの姿に成り代わってもとめる事ができなくて……


 好きな女性を奪われて……

 大切な友達を失わされ……

 


 もう……あきらめ……


 もう一度、リィラの姿を見る。


 ………



 「アォーーーーン」

 バケモノは一声泣き声をあげると、

 狂ったように、頭の包帯を掻き毟る。

 足元に掻き毟った黒い包帯が散らばり、

 その奥から闇の臭気に犯され黒く変色した顔……

 真黒な目と真っ赤な瞳……

 そして残る黒い包帯からこぼれ出る灰色の髪……


 アキラメテタマルカ……


 「なるほど……」

 かなり変わり果てた姿ではあったが、その素顔を見て……

 全てを理解したようにマイトはバケモノを眺める。


 記憶が蘇って行く……

 何故諦めてしまったのか……

 何故彼女が最後に託したチャンスを無駄にしてしまったのだろうか……


 何故、希望を捨て……自分の命を優先してしまったのだろうか。

 

 ふらふらとバケモノは歩き出し……


 バケモノはあの日のあの時に帰っている。

 フラフラと歩いたバケモノは足元にたまたま落ちていたガラスの破片を手にする。


 今のバケモノに取ってこのガラスの破片はあの日の短剣なのだ。


 「アーーーーーーーーーーーーーーッ」

 バケモノの手となった、掴みにくいその手でガラスの破片を握り締め、

 バケモノはあの日、あの時……成しえなかった彼女を取り戻すための戦いに挑む。


 目の前のバケモノが何者なのか……すでに英雄マイトも理解している。


 「化け物……現実とは常に残酷なものだ……」

 マイトはバケモノにそう言い放つ。


 「化け物に成り果て……己の理想を越えられると思ったか?」

 マイトは続ける。

 「いい加減、夢から覚める時間では無いか?」

 マイトは弓を天に向け……


 「現実を見据えよ……そして己の愚かさ、弱さをその身で同時に受け止めるがいいッ」

 天に放たれた矢がピカリとひかり、はじけ飛ぶ。



 バケモノは走る。

 目の前の憎き理想に……

 己が生み出した悪夢に……


 夢を見ているのかもしれない。

 今の僕はこんな化けものの姿ではなく、

 一人の何のとりえの無い少年で……

 年の近い友達が2人居て……

 その人のために強くなろうと決めた、好きな女性が居て……

 その女性と自分のため、僕は彼女に託された短剣を手に入れた。


 「アーーーーーーーーーーーーッ」

 夢を見る……。



 

 「夢より覚めよ……俺が引導をくれてやろうっ」

 無防備にただ立ちすくむマイト。


 駆け寄るバケモノの空から一斉に光の矢が降り注ぐ。


 剣を壊され、目の前の敵を射るための矢が破壊され、

 それでも、僕には託された短剣がある……


 「あぁーーーーーーーーーーーーーっ」

 諦めてなんかない、諦めてたまるかっ


 降り注ぐ矢は次々と化け物の身体を貫いていく。

 イタイ……クルシイ……

 それでも……ソレデモ……


 「アァーーーーーーーーーーーッ」

 その場にひれ伏しそうなその身体を足を懸命に動かし、目の前の男に向かっていく。

 身体を幾度も突抜かれようと……足を緩めない。

 目標に向かい突き進む。


 あと少し、あと数歩……一撃でいい。

 一撃でいいんだ。


 届け、届けぇーーーーっ


 「オォーーーーーーン」

 そんな心の叫びはもう言葉にすらならない。

 構わない。

 ただ、この一撃を……あいつに届けられれば……


 ふぅとマイトはため息をつく。

 英雄マイトは再度弓を構える。


 構わない、構うものか……

 目の前に迫った男に握った拳を振り下ろす。


 静かだった……

 やけに静かに……そんなに強くも無い風の音だけが鮮明に聞こえて……


 振り下ろした拳は男の手前で止まって……

 男が放った光の矢は僕の腹部を貫いていた。


 魔法はいつか解けてしまう。

 回復能力は作動しない。

 黒い包帯を掻き毟り解いてしまったからだろうか?

 そもそも能力に限界があったのだろうか?

 それ以上に……目の前の理想が大きかったのだろうか……?


 わからない……わからないけど……


 


 「夢から覚めたか?」

 男は言う……


 「朽ちる中で誇るがいい……己が描いた理想の偉大な力を……」

 そんな目の前の男に……

 そんな男に……最後は笑って言ってやる。


 「……ボク……ノ……カ…チ…ダ」

 言ってやる……


 理想に打ち抜かれる身体で……

 朽ちていく身体で……


 完全に勝ちを確信し油断している男に……

 最後の渾身の力で……その途中で止まっていた拳を振り下ろす。


 その一撃を男は頭を右に傾ける動作だけで感単に避けるが……


 「りぃ……らぁ、ぼぉ…く、かった…よ」

 リィラが託した短剣が奇跡をくれた。

 手にしたガラスの破片が男の頬をかすめ、一筋の血が流れる……


 

 

 

 「くだらんっ」

 マイトの放った光の矢がバケモノの頭部を狙うと、

 その衝撃で、自ら空けた穴の中へと転げ落ちていく。


 黒き包帯に守らない身体は

 もはや、僕を再び起き上がらせることは無かった。

 意識はあるのに……世界の憎悪……大罪人の罪の一部を請け負った僕への罰だろうか……そもそも友達、ヘイン、ケイトへの罪だろうか……

 起き上がることが出来ないのに……僕はこの世界から果てることすら許されない。

 


 穴の最下で大の字に倒れ……天を見上げる。


 あぁ……神様……聞こえていますか?

 動かぬ身体で天にそう心の中で語りかける。


 僕は間違えていたのでしょうか?


 決して触れてはならない宝に触れて、

 僕の理想は悪夢へと姿を変えて……


 空虚の中で、バケモノに成り果てそれに報いようと……

 でも、それは失敗に終わって……


 神様……どうか聞いて下さい。

 愚かと言われてもいい。

 僕は望む……僕は願う。


 僕の理想とした力を……その力を所持する英雄を……

 その英雄の前に、それらを凌駕する者が現れ……

 あの英雄に制裁を下す事を……

 僕の理想も何もかも……ぶち壊してくれる事を……


 どうか……こんな哀れで愚かな者の……お願いを……

 どうか……リィラだけは、

 リィラだけは……あの僕の生み出した悪夢から解放され……

 幸せに暮らせる日々を与えてください。


 例え……そこに僕が居なくても……どうか。








 光…眩しい光に包まれた。

 真っ白な世界に僕は居て……

 目の前ではしくしくと泣いている女性が居て……



 「あれ…?」

 手を差し伸べようとして、再び……

 自分があの魔物の姿になっていることに気がつく。


 あぁ……これは夢なのか……

 そう気づかされた。


 なぜ、今更、こんな夢を見ているのだろう。


 目の前に泣いている女性……

 手を差し伸べたいけど……

 僕のこの化け物手は彼女を怖がらせてしまうだろうか……


 「いやだ……いやだよぉ……マイト……」

 目の前で泣く黄色の綺麗な髪……

 その細い綺麗な手で僕の頭を覆う物を一つ一つ手に掴むと、

 邪気のような魔力に手に焼かれるような痛みに悲鳴をあげながらも、

 その僕の周りに巻かれる黒い包帯を一つ、また一つと解いていく。


 「私は……いつものマイトがいい……一生懸命なのに何処か不器用で、あと少しの夢に手が届かないでいるマイトがいい……お願い……帰ってきて……帰ってきてよ」

 目の前で泣く女性に差し伸べる手すら失った。

 解かれる包帯から覗く赤い瞳と彼女の目が合って……


 「ごめん……ごめんね……辛かったよね、辛い思いをさせてごめんね」

 不思議とそんな言葉が出た。

 夢の中だからだろうか……


 そんな言葉だけど、言葉を聞けた事に少しだけ嬉しそうに、

 涙を流しながらもそっと首を横にふるリィラ。


 「ねぇ……再び巡り合う事が出来たなら……私はマイトに何をしてあげられるかな?」

 その赤い瞳を恐れる事無く優しくマイトを見つめる。


 色んな事を脳裏で巡らせながら……

 きっと敵わないそんな平凡な日常を……夢見るように……


 「リィラのサンドウィッチが食べたいな……」

 「うん……いつの場所に2人分……持っていくね」

 そんな夢の終わりにただ、2人は静かに笑っていた。

 

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